今の自分に足りないもの、

相手にわかるように話す表現力、特にその場その場での問題点の要点を把握分析力、そして取捨選択する自己判断能力。

さらに、行動力・決断力・割り切り力。

あと、会話・物事が起こったとき、とっさに思うこと、いったことより、あとからこういおう、とやたら後から気づくことも多い。


これでは、社会復帰は難しいのでは、とまで考えてしまうときがある。


別にすべてにポシティブでなくてもいい。

安穏と流し暮らす部分、びしっと決める部分と、TPOに分けて動きたい。



見てはいけないものを見てしまった。

昔の企画書や文章たち。


あのころの状態に戻るように頑張ろう!というのがポシティブ。

あかんところはあかん、として、地道に気張らず少しずつ力が身につく方向を考えてそれに向かって行こう、というのが落としどころ。

しかし、今は、そんな気分になれない。

へこんで、へこんで、もう、再起不能かと思う。


これって、「おかあちゃん、助けて!」って甘えているガキと一緒だ。


最低である。

大体、パターンは決まっている。

夜中に、自意識過剰、妄想に近い、最悪の夢を見て

早朝に目が覚める。


もう俺にはなんにもない、と思いながら

頭フル回転であっという間に昼を迎える。


これではいけない、と思って、少しポシティブに考え始める。

で、それなりに整理し、具体的に取り組むこと、もしくは、お気軽に考えることを選択しているうちに

夕方。


それに取り組もうとしはじめると、そのことを否定する考えが浮かぶときもある

(ほかに先にやることがあるのでは、そこまでやることはないのでは、その考えはおかしいのでは

などケースは多数・多数)。


で、疲れきって、明日やろうで、就寝。



この流れは、打破しないといけない。

お気軽にいこうが、正面突破しようが、これだけは、打破しないといけない。

バイト休んで二日目。


さすがに雪が降ったので、冬物を出そうとする。


冬物を見た瞬間、涙が止まらない。


モノは考え方次第であり、ネガティブに考えるとネガティブにしか動かない

と言い聞かせながら、納得もしたつもりだったのだが。


この服たちを着ていたころ思ったこと、一つも実行していない。

今まで、なにをしていたのだろう。


もう俺は廃人ではないのか、と考えてしまう。

もっと厳しい状態の人が山といる中で、こんなことを考えること自身、

とんでもないことである。甘えである。猛省しないといけない。


すべては、自分の行動の結果である。自己責任。

ポイントは、この現状を踏まえて、それでどう対処していくかが、次の一歩をどうするかが重要である。

気軽に考えようと思うが、それは、問題解決に結びつかない逃げではないかとも思う。


今、一番重要なことはなにか、考えないといけない。




考えすぎ、考えすぎと思う反面、それが現実だ、逃げるな、直視せよとも思う。


ドッチも正しい。



ついに、雪が降る。


たかが気象現象と思えばすむこと。

しかし、そう思えない自分もこれまたいる。


服は未だに、春夏。

これも、たかが衣替えすればすむことと思えばすむこと。


しかし、これまた、そう思えない自分がいる。

僕がなぜブログを始めようと思ったか。


①孤独感で、誰かに思ったことを伝えたいと思った

②3年前に、世の中のすべてのことに興味を失ったことからへの復活とリハビリ

③悩む自分への気分転換

④端的で的確な表現力・文章力の復活・育成

⑤そのことによって、自分の中に渦巻く考えの整理と自覚


なんてことがきっかけだったと思う。


時に、

・現実逃避のツールに過ぎないのでは

・ブログやる前に、もっと、今取り組まないといけないこと、考えなければいけないことがあるのでは

・所詮、狼少年ではないのか

・過去の思い出話や抽象論、ダラダラ長い文章に意味があるのか

と思い悩んで、やめようと思うことも多い。


けど、今の気持ち(どこまでもつのかな)は

やっぱり、書こうかな、と思う。


それが正しい選択なのかは、正直、分からない。

容疑者が逮捕された。


彼が犯人かどうかは分からないが、

これが、端的に外国人排斥につながらないことを祈るのみである。


この事件に関しては、

実は、僕も生まれて初めて「事情聴取」を受けることとなった。

さらに、近所の人の話では

僕に関する、聞き込みもあったそうだ。


ある意味、貴重な体験をしました。

高野悦子著の「二十歳の原点」である。


あるときは、批判的に、あるときは、距離を置いて、また、距離感を感じて

そして、あるときは親近感を持って、と、いろんな気持ちで

何度も何度も読みました。


20歳の著者の日記を、38歳の俺が読んで、考えるのも

いやはやではあります。


前述の通り、僕の本は、未だ箱の中なので、

読むことはできないのですが

よくまとまっているHPがあるので、それを見て、色々考えています。


http://www12.ocn.ne.jp/~chi0010/



愛想つかれちゃうし、ウザク思われるし、相手にされなくなってしまうんだな、と思います。


俺だって、目の前にこんな人いたら、やっぱ、いやだもん。

