<お断り>
ご紹介させていただく記事は、2013年12月18日に一般公開したものを
新しく読者になっていただいた方にも読みやすく加筆・修正することで、
現在公開中の記事をより深くご理解いただくために再公開しております。
予めご了承ください。
運をくれるから気持ちいいのはなく、
気持ちをよくしていると運が舞い込んでくる。
これは、真理です。
昔からよく「運をください」言って、
体などを触る人がいますが、
中には、
「そんなことされたら、運やツキが逃げて行ってしまいませんか?」
と尋ねる人がいます。
しかし、
そのようなことを心配する人のところへは運はやってきません。
「運のおすそ分け」という言葉があります。
こちらが接していて気持ちよくなるような人は
まさに運を分けてくれるように思えたりしますが、
これを正確に言うと、運をくれるから気持ちいいのではなくて、
気持ちがよければ運が舞い込んでくるということです。
気持ちがよければ、
誰でも前向きな気持ちになって積極的な思考や行動ができるので、
運やツキに出会うチャンスが増えます。
僕は、どんな場面でも人を不愉快な気分にさせれば、
自分の負けだと思っています。
たとえ、
深夜のコンビニでア店員さんがブスッとした顔で対応したとしても、
こちらから笑顔でありがとうと言います。
すると、相手の表情も緩みます。
人と接する時はいつも人を愉快にさせることや気分よくさせることを
忘れないようにしています。
お金や仕事をくれたりしても、
その相手に何となく違和感を覚えるような人や会社なら、
それはほんとうの運にはなりません。
反対に気持ちのいい人からお金をもらえば、
大事に使おうとしてより生きたお金になるかもしれません。
仕事をもらえば、自然といい仕事をするかもしれません。
これは、お金を支払うときにも同じことが言えます。
払うべきと決めたものに対しては、ねぎったりするのではなく、
十分なサービスを気持ちよく受け取れば良いのです。
はじめに気持ちよさがあれば次につながります。
別にお金や仕事をくれなくても、
そういう人なら接しているだけで気持ちよくなって意欲が湧いてきます。
運やツキをもらいたかったら、
気持ちのいい人と付き合うようにすることですが、
それだけを思っていると他力本願になってしまいます。
さらに自分自身が気持ちのいい人になるように心がけることが
大事だと思います。
個人セッションを通じて、
多くの方々の様々な苦しみが目の前に提示されます。
しかし、これまで大勢の方々の数々の難問を、
それぞれ絡った糸を解きほぐしていった結果、
浮かび上がった原因は全くもってシンプルでした。
その根本にあるものは、単純なエネルギーです。
全ての問題はエネルギーを閉じこめることによって発生しています。
複雑多岐な問題の全ては、
元をたぐっていくと、たった一つの原因に収束してしまいます。
そこでの問題は
どうやってエネルギーを閉じ込めているのかということです。
一つはコントロールすることによってです。
多くの人は、
自分で自分に言い聞かせるようにして条件を付けています。
とくに我慢をする人は、それが良いことだからという理由で、
自分の思いを飲み込んでしまいます。
そして飲み込んだエネルギーは貯蔵されます。
例えば、
感情を露わにすることは大人気ないという条件付けを行うと、
感情を露わにする人々をもっとも嫌い、軽蔑し、
気付いたときにはもう既に感情を抑圧しています。
そしてそれは営々と続きブロックとして
成長しエネルギーはどこへも行き場を無くしてしまいます。
あなたは、彼(彼女)が不機嫌だからといって、
自分が不機嫌になっていませんか?
しかし、
あなたが不機嫌になる理由はどこにあるのでしょうか?
不機嫌な彼(彼女)に一切影響されず、
穏やかに包み込んであげられる者に、進化したくはありませんか?
穏やかに包んであげられたときの彼(彼女)の顔を想像してみましょう。
それには、
他人の感情に影響を受けない身体になる必要があります。
それがブロックのない状態です。
エネルギーブロックのない者だけが、
他人の感情からの影響と縁を切ることができます。
それから先は、あなたに怒りをぶつけてくる人の、
心の苦しさを思いやれる人へ進化します。
でもやっぱり怒りの感情を嫌う者は、
怒りの感情を表現できるはずはないと思っているのではありませんか?
そう思うあなたの浄化の旅は確かに苦しく険しいものだったかもしれません。
しかし、その方法は存在し、決して難しいことではありません。
そして、一人また一人とまた浄化の道を通り抜けることによって、
だんだん浄化のスピードは早まってきます。
ですからあなたがまず変わるのです。
呼吸とともにいることによって、
瞬間、瞬間、呼吸を意識しながら、生活してみます。
そうすれば自分のハートの動きにとても敏感になってきます。
ハートの動揺、緊張を見逃さないで下さい。
そしてハートが翳ったら、しっかりとその感覚を感じ、
完全にニュートラルに戻るまで、その感覚に意識を向けてあげます。
苦しいと思ったら「苦しい」という想念に、
イラッとしたら「いらいらしている」という想念に集中して、
じっとハートを眺めて、
その想念と共に自分のハートに意識を合わせるのです。
「今」すぐに。その感情の波が引いてしまうまで。
そのとき、決してその原因など探さないで下さい。
「今」そこにある、
自分の感情という事実にだけに意識をあわせることによって、
感情が物体であることがだんだん認識できるようになってきます。
これは紛れもないこの瞬間の現実なんですから、
あなたがこれまで探していた原因は、自我の意味付けという、
空想に過ぎないことが理解できるはずです。
【超意識へ繋がる特別体験セッション】
https://mosh.jp/services/203903
多くの方々の様々な苦しみが目の前に提示されます。
しかし、これまで大勢の方々の数々の難問を、
それぞれ絡った糸を解きほぐしていった結果、
浮かび上がった原因は全くもってシンプルでした。
その根本にあるものは、単純なエネルギーです。
全ての問題はエネルギーを閉じこめることによって発生しています。
複雑多岐な問題の全ては、
元をたぐっていくと、たった一つの原因に収束してしまいます。
そこでの問題は
どうやってエネルギーを閉じ込めているのかということです。
一つはコントロールすることによってです。
多くの人は、
自分で自分に言い聞かせるようにして条件を付けています。
とくに我慢をする人は、それが良いことだからという理由で、
自分の思いを飲み込んでしまいます。
そして飲み込んだエネルギーは貯蔵されます。
例えば、
感情を露わにすることは大人気ないという条件付けを行うと、
感情を露わにする人々をもっとも嫌い、軽蔑し、
気付いたときにはもう既に感情を抑圧しています。
そしてそれは営々と続きブロックとして
成長しエネルギーはどこへも行き場を無くしてしまいます。
あなたは、彼(彼女)が不機嫌だからといって、
自分が不機嫌になっていませんか?
