昨夜、妻と激しく喧嘩をした
仲直りはしたが、気が昂ってしまって3時まで寝れなかった。いま冷静に考えれば明らかに自分が悪いのだが、なぜあそこまで腹が立ったのだろうって考えてみた。わかったことは、「疲れていた」ということ。過去を振り返れば、妻とのケンカの9割は金曜日の夜。僕が3時間のダンスレッスンを終えて、お腹がペコペコで家に帰った時。だいたい21:00くらい。そんな疲れている時に、なんらかのきっかけがあり、自分の中にある「こうあるべき」が刺激されると、イライラが爆発してしまう。普段なら冷静に話し合えることでも、コントロールが効かず論破モード(戦闘モード)になってしまう。そしてそんな僕の態度が相手の怒りに火をつけてしまい、激しい言い争いに。
これからは疲れている時は(特に金曜の夜)、何か相手に言いたいことがあっても、イライラを感じても、感情を相手にぶつける前に状況を理解することに努めようと思った。自分の事情しか見えなくなってるからイライラする。「こうあるべき」という相手への期待や価値観を押しつけてしまっているから「なんでしてくれないの」「なんで理解してくれないの」って不満が強くなってしまう。疲れている時は心に余裕がなくイライラを溜め込むスペースがないので、すぐに溢れ出てしまう。なので、イライラを感じても深呼吸。少しその場から離れてみるのもいいかもしれない。そして相手を言いまかそうとしたり、自分の価値観を認めさせようとするのではなく、相手の事情を理解することに努めようと思う。
そしてもう一つわかったこと。昨夜あれだけ興奮してイライラして「許せない」って思っていた感情も、(ベッドに入って3時間くらい)ムリやり抑えようとせずに目一杯感じることで、いまは、驚くほどスッキリしている(なんであんなに自分は怒っていたんだろうって、自分に腹が立っている)。イライラは我慢したり抑え込もうとすると「自分ばっかり」という不満に変わるが、イライラしていることを認めて、自分の中で感じて、感じ切ることで、自分の中から消える。感情は内に溜め込まずに外に出す(相手にぶつけるのでもなく、自分で感じる)。改めてそれがわかった。昨夜もあやまって寝顔にも3回謝ったけど、妻が起きてきたらもう一度謝ろうと思う。
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孤独がイヤだから自分を消してしまう心理
フロム『愛するということ』を読んで頷く部分が多すぎた。僕が最も味わいたくない感情は、孤立感や孤独感。目立ちたがり屋でいらんことしぃだったから、小学生の高学年ぐらいからいじめられた。無視されてお腹を殴られてお茶を頭からかけられた。みじめでかなしくて寂しかった。誰も僕が存在していることを認めてくれなかった。この苦しい状況から抜け出すには中学受験に合格して、誰も僕を知らない世界に行くしかない。勉強に依存した。進学塾に通い成績表と向き合ってひたすら課題をこなした。そして合格。そして自分を殺した。
聞きたくない洋楽を聞いて、好きでもなかった吉本新喜劇を予約録画した。いつもヘラヘラし明るく振る舞い、自分が感じたことよりも、周りの機嫌が良くなることを話した。いじめられたくなかったし、一人になりたくなかったから。自ら欲して同調し、自ら欲して個性を消した。小学生の頃のように、無視されることは無くなったが、居場所があると感じることはなかった。居場所とは「いていい場所」であり、「自分らしくいられる場所」。それは、ずっとなかった。
「孤立感を克服する最も一般的な方法は集団に同調すること。そうすれば個人の自我は消え、孤独という恐ろしい経験から救われる」(エーリッヒ・フロム)
この意味を実感している。孤独になりたくないから何かに依存し、自分の感情を押し殺す。自由から逃走する。でも、これは一時的な安心感は得られるが、心の底から安心できる居場所ができない。自分のままであり、かつ、周りと溶け込む。自分を殺さず、自分の全体性を失わない。二人が一人になり、相手を支配することなく、二人であり続ける。そういう関係性を作っていきたいし、そういう居場所をずっと求めている。そう改めて気づいたという話。
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「置かれた場所で咲く」ではなく「咲く場所に移動する」
教育において大事なことは、その人の特性や天才性を見つけ、それを磨ける環境を作ることだと思っている。「置かれた場所で咲く」というよりも、「咲く場所に移動させる」感覚。どちらも大事なんだけど、自分の特性が短所として責められる場所ではなく、長所としてほめられる場所に連れていくスタイルをとっている。字が汚い子に習字教室を通わせると赤ペンでたくさん×をつけられるけど、アート教室に通わせれば「芸術」として褒められる。そんな体験を積み重ねることで、自分丸ごとOKって思える感覚が育まれていく(字が上手くなったら自分のことを認められるという条件付きの自己肯定感ではなく)。
