「誰かにとっての希望の光になろう」 kenjiオフィシャルブログ

「誰かにとっての希望の光になろう」 kenjiオフィシャルブログ

「誰かの希望の光になる!」そういう人を僕はサポートをしています。誰かの希望の光になる!というのは、主に自分の体験を通じて、
人に貢献し、喜ばれ、お役に立つ人のことです。その結果として、「自分が売れたりします」

 

「自分と向き合う」というのは日々あります。

 

たとえば、以下の文章です。

 

謹啓

 

初春の候と相成り、その後、御両親様には、お変りなくお暮しのことと思います。

 

お父さん、お母さん、喜んで下さい。

 

祖国日本興亡のとき、茂も待望の大命を拝しました。

 

心身ともに健康で、任務につく日を楽しみに、

日本男児と、大橋家に、父と母の子供と生まれた喜びを胸に抱いて、後に続く生き残った青年が、

戦争のない平和で、豊かな、世界から尊敬される、立派な、文化国家を再建してくれる事を信じて、茂は、たくましく死んで行きます。

 

男に生まれた以上は、立派な死に場所を得て大空の御盾となり、好きな飛行機を、我が墓標と散る覚悟であります。

 

親より先に死んで、親孝行出来ない事をお許し下さい。

 

お父さん、お母さん、長生きして下さい。
お世話になった皆様方に、宜しくお伝え下さい。

 

この便りが最後になります。

 

昭和二十年三月二十四日 遠き台湾の特攻基地より   茂

 

 

父上様 母上様

 

身はたとえ 南の空で果つるとも  とどめおかまし 神鷲の道

 

大命を拝して十八歳 茂

 

 

 

僕は上記の文章を読んだ時、「これが18歳のレベルか」と思いました。

 

「爪の垢を煎じて飲ませていただきたい」と思いました。

 

そして、実際飲ませていただいていますが。

 

この文章の

 

「後に続く生き残った青年が、

戦争のない平和で、豊かな、世界から尊敬される、立派な、文化国家を再建してくれる事を信じて」

 

この言葉が僕の中でひっかかりました。

 

 

「ここにYESかNOかこたえないといけない」と思いました。

 

(「NO」でもいいのです。

 

人が期待やあてにしているものに「YES」か「NO」をこたえるというのは大事です。なぜなら期待やあてにするというのはエネルギーを使うからです。「NO」といえば、相手の中に気がかりが消えます。考えずに済みます。すると別のところにエネルギーを避けるわけです。

 

もし「NO」と言わないと、相手もエネルギーを使うし、自分も気がかりになるし、「お互いが不幸になります」マイナスとなるのです。相手に「不満」がつもり、それが憎しみや恨みに発展するケースもあります。最悪ですよね。人が期待やあてにしているものは「放っておかないこと」ですね。

 

 

迷いました。

 

「YESもNOも言いたくなかったからです」

 

NOと言いたくない理由は、「自分の人生はそれでいいのか?」という自分の生き方からです。

 

YESと言いたくない理由は、「大きそうだからです」

プレッシャーです。

 

でも曖昧にしている方が「自分の人生の損です」

 

自分の人生の時間は有限ですから。

 

「YES」でも「NO」でもいいのです。

 

自分の生き方がわかり、明確になるので歩みやすくなるのです。

 

「自分のことがわからないというのは、わかりたくないだけです」

 

曖昧にさせているのです。

 

わかろうと思えばわかります。

 

人が伝えているものに「YES」か「NO」でこたえていけばいいのです。

 

別にその人がたくさんの人に伝えているなら、別に「YES」か「NO」でこたえなくてもいいのかもしれません。

 

自分1人に伝えてくれているなら、「何か言葉をかえさなきゃ」と思うかもしれませんが。

 

でもみんなに伝えていたとしても「その1人に自分も含まれるわけです」

 

そういうものに対して「YES」か「NO」とこたえて、その理由まで言語化していけば、どんどん自分の人生の生き方が明確になります。

 

 

僕も「曖昧」癖があるのです。

 

でも茂さんは、自分の息子の年齢のような年です。

 

そんな人が僕らの為に命を捧げてくれたわけです。

 

「そんな人の言葉を無視するのは違うと思いました」

 

1番無視してはいけない人だと思ったのです。

 

 

よく僕らは「命がけでやる」と言ったりしますが、命は無くならないです。

 

でも茂さんの場合は「100%命が無くなるのです」

 

 

「命がけでやる」ことが、かすんでしまうわけです。

 

「世の中にこれ以上の覚悟ってないなあと思います」

 

これ以上ない誠実な方には、誠実で返したいと思いました。

 

せめて「YES」か「NO」をこたえようと思いました。

 

 

それで「YES」とこたえました。

 

 

そうしたら「そのYESと言った自分の言葉が人生に存在されるわけです」

 

なので、否応なく自分と自分の人生が変わります。

 

曖昧にしていればそれはないです。

 

あと「YES」と言った自分の言葉を尊ばないと、それも当然人生が変わりません。

 

その場合、「NO」と言いなおしてもいいでしょう。

 

曖昧にするより、「NO」を選択した方がいいです。

 

少なくとも自分の生き方が明確になるのです。

 

幸せになれます。成功もしやすくなります。

 

なぜなら別に茂さんに言葉に「NO」と言っても成功はできますから。

 

 

人生には自分の人生を変える機会が無尽蔵にあります。

 

ぜひ曖昧にしているもの、してきたものに対して「YES」か「NO」を選択してください。

 

選択すれば今度はそれを人生に存在させてください。

 

「YESと言った自分の言葉を尊んで生きていきます」

 

「YESと言った自分の言葉を大事にするということですね」

 

大切にする。

 

義務でもなければ、約束でもありません。こういうのは「苦しくなったりするのです。すると忘れますから」

 

大事にするというようなものです。

 

もし気が変わって「NO」にしたいなら、「今までYESの言葉ありがとうございますと言い、お返しすればいいです」

 

それで、「NO」の人生を生きればいいのです。

 

「良い悪い、正しい間違いの2次元的なものではないです」

 

「その世界は苦しいです」

 

そうではなくて、「尊ぶ」

 

それは「真善美」です。

 

ただの自分の価値観です。

 

 

 

ぜひ「曖昧にせず、YESかNOを判断し、その理由も明確にし、その決断した言葉を尊び、生きてもらえたらと思います」

 

 


日光東照宮の神厩舎に掘られていることで有名な「見ざる聞かざる言わざる」の三猿。

 

「見ざる、聞かざる、言わざる」という叡智の3つの秘密を示しているとされています。

 

その三猿の前に、「子供の時に悪いものを聞かせるな。そうしたらその子供は大人になった時に、正しい判断をすることができる」というようなことが書かれています。

 

悪いものを聞かせていると、自分や人を信じられなくなるからですね。「世の中が闇にみえて生き苦しくなるんですよね」

 

「良いところはあるんだ!良いところを探せ!」

 

「人の良いところはどこだろう?」

 

と、そっちをみさせる必要がありますね。

 

多分これは親しかできないでしょう。

 

人がいくら言おうが、かえって親が違うことを言っていたら、絶対そっちに引っ張られますから。「毎日一緒にいるわけですから」

 

反抗期というのは「アホな親への予防」なんですよね。

 

僕も含めてですが。

 

「ない場合は、モロ自分の影響を受けていると思ったらいいですね」

 

それがどう出るかはわかりません。

 

反抗期は「自分の価値観で生きようとしている姿ですから」

 

だから僕は「反抗期」という言葉が小さい頃嫌いでした。

 

「なんなん、その大人目線の言葉?」と思っていました。

 

その言葉には「大人は賢い、子供はまだまだ」というニューアンスが込められていると思いました。

 

確かにそうですよ。

 

経験値不足ですよ。いろんな知らないものたくさんですよ。

 

でもそれと「上から目線は違う」と思いました。

 

 

「なんで自分の方が頭がいいと決めつけているんだろう」と思いました。

 

 

反抗期ではない。正しい間違いがあるならどう考えても母やばあちゃんの方が間違えていると思っていました。

 

その考えを「採用しないから、反抗しているってちょっとまてよ」と思っていました。

 

「なんでそんな傲慢なん?」と思っていました。(傲慢という言葉は当時知りませんが)

 

 

親の言うことは無視。テレビもみない。とくにニュースは。

 

絶対によくない。それならテレビゲームしていたり、アニメ観ていた方がいい。

 

怒られていましたが。

 

そう思っていました。

 

 

やっぱり人間いいものを聞かないといけないんですよね。

 

「情報と食べ物はよく似ています」

 

お菓子ばかり食べていたらどうなりますか?