しかし、
あなたが不機嫌になる理由はどこにあるのでしょうか?
不機嫌な彼(彼女)に一切影響されず、
穏やかに包み込んであげられる者に、進化したくはありませんか?
穏やかに包んであげられたときの彼(彼女)の顔を想像してみましょう。
それには、
他人の感情に影響を受けない身体になる必要があります。
それがブロックのない状態です。
エネルギーブロックのない者だけが、
他人の感情からの影響と縁を切ることができます。
それから先は、あなたに怒りをぶつけてくる人の、
心の苦しさを思いやれる人へ進化します。
でもやっぱり怒りの感情を嫌う者は、
怒りの感情を表現できるはずはないと思っているのではありませんか?
そう思うあなたの浄化の旅は確かに苦しく険しいものだったかもしれません。
しかし、その方法は存在し、決して難しいことではありません。
そして、一人また一人とまた浄化の道を通り抜けることによって、
だんだん浄化のスピードは早まってきます。
ですからあなたがまず変わるのです。
呼吸とともにいることによって、
瞬間、瞬間、呼吸を意識しながら、生活してみます。
そうすれば自分のハートの動きにとても敏感になってきます。
ハートの動揺、緊張を見逃さないで下さい。
そしてハートが翳ったら、しっかりとその感覚を感じ、
完全にニュートラルに戻るまで、その感覚に意識を向けてあげます。
苦しいと思ったら「苦しい」という想念に、
イラッとしたら「いらいらしている」という想念に集中して、
じっとハートを眺めて、
その想念と共に自分のハートに意識を合わせるのです。
「今」すぐに。その感情の波が引いてしまうまで。
そのとき、決してその原因など探さないで下さい。
「今」そこにある、
自分の感情という事実にだけに意識をあわせることによって、
感情が物体であることがだんだん認識できるようになってきます。
これは紛れもないこの瞬間の現実なんですから、
あなたがこれまで探していた原因は、自我の意味付けという、
空想に過ぎないことが理解できるはずです。
【超意識へ繋がる特別体験セッション】
https://mosh.jp/services/203903
※この記事は、2011年8月28日に、
公開した記事を加筆訂正したものです。
何か、出来事が起こった時点で、
それだけを取り出して判断すると、
全体の流れの方向性が定まりにくくなります。
では、
「誰がその方向性を決めているのか?」と問えば、
その答えは、もちろん他ならないあなた自身です。
大河の流れの中には、
岩場もあれば、おだやかな流れもあって、
滝や水草の生えているところもあります。
それらの景色が全部一本の川の中にあるのです。
岩場だけを見て、
これが河だという人はいないでしょう。
悪いことも良いことも交互に起こるから。
“禍福はあざなえる縄のごとし”
と古人は言います。
それを、
より本質的な視点から哲学的に表現すると、
“すべての出来事は中庸だが、それを観察する人の心に山や谷がある”
と言えるでしょう。
また、
これを量子力学的観点から表現すると、
“この世界は分離して切り離すことのできない有機的に結合された全体であり、
我々個々の観察者が一般的に運命と呼ばれている出来事に対して、
「中庸」
であると認識すれば、
観察者が日常で認識する範囲で出来事は、
「中庸」
として振るまい、
「不幸」
であると認識すれば出来事は観察者にとって
不幸になるように振まうようになり、
「幸福」
であると認識すれば出来事は観察者にとって
幸福になるように振るまうようになる”
というようなややこしい言い回しになります。
真理(宇宙の法則)は一つですが、
中庸さえもまた、
幸福、不幸と同じように絶対的なものではなくて、
観察者の観察した結果である
という事ができます。
真理を
“道”
として表現した中国の老子は今から2500年前に
“「道」は絶対普遍の固定した道ではない”
として、
万物は流転するとして、
物事をすべて変化においてとらえる世界観を唱えています。
20世紀初頭、
物理学者たちが量子の世界を調べて論争した結果、
これまで絶対と思われていた科学的基盤が崩れ去りました。
それまではニュートン力学を絶対としましたが、
アインシュタインはそれは間違いで光速こそが絶対であるとしました。
しかし
量子力学はそれをくつがえし、J・S・ベルが光速を越えることが
あることを数学的に証明したのです。
そして、彼らが最終的に到達した結論は、
宇宙の個々の出来事がすべてにおいて影響し合っている一つのシステム
であり、個々の出来事を観る人もそのシステムの一部であるという
東洋思想と同じ考え方
に行き着いたのです。
ですから、システムから全体性を無視して一部分だけを取り上げて
“意味ある”
とか
“ない”
とか言うのは間違っています。
常に自分の潜在意識から悪いプログラムを取り出し、
良いプログラムをしていけば、
途中で起こった悪く見える出来事でも良い方向に変化していきます。
自分をしっかり見つめていけば、
白紙であるゼロの状態に色をつけて、
素晴らしい人生を生きることができるのです。
生きながら仏になることを仏教では彼岸といいます。
「人生とは何か?」
人はその哲学的な命題に取り組み悩んできました。
人は人生に意味を求めますが、
人生に意味はありません。
なぜなら人生をは
“自分がどう生きるか”
によってあとから意味がついてくるモノだからです。
白いキャンバスは絵を描いて初めて意味がつきます。
人生とは創造するモノなのです。
創造とは表現することです。
「人生は芸術だ」
とはそういうことではないでしょうか?
