子規庵と書道博物館への入館は今回はあきらめ、次の目的地を目指す。
次の目的地は「御行の松」。
新聞のコラムで目にして興味を覚え、行ってみることにした場所である。
書道博物館と子規庵にはざまれた細い通りをそのまま、上野方面に向かって歩くと
T字路になるのだが、そのすぐ手前の左側に、幅一間ほどの狭い空間に、
普通の民家に挟まれた感じで、なんと神社が!
奥行きもそれほどはなく非常にコンパクトではあるが、石作りの鳥居、さい銭箱、
ご神体を祭ってある神社本体としっかりと保存されている。
神社正面入口は鉄製の扉で守られていた。
なんでも戦争中、ここの周囲だけは消失を免れたため、この神社のおかげだと
いわれて、終戦後大事にされたらしい。
さて、T字路を左折、尾久橋通りにでて尾竹橋通りに出る。
しばらく進んで右折しまたしばらく進むと、「御行の松」に出た。
「御行の松」は、西蔵院の境外の「不動尊」の境内にある。
初代の御行の松は枯れてしまい、今は三代目だそうだ。
江戸時代から、根岸の大松と人々に親しまれ、「江戸名所図解」や
安藤広重の錦絵にも描かれた名松だそうで、山本松谷画「根岸御行松」を
見ると、なるほど人の姿に比べてものすごく大きく描かれている。
次の目的地は「御行の松」。
新聞のコラムで目にして興味を覚え、行ってみることにした場所である。
書道博物館と子規庵にはざまれた細い通りをそのまま、上野方面に向かって歩くと
T字路になるのだが、そのすぐ手前の左側に、幅一間ほどの狭い空間に、
普通の民家に挟まれた感じで、なんと神社が!
奥行きもそれほどはなく非常にコンパクトではあるが、石作りの鳥居、さい銭箱、
ご神体を祭ってある神社本体としっかりと保存されている。
神社正面入口は鉄製の扉で守られていた。
なんでも戦争中、ここの周囲だけは消失を免れたため、この神社のおかげだと
いわれて、終戦後大事にされたらしい。
さて、T字路を左折、尾久橋通りにでて尾竹橋通りに出る。
しばらく進んで右折しまたしばらく進むと、「御行の松」に出た。
「御行の松」は、西蔵院の境外の「不動尊」の境内にある。
初代の御行の松は枯れてしまい、今は三代目だそうだ。
江戸時代から、根岸の大松と人々に親しまれ、「江戸名所図解」や
安藤広重の錦絵にも描かれた名松だそうで、山本松谷画「根岸御行松」を
見ると、なるほど人の姿に比べてものすごく大きく描かれている。