4月26日金曜日。天候は晴れ。
青森旅行4日目は十和田湖方面に向かいます。
十和田湖周辺は1936年に青森県と秋田県の十和田地区だけが十和田国立公園に指定されたのですが、その後1956年に岩手県の八幡平も含めた「十和田八幡平国立公園」に拡大されました。
このうち十和田地区には八甲田山、奥入瀬渓流、十和田湖、田代湿原の4つの大きな見どころがありますが、今回は田代湿原を除く3カ所を回ります。
このうち、ここ何年かで特に奥入瀬渓流の話題をよく見聞きするようになった気がします。
以前、マツコ・デラックスがお奨めと言っていましたが、どんな場所なのか楽しみです。
青森市(八甲田山)
本日も早朝5時前に起床し、5時過ぎに旅館を出発。
車で国道103号線を南下し、八甲田山方面を目指します。
長い区間コンビニがないことが想像できたので、青森市中心部を出る前にコンビニでペットボトルのカフェラテを買いました。
本日最初の訪問地は青森市郊外にある青森公立大学敷地内の「国際芸術センター青森」を外からでも眺められたらと思いましたが、6時前では敷地にすら入れなかったためここはスルー。
道路がだんだんと上り坂になり、八甲田山に入ったのだとわかります。
「岩木山展望所」という場所に来ました。
開けた場所になっていますが、ガスがかかっていて岩木山は見えませんでした。
さらに車を走らせると、高度が上がるにつれ道路わきに残雪が見え始まました。
八甲田山は雪中行軍遭難事件が映画になったくらいに雪が多いことで有名な場所です。
国道103号から途中で国道394号に入り、城ケ倉大橋を目指します。
ここから先は冬季は通行止めになるエリアなので、残雪も多い。
城ケ倉大橋が見えました。
橋の手前に駐車スペースやトイレがあります。
橋の上からの眺めは良かったです。
再び国道103号に戻り、十和田湖に向かって南下します。
地獄沼がありました。
青い水面が綺麗な火山湖です。
この近くには「ヒバ千人風呂」で有名な酸ヶ湯温泉旅館があります。
(借り画像です。)
グーグルマップで「八甲田雪の回廊」とされているスポット付近になると積雪は人の背丈を超えます。
最大積雪箇所でこんな感じでした。
睡蓮沼は夏は綺麗らしいですが、今はまだこのように雪で行けません。
積雪が高く眺めることも無理でした。
国道103号上の最高地点を過ぎ下り坂に入ると雪がだんだんと少なくなりました。
蔦沼は林越しに眺めるだけ。
グーグルマップで気になっていた「アントニオ猪木家のお墓」に来ました。
奥に階段が見えます。
階段を上ります。
お墓がいくつかありました。
猪木家の墓は一番左です。
ファンの方がお供えしたと思われる花や雑誌などが。
猪木さんの後妻さんがここに眠っておられるようです。
猪木さんは生涯3回、アメリカ修行時代の米国人女性との事実婚(夭折した娘有)を含めると4回の結婚をされています。
有名な倍賞美津子さんは2番目の奥さんで、3番目の奥さんとは離婚、4番目の奥さんがこのお墓に眠っているカメラマンの田鶴子さんで、2017年から2019年までわずか2年間の結婚生活でしたが、がんでお亡くなりになりました。
ちなみに猪木さんの遺骨はここではなく横浜市のお寺に埋葬されています。
だから「アントニオ猪木”家”の墓」です。
隣に愛犬の墓も。
蔦川に架かる通天橋がありました。
昭和9年竣工の古い橋です。
その近くに蔦川砂防公園があります。
ここに駐車し、奥入瀬渓流散策を開始します。
奥入瀬渓流と呼ばれる区間は距離にして20km以上あるため、車で移動しつつ見どころで駐車しながら散策を繰り返すことになります。
蔦川沿いに遊歩道が整備されています。
水の音が心地よい。
写真で見るとなんだかつまらない感じ。
渓流散策の良さは写真では伝わりにくいです。
滝っぽいものが見えました。
こんな直角の滝があるかな?
人工的なにおいがする。
やはり、景観に配慮して石で造られた人工物でした。
湿気が凄いため苔が綺麗です。
蔦川に架かる「出会い橋」という歩行者用橋がありました。
橋上からの眺め(下流と上流)。
橋を渡ると散策ルートが整備されていました。
楓岩がありました。紅葉シーズンは綺麗らしいです。
立田の滝。
国道103号線から102号線に入り、少し十和田市方面に向かって寄り道をします。
このあたりには十和田温泉郷がありますが、比較的ひなびた温泉地です。
以前からSNSで泊まってみたかった宿があったのですが、現在は諸事情により受付を停止しているとのことで、ここには宿泊できませんでした。
廃ホテルがありました。
目的地の旧笠石家住宅に到着です。
9時オープンちょうどのタイミングでした。
昔の民家を開放した無料の施設で、隣には民俗資料館もあります。
入ってみます。
マスコット猫がお出迎え。
昔の農具。
部屋の中心に囲炉裏ではなくかまどがあるのは珍しいと思いました。
実際に今も観光用に火を焚いているそうで、家全体に薪をくべた匂いが漂っています。
ただ、この日は風があったため火災になった場合を考慮し、火を焚けないとのことでした。
食器棚。
すごく人懐っこい猫で、スタッフと話をしていてもずっと足元にまとわりついて来ます。
その後も家の中を見て回る私について回るので、最後には叱られていました。
民俗資料館で何匹か飼われているオスの保護猫だそうです。
他の猫は隠れて姿を見せないのに、この猫だけは好奇心旺盛のわんぱくでした。
タンス。
この家には昭和50年頃まで実際に人が暮らしていたそうです。
当時から文化財ということで照明以外の電気設備を目につくところに造れなかったようで、コンセントは隠れるように設けられていました。
このタイプのコンセントは実家にもありますが、久しぶりに見た。
燻されて茶色になってます。
そばをゆでる釜。
柿の皮むき器。
携帯型蓄音機。
こういうものがあるのはここが裕福な農家だからだそうです。
蓑や笠は雪国の必需品です。
同じ建物内に馬屋があります。
一般的に家畜小屋は母屋とは離れて設けますが、これは珍しい。
そのせいで馬がいたときは家の中が臭かったそうです。
外観写真を撮り忘れましたが、隣に民俗資料館があります。
百姓一揆の歴史年表です。
成功と失敗が明確にあるのが興味深い。
米価の推移表(1俵60キロ)です。
明治時代は年ごとの豊作不作の差が激しかったようで、価格が翌年に2倍になったり半分になったりが頻繁にあります。
馬ぞりはベッドよりも長さがあります。
昔のベビーベッド。
屋内専用ではなく、野良仕事の脇に置いて仕事をし、漏らしたときのため藁を敷いて使用したそうです。
こんな農具にもブランドマーク。
スタッフさんは確か昭和30年代にこの地域に嫁いでこられたと伺いました。
今年はカメムシが多く、資料館の掃除が大変とのことでした。
客は私一人の貸し切り状態でいろいろお話を聞けて楽しかったです。
資料館を後にし、再び奥入瀬渓流に戻ります。