公開した記事を加筆訂正したものです。
何か、出来事が起こった時点で、
それだけを取り出して判断すると、
全体の流れの方向性が定まりにくくなります。
では、
「誰がその方向性を決めているのか?」と問えば、
その答えは、もちろん他ならないあなた自身です。
大河の流れの中には、
岩場もあれば、おだやかな流れもあって、
滝や水草の生えているところもあります。
それらの景色が全部一本の川の中にあるのです。
岩場だけを見て、
これが河だという人はいないでしょう。
悪いことも良いことも交互に起こるから。
“禍福はあざなえる縄のごとし”
と古人は言います。
それを、
より本質的な視点から哲学的に表現すると、
“すべての出来事は中庸だが、それを観察する人の心に山や谷がある”
と言えるでしょう。
また、
これを量子力学的観点から表現すると、
“この世界は分離して切り離すことのできない有機的に結合された全体であり、
我々個々の観察者が一般的に運命と呼ばれている出来事に対して、
「中庸」
であると認識すれば、
観察者が日常で認識する範囲で出来事は、
「中庸」
として振るまい、
「不幸」
であると認識すれば出来事は観察者にとって
不幸になるように振まうようになり、
「幸福」
であると認識すれば出来事は観察者にとって
幸福になるように振るまうようになる”
というようなややこしい言い回しになります。
真理(宇宙の法則)は一つですが、
中庸さえもまた、
幸福、不幸と同じように絶対的なものではなくて、
観察者の観察した結果である
という事ができます。
真理を
“道”
として表現した中国の老子は今から2500年前に
“「道」は絶対普遍の固定した道ではない”
として、
万物は流転するとして、
物事をすべて変化においてとらえる世界観を唱えています。
20世紀初頭、
物理学者たちが量子の世界を調べて論争した結果、
これまで絶対と思われていた科学的基盤が崩れ去りました。
それまではニュートン力学を絶対としましたが、
アインシュタインはそれは間違いで光速こそが絶対であるとしました。
しかし
量子力学はそれをくつがえし、J・S・ベルが光速を越えることが
あることを数学的に証明したのです。
そして、彼らが最終的に到達した結論は、
宇宙の個々の出来事がすべてにおいて影響し合っている一つのシステム
であり、個々の出来事を観る人もそのシステムの一部であるという
東洋思想と同じ考え方
に行き着いたのです。
ですから、システムから全体性を無視して一部分だけを取り上げて
“意味ある”
とか
“ない”
とか言うのは間違っています。
常に自分の潜在意識から悪いプログラムを取り出し、
良いプログラムをしていけば、
途中で起こった悪く見える出来事でも良い方向に変化していきます。
自分をしっかり見つめていけば、
白紙であるゼロの状態に色をつけて、
素晴らしい人生を生きることができるのです。
生きながら仏になることを仏教では彼岸といいます。
「人生とは何か?」
人はその哲学的な命題に取り組み悩んできました。
人は人生に意味を求めますが、
人生に意味はありません。
なぜなら人生をは
“自分がどう生きるか”
によってあとから意味がついてくるモノだからです。
白いキャンバスは絵を描いて初めて意味がつきます。
人生とは創造するモノなのです。
創造とは表現することです。
「人生は芸術だ」
とはそういうことではないでしょうか?
周りにいる人の現象に憧れて
「私もあんなことが出来るようになりたい」
と言われる方がよくおられますが、
本当のところは、
心や体のエネルギー波動がどんどんと
あがっていったら、
いやでも色々な能力が出てきて、
色々なことが出来るようになってしまいます。
つまり能力とは、結果なのです。
それを先に能力だけどうにかならないかと、
霊能力などに憧れる方がおられますが、
能力は単に結果に過ぎないということについて
解説した動画をアップしました。
「私もあんなことが出来るようになりたい」
と言われる方がよくおられますが、
本当のところは、
心や体のエネルギー波動がどんどんと
あがっていったら、
いやでも色々な能力が出てきて、
色々なことが出来るようになってしまいます。
つまり能力とは、結果なのです。
それを先に能力だけどうにかならないかと、
霊能力などに憧れる方がおられますが、
能力は単に結果に過ぎないということについて
解説した動画をアップしました。
週末の日曜日、岡山の会員さんからお誘いがあって、山里にあるお寺の座禅会に参加したときのこと。
ご住職の指導のもと、じっとロウソクの火を見つめる瞑想を行っていると、なぜかこちらの意識が伝わっているかのように炎が大きくなったり小さくなったりしながら揺れているようで、不思議な気持ちになったのがとても印象的でした。
ガス体を強い重力波が通ると、原子の中の電子がふくらんで光を放射(軌道遷移する)したりして、発光現象がおこっているのが炎だとすると、このように意識や念に反応すことも、科学の概念の中にスカラー波・縦波の重力波が入れば、ほとんどの未知の現象を解くことができます。
実藤 遠著『ニコラ・テスラの地震兵器と超能力エネルギー』の解説を用いると、スカラー波とは、真空中の仮想粒子の交互の圧縮・膨張(伸び縮み)のくり返しのスカラーな縦波で静電ポテンシャルの波のことであるとされる。
電気的に中性のベクトル波で互いに向かいあった電子(陰陽)のスピン孔ができると、お互いで打ち消しあって消え、純粋な静電波なので光速に限定されない縦波振動でテスラ波ともいわれます。
現在の科学は科学の測定機器だけで観測できる”見える世界”だけの科学、物質、そのエネルギーの根源である電磁場だけの科学です。宇宙は物質と空間から成っていて、空間は”見えない世界”であり、科学の測定では”ゼロ”の存在です。
そのゼロは、すべての物質現象のふるさととも言え、すべてが溶けて一体となり、物質の鋳型が包み込まれています。この”見えない世界”の本体がスカラー波なのですが、現在の科学ではその存在や機能は認められていません。
生命レベルのスカラー波が、気やサイ、生命エネルギーの本体ですから、現在の科学の概念だけでは、たとえば手のひらから外気が出てそれを他人に送るエネルギーの本体は何か。しかも遠くの離れた人(地球の裏側までも)に気を送って治療するメカニズムは何かとかを説明することはできません。実はスカラー波解明の方法にしか、生命、意識、精神の解明は不可能なのです。
それでは、気、サイ、生命エネルギー即ちスカラー波と現在の科学の物質的エネルギーである電磁場との違いは何なのかとうと。
①すべての物体を透過する。遮蔽物を貫き抜けてしまう。電磁場は物質に当たると吸収または反射してしまうが、これは吸収も反射もしないで水や岩石だろうと地球でさえも透過してしまう。電気的に中性の波である。
②傷や病気を治す。生命エネルギーと同質なので、物質レベルのエネルギーとは桁違いの効果がある。
③光や電磁場と相互作用をする。二つのスカラー波の干渉による真空からのエネルギーの湧出というような三次元の現象を起こすためにはテレビや無線通信の原理を応用して行う。この場合は(東京タワーからの一定の高周波のような)電磁場を搬送用として、(通常は各チャンネルの電波だが)スカラー波を変調波として、その搬送波に上乗せする技術ができれば、通信衛星などは不要な画期的な無限な多チャンネル通信が出来上がる。四次元以上の場合、たとえば気を離れた対象に送るには、意識によってコントロールされたコヒーレント(方向性の揃った)な一定のスカラー(電磁)波を搬送波とし、それに信号や情報を乗せて行う。しかも電磁波もスカラー波も、その根源は光なのであるから相乗作用が可能なのである。