天才性というのは、「生まれながらにして持つその人の魅力やスキル」であり、いろいろな見つけ方があんだけど、その一つが人に言われて嬉しいことがソレの時も多い。
「どんなふうに人に言われたらうれしいですか?」
この質問のこたえの中に天才性が潜んでいる。僕で言えば、「えっもう終わったん!はやっ!」って言われるのが、とてもうれしい。これは子どもの時からずっと変わらない。早いということに喜びを感じるし、早くするためにどうしたらいいかってめっちゃ考えている。逆を言えば、ボールを持ち過ぎるのが嫌い。ポーンって僕の元に飛んできたら、一秒でも早く返したいって思う。仕事の早さだったら、けっこう、世界を獲れる自信がある(丁寧さと質は度外視)。
一人一人がじぶんの天才性を見つけて、自分の得意で生きていけたらいいのになぁって勝手に思ってる。苦手なことするのは、嫌いやしストレスだから。自分の苦手なことは誰かの得意なことって言うしね。置かれた場所で耐え忍ぶって生き方もあるけど、咲く場所に移動すればいいって思ってる。これで困ったことはないから、当分このスタイルでいいって思ってる。
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朝さんぽの効用
頭を空っぽにして紀ノ川沿いを歩いていると、豊かだな〜って感じて、そんな自分にうれしくなった(だから投稿してる)。つい最近までは「〇〇が手に入ったら幸せ」と頭の中にある条件が整わないと、心が動かなかったのに。妻に「川に足チャポンってしたら気持ちいいよ」って言われてやってみても、何も感じなかったのに(感じたふうにはしてたけど)。これは大きな変化。
ずっと思考ファーストで生きてきたから、カラダがカチンコチンに固まってる。センサーが鈍ってる。言葉にできそうな安い情報ばかりが集まってくる。それはやめにしたい。ほぐしていきたい。ゆるめていきたい。カラダから入ってくる情報を大事にしていきたい。ムリに言葉にしない。2倍速もやめる。しっかりと味わう。これ、大事にしたい(50代に向けて少しずつね。いま42)。
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自由とはなにか?
「人間は良いものとして生まれるが、人間の手にうつるとすべてが悪くなる。社会が人間を堕落させる」このルソーの言葉に納得する部分がある。幼少クラスではエネルギーを爆発させて全身使って自分を表現していた子が、小学校に入ると周りの目を気にして手を挙げることが少なくなるケースがある。発達の過程といえばそれまでだが、大人の関わり方や教育環境の影響が大きいと感じている。一言で言えば、「不自然」であるということ。大人が良かれと思ってしていることが、子どもの生きる力を奪ってしまうことがある。
「人間はすべてのものの形を変える。人間は自然が作ったままにしておかない。子どもも乗馬のように調教しなければいけない。庭木のように枠からはみ出ないようにねじまげなければいけない」
こんな言葉もルソーは残している。人間が生活から自然を排除する理由はとてもわかる。自然は自分ではコントロールできないから。想定外のことが起きるから。不快だから。川が氾濫したら大変。イノシシが攻めてきたら大変。安心して暮らすために、自然であってはならない。子育ても同じになってやしないか。子どもが困らないように、先回りしてヘルプしたり、退屈そうにしている子どもがいるとあの手この手で楽しませる。これは不自然だなって感じる。そもそも、やる気を引き出そうとしたり、躾という名目で期待通りの行動に導こうとする行為は、子どもの内側から自然に湧き起こってくるエネルギーに蓋をしてしまうことにならないかと。
協調性を身につけてほしいし、集団生活でうまくやる力をつけてほしい。そのような気持ちもわかる。周りに迷惑をかけるなと叱れば、子どももおとなしくなるだろう。でもそれは子どもが協調性を身につけたからではなく、声を上げる力をなくしただけなのかもしれない。とはいえ、スクールを経営している立場としては、「子どもがつまんない」と言えば辞めてしまって経営がうまくいかない。
親御さんからも、「子どもが夢中になって取り組んでる姿が見たい」「自分から積極的に挑戦する力を身につけてほしい」そのようなニーズがあり、即効性があるのは、子どもを夢中にさせる行為。カリキュラムをゲーム化して、子どものやる気に火をつけて、子どもの目を輝かせる。もちろん、夢中になることはさまざまな効用がある。が、これは不自然な行為。ゲームを与えて子どもを夢中にさせているのとそこまで変わらないのではないかって思う。「夢中にさせている」だけで、「夢中になっていない」。
市民を育てたいのか、人間を育てたいのか。僕はたとえどんな社会になっても、たくましく自分らしく生きていける力を育てたいんだろうなぁって思う。シンプルに、「生きたいように生きられる人間」を育てたいんだろうなぁって。まとまりがないけど、これでおしまい。
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