小網神社はタイトルにあるように福禄寿・弁財天の神様を祀っている。

大きさこそそれほどないが、540年前(1466)に鎮座した歴史あるお社である。

総ヒノキ造りの重厚な彫刻が施された社殿と神楽殿は中央区の指定文化財となっている。

毎年5月の大祭は神社大御輿でにぎわい、11月末の「どぶろく祭り」は奇祭として

特に有名なのだそうだ。


 いうまでもなく、福禄寿は福徳長寿の神、弁財天は商売繁盛・学業成就の神。

ほとんどの弁財天でそうであるように、ここでも銭洗い弁天よろしく、小さいながら

お金を洗える場所がしつらえてあり、ちゃんと大小のざるが一つづつあった。


 訪れる人も結構多く、私がいる間にもサラリーマン風の若い人、カップル、

近所人たちらしい親子連れ等々、入れ代わり立ち代わり参拝客があった。

  小網神社も他の神社のように
 ビルに挟まれた状態でになっている。
   社殿はかなり立派であった

$談腸亭日常-小網神社








 茶ノ木(神社)とは珍しい名前の神社だなと思いながら、水天宮に近い茶ノ木神社まで

歩く。

 水天宮の交差点をちょうどはす向かいに横断する形になるが、案外近いところにあった。



茶ノ木神社の由来は、その名前から容易に想像できるように、かつて社の周囲に見事に

生い茂っていた茶ノ木にあるのだが、水天宮からのんびり歩いて10分かかるかどうかの

ところにある茶ノ木神社は、およそその由来の茶ノ木とは縁もゆかりもないような、まさに

巨大な高層ビルとコンクリートの地面に囲まれて、肩身が狭そうに一人ぽつんと建っている

という風情であった。


 今までの神社もビルに挟まれていたりビルの中に入っていたりだったが、この神社は

挟まれているというよりも、むしろ、今まですぐ隣にいたビル達が急に遠くに行っちゃ

って自分一人がそこに取り残された、という感じで何か寂しさが漂うというか、妙に

居心地が悪いというか、そんな印象を受けてしまう神社である。


 この神社には、下総(千葉県)の佐倉藩主堀田家の屋敷神として布袋神が祀られていて、

福徳円満と防災の神様として知られているとのことである。

 さらに、この屋敷内はもとより町方にも火災がなかったことから、火伏せの神としても

信仰を集めていると集めているのだそうだ。



                 正面左側と手前側、右側にはかなりの空間が広がっていて、
                     なにやら取り残された感じのする茶ノ木神社
   

$談腸亭日常-茶ノ木神社






 松島神社から水天宮に行くには、大通りを超えて右手に少し歩けばよい。

なにしろ地下鉄半蔵門線に水天宮前という駅があるくらいだから、大きいしわかりやすい。


 かなり大きな交差点の角に位置する感じで、水天宮はあった。

ちょうど角に交番があり、それを回り込むように歩道を左手に曲がってしばらく行くと、

上に上る石段がある。


階段をしばらく上ると一気に視界が開け、左手が本殿、右手が社務所、という感じである。

やはり、有名な神社なので敷地も広く神社のつくりも大きく立派。

$談腸亭日常-水天宮本殿



     本殿以外にも、なにやら小さな神社がいくつかあって、かなり多くの人々が参拝してる

$談腸亭日常-水天宮2

$談腸亭日常-水天宮3


女性が多い。

若いカップル、家族連れ、おじいちゃんおばあちゃんと若い夫婦。

考えてみれば水天宮と言えば安産・子授けのお宮として有名なんだから

当たり前である。


九州久留米藩の有馬公が文政元年(1818年)に、久留米から分霊して屋敷内に

お祀りしたのが始まりだそうである。