直近のことといえば、情けないが、引越しのことだと思う。


それまでに、自分の方向性を明確にできてさえいれば

なんら問題のないことである。正直、本当に情けない。


何事も情けないと思っているうちは、情けなくなるので

そう考えないほうがいい、と思うのだが、情けなく思ってしまうときもある。


もう、約三年前、頭の中が錯綜して

「とりあえず、しばらく考える場所、決断するまで」として、今のところに引っ越した。


破格の値段で借りることができたが、ついに、時間切れとなった。


正直、家主さんには、多大な迷惑をかけてしまった。

一度、正式に、詫びをいれようと思っている。


「そんなことはない、住む予定がなく、空家だったところに住んで、家賃まで入って

なんら迷惑をかけていない。むしろ、金が入ったってよろこんでるのでは」

と妹はいってくれるが、そう思う日とそう思わない日が、錯綜する。


今の部屋は、父が、住めるように修繕してくれた。

その気持ちは、正直嬉しく思うときと、36歳にもなって、親父にこんなことをしてもらうことを情けなく思うときがある。


そして、いずれ腹をくくろう、そのときまで、と思いながら

結局、こんな形で終焉を迎える自分が、たまらず申し訳なく、そんな自分がいやになるときがある。

なんか、自分の郷土に足で砂をかける行為のような気もする。

一方で、自意識過剰なのか、近所の目がたまらないときもあった。

そう思うこと自身が、自分の強度になんて思いを持ってしまうのかと、自己嫌悪に陥るときもある。


「それはそれとして、この機会をチャンスと思って」と思う日もあるが、そう思えない日もある。


この部屋の荷物であるが、実は、半分、引っ越してきたときのまま。

「ここは仮住まいなんだ」「このまま、ここ(広島)に根を張りたくない。荷物を出すと根付く気がする」と思う気持ちと

「今までの俺を全否定したい気持ち」が

今までの僕の生活のにおいがするもの、特に、今まで買った本の数々を出すことができなかった。

「そんなことはない」「まずは、きちんと部屋をして、それから考えてもいいじゃないか」

「今までの自分をすべて否定してもいいのか」

この2つが毎日、頭の中で、喧嘩し続けたと思う。


思えば3年という月日は、一つのことを成し遂げることができる月日である。

それを、何をしていたのだろうかと思う。


引越し先としては3点

①実家

②広島市内

③その他


①実家

確実に、経済的に楽である。

一方で、この3年間の考えすぎなのか、

この年で、親の世話にこれ以上なるのが、情けなく思ってしまうこともある。

考えすぎなのだろうか?

また、近所の目、が非常にいやになる気もする。

これまた、考えすぎなのだろうか?


②広島市内

俺の状況に、妹が「会社の近くに部屋を持ちたい」といいはじめた。

だから、家賃は折半で、ほぼ現状と代わりがない。

しいていうなら、食費であろう。

別に、このままの状態でいたいなんて、心のそこから思っていない。

ただ、「食費を稼ぐためのみ」のため、働くことはいいのだろうか。

いいんだ。よくない。いいんだ。よくない。

あと、妹の世話になる俺も情けなく思ってしまう。

「兄ちゃんの話を利用するだけ」といってくれているが

本心は違うのだろう。妹の財産まで手をつけてしまう。

あと、郷土から逃げる感じになる自分が情けなく感じてしまう。

実家にいても、気持ちの持ち方次第なのではないだろうか?

広島市内に出るくらいでは、同じではないのだろうか?


③その他

広島に束縛される、広島に埋没する自分が、いやになるときがある。

それも気持ちの持ち方次第。

広島でも、頑張っている人を多数知ることができた。

けど、出たいという気持ちもある。



結局、こんなレベルで、こんなことを言っている俺が、一番情けない。

先日、バイトに行くために電車を待っていたとき、

「何やってるだろ俺、大昔のこと、今のこと、いろんなこと
考えて、考えて、何も答えが出なくて。

答えなんてないのに。ただ、腹をくくるだけなのに。

優先順位すらつけれない。

結局、行動に結びついていない。前進していない。

自分で、トンネルの出口を見つけなきゃ。

腹くくって、行動しなけりゃ。
俺って、自分に出来ることなんて何もない気がして、
誰にも必要とされないな。」

「結局、中途半端でウジウジしてて、自分でもイヤになる」

「なんで、3人の俺が、自分の中にいるんだ。

一つのことを決めると、それを肯定する奴、それを全面否定する奴、

そして、このこと自身を考えることを否定する奴。日替わりで出てきやる」

「極端から極端に考えが動く」

「結局、時間だけが過ぎて、機を逸して、状況は日々悪化して、どんどん破滅に向かっているだけだ」

「正直、俺なんか、最低な人間だ」

なーーんて、腹をくくればすむようなこと、

非常にガキのような、低レベルなことを考えていたら

生まれて初めて、気を失ってしまいました。


気づくと、病院でした。

生まれて初めて、救急車に乗った模様。


両親に知られなかったことが、心配をかけなくてすんで

唯一の救い。


医者の話だと「過労」だそうだ。


どこが、過労だ。今の自分の生活は・・。