 

 

自然から学んだ方がいいです。僕は風邪薬は使いませんでした。ばあちゃんは飲ませようとします。「飲まないとおもちゃ買ってあげない」とまで言われていました。僕は怒ってはないです。僕の為ですから。

 

なので飲んだフリをして、外にペッと吐いていました。

 

僕が飲まない理由は、「飲まなくても治るから」です。飲まないと治らないのなら飲みます。

 

飲まなくても治るのに使う意味が僕にはわからなかったのです。

 

原因があって起こっているわけです。

 

「それを感じることが重要です」

 

飲んだら、それができないですよね。

 

「じゃあまた次やりますよ」

 

しかもどんどん問題が大きくなりますよ。

 

 

僕が小学2、3年ぐらいの時の行動です。

 

誰から学んだのかはきつねです。きつねのドキュメンタリーがあって、きつねが体調が悪かったのです。ジーーッとしていました。そうしたら、元気になって、またピョンピョンと飛び跳ねていったのです。

 

それをみてた僕は「薬を使わなくても治るやん」と思ったのです。

 

 

「飲まなくても治るのになぜ飲むのでしょうか?」

 

その間じっと感じていればいいのです。今までの自分の行動がつくったわけですから。

 

「感じず、考えず、薬を飲んで、動きまわるって、それって大丈夫なん?」と思います。

 

死に向かって歩いているレベルではなくて、走っているとしか思えないです。

 

走れば、病気になって当たり前。

 

 

どうしても明日休めない会議があるやそういうのはいいと思います。無理するのはその時だけです。そういう時は薬を飲んで、その変わり、「どこであなた振り返るの?」という時間はもうけた方がいいです。

 

 

薬を使う時は「体に対して、負担をかけてごめんね」と謝るのです。「明日どうしても大切な用事なの」という理由も伝えるのです。「だから、お願い頑張ってね」というのです。

 

「その用事が終われば、休むからね」と、そういうアフターフォローの言葉もいってケアするのです。

 

こういうのが病気の予防です。

 

「うまく自分の体とつき合う」です。

 

 

そうしたら「体もよーし、それが終われば休めるんだ。じゃあ頑張るよ」となるものなのです。

 

「本当にそうですよ」

 

僕はそんな体との付き合い方です。

 

 

反抗期は反抗しているのじゃないです。「いらない情報をシャットアウトしているのです」

 

「お前の情報いらん」と言っているのです。

 

子供はうまく喋られないし、言語もしらないから、「反抗期」と言われるだけです。

 

他の人は知りませんが、僕はそんな対応をしていました。

 

 

「お前の情報いらん」と言わないですが。ご飯をつくってくれなくなるので。

 

「反抗しているなんて、そんなふうにアホの子扱いしてくれるぐらいが、ちょうどいいと思っていました」

 

 


自分を信じていない人の行動は当然、「いちいち人に聞きます。」

「いちいち人のをみます。」


それでだいたい「迷子」になります。徨います。

まるで泳げもしないのに、川に入って、溺れて「誰か助けて!」みたいになります。


なので「見ざる、聞かざる、言わざる」をしていきます。

 

人のをみないし、聞かないようにする。

 

自分を信じれない人は、情報がうまく扱えないのです。

 

なので情報を扱うというよりかは、「みないようにする、聞かないようにする」

 

まず悪いものを出さないといけないです。

 

今の時代でいうなら、インターネットでみんな批判したりいろいろしているでしょ。

 

あとはいろいろ見せびらかしたり。

 

名前や顔がでないところでは「ボロカスです」それで名前や顔がでているところでは「みせびらしたりいろいろです」

 

「こういうのが悪い情報ですね」

 

僕が子供なら1番に避けます。

 

「こんなふうになることが大人なのか」と思えば、絶望すぎて死にますから。

 

 

「みないようにすれば、忘れていきますから」

 

 

それで大人でいえば、ディズニーランドに行ったり、クラッシックに行ったり、歌舞伎でもいいでしょう。「そういうのがいいですね」大人もディズニーランドもいいです。「良き心を取り戻しますから」

 

 

僕はちなみにまだディズニーランドに行ったことはありません。

 

「僕の人生をディズニーランドに変えるんだ」という思いで必死です。

 

 

そこに行って楽しいのもいいけれど、肝心の現実が楽しくないと、「そのギャップで僕はやられる」のです。

 

だからまず「現実の人生を楽しくする」というのが僕の今までのテーマでしたから。

 

 

まず悪い情報を避ける。

 

それで「瞑想や禅」等もいいかもしれませんね。

マラソンもいいかもしれません。自然と戯れるのもいいですね。

 

 

(ちなみにこれも僕どれもやってないですが)

 

 

それで、頭が落ち着いたら、はじめて自分で考えて歩むことができます。

 

それまでは考えれないでしょ。

 

悪い情報が邪魔をして。

 



自分を信じることができないと、「人に聞いても、みても迷子になります。」

「みたもの、聞いたものに扱われてしまうのです。」

振り回されてしまうのです。


自分を信じれているなら、みたもの、聞いたものを扱えるようになります。

扱えるとどうなるかは、「きちんと取捨選択が出来るようになるのです。」


自分を信じれていない状態は、「取捨選択ができません。」


するとどうなるか、「ただのみたもの、聞いたものを鵜呑みにします。」

そしてわけがわからなくなる。

だから自分で考えて行動しないといけないのです。

「自分を信じていない状態でなにかやっていてもとても辛いだけです。」



とにかく自分を信じてどんどん歩む。

信じれないなら自分を信じれるようになる為に歩む。


自分を信じれなくて歩めれないなら、自分でビジネスどころではないですからね。


自分を信じて歩めないと、結構酷い目に遭う場合もあります。いろんなものにお金と時間を使った挙句、ものにならないということがあるのです。

そりゃそうなります。

 

「だって、自分を信じることができないですから。」

 

 



僕らは情報化社会ですから、「情報の洗脳」を受けやすいです。

ということは、「自分の思考が停止しやすい」のです。

「自分で考えて動けない」のです。


それを打破するのが「自分を信じる」です。


 

自分で考えて動く、動ける=自分を信じること

 

だと捉えていただいていいです。

 

 

自分で考えて動ければ動くほど、自分を信じる力が身につきますから。

 

「やがてそれで結果が出れば自信となります。」

 

 

「自分を信じれたら、自分で考えてどんどん動けるんだ!」的なものは幻想、妄想です。自分を信じる為になんか変なことやり出しますから。

 

「はやく、自分で考えて動け」ですから。

 

しいていうなら、プルプル震えながらも恐怖におののきながらもやることです。

 

こういうのも無くそうとしないことです。

 

「プルプル震えることを無くそうや、どうやったら恐怖が無くなるのだろう」とか。

 

 

「あなた、そんなことやっていたらそれだけで自分の寿命が尽きて終わるよ」ってなります。

 

プルプル震えながらも恐怖におののきながらもやればいいのです。

 

何度もやっていれば慣れますから。

 

僕はそういう感じです。

 

 

「やるだけ」です。

 

 

失敗もあっていいのです。

 

 

とにかく自分で考えてやるということがとても重要なのです。

 

「自分を信じられるアクセスはそこにしかありませんから」

 

自分を信じられない、あとは自分バカ、頭が悪いみたいに思う。

 

「だから、人に聞くわけです」

 

でも自分を信じられない、あとは自分バカ、頭が悪いみたいに思うことをなんとかするのが「先」です。

 

「そんなので生きていたら人生が苦しいだけです」

 

 

失敗や傷つくことを恐れたり、保証や確証を求め出したら「人生終わりますよ」

 

 

大事なことは「失敗してもいいから、自分で考えて動くことですから」

 

これが自分の人生ですから。

 

 

その上で、参考に人に聞いたりするのはいいですよ。

 

 

 

あとは「自分を信じれたらうまくいくんだ!」的なお花畑の中にはいないことです。妄想郷ですね。

 

自分を信じる=うまくいくとは別です。

 

自分を信じる=進みやすくなるです。

 

 

(うまくいくと思いたいなら、諦めなければうまくいくと、チャレンジし続けながら思うのはいいと思います。)

 

 

 

自分を信じて歩み、「自分のベストを尽くす」「本気」「真剣」「一生懸命やること」「全力」

「失敗やうまくいかないことはあたりまえ。何回やってもいいから乗り越える。考えていく」等、やりながら、やり続けながら、そんな人だけが人の力を借りれます。

 


そうじゃないなら人の力も借りません。

 

そうじゃないなら、「なにかうまくいく方法教えてください。お言葉ください」的なマニュアル思考ですよね。

 

そんなものはありません。

 

まるでひな鳥が、親どりが餌を持ってきてくれるのを、口をパカッとして待っているような感じですよね。

 

 

 

自分を信じて歩み、「自分のベストを尽くす」「本気」「真剣」「一生懸命やること」「全力」

「失敗やうまくいかないことはあたりまえ。何回やってもいいから乗り越える。考えていく」等をやります。

 

 

それで、どうしてもうまくいかないということもあると思います。

 

そういう時、人にアドバイスをもらえばいいのです。

 

そうしたら「その手があったか」「そんな発想があったか」等があります。

 

1人で考えていても出てこなかったりするのです。

 

1人でやって、それが出てきますか。

 

出てこないです。

 

こういうのを人を頼ります。

 

自力の上の他力です。

 

 

「失敗やうまくいかないことはあたりまえ。何回やってもいいから乗り越える。考えていく」等をやっていけば、いつの間にか本の聞き方やセミナーの聞き方も変わります。

 

 

「チャレンジすればするほど、聞き方が変わるのです。」

 

 

だから、絶対前に進むはずなのです。

 

 

 

うまくいかないというのは、「なにかうまくいく方法教えてください。お言葉ください」的なマニュアル思考。まるでひな鳥が、親どりが餌を持ってきてくれるのを、口をパカッとして待っているような感じをしていると、「かなりいけていない状況に自分が追い込まれてしまうのです。」

 

 

 

自分を信じて歩む。

 

自分を信じれないなら信じられるように、自分で必死で考えて動いていく。

 

それがたとえうまくいかなくても、チャレンジ自体が、「自分を信じられる要素」になりますから。

 

結果が出れば「自分の自信」となりますから。

 

 

1番は自分を信じて歩めれなければ、別の道にいきますからね。

 

その道は地獄の道だと思いますよ。

 

子供にみせたくない姿ですね。

 

 

 

「副業」という言葉は、今の時代に合わないと思います。

 

ただの「もう1つの仕事」です。

 

 

副業という言葉を使うより「私の命のとても使いがいがあるもう1つの仕事」だと呼べばいいのです。

 

 

「副業ですか?」と聞かれたら、

 

「はい」と言って、「どんなものを?」と聞かれたら、

 

「このようなものです」とこたえても、

 

「ふーん、そうなんですね」で終わると思います。

 

 

 

「副業ですか?」と聞かれたら、

 

「違います」と言って、相手は「では何ですか?」

と疑問を持つと思うので、そこに

 

「私の命のとても使いがいがあるもう1つの仕事です」

 

といえばどうですか?