④人間の身体から発散し、とくに目や指先でその発散を検知できる。最近は現代科学でも、身体から超微弱な光や磁気の放出が観測されている。
⑥水、木材、石のような無生物の内部に貯蔵できる。物体を透過はするが波なので、干渉し共振すれば物と一体化できる。
⑦精神(意念)でコントロールできる。否、こうしなければ力とはならない。気は通常はランダム(不規則でバラバラ)なのですぐに打ち消されて消えてしまう。意識のコントロールによって、位相、方向性が揃ったコヒーレントなレーザー光のような気こそが、力となるのである。
⑧遠距離から作用を引き起こすことができる。物質によっては減衰しないので、地球の裏側までも作用を起こすことができる。
⑨善悪いずれの目的にも使用できる。これがこのエネルギーの大切なところである。このエネルギーは生命、意識と同質なので、これを使う人の精神レベルや目的が重要である。同じ気を使っても、たとえば細菌を殺すこともできるし、増殖することも可能である。なぜかといえば、使う人の意識(意念)のコントロールなしには、このエネルギーは作用することができない。もちろん人や物や自然に危害を与えるような不自然(宇宙の法則に反する)な行為を行った時には、”はね返り現象”によって、行使した本人が傷つくことになるのだが。
⑩逆(ネガ)エントロピーの現象が生じる。三次元では秩序あるものが無秩序になっていくということが大法則であるといわれている。しかし気や生命の現象はその逆に、無秩序なものが秩序化されるという反対の現象を生じている。”見えない世界”はすべて”見える世界”反対方向への流れや力だからである。
ニコラ・テスラの地震兵器と超能力エネルギー―人類が知らない重力(スカラー)波の存在を探る/たま出版

【超意識へ繋がる特別体験セッション】
https://mosh.jp/services/203903
ご住職の指導のもと、じっとロウソクの火を見つめる瞑想を行っていると、なぜかこちらの意識が伝わっているかのように炎が大きくなったり小さくなったりしながら揺れているようで、不思議な気持ちになったのがとても印象的でした。
ガス体を強い重力波が通ると、原子の中の電子がふくらんで光を放射(軌道遷移する)したりして、発光現象がおこっているのが炎だとすると、このように意識や念に反応すことも、科学の概念の中にスカラー波・縦波の重力波が入れば、ほとんどの未知の現象を解くことができます。
実藤 遠著『ニコラ・テスラの地震兵器と超能力エネルギー』の解説を用いると、スカラー波とは、真空中の仮想粒子の交互の圧縮・膨張(伸び縮み)のくり返しのスカラーな縦波で静電ポテンシャルの波のことであるとされる。
電気的に中性のベクトル波で互いに向かいあった電子(陰陽)のスピン孔ができると、お互いで打ち消しあって消え、純粋な静電波なので光速に限定されない縦波振動でテスラ波ともいわれます。
現在の科学は科学の測定機器だけで観測できる”見える世界”だけの科学、物質、そのエネルギーの根源である電磁場だけの科学です。宇宙は物質と空間から成っていて、空間は”見えない世界”であり、科学の測定では”ゼロ”の存在です。
そのゼロは、すべての物質現象のふるさととも言え、すべてが溶けて一体となり、物質の鋳型が包み込まれています。この”見えない世界”の本体がスカラー波なのですが、現在の科学ではその存在や機能は認められていません。
生命レベルのスカラー波が、気やサイ、生命エネルギーの本体ですから、現在の科学の概念だけでは、たとえば手のひらから外気が出てそれを他人に送るエネルギーの本体は何か。しかも遠くの離れた人(地球の裏側までも)に気を送って治療するメカニズムは何かとかを説明することはできません。実はスカラー波解明の方法にしか、生命、意識、精神の解明は不可能なのです。
それでは、気、サイ、生命エネルギー即ちスカラー波と現在の科学の物質的エネルギーである電磁場との違いは何なのかとうと。
①すべての物体を透過する。遮蔽物を貫き抜けてしまう。電磁場は物質に当たると吸収または反射してしまうが、これは吸収も反射もしないで水や岩石だろうと地球でさえも透過してしまう。電気的に中性の波である。
②傷や病気を治す。生命エネルギーと同質なので、物質レベルのエネルギーとは桁違いの効果がある。
③光や電磁場と相互作用をする。二つのスカラー波の干渉による真空からのエネルギーの湧出というような三次元の現象を起こすためにはテレビや無線通信の原理を応用して行う。この場合は(東京タワーからの一定の高周波のような)電磁場を搬送用として、(通常は各チャンネルの電波だが)スカラー波を変調波として、その搬送波に上乗せする技術ができれば、通信衛星などは不要な画期的な無限な多チャンネル通信が出来上がる。四次元以上の場合、たとえば気を離れた対象に送るには、意識によってコントロールされたコヒーレント(方向性の揃った)な一定のスカラー(電磁)波を搬送波とし、それに信号や情報を乗せて行う。しかも電磁波もスカラー波も、その根源は光なのであるから相乗作用が可能なのである。
④人間の身体から発散し、とくに目や指先でその発散を検知できる。最近は現代科学でも、身体から超微弱な光や磁気の放出が観測されている。
⑥水、木材、石のような無生物の内部に貯蔵できる。物体を透過はするが波なので、干渉し共振すれば物と一体化できる。
⑦精神(意念)でコントロールできる。否、こうしなければ力とはならない。気は通常はランダム(不規則でバラバラ)なのですぐに打ち消されて消えてしまう。意識のコントロールによって、位相、方向性が揃ったコヒーレントなレーザー光のような気こそが、力となるのである。
⑧遠距離から作用を引き起こすことができる。物質によっては減衰しないので、地球の裏側までも作用を起こすことができる。
⑨善悪いずれの目的にも使用できる。これがこのエネルギーの大切なところである。このエネルギーは生命、意識と同質なので、これを使う人の精神レベルや目的が重要である。同じ気を使っても、たとえば細菌を殺すこともできるし、増殖することも可能である。なぜかといえば、使う人の意識(意念)のコントロールなしには、このエネルギーは作用することができない。もちろん人や物や自然に危害を与えるような不自然(宇宙の法則に反する)な行為を行った時には、”はね返り現象”によって、行使した本人が傷つくことになるのだが。
⑩逆(ネガ)エントロピーの現象が生じる。三次元では秩序あるものが無秩序になっていくということが大法則であるといわれている。しかし気や生命の現象はその逆に、無秩序なものが秩序化されるという反対の現象を生じている。”見えない世界”はすべて”見える世界”反対方向への流れや力だからである。
ニコラ・テスラの地震兵器と超能力エネルギー―人類が知らない重力(スカラー)波の存在を探る/たま出版

【超意識へ繋がる特別体験セッション】
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※この記事は、2014年5月10日に、
公開した記事を加筆訂正したものです。
5次元のアカシックレコード(宇宙の集合意識)をキャッチしていると言われる松果体は、意識すると大きくなると言われます。
「ところで、そもそも5次元とかアカシックレコードって?」
そんな疑問をお持ちの方に、愛知ソニアさんがfacebook上でとても分かりやすい説明を掲載して下さっていましたのでシェアーさせて頂きます。
アカシックレコードとは?
