イメージ研究したり、リモートビューイングをしていると、
どうも、人間は、無意識に知っていることを、認識できないように出来ているようだ。
私がリモートビューイングトレーニングを実践して得た実感を、イル○○○等を表象から読み解く意義や
研究の必要があることに、つなげたいので、その感想文をここに掲載する。
これが元記事 RV2の体験談コーナー
http://ameblo.jp/rv2-2012/entry-11137192156.html
「RV2セミナーを受講して」
2011 /11/12
RV2はHPやテレビ番組で見たりして知っていたが、震災が起きたことで、今後の自分の行き方を考える上でも能力開発を体験するのは必要なことだし、前からインスピレーションについては色々と研究していたので、RV2セミナーを受けてみようと思った。
RV2は誰にでも出来ると聞いていたが、実は半信半疑であった。セミナー中もとてもスムーズで、85%の割合で出来ていたと感じたが、それでも中々信じられず、最期の日に、全員の様子をシェアした時に、やっと、やはり誰にでもできるのだと確信した。
RV2は、練習が肝心であると感じて、早速、メーリングリストを作ったりして、同じセミナーを終えた仲間と集まり、インターネット通話(スカイプ)を通じて、RV2のセッションの自主練習を行うようになった結果、これもとても良い出来であった。これは、当然の結果なのかもしれないが、とても驚いたし、更に驚きながら現在もセッションを様々な機会を駆使して継続している。
モニターがターゲットという目標を決めるが、自主セッションではとても難しそうな画像だと思われるものとターゲットにされて、それを知らずに私はビュアーになって行なったが、それでもよい結果であった。最初にそのターゲットを開示されたときは、無茶なターゲットであると文句もいったが、時間が立つにつれて、それでも当たっていることを思い返して、相手のモニターと感性の違いに感謝できるようになった。段々と、結果が良いのに慣れてくると「人間にはこういう能力が当たり前にあるのに、なぜか使えない」と理解するようになった。
このように自主セッションをしながら、問題にぶつかる度に、エハン氏のセミナー内での注意を思い出して、いかにそれが貴重であったかを思い知る。私たちは無意識に全ての物を受け取っているのに、自分の変な解釈でそれが当たらないようにしてしまうのかが、セッションの度に露呈されてきた。分かっていてもやってしまうので、セッション毎に反省する材料は沢山でている。この現象を自分の日常生活に当てはめて考えてみると、とても造詣の深い示唆に富んでいる。そして、違った視点や今までない感性で生活しはじめていると理解しているが、まだ自分は「よちよち歩き」で十分ではないと感じる。
RV2セッションを重ねるにつれて感覚が鋭敏になり、それまではおもちゃの刀:竹光の感覚であったのが、今は真剣を携帯するような感性になってきており、慣れない感性に下手をしたら、自分をも切ってしまいそうな不安も出てきて、「予感・直感」などを如何に受けとめる本人の心構えが重要かなのかを感じさせられるようになった。
RV2を体験することで、今まで知らなかった人間の能力に出会うことが出来た。それをどう使うのか、それを知ってどうするのか、各自の問いに任される深い命題も貰った。
Aki
地震や事件、事故の後、振り返ってみると予感のような虫の知らせもあったりするが、それとは全く異なり、どうみてもリークされているよねという記事もインターネットの中には、存在する。
だから、陰謀論などと言われるのだが、その中には、実は「偶然」であって、後から見ると予言の形やサインやコードに見えるものも沢山あるのだろうと思う。
RV2をトレーニング過程で、感じるように我々は、全て本来知っているのに、なぜかそれを認識できないし、もし虫の知らせのように認識していても、情報として上手く取り出せない。
だが、無意識からくる表象、例えば、色々なポスターや、アニメや映画、色々なデザインのマークに見られる図柄や、自然と無意識な総合意識としてキャッチされた情報を表出しているのではないだろうか。
そこまで陰謀されてなくても、表出ででてくるものを研究し、読み解くので、危険予知をするわけだ。 これは、RV2を体験してみると、全く同じ理屈で、現在 様々なところで使われる表象が、意味があり、ある種の方向を示しているのが理解できるだろう。
無意識に反応するので表出される。
それが、取り出せない情報をふくんでいるので、だから、読み解く価値は十分にあるのだ。