思考を変えて、その先へ   ー H style ー

 思考を変えて、その先へ   ー H style ー

100%自分原因説を軸に書いていきます。




CPM公認トップセラピストのHiromiです。



自分の中にある

世界を変えよう。




大好きなヨークシャテリアのようちゃんも


時々、登場します一休舌チロ






☆☆大人気セッション・現実を変えたい方へ☆☆


  


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人や動物やモノや自然、

何に対してであっても、”愛する”という思いは

自分を幸せにするもので、とても心地いい感覚です。

 

 

それは、

愛は体感できるものだから。

 

 

そして、愛はいろいろな形があります。

 

 

心理学やCPMでもよく言われていますが、
「愛されたい」と願うときは――
自分が自分のことを

うまく愛せていないサイン。

 

 

そんな時って、

誰かに”愛されたい”と外へ強く求めてしまう。

 

 

でも、それって「愛」なのでしょうか?

 

 

たとえるなら、
自分が価値がないと思うモノを、
大切な誰かに差し出して
「これ、価値はないけど大事にしてね。

わたしにはできないから!」と、

押し付けているような感じです。

 

 

そして このやり方だと、

自分の得たいものを、相手に委ねているので

大事にしてくれるかは相手次第な状態に。

 

 

そうすると、どうなるかわからないから、

いつも不安になってしまいます。

 

 

実際のセッションでも、

よくこんなテーマを扱います。

 

 

「愛されたい」と願いながら、

実は「愛されるのが怖い」という思い。

 

 

意識の深いところで、

愛されることを拒んでしまっている状態です。

 

 

そこには必ず、過去の原体験と結びついた

「コアな思い」が存在します。

 

 

ただ、日常生活の中では忘れています。

ましてや、自分が愛されることを恐れていて

拒んでいるなんて、思いもしないですよね。

 

 

そんなコアな思いに気づいてあげることは、

自分変容のプロセスには、

とてもとても大事なことです。

 

 

自分に対する誤解や(セルフイメージ)

愛に対する誤解を丁寧に解いていくのです。

 

 

本当に得たいのは、愛されることの先にある

愛を恐れなくていいという

恐れからの解放なのかもしれません。

(愛への安心)

 

 

セッションでこうした誤解を解き明かしたあと、

素敵な出会いに恵まれたり、

ご結婚されたりした方はたくさんいらっしゃいます

 

長女あるある!?

 

――ここでちょっと

愛にまつわるわたしの話を。

 

 

わたしは長女なのですが、
小さな頃、弟にとても意地悪だったそうです。

 

 

うっすらと覚えていますが、
初孫で可愛がられていたわたしは、
弟を、自分が独占していた愛情を奪いにきた、
そんな風に感じてしまったのだと思います。

 

 

これは、あくまで私の独断と偏見ですが…

こういった思いって、

長女DNAにデフォルトで

組み込まれている!?気がします。

(長女っけっこういろいろありますよね)

 

 

今 思えば、”愛”というものを

わかっていなかったのですね。
(まぁ、幼い頃だから仕方ない赤ちゃん泣き

 

 

愛というものは減るものではなく、

弟が生まれたからといって

わたしへの愛は1mmだって変わらない。

むしろ愛は溢れて増えていくもの。

 

 

愛というものを、

完全になめていました。

 

 

ほんとうの愛は、
そんな簡単に減ったり、

なくなったりしないものです。

 

だって、

それが「愛」だから。

 

 

いつもそっと、今もそこに”ある。

”Don't think, feel."

 

 

※過去記事に加筆しました。

 

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こんにちは、Hiromiです。

 

今、蝉の大合唱を聞きながら、

この記事を書いています。

 

目を閉じて、蝉の声だけに集中すると

心地いい瞑想になりますブルー音符

 

 

今日は、前回書いた”ジャッジ”について、

もう少し言葉を重ねていこうと思います。

 

 

 

 

ジャッジは良い悪いと判断したり、

自分が上だと自尊心を満たすために

つかってしまったり。

一瞬は満たされても、その効果は長く続かないものです。

(この他にもジャッジの形はいろいろあります)

 

 

どこかの記事でも書きました。

「誰かの良さを認めることは、 

その他の何かを否定することにはならない」と。

 

 

