「銭ゲバ」という言葉があります。
「ゲバ」とはドイツ語の「ゲバルト(gewald/暴力)」が由来で、特に左翼学生運動に関する報道、評論の用語として使われ、「ゲバルト棒(ゲバ棒)」や「内ゲバ」「ゲバヘル」などのように使われます。
「銭ゲバ」はジョージ秋山の漫画のタイトルからできた言葉で、この漫画の登場以降は暴力の有無は関係なく「金のためなら何でもする人」全般を意味するようになり、現代では守銭奴やケチまでも表す言葉として使われています。
長い間気になっていた「銭ゲバ」を読んでみました。
この作品は元は1970~1971年に週刊少年サンデーに連載された作品で、この内容が少年誌に掲載されていたことに驚きます。
当時はまだ「ヤング〇〇」という青年漫画誌が世に出る前で、少年誌は社会人まで含めた現在より高めの幅広い年齢層の読者を相手にしていたのだろうと想像がつきます。
単行本の復刻は何度かされていますが、内容的に問題が多いため少年サンデーを出版している小学館以外の出版社から復刻されています。
現在の文庫版は問題作を多く世に送ってきた見城徹氏率いる幻冬舎から出版されています。
2009年に松山ケンイチ主演でテレビドラマ化されたことは知っていますが、一般向けのソフトな内容に改変されているだろうという思いがあり、その時は見ませんでした。
主人公の目などの醜い容姿も、原作では生まれつきですが、ドラマでは子供時代の怪我とされています。

昭和40年代作品の現代版リメイクは、「砂の器」などのように物語の本質が損なわれるレベルの改変がされることが予測されたので見ませんでした。
今世紀初頭にリメイクされた中居正広主演のドラマ版は、主人公が殺人を犯した理由(ここが一番重要)を改変されていました。
そうかといって松本清張の原作を忠実にリメイクすれば、現代では炎上確実の作品です。

巻末にはお決まりの但し書きが。

文庫版の漫画上下巻は単行本換算にすると4~5冊分のボリュームを感じました。
ネタバレ、胸糞注意ですので、今後読んでみたいとお考えの方は以下あらすじを読み飛ばしてください。
【あらすじ】
主人公の蒲郡風太郎は子供時代に極貧から病弱な母を医者に診てもらえず死なせてしまいます。
そこから金の亡者になって、手段を選ばずにのし上がり、使いきれないほどの莫大な富を手に入れます。
その過程でとにかく人を殺しまくりますが、悪知恵とカネの力で刑務所には入りません。
最初の犠牲者は少年時代に世話になった近所の青年で、風太郎を心配していろいろ忠告してくれることにうんざりして彼を殺します。
そこから大企業社長の車に自ら轢かれて(当たり屋)社長の家に住み着き、長女(美女)と次女(容姿は醜く体に障害があるが純粋)に近づき、本当は長女の事が好きなのに善人を装って次女に気に入られ、次女と結婚します。
そして長女をレイプ、自宅に放火し、社長を殺して自分が大企業のオーナー社長になることに成功。
富を手に入れたとたん次女には冷たくあたり暴力を振るうようになり、悲観した次女は自殺します。
その後も邪魔になる人間を次々に殺しまくり、放火後に行方不明だった長女が復讐のために彼の前に現れた際に連れてきた赤子(レイプでできた風太郎の子供)までも、容姿が自分に似て醜いという理由で手にかけ、長女も殺します。
彼に好意を示してくるのは愛ではなくカネ目当ての女性ばかりの中、初めてカネに興味を示さない女子高生の事を好きになり、彼の性格はだんだん温和になっていきますが、ある日「お金が欲しい」と抱かれようとしてきた彼女に絶望し、突発的に殺します。
そこからは前以上の野心家に戻り、ついには政界進出を図ります。
カネの力で対立候補を失脚させ県知事に当選し、権力まで手に入れた主人公ですが、辛かった極貧の子供時代の回想や、「もし妻と子供がいる普通の家庭を持った人生だったら」という妄想が始まり、最後は自らの頭を銃で撃ち人生を終わらせます。
(テレビドラマ版ではハッピーエンドに改変されています。)
救いのない不愉快な物語ですが、社会問題、哲学(聖書?)などが盛り込まれ、硬派な内容でした。
学生運動の描写。

主人公の経営する会社が公害病を引き起こした場面の引用で水俣病の詳細も。

生涯唯一の妻は顔にあざ、体に障害のある大企業の次女でしたが、カネ目的の結婚だったため結婚後は冷たく当たります。
こういった哲学的な言葉が出てくるのですが、聖書か何かの引用なのでしょうか?
(作者は聖書をテーマにした漫画も描いています。)
人口450万人の県知事に立候補し当選。
「平凡なサラリーマンとして妻子ある家庭を築いていたら」という妄想

主人公は最後まで自分がやったことを正しいと思っており、単純に「主人公の敗北=バッドエンド」という訳ではない。
そして最後に読者にメッセージを投げかけます。
読感ですが、「金がすべてではない」、「カネよりも結婚して平凡な家庭を築くことが一番の幸せ」という結末を暗示しているのが、ちょっとありきたりでした。
しかし大衆向け漫画誌ならこういう着地点にするのが一番無難であり、これは仕方がないと思います。
もし悪人の成功譚なら読者の共感は得られないし、これはこれである意味スッキリする結末です。
学生運動が盛んだったこの時代は、「金持ち、政治=悪」というステレオタイプの左翼思想を持つ若者が多かったという時代背景もあると思います。
この「銭ゲバ」が発表された55年前、そして私が読んだ今年は、偶然ですがいずれも大阪万博の開催年です。
読了して考えることについては他にもいろいろあるので、それはまた別の機会に書きたいと思います。
余談ですが、昨年末で閉鎖された難波のレトロ雑居ビル「味園ビル」にあった深夜喫茶「銭ゲバ」は、移転して現在も営業されているようです。
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