当時から多くの人に親しまれてきた日本橋七福神を代表するお社である。



ところで、この水天宮は東野圭吾の小説「麒麟の翼」の中で重要な意味を持っている。

刑事加賀恭一郎が捜査の途中で、事件の核心に近づくための大事なヒントを思いつかせる

場所なのだ。


そういったことを思いながらしばらく境内のベンチで休んで、次の茶ノ木神社に行く道

を考えた。

                      正面に向かって右後ろ側にはお稲荷神社も

$談腸亭日常-水天宮お稲荷さん
 日本橋「ゆうま」や「草加屋」を左手に見てすぐ先の道路を左折すれば、日本橋

松島神社への道となる。

 両側をビルに囲まれた道をまっすぐに進むと、地図の上では大通りに出る少し手前で

左側に松島神社があることになっている。

 
が、なかなか神社らしき建物が見当たらない。

 きょろきょろしながらなおも進むと、なんと、道路左側の歩道からやや引っ込んだところに

赤い鳥居が!

 しかし、その鳥居の先(奥)にはただのビルがあるだけ。

おや?と思ってよくビルの中をのぞくと、、、、ありました!

そのビルの一階部分に、まるでビルの中の一店舗のように神社がすっぽりと

収まっていた。


時代の流れには抗いがたく、もはや神社もビルの一部を借りるようになってしまった。



$談腸亭日常-松島神社



上の写真でもわかるとおり、赤い鳥居がなければこのビルの中に神社があるとは気づかず

通り過ぎてしまいそうである。



  ビルの奥にさい銭箱や本殿がしっかりと置かれている
$談腸亭日常




  







 浜町緑道の弁慶像の謎が分かったので、すぐそばにあるベンチで一休み。

木製のベンチは温かみがあって心地よい。

人形町の交差点付近はあんなに人が多くて賑やかだったのに、

このあたりは人影こそあるが案外静か。

大通りではないためか車もほとんど通らない。

のんびりした空気が漂っている。


水分補給をして一息入れたところで、今度は松島神社へと向かった。


途中、「麒麟の翼」や「新参者」で登場した手作り工芸店と煎餅や

の前を通る。


日本橋「ゆうま」・・手作り工芸店である。「新参者」「麒麟の翼」

では「ほおづき屋」という店名で出てくる。

「麒麟の翼」では被害者・青柳武明の所持していた眼鏡ケースを

購入した店として描かれている。

私が行った当日には数名のお客が何かを物色していた。

お店正面には映画「麒麟の翼」の大きなポスターが貼られていた。


$談腸亭日常-日本橋ゆうま




日本橋ゆうま を過ぎると今度は煎餅や「草加屋」が見えてくる。

「新参者」で「あまから」という煎餅やのモデルとなった店である。

「麒麟の翼」でも刑事加賀恭一郎がうまい煎餅と紹介している。

ここにも「麒麟の翼」の大きなポスターが貼ってあった。


$談腸亭日常-草加屋







 笠間稲荷神社から松島神社へ向かう途中に、道路に沿った形で細長い公園のような

緑道がある。


浜町緑道である。


東野圭吾の小説「麒麟の翼」では、犯人に間違われる青年・八島冬樹がここの茂みに隠れて

いて警官に発見されたところである。


時間がお昼過ぎだったこともあって、公園の中にところどころあるベンチには

のんびりくつろいでいる近所の人や、タクシーの運転手、ビジネスマンの姿が

見られた。


しばらく歩くと、なにやら銅像のようなものが見えてきた。



$談腸亭日常-弁慶像




近づいてみると、なんと弁慶の銅像が。

すぐ近くには木製のかなりしっかりした門が関所のような形で設置されている。

はて、なぜこのようなものが?