 

 

「あなた誰ですか?」と思わないですか?

 

 

「自分が売れていきやすいと思います」

 

そこから内容を語ればいいのです。「熱い」ものがきっと出るでしょう。「情熱」みたいなものが。情熱とは何を大切にしているのかで決まります。

 

 

それに、

 

「私の命のとても使いがいがあるもう1つの仕事です」

 

と言われたら、

 

「そのもう1つの仕事に魂があれば、

 

 「私、大切にされている」

 

 と感じると思います」

 

 

 

そのもう1つの仕事が

「あなたに力を貸してくれるかもしれませんよ」

 

 

 

アイデアやひらめきや

いろいろ与えてくれるかもしれません。

 

 

 

「副業」という言葉がいちいちいるのかなと思います。

 

 

「浮気」みたいな感じです。

 

 

もう1つの仕事にただ気をつかっているというか、「迎合」しているだけでしょ。

 

 

もう1つの仕事が「本業」と言ってくれたら、その「仕事が喜ぶからです」

 

(浮気もそうです。ほぼ「それはない」です。「本気」です。

言えないだけです。相手のプライドが粉々になるからです。

火に油以上のものを注ぐことになるからです。核爆弾になってしまうからです。)

 

 

「でも副業と呼ばれてしまう、もう1つの仕事はどんな気分しますか?」

 

 

 

仕事を「人」みたいに言っていて、慣れないかもしれませんね。

 

多くの人は、仕事を「モノ」扱いでしょう。

 

 

でも僕らは見立ての文化ですよ。

 

「おせち」等そうですよね。

 

 

 

 

仕事を「モノ」扱いしない方がいいですよ。

 

あといろんなものを。

 

 

「生命」に見立てたら、

 

 

「人がみえないものがみえる、

 聞こえないものが聞こえます」

 

 

 

たとえば、スポーツ。野球とします。

グローブやバットを「モノ」として扱うのと、

「人」として扱うのでは全然ちがうことないですか?

 

 

「後者が絶対にモノを大事にします」

 

 

よく昔の人が「モノを大切にしなさい」と言わないですか?

 

 

その言葉は実は深くて、「人だからなのです」

 

だから「うるさい」のです。

 

こういうところが日本は精神性が高い民族だと言われたりするのです。

 

 

「聞こえるもの」が変わるから、

 

たとえば、鈴虫の鳴き声が海外の人は「雑音」に聞こえるのです。

 

 

「察する」や「心配り」や「気遣い」や

その細かいものは、日本人はずば抜けていると思うのです。

 

「みえかた、聞こえかたが違うからです」

 

 

それから日本人は「ものづくりがうまくないですか?」

 

「みえかた、聞こえかたが違うからです」

 

 

つまり日本は女性性がとても強い国なのです。

 

こういうのは女性性ですから。

 

 

 

「副業という言葉は捨てればいい」です。

 

 

愛する仕事がいくつもある、それでいいじゃないですか。

 

 

 

それで、たとえば会社の仕事と自分でやる仕事があるなら、

 

「自分でやる仕事が会社の為になる」

 

「会社での仕事が、自分でやる仕事の為になる」

 

そういう相乗効果をもたらせるようにすればいいです。

 

 

 

終始雇用や毎年年をとるだけで給料をあがっていた時代とは違いますから。

 

 

昔は「副業やるな!」としたら、

今は「どうぞ、副業お願いします」です。

 

 

なぜなら会社自体がその人の人生の責任をとれなくなってきているからです。

 

「だからリスクヘッジしておいてくださいね」です。

 

 

 

でもその中でも、会社の仕事と自分でやる仕事があるなら、

 

「自分でやる仕事が会社の為になる」

 

「会社での仕事が、自分でやる仕事の為になる」

 

そういう相乗効果をもたらせるようにすればいいです。

 

 

 

会社とは「今までが上下関係」だったとしたら、

 

今は「対等な関係になってきています」

 

 

女性性の時代らしくていいですね。

 

 

「だから横にスライドできない人ほど、

 人生苦しくなるんですけどね」

 

 

横にスライドすると、「依存できないですから」

 

否応なく「自立させられます」

 

 

依存というのはあくまで「上下関係の中にあるもの」だからです。

 

対等な関係に依存はないです。

 

「できないでしょ」

 

 

だからこれからの時代別に「依存するな」なんていちいち言う必要なんてないんですよね。(言っていますが。転換期なので。はやく時代に適応しないと人生しんどくなると思うので)

 

「できないのですから」

 

依存先がないもの。

 

「ある」からできるので。

 

 

 

「ダイエットができない」ではなくて、

そもそも食べ物がなければ誰でもダイエットできるでしょ。

 

逆に「この環境で、太れるなら太ってみろ」という環境ができていっているからです。

 

 

 

今ってどんどん境界線がなくなってきているのわかりますか?

 

 

会社の仕事と自分でやる仕事というのも

曖昧になっていっています。

 

 

 

「いくつか仕事をやっている」

 

という状態が共通だと思います。

 

 

その理念はどこからなのかというと

「自由」

からです。

 

そこから抽象度を下げると、

「自分の人生を自分がデザインしている」

という発想です。

 

 

 

「自由」というのは人の根源的な欲求なので・

 

人は必ず便利な方、楽しい方に行くのでそうなります。

 

 

 

「時代がどうなるかはわからないのですが、

その中で言えるのは、不便な方、楽しくない方には

向かわないということです」

 

 

 

「またポケベルが流行るかもしれない」とかね。

 

「いつかまた洗濯まな板が登場する」とかね。

 

 

「絶対ないです」

 

 

 

「自由になりたい」というのは人がおもうことですが、

 

その思いは抽象度を下げないといけないですね。

 

その下げたものが「自分の人生を自分がデザインしていく」です。

 

すると扱いやすくなります。

 

 

 

「自分の人生を自分がデザインしていく」というのはちょっとずつです。

 

 

「嫌いな仕事に8時間使っていたとします」

 

すると「嫌いじゃない仕事(でも好きでもない)を2時間やる。嫌いな仕事を6時間やる」というふうにちょっとずつ移動させていくのです。

 

 

「嫌いじゃない仕事に8時間使えるようになった」

 

としたら、「自分の人生を自分がデザイン少しできたと思います」

 

 

それをやがて「好きな仕事に8時間使えるようになった」

としたら、「意外と自分の人生を自分がデザインできたと思います」

 

 

そうしたら次は「とても好きな仕事に8時間使えることを目指せばいいです」

 

 

 

仕事の時間を減らすということは

あまりお勧めしません。

 

それの根本は「好きじゃない」ということですから。

 

そこも「自分の人生を自分がデザインしていく」方向ですが、「本質的なのか」という問題ですね。

 

 

同じ努力をするなら、「時間を減らす」より「好き」に行く方に努力した方が、「人生楽しいんじゃないかな」と個人的には思います。

 

 

「自分の人生を自分がデザインしていく」という観点からお伝えさせていただきました。

 

 

 

追伸、

 

「そこそこ稼いでいたら、いかに楽しんで暮らすか、幸せに暮らすかが大事じゃん」みたいな発想がZ世代と呼ばれる人たちの価値観です。

 

「今多いと思います」

 

そこは抽象的ですが、少し具体的にすると(具体的にすればするほど個性が出てきて、合う合わないなどができますので、必ず自分で創作するようにしてください)たとえば、「週2日ガチで働く。あとはちょっとお小遣い稼ぎ」みたいなライフスタイルです。

 

ちなみに僕はこれです。

 

ただこんなに浅くはないですが。

 

「週2日ガチで働く」というのは、企業のコンサルや稼いでいる方のコンサルやプロデュースですね。

 

「あとはちょっとお小遣い稼ぎ」みたいな場所が、たとえばこのブログ書いたりですね。

 

別にお小遣い稼ぎではないですが。もっと深いですが。

 

 

根本は「自分で自分の人生をデザインしていく」という発想です。

 

どんなライフスタイルにするのかは自由でいいのですが、「自分で自分の人生をデザインしていく」という発想を持っていてくださいね。それができてこその「自由」や「自分らしく生きる」や「自分らしく稼ぐ」や「ありのまま生きる」やそういうのが全部詰まっていますから。

 

逆をいえば、「自分で自分の人生をデザインしていけなければ、すべて机上の空論です」

 

「自分で自分の人生をデザインしていく」というのは、船のようなものです。タイタニック号があるとしたら、前に岩があるとみえてもぶつかるわけです。その手前で岐路を変えていかないと。

 

少しずつ少しずつ変えていくように「自分で自分の人生をデザインしていきます」

 

僕は20歳からこのような考えで動いてきました。

 

 

 

「能力や才能等に囚われないでくださいね。」

 

あと「向き不向き」やそういうの。

 

自分の人生が死にますよ。

 