でも、わたしたちはつい、

誰かがすごい=自分はダメなんだ

こんな構図がすぐ浮かんでしまいがちです。

 

ただ、このロジックは成り立っていません。

 

「あの人がすごいこと」と

「自分がダメなこと」の間に、

本来なんのつながりもないからです。

(表面的には)

 

 

冷静にみれば、おかしいということは、

ただの”思考パターン”ということ。

 

 

頭の中で勝手につなげてしまった「=(イコール)」を、

一度解いてあげるだけで心はぐっと楽になります。

 

 

思考パターンは、潜在意識の中にある、

目をそらしたい何かから逃げるために

発動することが、多々あります。


 

前回の記事で、

「ジャッジを理解へ」と書きました。

(なかなかのハードルの高さ!)

 

 

補足すると、ここでいう「理解」は
無理に相手や自分のすべてを受け入れたり

分かろうとしたりすることだけではありません。

 

 

さっきの思考パターンでいえば、

「あの人はすごい」という事実と、

「わたしはわたし」という存在を、ただ切り離すことです。

 

 

身近な相手ほど、

自分と一体化させて比べてしまいがちですが

「私は私、あなたはあなた」と境界線を引いてあげること。

正しく状況を「理解」する。

 

 

ここはあなただけの世界です。

ただ「自分をダメだと誤解している自分」

が、そこにいる——

そこの理解も。

 

 

そうやって状況をそのまま受け止めることも、

 幾重にも重なる「理解」というグラデーションの中の、

大切なカタチのひとつです。

 

 

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昨日、落としてしまい割れたコップ笑い泣き

 

 

当たり前のことながら、

自分ジャッジはつらいものです。

 

 

もう無意識でおこなっているし、

自分からのジャッジからは

絶対に逃げられない——

 

 

セッションをして、

「自分がこんなにジャッジしていたなんて

はじめて気づきました。」

という方もいらっしゃいます。

 

 

それくらいナチュラルに無意識に

しているものです。

 

 

でも 気づけば、もう大丈夫!

 

 

ジャッジしているときって、
「良い・悪い」

「正しい・間違い」のように、

物事を、とても狭い枠の中で見ています。

 

 

「こう思うべき」とか

「こう思ってはいけない

そんな、いつのまにかできた【ルール】があって、

自分の思いより

”こうあるべき”を、何故か優先してしまう。

 

 

特に今は、

間違いや叩かれることを恐れて、

「問題を起こさないこと」に必死になりやすい時代です。

(時代も自分を映す鏡)

 

 

わたしも、たくさんあります。

「人には言えないよな」と思うことは、

無意識で自分の思いをジャッジ(否定)して、

何かを優先しているのだろう。

 

 

そういうものを、

わざわざ人に言う必要はないけど

ジャッジする必要もない。

 

 

そして、

思わず言ってしまったことは

自分の本心でないことが多いです。

 

 

それは、自分を守るための反応です。

——それは相手も同じ。

 

 

自分の反応パターンは、思考を掘り下げていくと

よくみえてきます。

 

 

そして、

ジャッジそのものも、

”自分を守るための反応パターン”のひとつです。

 

 

——話がそれますが、

ずっと心に残っている
海外の教育に関する話があります。

(ふと思いだし、書きたくなりました)

 

 

わたしは、

そこで語られていた言葉に、

胸を射抜かれました。

 

 

「わたしが私自身であることが大事です。

そうでないなら、子供と関わってはいけない。」

 

 

この言葉(意識)って、

子どもに関わる人だけの話ではなく、

在り方として、

どんなことにも通じるように思います。

 

 

そして、

「子供」の部分を「自分」に置き換えてみたら、

さらに深く自分の中に入ってきました。

(自分=周りの人ゆえ)

 

 

「わたしが私自身であることが大事です。

そうでないなら、

”わたし”と関わってはいけない」

 

(自分ジャッジしている場合じゃない。)

 

 

 

 

たとえば、

スポーツの世界なら、明確なルールがあるからこそ

ジャッジ(審判)が成立します。

 

 

だから、

負けも受け入れられるし、

相手を称えることもできる。

 

本来のあるべき姿の健全なジャッジです。

 

 

わたしたちが、

ジャッジするに必要なのは、

自分の明確な【ルール】つくりです。

 

 

