自由とはなにか?
「人間は良いものとして生まれるが、人間の手にうつるとすべてが悪くなる。社会が人間を堕落させる」このルソーの言葉に納得する部分がある。幼少クラスではエネルギーを爆発させて全身使って自分を表現していた子が、小学校に入ると周りの目を気にして手を挙げることが少なくなるケースがある。発達の過程といえばそれまでだが、大人の関わり方や教育環境の影響が大きいと感じている。一言で言えば、「不自然」であるということ。大人が良かれと思ってしていることが、子どもの生きる力を奪ってしまうことがある。
「人間はすべてのものの形を変える。人間は自然が作ったままにしておかない。子どもも乗馬のように調教しなければいけない。庭木のように枠からはみ出ないようにねじまげなければいけない」
こんな言葉もルソーは残している。人間が生活から自然を排除する理由はとてもわかる。自然は自分ではコントロールできないから。想定外のことが起きるから。不快だから。川が氾濫したら大変。イノシシが攻めてきたら大変。安心して暮らすために、自然であってはならない。子育ても同じになってやしないか。子どもが困らないように、先回りしてヘルプしたり、退屈そうにしている子どもがいるとあの手この手で楽しませる。これは不自然だなって感じる。そもそも、やる気を引き出そうとしたり、躾という名目で期待通りの行動に導こうとする行為は、子どもの内側から自然に湧き起こってくるエネルギーに蓋をしてしまうことにならないかと。
協調性を身につけてほしいし、集団生活でうまくやる力をつけてほしい。そのような気持ちもわかる。周りに迷惑をかけるなと叱れば、子どももおとなしくなるだろう。でもそれは子どもが協調性を身につけたからではなく、声を上げる力をなくしただけなのかもしれない。とはいえ、スクールを経営している立場としては、「子どもがつまんない」と言えば辞めてしまって経営がうまくいかない。
親御さんからも、「子どもが夢中になって取り組んでる姿が見たい」「自分から積極的に挑戦する力を身につけてほしい」そのようなニーズがあり、即効性があるのは、子どもを夢中にさせる行為。カリキュラムをゲーム化して、子どものやる気に火をつけて、子どもの目を輝かせる。もちろん、夢中になることはさまざまな効用がある。が、これは不自然な行為。ゲームを与えて子どもを夢中にさせているのとそこまで変わらないのではないかって思う。「夢中にさせている」だけで、「夢中になっていない」。
市民を育てたいのか、人間を育てたいのか。僕はたとえどんな社会になっても、たくましく自分らしく生きていける力を育てたいんだろうなぁって思う。シンプルに、「生きたいように生きられる人間」を育てたいんだろうなぁって。まとまりがないけど、これでおしまい。
ライフスキルコーチ
ミスターおかっち
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