それは言い訳や正当化です。それが悪いわけではなくてね。

 

ただそこに代償や影響はありますよ。

 

「思い込みになりますから」

 

ストコーマになります。心理学盲点です。

 

それにより自分で自分のクビを締めてしまうことになる場合もあります。

 

あえてやるなら本人の人生の選択なのでそれはいいんですけどね。

 

 

徒然草 第百五十段を贈ります。

 

 

これから芸を身につけようとする人が、

「下手くそなうちは、人に見られたら恥だ。

人知れず猛特訓して上達してから芸を披露するのが格好良い」

などと、よく勘違いしがちだ。

 

こんな事を言う人が芸を身につけた例しは何一つとしてない。

 

まだ芸がヘッポコなうちからベテランに交ざって、

バカにされたり笑い者になっても苦にすることなく、

平常心で頑張っていれば才能や素質などいらない。

 

芸の道を踏み外すことも無く、我流にもならず、

時を経て、上手いのか知らないが要領だけよく、

訓練をナメている者を超えて達人になるだろう。

 

人間性も向上し、努力が報われ、無双のマイスターの称号が与えられるまでに至るわけだ。

 

 

             吉田兼好

 

 

 

ビジネスの世界に、能力や才能等は「不要」です。

 

あと「向き不向き」やそういうのも。

 

 

なぜなら、たとえば整体で言えば、腕がないけれど、稼いでいる人もいれば、腕はすごくあるけれど、稼いでいない方もいます。

 

 

能力や才能等や、向き不向きは、

たとえば、業界でトップや「あの人みたいになりたい」や、

何か憧れのようなところに行くや「理想」を叶えるや、そういうのはいると思います。

 

 

あとスポーツや、格闘技や、芸能界や、アーティストや、そういうのにもいると思います。

 

プロ野球で、「巨人で4番を打つ」というのが夢だとしたら、能力や才能等や、向き不向きが関係ないのかと言えば、「そんなわけないでしょ」と思います。

 

 

こういう世界の場合は、能力や才能等や、向き不向き等はいると思います。

 

でもビジネスの世界はその何十倍もかんたんですから。

 

たとえば自分が車をつくれなくて、職人みたいなものが苦手でも、雇ったり、一緒にやれたり、こういうことができるのです。

 

「チームプレーができるのです」

 

 

ゴルファーがゴルフうまくなければ、それだけで終わりですよね。

 

それに別に性格等関係がなかったりします。

 

「別に優勝すればいいだけですよね。」

 

 

それで、ゴルフうまくないから、「別の人に変わりに・・」、なんてできないです。

 

 

ビジネスは人の部分があるので、たいしてうまくもない食堂が流行ったりします。

 

ゴルフでいうなら、うまくもないのにやっていけたりするのです。

 

「人間力」やそういうのも含まれるからです。

 

 

プロゴルファーが、人間性がとても高いと言われても、ゴルフがうまくないとやっていけないです。

 

 

それに能力や才能等は磨いて輝く側面もあります。

 

天才ほど努力していますから。(していない人がいるならみつけてみてください。)

 

 

それに見ていると、努力の後に天才がついているケースも多いです。

 

プロ野球選手で有名な人も、過去クビになりかけたりしています。

 

そこからものすごく努力して、大成されている方も多いです。

 

 

逆に天才と呼ばれた人も、プロでは大成しない方も多いです。

 

先天的にかりにあったしても、そういうケースもあるし、後天的に伸びてくる人もいます。

 

 

後天的なものはすごくやらないとわからないです。

 

あくまで探せたとしても、先天的な感じです。

 

 

 

好きなことややりたいことは、「たとえば、能力や才能もないのにやっている人がいるとします。」

 

 

この理由は何でしょうか。

 

 

「好きだからですよね」

 

 

能力や才能があるからやっている。これは別に好きかどうかはわからないです。

 

 

能力や才能がなければやらないのならそれは好きではないです。「ただ自分よく思われたいだけです」

 

 

「向いてないと言われるのに、能力や才能もないと言われているのに、やる」

 

こういうのを好きというのだと思います。

 

 

そしてそこから能力や才能等開花する人もいます。多いです。

 

 

これを「好きこそ物の上手なれ」というのだと思います。

 

だから「好きなことやりなさい」と言われるのだと思います。

 

 

その道と、能力や才能や向き不向きは対極です。

 

好きというより、「損得や打算の道ですよね。」

 

 

でもそれと「楽しいか」どうかは別です。

 

 

「向いてないと言われるのに、能力や才能もないと言われているのに、やる」

 

こういう人の人生自体が「もうすでに幸せであり成功です」

 

 

「能力や才能からやりません」という考えが、そもそも不幸であり失敗なのかもしれません。

 

「あなたが自分で不幸を生み出している」と言えるかもしれません。

 

 

 

「能力や才能や向き不向きは全て捨てます。」

 

いらないのです。

 

そうやって、出てくる感性があります。

 

だから好きなものがみつかるのかもしれません。

 

 

感性を捨てて、みつけるもクソもありません。

 

 

 

しいていうなら

 

「あなたにこういう能力や才能等が・・・」

 

「あなたの向き不向きは・・」というと、儲かる人はいますよ。

 

 

あとこういうの人は好きなのです。

 

 

これを参考にしてください。↓

 

 

(孫正義さんはソフトバンクの社長です。)

 

 

こういうのはユニクロの社長も言っていましたが。

 

 

占い好きは、ビジネスセンスが本当ないです。

 

その占いで儲けようとしている人はわかりませんが、受ける側はセンスがないです。

 

 

「他者に何か委ねているという時点で、センスないです。」

 

 


僕はビジネスの成功は、能力や才能の問題ではなくて、「やる気」の問題だと僕は思っています。


「やる気」というものは非常に奥深いものなのです。


ビジネスは、誰がやってもうまくいくであろうものをやる気のない人にやらせても、うまくいかないのです。

「逆にこれ難しくない?」「無理でしょう?」というものを、やる気のある人にやらせるとうまくいくのです。



「まるで病は気からの気、並です。」

 

 

よくアルバイトの募集に「やる気のある人募集を書いています」

 

すごく深い言葉だと思います。

 

 

「いろんな人を採用してきて、いろんな人をみて、結局辿り着くものがそれなのだと思います」

 

いくら才能や能力があってもやる気がなければ本当使えないのです。

 

逆が結局よかったりするのです。

 

「それは雇う側になるとわかるかもしれません」

 

 

まだ芸がヘッポコなうちからベテランに交ざって、

バカにされたり笑い者になっても苦にすることなく、

平常心で頑張っていれば才能や素質などいらないです。

 

芸の道を踏み外すことも無く、我流にもならず、

時を経て、上手いのか知らないが要領だけよく、

訓練をナメている者を超えて達人になるのです。

 

人間性も向上し、努力が報われ、無双のマイスターの称号が与えられるまでに至るわけです。

 

 

「ぜひその道を歩みたいです」

 

 

雇う側になればわかります。

 

「才能や能力なんていらないです」

 

雇う人は「誠実な人です」

 

それが間違いありませんから。

 

 

 

「ビジネスをはじめての方が陥りやすい罠」についてお伝えしておきます。

 

けっこう他人事にせず聞いてもらいたいのですが、ある主婦の方が「なにかやりたい!」ということで、サロンをオープンされたのです。

 

 

そして、サロンをオープンしてびっくり。誰も人が来ないのです。

 

この方は、サロンをひらけばお客様が勝手にくるもの、だと思っていたのです。

 

 

けっこう笑えない感じです。

 

笑った方がいいですが。

 

笑う門には福来たると言いますから。

 

 

あやうく開業倒産するところでした。

 

 

意外とこういう方は多いです。

 

 

ただこの方の場合は、先に何百万円か使っているのです。

 

毎月家賃もいるし、人も雇っているし、「否応なく夢から覚めれます。」

 

でもそんな状態ではなくて、お金も使っていなく、毎月家賃もいらない、人も雇っていない場合、「どうですか」

 

引き続き、まだ夢がみられると思います。

 

なかなか夢から目覚められないのです。

 

 

「夢を実現する最善の方法は、夢から覚めることだ」 

 

            ポール・ヴァレリー

 

 

 

その方はすぐに夢から覚められて、今では夢を実現されています。

 

 

お金も使っていなく、毎月家賃もいらない、人も雇っていない場合、「だいたいダラダラしてしまいますから。」

 

 

「人は夢をみる」

 

 

僕は20歳の時に不動産業で働いていたり、コンサルをしてきていますから、仕事の裏側の部分をみることができたのです。

 

 

たとえば、不動産屋をしていたら、テナント等を紹介するし、そのテナントの管理等をしていますから、家賃滞納等、店の状況がわかったりするのです。

 

外側は華やかにみえていても、意外と中身ボコボコですから。

 

 

たとえば、「カフェやりたい」という夢を持てば、その光景は素敵じゃないですか。実際実現すれば「地獄が多い」です。

 

「夢見ている間は、とても楽しいです。そこは現実ではないですから」

 

 

「人は夢をみる」

 

これは仕方がないものだと思います。

 

僕もそんなところがあるのです。

 

「よくありますよ」

 

「またやった」と何度も思います。

 

ただ僕はチャレンジの回数が多いので、「夢みていたね」と思い、切り替えてやります。

 

「人は夢をみるのです」

 

人は甘いのです。

 

 

こういうのは人間の常だと思います。

 

この話をすると、沖縄でひめゆりの塔に行った時のことを思い出します。

 