アカシックレコードとは、一言でいうと宇宙スケールの「集合意識」です。別のいい方をすると「神の心」であり、ここでは「アカシック次元」という言葉で表現しますが、それはどこか別の場所に存在するという意味ではありません。「次元」に関する概念は、これも脳が創りだすものにすぎないのであり、魂レベルの理解ではないにしても、私たちの脳が満足するためにも、「アカシック次元」と多次元について少し説明いたしましょう。
次元とは、バイブレーションのちがいによって分けられるものであり、この三次元以外は空間ではないということをまず念頭に入れておきましょう。ただ脳は時間空間をもってしか理解できないという特徴があることから、「次元」を、時空をもって表現すると、「次元」は、今以外のところに存在しているといえます。また、各々の次元は重なり合うようにして存在しているということができます。したがってあなたはどの次元にも存在しているということになります。「アカシック次元」も当然、ひとつの次元として存在していません。よって、ひとつの情報が単一の次元にしか存在しないということもありえないのです。ここで大きな図書館を想像してみましょう。いくつものフロアがあって、フロアによって情報の内容が異なると想像してみてください。下のフロアより上のフロアに行くほど拡大した情報が得られます。このようにあえて「次元」というコンセプトを用いるならば、
「アカシック次元」は、5次元に存在していると考えることができます。
アカシック次元には、すべての思考のエネルギーのバイブレーションが存在し、どの宇宙であれ、いちばん最初のソース、つまり、ワンネスから始まり、今という今に至るまで、存在するすべての思考がバイブレーションとして記録されています。たとえば、宇宙の歴史、星々の歴史、地球の歴史、人類の歴史、それから、個々の歴史など、さまざまなことがらに対する事細かな情報が、バイブレーションの記録として存在します。人間も含めて宇宙のあらゆる存在たちの集合意識も記録されています。いわゆる宇宙のスーパーコンピューターのデータベースのようなもので、まるで図書館に並ぶ本のように情報が収集されています。それを「アカシックレコード」とよびます。その巨大図書館は何層にも分かれていて、私たちはいちばん量の少ない層の記録も、また壮大な量が存在する層の記録からも情報を引き出すことができます。どの層にあなたがタップインできるかは、あなた自身のバイブレーションに大いに関係します。
いちばん量の少ない層は、「4次元的情報」ともよぶことができ、そこにはあなたの今生についてや、あなたの思考パターンに関する情報が記録されています。それにしても、アカシック次元においては、情報がリニア的に記録されているのではなく、3次元に運んでくるときにリニア的な順が生じたり、イメージやシンボルに変換されたりします。さらにいうと、アカシック次元においては、過去、現在、未来という分離は存在しなく、それは多次元性に富んだフィールドであるということができるのです。私たちも実際にはこの三次元に縛られているようでありながら、いたって多次元的な存在であるということを忘れてはなりません。
5次元的情報とは、たとえば、あなたには、この今という瞬間においても二つ以上の可能性が存在します。さらに6次元においては、時空の束縛はなくなり、宇宙のすべてを含む一点として存在します。それを「無限」ということばで表現したり、「ゼロポイント」ということばで表現したりすることもできます。よって6次元においては、生まれ変わりや因果関係も一切存在しません。しかしながら、3次元に肉体を持つ私たちは、4次元の情報に束縛されていると逆にいうことができるのです。次元が上昇していくにつれて、可能性は無限大に広がっていきます。6次元以降の次元に関しては、この三次元の脳では計り知れないとだけここではいっておきましょう。
私たちはいつでも「アカシック次元」につながることができます。しかし、これはたいていが無意識的なつながりであり、そのメカニズムを理解することはなかなかむずかしいです。私たちが頭で考えだすことは、すでに「アカシック次元」に存在している、と逆にそういえるのです。アカシック次元には多少なりとも未来の情報も含まれています。なぜなら未来とは、現在のバイブレーションの延長にあるからです。よって現在を変えると、過去同様に未来も変化します。あなたのたった今のバイブレーションがコアとなってあなたの未来へと導かれます。
【超意識へ繋がる特別体験セッション】
https://mosh.jp/services/203903
公開した記事を加筆訂正したものです。
5次元のアカシックレコード(宇宙の集合意識)をキャッチしていると言われる松果体は、意識すると大きくなると言われます。
「ところで、そもそも5次元とかアカシックレコードって?」
そんな疑問をお持ちの方に、愛知ソニアさんがfacebook上でとても分かりやすい説明を掲載して下さっていましたのでシェアーさせて頂きます。
アカシックレコードとは?