近づいて銅像のそばにある説明版を読んでみると、どうやら、江戸時代にこのあたりに

立派な芝居小屋がいくつかあり、歌舞伎の興業がかなり盛んだったらしい。

その歴史を後世に伝えるために、代表として歌舞伎の有名な演目の一場面から

弁慶の像を選んでこの像を建立したということがわかった。 

関所のような門もやはり同様の趣旨で建てられたのこと。


あらためて、このあたりは当時すでに世界の中でも大都会だった江戸の中心

であったことを思い出す。





           

 小さいけれどよく手入れが行き届いて、小ざっぱりした感じが漂う

末廣神社からものの5分と歩かないところに、笠間稲荷神社はあった。

入口が2か所あり、片方は大通りに面している。

その大通りを横切る形で入り込む通りに面して、もう片方の

入口・鳥居がある。

  こちらの入口は横手から入る構造のため小さくなっている。
              
$談腸亭日常-笠間稲荷神社横手入口



笠間稲荷神社は、江戸末期・安政6年(1859)に笠間藩主・牧野貞直が日本3代稲荷のひとつで

ある、常陸笠間稲荷神社より御分霊を奉斎して建立したとされている。

 $談腸亭日常-笠間稲荷神社2



 寿老人は長寿の神であり、幸運の神として人々の運命を切り開いてくれる福徳長寿の守護神

とされている。


  境内左手には、狐のお使いが何匹か、、、、。

$談腸亭日常-笠間稲荷神社3






 椙森神社から末広神社に行くには、人形町通りを交差点に向かって

しばらく歩くことになる。

 ちょうどお昼時だったせいかサラリーマンが大勢行きかっている。

交差点を渡り、さらに道路の反対側に渡った。

人通りも多く賑やか。

 そこから、さらに浜町公園の方に向かって10分ほど歩くと、ビルとビルの間に

挟まれる感じで石の鳥居が見えてくる。


 末廣神社である。

 鳥居の幅は2メートルあるかどうか、奥行きもせいぜい20歩程度歩けば

突き当たってしまうくらい小さな神社だが、とてもよく手入れされていて

掃除も行き届いていて気持ちが良い。


このあたりは江戸時代には遊女町で、末廣神社はその氏神様として

信仰を集めていたらしい。

 ここに祀られているのは毘沙門様である。

$談腸亭日常
寶田恵比寿神社から10分ほど歩くと、椙森神社がある。

日本橋七福神はこの2つの神社を合わせて1つと考えているらしい。

杉森神社は寶田恵比寿神社よりは大きい。

境内も多少の広さもあるが、それでもビルとビルの間にはさまれて

なんとなく窮屈な感じがする。

     
        大都会の宿命か、空いている土地は有効利用で駐車場に
          参道が左に大きくカーブしている

$談腸亭日常-121012_1402~02.JPG



       創建は約一千年も前と言われている古社

$談腸亭日常-椙森神社2



       江戸時代には神田・柳森神社、新橋・烏森神社
       とともに「江戸三森」と呼ばれていたらしい。
         
$談腸亭日常-121012_1403~03.JPG



        同様に江戸時代には富くじで大いに
           盛り上がったようだ

$談腸亭日常-121012_1403~02.JPG





 浅草から東京駅へ向かう都バスを選択。

 このバスのルートで小伝馬町の隣に本町3丁目というバス停があるのを発見。

ここを起点とする。


このバス停から七福神最初の寶田恵比寿神社までは徒歩約5分であった。

ちょうど祭りがあるようで、通りには提灯がいっぱい飾られていた。

大通りから一歩中に入ったちょうどビジネス街の裏通り、という感じの通りと

通りが交差する角近くに寶田恵比寿神社はあった。


小さい。

鳥居をくぐればすぐ目の前にさい銭箱で、奥行きもほとんどないに等しい。

周囲はコンクリートの建物と駐車場ばかり。

土や緑が全然ないのがさびしい。

祭りの準備のためだろうか、左手に工事用の材料ららしきものが

立てかけられていたのが残念。




こんな小さな神社なのに、結構通りすがりの人や
ビジネスマンらしき人がお参りをしていく

$談腸亭日常-寶田恵比寿神社



 普段はもっと静かなのだろうが、今日はお祭りの
 準備で、紅白の柱や提灯でずいぶんと賑やかだった


$談腸亭日常-寶田恵比寿神社2