戦争がはじまる前、みんな楽しそうだと思ったのです。すごく楽観的なのです。

 

「本当僕らと何も変わらないんだな」と思いました。

 

まさかその後、地獄絵図が待っているなんて誰も想像しなかったと思います。

 

 

 

「人は甘く、夢をみるもの」

 

それがわかっていたら、進んだ中いろいろあっても「当たり前」です。

 

「あっ、甘かったのね」です。

 

「またやっちゃった」

 

と思い、いかに修正していけるかが大事だと思います。

 

 

 

「自分が辿り着きたいところに辿り着くまでは、夢みている可能性があることを知っておいてください」

 

とくにこれからの方やチャレンジが少ない方はね。

 

 

「じゃあないと夢みたまま現実を生きることになります」

 

 

その頭に思っているもの、「世の中にないよ」という結論もあったりしますから。

 

嫌でしょ。




「こうしてこうしてこうして

 それでこうなって、こうだ!」

みたいな自分のストーリー、シナリオがあると危険です。

 

それ以外の話は、自分の耳に入らないからです。

 

自分の耳に入るのは、その自分のストーリー、シナリオを叶える為の話しか人は聞けないですから。

 

それを叶える為に努力をしやすいのです。

 

 

「でもこれが危険だったりします。」

 

「そもそもが、自分のストーリー、シナリオが破綻しているケースがあるからです。」

 

そもそも夢の中にいるというケースです。

 

そもそも現実が考慮されていない、世の中や社会に通じないケースがあるのです。

 

(その場合の違いは、全体(社会や世の中)、人がみえていないのが特徴です。見えないです。だって夢の中だから。)


 

 

なので気をつけてください。

 

「自分が欲しいもの、手に入れたいもの、夢、目標」等があるとします。

 

「それを手に入れるのはとても難しいものだと思ってください」

 

厳しく考えていて悪いことありますか?

 

とくにないです。

 

でも甘く考えていると足元を救われます。

 

「備えあれば憂いなしです。厳しく考えておいてください」

 

難しいものだと。

 

 

「でも人より3倍努力するば、叶うかもしれない」

 

そう思っていたらいいのです。

 

「それでもやるのか、それならやらないのか」です。

 

 

それでもやるというふうにしてやった方が「成功しやすいでしょう」

 

(やらないならやらないでよしです)

 

 

難しく考えていて「意外とかんたんだった」「甘った」

 

「思っていたより全然楽に成功したじゃん!」と思うならそれはそれでいいじゃないですか。

 

支障がないです。

 

 

「問題は、甘く、楽(ラク)に考えてしまうことだったりしますから」

 

 

なので、ぜひ気をつけてください。

 

 

 

「現金パワーを活用すること」

https://ameblo.jp/atokau/entry-12449434665.html

 

上記の記事で伝えました、官足法をやっている人についてです。

 

官足法は、体のマッサージみたいなものです。

 

 

それだけで食べている人は、ほぼいないと思います。

 

 

官足法って聞いたことありますか?

 

どちらかというと「何をやるのか」だけで決めれば、結構地味です。

 

だいたいの人が「それでやっていけんの?」と思いますね。

 

 

官足法に需要はないですが、やっていくジャンルは「健康、体のことです。」

 

そこには需要があります。

 

なぜなら体が不調な方はたくさんいるからです。

 

 

やっていくものはどうでもいいのです。

 

「やっていく方向に需要があるのかが大事なのです。」

 

(なくても需要を生み出せる力があればオッケーです。けれど難易度はあがります。なのでそれは考えなくていいのかなと思います)

 

 

需要の方、悩みの方にフォーカスするということが大事です。

 

「やることなんて何でもいいのです」

 

 

「それで人を幸せにできるのか」というだけです。

 

自分の腕次第です。

 

あまり「やること、やるものにフォーカス」にしないでくださいね。

 

意外とやりがちです。

 

「相手の望む未来、欲しい未来を提供できればそれでいいのです」

 

 

 

どれだけやるものが「好きか」ということと、

 

そのものによってどんなふうに自分の人生が変わったのかというビフォーアフターを語ればいいのです。

 

(ここはとても重要です。ここで売り上げが決まるといっていいぐらいです。お金を稼ぐ人は「ここの伝え方がとてもうまいです」

 

お金を稼がない人は「ここの伝え方がうまくない」です。

 

でもその違いは、うまい人は単に「ここが重要だ」とわかるセンスがあるのです。だから、伝える練習したり、伝わるように努力をするのです。

 

うまくない方は単純に「重要だと認識しない」のです。ゆえに努力をしないです。

 

別のことをやっていたりします。

 

(「うまい、うまくないの違いは「単純に努力」です。運動や勉強みたいに個人差はあっても「努力で誰でも上達しますから」)

 

なので、「ここはとても重要です」と言っていますので、ぜひ取り組んでください。僕は別にやってくれてもやらなくてもいいですよ。「単純にお金が欲しくないですか?」)

 

 

 

それで、どれだけやるものが「好きか」ということは、

意外と奥深くて、すごく好きな人は「そのものが好きというより、

そのものを通じて、自分の夢が叶うや手に入れたいものが手に入るという「自分の未来をみていたりします」

 

 

「その未来の中に、自分がやっている好きなものがあるだけです」

 

気をつけてください。

 

「意外とやっているものだけで、好きかどうかを判断していたりします」

 

こういう人が、結局あれもこれもに手を出したりします。

 

 

「みているポイントが違うんですね」

 

 

 

「自分の未来をみていて」、「これ好き」って言っていたりします。

 

相手の世界に立つとそれがわかります。

 

これは意外と女性に多いですよ。

 

 

 

たとえば、結婚とかもみているのは人かもしれませんが、

「みているのは未来じゃないですか」

 

 

その人をみていると「楽しい未来」がみえて

結婚というとても大きなハードルを乗り越えるのではないですか?

 

「未来がみえない場合、躊躇しないですか?」

 

 

結婚の場合、頭で考えても踏ん切りがつかないと思います。

 

理性で無理くり納得させて「飛び込める」ものではないと思います。

 

小さいものならあると思いますが。

 

「大きなものほど直感だったりすると思うんですけどね」

 

 

未来とは「全体」です。

 

好きなものという、ものというもの自体が「部分」です。

 

 

部分だけをみている人がいます。

 

「こういう人です。なかなか進まない人は」

 

あれ違う、これ違うといって、さまよったり、探している人が多いですね。

 

それは「部分だけ」をみてしまっているからですね。

 

 

「すごく好き!!!」と言っている人は、「未来」をみているのです。

 

それが「全体」です。

 

あまり「好きなもの」という、ものをみてないです。

 

女性って多分そんな感じなんでしょうか?

 

「多いですよ」

 

 

僕は男性なのでよくわかりませんが。

 

「女性の立場に立つとそんな感じに思います」

 

女性の人ならわかるのではないでしょうか?

 

 

 

「未来をみている人がとてもうまくいきやすいです」

 

 

プラス自分の人生がどう変わったのかというビフォーアフターを語ればいいです。

 

 

「あとはお客様もどのように変わったのかという、お客様のビフォーアフターを伝える」

 

 

それぐらいではないでしょうか?

 

 

 

「自分の素敵な未来をみている」ということが必須です。

 

 

「それを持っている人がやっぱりうまくいきますね」

 

 

何が違うって

「みえている」

から諦めないのです。

 

 

くすぶることはありますよ。

 

 

「自分の素敵な未来をみている」というだけなら視点が少ないからです。

 

 

「お客様にはそれは関係がなかったりしますから」

 

 

楽しそう、明るそう、キラキラしてそうみたいな印象は与えるかもしれません。

 

自分のパワーやモチベーションや諦めない力やそういうにはなるでしょう。

 

 

でも「自分の素敵な未来をみている」だけではもう1つです。

 

 

管足法の彼女も「自分の素敵な未来をみている」というだけの状態は、お客様はポツポツだったのです。

 

そこに「ピントを合わせた」のです。

 

 

彼女に「何が1番欲しかったの?」と聞いたら、

 

「私は元気になりたかった」と言うから、

 

「たぶん元気になりたいと思う人は多いよね。

 

じゃあ元気を与えることがあなたの仕事だね」

 

と伝えたのです。

 

 

あとは、

 

「単純に元気になるだけなら、例えば、元気になれば、

人から頼られることもあるだろうし、

人が厳しくなるかもしれないよね。

 

弱い感じにしていたら、人が優しくしてくれたり

いろいろあるかもしれない。

 

<略>

 

元気になりたいのいうのは、人生を楽しく生きたいということじゃないかな」

 

と伝えて、

 

「そう」

 

というから、

 

「じゃあ元気になる楽しさを伝えたらいいよね」

 

とお伝えしました。

 

 

「元気になればこんな楽しいことが待っているんだ」

 

それを伝えていけば、

 

「元気になりたいと思うやん」

 

 

「元気になる楽しさを伝えていこう!」

 

そうしたら「本当に元気になりたい」と人は思うし、

 

本当に思えば、病は気からだから元気になる。

 

結果が出る。

 

 

そんな提案をしました。

 

 

案の定、爆発しました。

 

 

 

「自分の素敵な未来をみている」というだけの状態は、お客様はポツポツだったのです。

 

 

「お客様の素敵な未来をつくるんだ」という方向も必要です。

 

 

「それが欲しくて人は訪れるわけですから」

 

 

「自分の未来」そして「相手の未来」

 

そこだけみてぜひ仕事をしてください。

 

 

 

追伸、


自分は「元気になる楽しさを与えていくんだ」みたいに自分のこたえを出すことが大事です。

 

「相手が求めている(欲しいと思う)ものと自分がやりたいことを一致させるのが重要です」

 

じゃあないと空回りますから。

 

 

健康のジャンルなら人は「元気になりたい」と言っている場合があります。

でも僕の場合はその言葉を鵜呑みしません。

「本当に元気になりたいのかなあ」と思います。

だって、「本当に元気になりたいと思っているなら、本当に元気になっていると思うからです。」

「元気になりたい」と言っているのに、別に元気になる行動をとらないという人が多かったりします。

これはどんなジャンルにおいてもその傾向があると思います。

「痩せたい」「成功したい」とかね。


言っている割にその行動を取っていない、そういうのあると思います。


「これいったいなんなのかということですよね。」



「元気になりたい」と言われたら、僕はその言葉を鵜呑みにしません。

疑り深いのではなくて、なにかあることを言語化して言っているだけで、「その言葉だけではわからないのです。」


人間そんなに自分のこと知っていますか?