アカシックレコードとは、一言でいうと宇宙スケールの「集合意識」です。別のいい方をすると「神の心」であり、ここでは「アカシック次元」という言葉で表現しますが、それはどこか別の場所に存在するという意味ではありません。「次元」に関する概念は、これも脳が創りだすものにすぎないのであり、魂レベルの理解ではないにしても、私たちの脳が満足するためにも、「アカシック次元」と多次元について少し説明いたしましょう。
次元とは、バイブレーションのちがいによって分けられるものであり、この三次元以外は空間ではないということをまず念頭に入れておきましょう。ただ脳は時間空間をもってしか理解できないという特徴があることから、「次元」を、時空をもって表現すると、「次元」は、今以外のところに存在しているといえます。また、各々の次元は重なり合うようにして存在しているということができます。したがってあなたはどの次元にも存在しているということになります。「アカシック次元」も当然、ひとつの次元として存在していません。よって、ひとつの情報が単一の次元にしか存在しないということもありえないのです。ここで大きな図書館を想像してみましょう。いくつものフロアがあって、フロアによって情報の内容が異なると想像してみてください。下のフロアより上のフロアに行くほど拡大した情報が得られます。このようにあえて「次元」というコンセプトを用いるならば、
「アカシック次元」は、5次元に存在していると考えることができます。
アカシック次元には、すべての思考のエネルギーのバイブレーションが存在し、どの宇宙であれ、いちばん最初のソース、つまり、ワンネスから始まり、今という今に至るまで、存在するすべての思考がバイブレーションとして記録されています。たとえば、宇宙の歴史、星々の歴史、地球の歴史、人類の歴史、それから、個々の歴史など、さまざまなことがらに対する事細かな情報が、バイブレーションの記録として存在します。人間も含めて宇宙のあらゆる存在たちの集合意識も記録されています。いわゆる宇宙のスーパーコンピューターのデータベースのようなもので、まるで図書館に並ぶ本のように情報が収集されています。それを「アカシックレコード」とよびます。その巨大図書館は何層にも分かれていて、私たちはいちばん量の少ない層の記録も、また壮大な量が存在する層の記録からも情報を引き出すことができます。どの層にあなたがタップインできるかは、あなた自身のバイブレーションに大いに関係します。
いちばん量の少ない層は、「4次元的情報」ともよぶことができ、そこにはあなたの今生についてや、あなたの思考パターンに関する情報が記録されています。それにしても、アカシック次元においては、情報がリニア的に記録されているのではなく、3次元に運んでくるときにリニア的な順が生じたり、イメージやシンボルに変換されたりします。さらにいうと、アカシック次元においては、過去、現在、未来という分離は存在しなく、それは多次元性に富んだフィールドであるということができるのです。私たちも実際にはこの三次元に縛られているようでありながら、いたって多次元的な存在であるということを忘れてはなりません。
5次元的情報とは、たとえば、あなたには、この今という瞬間においても二つ以上の可能性が存在します。さらに6次元においては、時空の束縛はなくなり、宇宙のすべてを含む一点として存在します。それを「無限」ということばで表現したり、「ゼロポイント」ということばで表現したりすることもできます。よって6次元においては、生まれ変わりや因果関係も一切存在しません。しかしながら、3次元に肉体を持つ私たちは、4次元の情報に束縛されていると逆にいうことができるのです。次元が上昇していくにつれて、可能性は無限大に広がっていきます。6次元以降の次元に関しては、この三次元の脳では計り知れないとだけここではいっておきましょう。
私たちはいつでも「アカシック次元」につながることができます。しかし、これはたいていが無意識的なつながりであり、そのメカニズムを理解することはなかなかむずかしいです。私たちが頭で考えだすことは、すでに「アカシック次元」に存在している、と逆にそういえるのです。アカシック次元には多少なりとも未来の情報も含まれています。なぜなら未来とは、現在のバイブレーションの延長にあるからです。よって現在を変えると、過去同様に未来も変化します。あなたのたった今のバイブレーションがコアとなってあなたの未来へと導かれます。
【超意識へ繋がる特別体験セッション】
https://mosh.jp/services/203903
『神との対話』の著者
ニール・ドナルド・ウォルシュは、
愛と不安の関係について、
こんな考察を行っています。
著者のウォルシュさんの意見は
実に的を射ている、と思います。
その本の中の、
愛と不安についての章からの抜粋を紹介します。
ウォルシュさんは次のように書いている。
----
人間のすべての行動は、
心の深いところにある2つの感情のどちらかによって
動機づけられたものだーそれは不安と愛だ。
じじつ、人の感情は2種類しかない。
つまり、心は2つの言葉しかもたない。
そしてその2つは、
かけ離れた両極に位置している……
----
不安という「思い込み」をなくすと、
愛が行動原理となって幸福につながる出来事が引き寄せられ
自然に成功を実現出来るようになります。
ここで重要なことは、
不安というのは一つの信念に過ぎないことです。
ニール・ドナルド・ウォルシュは、
愛と不安の関係について、
こんな考察を行っています。
著者のウォルシュさんの意見は
実に的を射ている、と思います。
その本の中の、
愛と不安についての章からの抜粋を紹介します。
ウォルシュさんは次のように書いている。
----
人間のすべての行動は、
心の深いところにある2つの感情のどちらかによって
動機づけられたものだーそれは不安と愛だ。
じじつ、人の感情は2種類しかない。
つまり、心は2つの言葉しかもたない。
そしてその2つは、
かけ離れた両極に位置している……
----
不安という「思い込み」をなくすと、
愛が行動原理となって幸福につながる出来事が引き寄せられ
自然に成功を実現出来るようになります。
ここで重要なことは、
不安というのは一つの信念に過ぎないことです。
<お断り>
この記事は、2011年4月に公開したものを
新しく読者になってくれた方にお読みいただくことによって、
より深く理解いただくために加筆訂正して再公開してます。
予めご了承ください。
未来から現在を見つめると、
自分が思い描いた未来につながる情報や未来の実現を妨げる情報が
現状の世界の中から立ち上がってきます。
最近、小学校の生徒に未来の自分から今の自分に宛てた手紙を
書かせるということがよく行われていますが、
これは、
「今まさに起こっている出来事を正しく見る」
ことであり、
「現在にある未来を見出す」
ことにつながります。
未来の視点から得ることができる情報こそが、現在と未来をつなぐ
架け橋になるからです。
多くの人が
「過去の認識から現在を認識している」
という誤りを犯しています。
これは、過去を「因」、現在や未来を「果」とみなしていることで、
つまり
「時間は過去から現在、未来へと流れている」
という時間因果に囚われていることに他なりません。
でも、そうではありません。
「時間は未来から現在、過去に向かって流れている」
のです。
つまり、未来が「因」であって、過去が「果」なのです。
そもそも
「時間は、過去から未来に流れている」という時間観は、西洋の古典的な時間観
にすぎません。
これは、創造主である絶対神がビッグバンを引き起こして、宇宙を創造したこと
からすべてがはじまって、そのはじまりから次々と玉突き的に因果が起こって
現在が生まれ、そして未来へつながっていくという考え方にあります。
そう考えないと、神という創造主の存在を肯定できないからで、つまり絶対的なもの
ではありません。
しかし、多くの人はその時間観に洗脳されているため、現在や未来のことを
考えるときに過去の記憶を基準にしてしまっています。
たとえば、
「同僚から抜きん出てスピード出世ができたのは、
仕事で頑張って働いたおかげだ」
「超難関の有名大学に合格できたのは、一生懸命に勉強したおかげだ」
「幸せな家庭を築くことができたのは、彼女と結婚したおかげだ」
「子供が交通事故で亡くなったのは、過去の行いが悪かったせいだ」
という発想です。
しかし、過去が「因」で、現在が「果」だとする因果関係には、
論理的な矛盾があります。
スピード出世ができたのは、上司に気に入られたからかもしれません。
超難関大学に合格できたのは、ほかの受験者の成績がたまたま悪かっただけ
かもしれません。
幸せな家庭を築くことができたのは、あなたの仕事が安定しているから
かもしれないのです。
子供が交通事故で亡くなったのは、車が信号無視して交差点に入ってきたから
かもしれません。
Aという現在と、Bという過去があり、
「Bのおかげで、Aになっている」
という因果関係は、現在のあなたが勝手に想像しただけのものです。
もしかしたら、Cという過去のおかげかもしれないし、Dという過去の
おかげかもしれない。あらゆる可能性の中から、現在のあなたが選択し、
因果関係を作っているだけなのです。
つまり、すべては現在のあなたの認識しだいであって、実際には現在の
認識が「因」で、過去の出来事は「果」というわけなのです。
過去とは、
「過ぎ去ってしまった、変えることのできない出来事」ではありません。
それは、
「その人の記憶の中にある、起こった出来事に対する現在の解釈」です。
ですから、まったく同じ出来事でも、現在や未来から見た評価によって、
過去はいくらでも書き換えることが可能で、まったく違ったものになる
というわけです。
現在の認識によっていくらでも形を変える“不たしかな”過去を基準に
しても、当然正しく現在の状況を分析したり、未来を予見することはできません。
だからこそ、未来からの視点が必要なのです。
繰り返しになりますが、私は
「時間は、未来から現在、現在から過去に流れている」
と考えています。
そう考えると、
現在地を知って(気づく)、現状を受け入れて分析(理解を深める)ことで、
手放す(受け入れて、現在地から出る)ことが出来るようにもなります。
未来から現在、過去に流れている時間観においては、
未来が「因」であり、現在や過去は「果」です。
未来を「因」とするためにも、
「未来はすでに起こっている」と考えることが必要です。
未来がすでに起こっているとイメージできれば、
その未来に基付いて、現在や過去の認識もとうぜん変わります。
目の前の世界から、未来につながる兆しも見えてくるはずです。
なので具体的に現実を変えたいときは、
未来のゴールをよりリアルにイメージして臨場感を高めればいいわけです。
ちなみに未来から過去へ流れるという時間観は、
古くは釈迦の思想を研究するグループであるアビダルマの仏教哲学者が
主張していますし、現在では、最先端の現代分析哲学の時間理論でも
同様な主張がなされています。
現在という結果を正しく認識するには、原因である未来から見つめる必要が
あるのです。
参照文献
とてつもない未来を引き寄せる予見力/徳間書店

¥価格不明
Amazon.co.jp
【超意識へ繋がる特別体験セッション】
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この記事は、2011年4月に公開したものを
新しく読者になってくれた方にお読みいただくことによって、
より深く理解いただくために加筆訂正して再公開してます。
予めご了承ください。
未来から現在を見つめると、
自分が思い描いた未来につながる情報や未来の実現を妨げる情報が
現状の世界の中から立ち上がってきます。
最近、小学校の生徒に未来の自分から今の自分に宛てた手紙を
書かせるということがよく行われていますが、
これは、
「今まさに起こっている出来事を正しく見る」
ことであり、
「現在にある未来を見出す」
ことにつながります。
未来の視点から得ることができる情報こそが、現在と未来をつなぐ
架け橋になるからです。
多くの人が
「過去の認識から現在を認識している」
という誤りを犯しています。
これは、過去を「因」、現在や未来を「果」とみなしていることで、
つまり
「時間は過去から現在、未来へと流れている」
という時間因果に囚われていることに他なりません。
でも、そうではありません。
「時間は未来から現在、過去に向かって流れている」
のです。
つまり、未来が「因」であって、過去が「果」なのです。
そもそも
「時間は、過去から未来に流れている」という時間観は、西洋の古典的な時間観
にすぎません。
これは、創造主である絶対神がビッグバンを引き起こして、宇宙を創造したこと
からすべてがはじまって、そのはじまりから次々と玉突き的に因果が起こって
現在が生まれ、そして未来へつながっていくという考え方にあります。
そう考えないと、神という創造主の存在を肯定できないからで、つまり絶対的なもの
ではありません。
しかし、多くの人はその時間観に洗脳されているため、現在や未来のことを
考えるときに過去の記憶を基準にしてしまっています。
たとえば、
「同僚から抜きん出てスピード出世ができたのは、
仕事で頑張って働いたおかげだ」
「超難関の有名大学に合格できたのは、一生懸命に勉強したおかげだ」
「幸せな家庭を築くことができたのは、彼女と結婚したおかげだ」
「子供が交通事故で亡くなったのは、過去の行いが悪かったせいだ」
という発想です。
しかし、過去が「因」で、現在が「果」だとする因果関係には、
論理的な矛盾があります。
スピード出世ができたのは、上司に気に入られたからかもしれません。
超難関大学に合格できたのは、ほかの受験者の成績がたまたま悪かっただけ
かもしれません。
幸せな家庭を築くことができたのは、あなたの仕事が安定しているから
かもしれないのです。
子供が交通事故で亡くなったのは、車が信号無視して交差点に入ってきたから
かもしれません。
Aという現在と、Bという過去があり、
「Bのおかげで、Aになっている」
という因果関係は、現在のあなたが勝手に想像しただけのものです。
もしかしたら、Cという過去のおかげかもしれないし、Dという過去の
おかげかもしれない。あらゆる可能性の中から、現在のあなたが選択し、
因果関係を作っているだけなのです。
つまり、すべては現在のあなたの認識しだいであって、実際には現在の
認識が「因」で、過去の出来事は「果」というわけなのです。
過去とは、
「過ぎ去ってしまった、変えることのできない出来事」ではありません。
それは、
「その人の記憶の中にある、起こった出来事に対する現在の解釈」です。
ですから、まったく同じ出来事でも、現在や未来から見た評価によって、
過去はいくらでも書き換えることが可能で、まったく違ったものになる
というわけです。
現在の認識によっていくらでも形を変える“不たしかな”過去を基準に
しても、当然正しく現在の状況を分析したり、未来を予見することはできません。
だからこそ、未来からの視点が必要なのです。
繰り返しになりますが、私は
「時間は、未来から現在、現在から過去に流れている」
と考えています。
そう考えると、
現在地を知って(気づく)、現状を受け入れて分析(理解を深める)ことで、
手放す(受け入れて、現在地から出る)ことが出来るようにもなります。
未来から現在、過去に流れている時間観においては、
未来が「因」であり、現在や過去は「果」です。
未来を「因」とするためにも、
「未来はすでに起こっている」と考えることが必要です。
未来がすでに起こっているとイメージできれば、
その未来に基付いて、現在や過去の認識もとうぜん変わります。
目の前の世界から、未来につながる兆しも見えてくるはずです。
なので具体的に現実を変えたいときは、
未来のゴールをよりリアルにイメージして臨場感を高めればいいわけです。
ちなみに未来から過去へ流れるという時間観は、
古くは釈迦の思想を研究するグループであるアビダルマの仏教哲学者が
主張していますし、現在では、最先端の現代分析哲学の時間理論でも
同様な主張がなされています。
現在という結果を正しく認識するには、原因である未来から見つめる必要が
あるのです。
参照文献
とてつもない未来を引き寄せる予見力/徳間書店

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【超意識へ繋がる特別体験セッション】
https://mosh.jp/services/203903
※この記事は、2011年1月29日に書いた内容を、
加筆して公開したものです。
こんにちは、意識セラピスト天路Tenroの小林です。
セラピストやカウンセラーに限らず、
どんな職業に就いていても、
問題に囲まれてどうしようもない状況に追い込まれた経験は、
みなさんにも身に覚えがあるはずです。
心理学では夢の中に出てきたことは、
現実の社会で言えば「問題」にあたります。
たとえば、
余命があと数ヶ月しかない少年の母親から、
「この子の病気を治して下さい。」
とお願いされる夢を見るとします。
そして、
「少年の命を救うことができた自分」
が「才能」であったとしたら、
少年の命を救えるようになるまで、
残りの命が少ない少年は、
夢の中であなたの元へやっきます。
これは、夢に限った話しではなく、
現実でも同じように何度も何度も、
才能が使えるようになるまで、
「残りの命が少ない少年」はやってきます。
自分の中に隠された才能を使えるようになるまで、
何度も何度も問題はやってきます。
どうしようもなく、
にっちもさっちもいかなくなったとき、
「運を天にまかす」とか「困ったときの神頼み」
という言葉を使いますよね?