思っていることを、「正しく言語化できますか?」

そんな人なら人生うまくいっているし、成功もしていると思います。

多くは「自分で自分のこともよくわかっていないのです。」

潜在意識にあることを言語化できる人なんてほぼいません。

だから多くは「直感」とか言いますよね。説明なんてできないです

「なんとなく嫌」「ピンときて」「なんか嫌」

みんなそんな感じですよね。

言語化する術を持っていないのです。


僕はできますよ。でもそれは訓練してきたからです。訓練してもないのに、できるわけがないのです。


「なんか悶々する」「なんか楽しくない」「なんだか知らないけれど、動けない」等、全部、潜在意識にあることを言語化できていないですよね。

「できなくて当たり前です。」

できているなら、プロの領域です。素人はできないのです。

「元気になりたい」と言われたら、その言葉を鵜呑みにしたらダメです。


僕の場合は、「元気になりたい」と言われたら、「人生を楽しく生きたい」等、聞こえてくるのです。


「なるほど。人生を楽しく生きたいんだ」と。

それで「人生が楽しく生きることができれば、必然、元気になるじゃないですか」

相手の奥底にある声を聞こうとしてください。

 

「人の話を聞く」は、言っている言葉を聞くと捉えてください。

 

「本当に聞く、深く聞く」というレベルもあります。

 

それは言葉にはできていない、自分でも認識ができていない、「そういう声も聞こう」というものです。
 

難しい話をしているかもしれませんが、「もっともこれが日本人ができます」

 

なぜなら「俳句や短歌と理屈は同じだからです」

 

言葉は少ないけれど、そこからいろんなメッセージを受け取る訓練を僕らはしているからです。

 

そんなDNAがあるのです。

 

「これが日本人の素晴らしさですから、ぜひ活かしてください」

 

声にならない声を聴く、そこにおいて日本人はずば抜けていますから。

 

 

 

男性は「特別な存在でありたい」女性は「特別な存在扱いされたい」これが人の根本的な関心の1つであったりします。(だから男性は「ヒーローものに憧れます」女性は「姫」等に憧れます。そこから品下がると男は「燃えカス」のような男になります。女は「腐ります」)

 

「卓越」という欲求ですね。本能です。「選ばれないと死にますから(子孫繁栄しませんから)」なので人間以外の動物にもあります。「どうどう僕の羽すごいでしょ」という鳥いますから。たとえば、クジャクですね。きれいな羽を広げますが、広げるのはオスだけだけです。「アピール」です。

 

「特別な存在でありたい」「特別な存在扱いされたい」みんなそこから動いていたりします。

 

「そうなれなくていじけていたり、すねたり、グレたり、自分を責めたり否定したりありますが、全部そこからです」

 

意外とものの見事に。

 

 

「特別な存在でありたい」「特別な存在扱いされたい」、そういう可能性が見えた時、「男性は誇らしくなります」「女性は清々しくなります」

 

 

「卓越という可能の中にいるからです」

 

その中にいる人、いない人は全然違うからわかりやすいです。

 

本当子供みたいにいじけてますから。

 

 

「卓越という可能の中にいて、はじめて夢や目標が持てたりします。なおかつ動けます」

 

卓越という可能の中にいなければ、当然「私は無理」「できない」なんて思っています。

 

欲望はあるので「欲しい」とは思いますが、まるで遠くから星を眺めるように、自分が欲しいものを眺めるだけで、行動はしません。

 

「卓越という可能の中にいる人、いない人ほどわかりやすいものはないです。」

 

 

 

そんな卓越ですが、「そんな卓越という可能性の中にいますか?」

 

持った人は病気になってもやたら「なおすのがはやかったりします」

 

たとえば僕が知っている人にリウマチを半年でなおした人がいます。「リウマチ感謝」という本も出版されています。非常に頭のいい方です。僕ではありませんが、たまたま難病専門の治療家さんに出会い、それまではブログタイトルは「リウマチ戦記」だったのです。「病と闘う」という間違った情報が当たり前になっていて、その人もその影響を受けていました。

 

でも難病専門の治療家さんに「それは・・」と言われて、そこから「リウマチ感謝」となりました。「多分、半年で治すと決めていたので、自分の中でひっかかり、勝手に気づいて、変えたのでしょう」もし治らねえと思っていれば、出会いも言葉も過ぎ去るものですから。

 

その人がリウマチを半年で治した1番は、「卓越」という夢を持ったからです。(と僕は分析しています。)

 

意外とみんなお金の話が嫌いなので(お金は好きですが)、お金の話はあまり表に出てきませんが、「リウマチを半年で治せば、金になる」と思ったことが、すごい治すエネルギーや行動になった要因だと思います。

 

金になるというか、男性は「特別な存在でありたい」女性は「特別な存在扱いされたい」です。

 

「特別な存在扱いされる」という卓越という夢が、そのアクセスが「半年で治れば手に入る」」と思ったのでしょう。

 

 

 

すごい現金ですが、「この現金さ」が大事です。

 

現金な人って本当にうまくいくのです。

 

パワーが違います。

 

 

「いい人って、現金さをどこか悪いと思うのです」

 

でもそれでは自分のエネルギーが出ないです。

 

現金な人って本当に治りますからね。

 

 

現金って、すごい人間のパワーを与えてくれるのです。

 

「バーゲンセールに行ってください」

 

人のパワーを感じるでしょう。

 

遺産相続とかね。「みんな血みどろになるでしょう」

 

戦争とかもようは「現金」でしょう。

 

人を殺すぐらいの力がありますから。

 

 

「現金というのはとてつもないパワーなのです」

 

 

この力を使った方がいいです。

 

「いい人が使えない、魔法のパワーです」

 

 

この現金パワーが成功パワーですから。ついでに病気も治していきますから。「もはやついてですよ」

 


たとえば、官足法という体のマッサージですごく稼いでいる人がいるのですが、別に管足法が儲かるというよりは、「そこに現金パワーがあるからです」

 

その人は管足法に出会い、薬を10種類以上使っていたのが、一切飲まなくなったのです。

 

「それを聞いたら、その人だけ」と思ったりするかもしれません。みんな騙されたくないので、管足法がすごいは思わないでしょう。でもそういうのわかっていても、人間苦痛があればわらにもすがる思いでかんたんに「動きますが」

 

結論からいえば、「そのものがすごい」ってそんなにないです。

 

そんなにすごいものがあるなら、世の中これだけ病気の人いないという事実が必ずできますから。

 

僕は結果でしか判断しませんから。

 

薬を10種類以上使っていたので、一切飲まなくなったのは「現金パワーがなし得る技」なのです。

 

僕はとても非常に重要なことを伝えています。

 

「あまり世の中に出ない情報です」

 

なぜならそんな感じの悪いこと、みんな言わないですから。

 

「隠しますから」

 

自分すらも騙しています。

 

 

でも僕は「現金パワー」だと確信しています。

 

 

管足法で出会った時に「これで治る」と思えたとともに、これで「私の卓越という夢が叶う」(特別な存在扱いされる)と思ったのです。

 

 

だから異常にまでに管足法が好きになり、自分で管足法をやるのに4時間も平気で時間をかけられるわけです。

 

「もう夢の中にいるのです」

 

「夢中です」

 

 

すぐに薬を10種類以上使っていたのが、一切飲まなくなりましたからね。

 

 

僕が伝えたいのは「こういうモードに入るのが重要だということです」

 

 

現金パワーです。

 

 

「これは本当に表に出ないです」

 

 

なぜなら感じが悪いから。

 

あとは、そんなに自己分析ができる人なんていませんから。

 

 

人間って以外と自分の汚い部分については「目を背けますから」

 

自分すらもみえないのです。

 

だから当然、人に言えないです。

 

「言わないから、人もわからないです」

 

 

だから世に出ない。

 

 

「そういう情報を今伝えているのです」

 

 

 

僕は病気の人とすごく関わってきて、その中で「みょうに恐ろしい速度で治していくなあ、この人」という人にたまに出会うのです。ずっと分析していたのです。それで共通点がわかったのです。

 

「それが現金パワーだったのです」

 

 

何か正しいことをやっていたら病気が治るなんてないですからね。世の中みてください。「こうすればガンが治る」という本を書いている人が、「ガンで亡くなっていたりしますから」

 

 

僕が目をつけた「現金パワー」

 

それは「バーゲンセールのおばはんのようなパワーが手に入る」のです。

 

遺産相続、「兄弟同士の縁なんてくそくらえと思わせるパワーがあるのです」

 