もう自分ではどうすることもできなくなったとき、
自分のやり方をすべて手放し、
天に身を任せた状態を「サレンダー」といいます。
どんな苦痛・苦悩の状態であったとしても
必ず救いはあるのです。
どうしようもなくボロボロになったとき、
本当にサレンダーの準備ができたとき、
どこからともなく自分の身にやってくるもの、
天から授けられた職業、
これぞまさしく「天職」といえるのです。
そして、「自分には、コレしかない」
と思えたときこそ、「天職」と感じられます。
【超意識へ繋がる特別体験セッション】
https://mosh.jp/services/203903
加筆して公開したものです。
こんにちは、意識セラピスト天路Tenroの小林です。
セラピストやカウンセラーに限らず、
どんな職業に就いていても、
問題に囲まれてどうしようもない状況に追い込まれた経験は、
みなさんにも身に覚えがあるはずです。
心理学では夢の中に出てきたことは、
現実の社会で言えば「問題」にあたります。
たとえば、
余命があと数ヶ月しかない少年の母親から、
「この子の病気を治して下さい。」
とお願いされる夢を見るとします。
そして、
「少年の命を救うことができた自分」
が「才能」であったとしたら、
少年の命を救えるようになるまで、
残りの命が少ない少年は、
夢の中であなたの元へやっきます。
これは、夢に限った話しではなく、
現実でも同じように何度も何度も、
才能が使えるようになるまで、
「残りの命が少ない少年」はやってきます。
自分の中に隠された才能を使えるようになるまで、
何度も何度も問題はやってきます。
どうしようもなく、
にっちもさっちもいかなくなったとき、
「運を天にまかす」とか「困ったときの神頼み」
という言葉を使いますよね?
もう自分ではどうすることもできなくなったとき、
自分のやり方をすべて手放し、
天に身を任せた状態を「サレンダー」といいます。
どんな苦痛・苦悩の状態であったとしても
必ず救いはあるのです。
どうしようもなくボロボロになったとき、
本当にサレンダーの準備ができたとき、
どこからともなく自分の身にやってくるもの、
天から授けられた職業、
これぞまさしく「天職」といえるのです。
そして、「自分には、コレしかない」
と思えたときこそ、「天職」と感じられます。
【超意識へ繋がる特別体験セッション】
https://mosh.jp/services/203903
※この記事は、2019年9月14日に、
公開した記事を加筆訂正したものです。
潜在意識はとても賢く、
あらゆる問いの答えを知っています。
潜在意識はあなたと議論することも
口答えすることもありません。
「意見を押しつけないで」
「もう考えたくないのよ」
などとということも言いません。
なので、たとえば
「私にはできない」
とか
「この年ではもう無理」
「この義務は果たせそうにない」
「りっぱな政治家などいない」
と言うとき、
潜在意識にそうした否定的な思考を吹き込むことになり、
潜在意識は言われたとおりに反応します。
実はあなたの幸福を妨げて、
その代わりに不足に制限、不満を人生に呼び込んでいます。
問題の解決策を探しているとき、
答えは潜在意識の中にあります。
潜在意識は、意識的に決断を下し、
本物の判断をすることを期待しています。
あなたは、
問題の答えは潜在意識の中にあると知っているはずです。
けれども、
「出口が見つかるとは思えない」
とか
「頭がすっかり混乱してどうして良いかわからない」、
「どうして答えが見つからないないんだろう」
と言っているなら、
解決策を見つけたいと言う願いを打ち消しているようなものです。
そんな時は、
心を落ち着けてゆったり構え、
頭を空っぽにして静かに自分に言い聞かせてみてください。
「私の潜在意識は問題の答えを知っている。
潜在意識が今私に語りかけている。
私は潜在意識に感謝している。
潜在意識の無限の知性はすべてを知っていて、
今まさに完璧な答えを示そうとしているからだ」
【”超意識”特別体験セッション】
https://mosh.jp/services/203903
公開した記事を加筆訂正したものです。
潜在意識はとても賢く、
あらゆる問いの答えを知っています。
潜在意識はあなたと議論することも
口答えすることもありません。
「意見を押しつけないで」
「もう考えたくないのよ」
などとということも言いません。
なので、たとえば
「私にはできない」
とか
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「この義務は果たせそうにない」
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潜在意識は言われたとおりに反応します。
実はあなたの幸福を妨げて、
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問題の解決策を探しているとき、
答えは潜在意識の中にあります。
潜在意識は、意識的に決断を下し、
本物の判断をすることを期待しています。
あなたは、
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けれども、
「出口が見つかるとは思えない」
とか
「頭がすっかり混乱してどうして良いかわからない」、
「どうして答えが見つからないないんだろう」
と言っているなら、
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そんな時は、
心を落ち着けてゆったり構え、
頭を空っぽにして静かに自分に言い聞かせてみてください。
「私の潜在意識は問題の答えを知っている。
潜在意識が今私に語りかけている。
私は潜在意識に感謝している。
潜在意識の無限の知性はすべてを知っていて、
今まさに完璧な答えを示そうとしているからだ」
【”超意識”特別体験セッション】
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