戦争を起こせるようなパワーもあったりします。

 

 

「パワー自体は何も悪くありません」

 

そのパワーを良いところに使えばいいのです。

 

「よくもまあそんなところにパワー使えるなあ」というところに使わずにね。

 

 

「現金パワーを使うことです」

 

どこか持ってはいけないと思う人もいたりするのです。

 

それは「偽善」でしょう。だからパワーが出ないのです。

 

マザーテレサさんみたいな人ならいいのです。

 

でもそうじゃないでしょ。それに人には段階があるのです。

 

それにマザーテレサさんは、「現金パワーをすごく使った人ですよ」

 

人は人を神格化するのです。「その方が自分たちにとって都合がいいから」

 

そういう人が世の中にはいるのです。

 

その情報を鵜呑みにしているだけです。

 

 

マザーテレサさんは、金、金の人でもあったりするのです。

 

 

問題なのは、「現金だけみて動くのが問題なだけで、現金パワーを使い、きちんと人に喜んでもらったり、お役に立ったりすることも考えていけばいいんじゃないですか」

 

 

世の中にあまり出てこない情報、「それが現金パワーです」

 

 

みんな芸能人でもいくら稼いでるとか言わないでしょ。

 

「感じが悪いことは言わないのです」

 

 

男性は「特別な存在でありたい」女性は「特別な存在扱いされたい」これが人の根本的な関心の1つであったりします。

 

「卓越」という欲求ですね。

 

「特別な存在でありたい」「特別な存在扱いされたい」みんなそこから動いていたりします。

 

「そうなれなくていじけていたり、すねたり、グレたり、自分を責めたり否定したりありますが、全部そこからです」

 

「特別な存在でありたい」「特別な存在扱いされたい」、そういう可能性が見えた時、「男は誇らしくなります」「女性は清々しくなります」

 

 

「卓越という可能の中にいるからです」

 

その中にいる人、いない人は全然違うからわかりやすいです。

 

 

「あなたは、今、どちらにいますか?」

 

 

 

「卓越という可能の中にいてください」

 

現金パワーがその中にあります。

 

 

卓越という可能の中にいなければ、当然「私は無理」「できない」なんて思っています。欲望はあるので「欲しい」とは思いますが、まるで遠くから星を眺めるように、自分が欲しいものを眺めるだけで、行動はしません。

 

「そんな状態ではダメです」

 

あまりにも女々しすぎる。それはもはや幽霊です。

 

 

この状態は、ビジネスのやり方だけでは解決しません。

 

メンタルの問題があります。

 

 

 

「卓越という可能の中にいる人は、あとはやり方だけなのです」

 

「卓越という可能の中にいてください」

 

 

 

「自分がうまくいきたい」人から「人を幸せにしたい」人へと、僕はトランスフォーメーションしていただきたいなと思っています。(トランスフォーメーションとは「質の転換」等の意味合いです。最近ならばコロナの影響により「デジタルトランスフォーメーションしよう」と言われだしました。(加速しただけですね)これもデジタルの転換という意味です。僕がフォーカスしているのは「人」です。)

 

 

僕はカウンセラーやコンサルタントをしていました。(カウンセラーやコンサルタントをとくにやりたかったわけではなくて、「ただ人に幸せ(心からの笑顔)になってもらいたかった」だけです。自分の思いから、ただわかりやすい肩書きとして、カウンセラーやコンサルタントを名乗り仕事をしていた時期がありました。)

 


もともとは彼女の夢を叶えたい(カタチにしたい)からの思いや、20歳の時に不動産業で働き始めましたが、その不動産業でのお客様への付加価値としておこない始めたことでした。


独立は30歳の時におこないました。(今、40歳です。)


コンサルタントとして、奥さんをプロデュースさせていただいたり、

(奥さんです。 https://ameblo.jp/rapislove/ )


その他、たくさんの方をプロデュースさせていただきました。


僕がコンサルタントして1番伝えたいメッセージは、「自分うまくいきたいと思っていると、失敗するよ(うまくいかないよ)」ということです。それは自分側の世界であり人に関係がないからです。

 

それよりも「人の幸せへとフォーカスします」

 

今までの世の中は、「自分うまくいきたいと思っている人ばかりでした」それで別に経済は回っていました。けれどそれでは「人が幸せにならない」のです。

 

 

「自分の仕事がうまくいかないことは、幸せなのです。」

 

 

「仕事がうまくいかないことは、不幸」

これが今までの常識だと思います。


「仕事がうまくいかないことは、悩み、苦しみではないでしょうか?」


でも違います。


「自分の仕事がうまくいかないことは、幸せなのです。」

「自分の仕事がうまくいかないことは、とても幸せなことなのです。



まずその理由の1番が、「人を傷つけたり、迷惑をかけないからです。悲しい思いをさせたり、辛い思い、苦しい思い等をさせないからです。」


「自分の仕事がうまくいっているけれど、そこには、人を傷つけたり、迷惑をかけたり、悲しい思いをさせたり、辛い思い、苦しい思い等をさせているということが、世の中にはたくさんあるからです。」


そういう人が多いから「言われない」のです。こういうことはね。
言えば、自分にもその言葉がはねかえってくるからです。
人は許容しあって生きているのです。



「もし自分の仕事がうまくいっていて、本当のそのものが人を幸せにしている。その人もその体感がずっと続いている」

そこに悩みはありますか?



たとえば、「ダイエットしたいと思った。」お金を払った。「痩せた。ダイエットができた!」

「売り上げをあげたいと思った。」お金を払った。「売り上げが上がった!」

「結婚したいと思った。」お金を払った。「結婚ができた!」

「病気を治したいと思った。」お金を払った。「病気が治った!」

「自分に自信をつけたいと思った。」お金を払った。「自分の自信がついた!」


こういうのばかりで、なんか世の中に悩みや苦しみはありますか?

ありますが、すごく減ると思うのです。


「通常は世の中がHAPPYに満ち溢れていると思うのです」

 

でも実際はそうはなっていないです。なんでですか?



貯金がどんどん減る。酷いと借金までつくる人がいる。なぜ?



もちろんバック、服等、自分の好きなものを買いまくったり、
たとえば、ジャニーズの嵐の追っかけをしてお金が無くなるとか、
「こういうのは別にいいじゃないですか」

自分の選択です。仮にそうじゃなくても、「自分の衝動が抑えきれない」そんな感じでしょ。


「もし自分の仕事がうまくいっていて、本当にそのものが人を幸せにしている。その人もその体感がずっと続いている」

そこに悩みはありますか?

「この状態で、仕事がうまくいかないということはありますか?」



実際、世の中をみてください。人をみてください。


「きっとないということがわかるでしょう。」

「人を幸せにしている仕事は続くんです。」


「世の中、人を幸せにしていない仕事が続かない、潰れるというだけです。」



「あなたの仕事は人を幸せにしていますか?」

いいえ、およびこたえられないのであれば、「はい」にしないといけないです。

それで「はい」と今度、自分言えるようになれば、「その理由を伝えていくことが仕事ではないでしょうか?」

そして、「はいの証明をするのです。」


「あなたの仕事は人を幸せにしていますか?」と聞かれて、「はい」と言えるなら、その理由を伝えていくのが仕事です。

そして、仕事を受注します。

あとは「証明」です。


「自分の言葉に嘘がなければ、それでうまくいくのではないでしょうか?」



「あなたの仕事は人を幸せにしていますか?」と聞かれて、「はい」と言えないままやろうとしないことですね。

「はい」と言えるように努力をするだけです。「はい」と言えないなら、仕事はやってはいけないのです。本来はね。

「はい」と言えるように努力をして、言えるようになれば、その理由を伝えていくだけです。


「あなたの仕事は人を幸せにしていますか?」と聞かれて、その「はい」が口先だけの場合もあるじゃないですか。

だからきちんと行動で示します。


仕事は
・「はい」と言えるようにする
・「はい」の理由を伝えていく
・証明
この3つです。


「こんなふうにやれば、自分も人も幸せになれますよ。」


「あなたの仕事は人を幸せにしていますか?」と聞かれて、「はい」と言えないままやるから、おかしなことになるのです。「仕事がうまくいかないことは、とても幸せなことなんです。」なぜなら誰も人を傷つけたり、迷惑をかけていないからです。悲しい思いをさせたり、辛い思い、苦しい思い等をさせていないからです。


「それは、とても幸せなことじゃないですか」


不幸は、人を傷つけたり、迷惑をかけてしまっていることです。

悲しい思いをさせたり、辛い思い、苦しい思い等を人にさせてしまっていることです。

「自分がお金を稼げれて、自由を得られても、そんな状況をつくりだしたら、それは幸せでしょうか?」


違いますよね。


「人が幸せであり、はじめて自分は幸せになれるのです。」
 


「仕事がうまくいかなくて、不幸なのは、自分だけです。」

人を傷つけたり、迷惑をかけたり、悲しい思いをさせたり、辛い思い、苦しい思い等をさせたりしてまで、「仕事がうまくいきたいですか?」それならうまくいかなくて貧乏している方が僕は好きです。そんな親父が好きです。そんな親父でいてもらいたいです。お金よりも子供の幸せが大事だと思います。(お金も大事ですが)教育者として成功をするのです。

 

「人を大事にすれば、大事にされるのです。だから自分幸せになれるのです。」

 

幸せにあり続けられる人にする。それこそ「教育」です。

 

そして成功したいならそのベースから成功すればいいのです。

 

とくにこの考えは絶対にひろまります。いずれはベーシックインカム等が出てくるからです。

 


「僕らは人を幸せにしていかないといけないのです。」


たとえば、「ダイエットしたいと思った。」お金を払った。「痩せた。ダイエットができた!」

「売り上げをあげたいと思った。」お金を払った。「売り上げが上がった!」

「結婚したいと思った。」お金を払った。「結婚ができた!」

「病気を治したいと思った。」お金を払った。「病気が治った!」

「自分に自信をつけたいと思った。」お金を払った。「自分の自信がついた!」


こういうのばかりで、なんか世の中に悩みや苦しみはありますか?
 

 

僕らが絶対的にやらないといけないのは、別の言い方をすれば「人の夢をカタチに」です。

 

「人の夢をカタチにできる人がこれからの時代の成功者です」

 

だから、「人の夢をカタチに」、これだけ考えればいいのです。

 

あとは「誰の、どのような夢をカタチにしたいのか」です。

 

そこはたくさんのものがあり、人それぞれみんな違っていいのです。

 

「この人、この夢をカタチにしなければいけないなんてありません」

 

好きに自由に選べばいいのです。

 

 

ただ共通は「人(誰か)の夢をカタチに」です。

 

ぜひそれだけ考えて仕事をしていただけたらなと思います。

 

「みんなで人を幸せにする社会づくり」ができたら嬉しいです。

 

                  kenji

 




kenji【過去の経歴】

最終学歴中卒。

16歳の時に殺人未遂(濡れ衣)で留置所に入り、その中で強迫性障害を治し、人生を180度変えます。「運が悪い」と思っていた人生が、その出来事から「運が良い」と思える人生へとなりました。


20歳の5月、失恋をきっかけに覚醒し、「なんでもできる、なんでもやれる」と思えるようになりました。その時に成功者になりました。(と、当時思いました。肩書きはオムライスとトンカツ屋で時給800円で働いていたただのフリーターです。)

同じく20歳の時に不動産屋に勤め始め、21歳で年収一千万円以上いくことができました。21歳で年収一千万円は今の時代ざらにいますが、僕がそこに入れるのは奇跡だと思いました。

ただ今はわかりませんが、当時の僕がいた不動産業界はグレーンゾーンが多く、あまり法律が機能していないように思いました。「ちょっとダークな世界だな」と思い、儲かるけど辞めました。


その後、渡邉美樹社長という方が創業者であるワタミに入社を決めます。ブラック企業だと言われていた会社ですが、僕は今でも地球上で1番最も愛する会社であり、渡邉美樹社長を今でもとても尊敬をしています。僕はその「一生ワタミにいる」と思っていたのですが、28歳事故に遭います。あたり一面火の海になり、僕は死にかけました。体の1/4、火傷をしました。

その時、集中治療室(ICU)の中で、考え方(もののみえ方)が変わり、渡邉美樹社長の勧めもあり、自分で独立をすることを決めます。30歳で独立することになりました。


そこからの流れはこちら↓に書いていますので省かせていただきます。

30歳独立後の記録
https://ameblo.jp/atokau/entry-12312009237.html

 

 

独立して10年です。今は僕は40歳となりました。今僕が考えているのは「貢献し合える仲間づくり」というコンセプトで仕事をし、拡げていきたいと考えています。「それが1番みんなが幸せになる」と独立した10年の経験で出した結論です。ぜひ興味があります方は、「貢献し合える仲間づくり」について記事を書いていますので読んでいただけると嬉しいです。

 

 

では「みんなの幸せ(成功)をいつも願っています」 kenji

 

本当に。

 

(時々自分の世界に入りますが)

 

 

 

僕は30歳、独立をした時に頭の中にあったのは、「病気・症状問題解決」「情報発信していれば人と出会う。人との出会いの中でかたちづけられてうまくいく!」というものだけでした。

 

完全な直感型ですね。

 

 

「情報発信していれば人と出会う。人との出会いの中でかたちづけられてうまくいく!」と思うというか、決めれば、そうなります。

 

その通りになりました。

 

ぜひ直感型の人は、参考にしていただけたらなと思います。

 

自分の直感を信じて歩むべきだと僕は思います。)

 

 

 

情報発信はブログを選びました。

 

 

ブログで情報発信をし始め、はじめて出会ったのが、津原健人さんでした。(アトピーでした。)
 

この写真の中にいます↓(出会って3年後の写真です。一緒に一泊二日で行ったサーフィンツアーの写真です。)

 

 

 

 

健人さんと出会い、共にアトピーを治していったビフォーアフターの写真です。

 

アトピー、アレルギー体質を才能化するプロジェクト【アトピーナビゲーション】 
 
 
 
その後、何人かのアトピーの方のカウンセリング後、2011年3月、ブログ「アトピーは地球からの贈り物」を始めます。
 
 
 
それから、アトピーの方のカウンセリングをどんどん行いまして、2012年1月には「アトピー治って万歳会!」を淡路島にしてペンションを2つ貸し切って2泊3日で開催。岩手、栃木、東京、大阪、兵庫など全国から45名の方が参加してくださいました。
 
 

 

 

自然治癒力学校のおのころ心平先生も来てくださいました。


その様子をブログでご紹介してくれています。その後、おのころ心平先生の自然治癒力学校のところで、アトピーの講師もさせていただきました。)

 

 

 

そして、アトピー・アレルギー体質を才能化するプロジェクト。アトピーナビゲーションを開催。

 

 

 

トータルでアトピーの方、1000人以上の方のカウンセリングを行わせていただきました。

 

 

 

下記は、カウンセリングをしていた時のクライアントさんの感想となります。

 

カウンセリング感想1
https://ameblo.jp/atokau/entry-12291536337.html


カウンセリング感想2
https://ameblo.jp/atokau/entry-12372445167.html
 
カウンセリング感想3
https://ameblo.jp/atokau/entry-12348019255.html
 
カウンセリング感想4
https://ameblo.jp/atokau/entry-12352332628.html
 
カウンセリング感想5
https://ameblo.jp/atokau/entry-12291711334.html
 
カウンセリング感想6
https://ameblo.jp/atokau/entry-12378811482.html

カウンセリング感想7
https://ameblo.jp/atokau/entry-12380537164.html

カウンセリング感想8
https://ameblo.jp/atokau/entry-12447488313.html
 
カウンセリング感想9
https://ameblo.jp/atokau/entry-12284112033.html
 
カウンセリング感想10
https://ameblo.jp/atokau/entry-12089608012.html

 

 

 

その後は、僕のテーマが病気・症状問題解決でしたから、主にカウンセラーさんやセラピストさん、お医者さんや治療家さんの方々のコンサルを手掛けるようになりました。徐々に、直接的なものから間接的なものへと移行し始めました。よりその方が病気や症状で悩んでいる方々のお役に立つと判断をした為です。

 

 

 

カウンセリングやコンサル以外には、様々なイベントやプロジェクトを開催してきました。

 

去年はたとえばロバート・ハリスさんとの対談イベント。

 

 

 

【ロバート・ハリスさん】

 

1948年横浜生まれ。上智大学卒業後、1971年日本を後にし、東南アジアを放浪。バリ島に1年間滞在後、オーストラリアに渡り延べ16年間滞在。シドニーで書店&画廊"エグザイルス"を経営。オーストラリア国営テレビ局で日本映画の英語字幕を担当後、テレビ映画製作に参加、帰国後J-WAVEのナビゲーターや、作家としても活躍中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その他は、「”幸せの循環”プロジェクト」

 

 

 

 

2015年はプロジェクト「僕らの渡り鳥スタイル」

 

 

 

 

 

2014年は、「クワンプロンジェクト」でした。

 

 

 

 

 

他にも「胸踊る存在になる為のプロジェクト」等がありますが、ここ2~3年の大きな流れです。

 

 

たった1人からでもいろんなことがやっていけます。

 

 

「病気・症状問題解決」と「情報発信していれば人と出会う。人との出会いの中でかたちづけられてうまくいく!」

 

 

僕の頭の中はこんなふうに抽象的な状態でした。

 

それは「進んでいく中で具体的になるもの」です。

 

だから歩んでいきましょう。考えてちゃはじまらない。動き出していけばいい。

 

「全力で動いていくのです。」

 

 

僕の物語もそうして始まりましたから。

 

 

当時、僕は1番多い時で、1日15件カウンセリングを行っていました。(1人1時間です。)

とてもしんどかったです。体力的にはですが。心はとても充実していました。

でも結局それだけやっても僕1人の救える限界があります。

自分がプレイヤーとして直接、お客様(クライアント様)と関わるよりは、コンサルタントして間接的にお客様と関わった方が、より人の貢献になると思い、コンサルタントを始めました。


僕1人の力でどんどんやるよりも、それなら10人手助けをすれば、10倍ですからね。


それに成功したい方(自分で仕事をされてやっていきたい方)もたくさんおられるのかなって思いました。

「人に喜ばれて、経済的にも豊かになれる」

そんな体験をされたい方もたくさんおられると思います。

なにより、

「kenjiさんに出会えて本当に良かったです。」

「あなたのおかげ・・」

「本当に楽になれました・・」と涙ながらに言われることもあったり、心からやってよかったなと思いました。


そういった声をいただけることは、自分への自信になります。

1番はその体験をしていただきたいなと思っています。

 

「人の笑顔」を追いかけた人の、神様からのご褒美がありますから。

https://ameblo.jp/atokau/entry-12576072709.html

 

 

「ぜひあなたも誰かの希望の光となっていただけるととても嬉しいです。」


                 kenji