その【ルール】は、

すぐに、自分や相手をジャッジせず、

 

「どうして、そんなことを言ったのだろう?」

 

「また嫌なことを思ってしまったのはどうしてだろう?」

 

と、想像して自分への理解(=相手への理解)

繋げていくことを、

わたしたちの【ルール】としていく。

 

思いやりは、想像力とも言われています。

 

 

そして、

ジャッジを良い、悪いだけにしない。

 

 

だって、

人は正しいだけでは生きてはいけない。

時には、間違えることだってある。

そうせざる得なかったことがある。

悪かったということだって自分がよくわかっている。

 

 

複雑で不合理なわたしたちです。

 

 

それでも、いろいろありながら

近くで生きているもの同士が

そんな背景を想像し、

ジャッジするのではなくて

理解しあって支え合っていけたらいいな…

 

 

なんて 綺麗ごとかなと思いつつ——

そこへ近づけるよう思いをこめて、

書いています。

 

 

ジャッジを理解へ。

 

 

 

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いつも自分を”ダメだ”と扱っていれば、

”自分がダメだ”と思う出来事を引き寄せ

現実は、生きづらさを増していきます。

 

 

そして、それがやがて、

自分の人生観へ——

 

 

でも、

自分をダメだと思っている人ほど、

"本当はダメだと思いたくない"

という、強い矛盾を抱えています。

 

 

その証拠に、苦しいはずです。

 

それは、

そんな自分だと受け入れたくない痛み。

 

 

じゃあ、仮に自分がダメだとして、

だから、うまくいかないのか?といえば

そうではないのです。

 

 

この辺りはごっちゃになるので、

気をつけたいところ。

 

 

自己肯定感が低いというのも、

自分へ求めていることが高い

というケースもあります。

 

 

人は理由がほしくなるので、

何かがうまくいかないと、

「自己肯定感が低いからだ」とか

「自分がダメだから」と簡単に結び付けてしまいます。

 

 

そんな思考が頭をよぎった時は、

え、決めつけていいの?

と、いつも自分に聞いてほしいです。

 

 

 

 

 

現実は”今”の連続。

 

その視座からみると、

常に思い込みや現実を変えるチャンスなのに、

安易に理由を決めつけてしまえば、

過去の思いに囚われ続けることになります。

 

 

今、過去の思いに囚われていませんか?

 

 

そんな確認もこめて、下記質問を

よければ書き出してみてくださいね。

 

 

Q.「自分がダメだ」と何が起こる、どうなると思っていますか?

 

 

Q.そもそも、
「自分はダメだ」と判断している基準は、何ですか?

 

 

Q.では、
「ダメじゃいけない」のは、なぜですか?
具体的に教えてください。

 

 

Q.最後に、

自分はダメだと思うことで何を得ていると思いますか?
 

 

※かたい感じになってしまったので

語尾をあげて読んでみると

やわらかさが出ます。(はず。)

ikkoさん風に読んでもニヒヒどんだけ~上矢印

 

 

書き出したanswerは、

全て自分で決めたルールであり

”今”送りだしている思考です。

 

 

質問を書き出した方は、

書き出したことを、自分の目で確認する。

 

 

頭の中をぐるぐるしていた思考が、
あなたの中から外へ出ていきます。

 

 

そして、スペースができる。

 

 

そのスペースへ今度は

あなたが新たな思いを、

好きなだけ詰め込めこんでいく。

 

 

また、ダメでも自己肯定感が低くても

何の問題はありません。

 

 

あなたが問題にしなければ、です。

 

 

だからといって、

ダメでもいいじゃんと、開き直るでもなく

ダメだと本気で思うなら、直していけばいい。

他ならぬ自分のために。

 

 

それでは、最後に質問です——

 

あなたは、

どんな自分でいたい

どんな人生がいい

思っていますか?

 

 

この質問にパッと答えられるほど、

現実もパっと動き出す。

 

 

これは、

一瞬の流れ星に願いを託すことと

似ていますキラキラ

 

 

願いは、

その瞬間につくるものではなくて、

いつも思い描いているからこそ、

一瞬で言葉になり、

一瞬で現実を動かせる力が宿るのです。

 

 

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THE VERSACE♡かっこいい。スキ。

 

 

物事がうまくいかないときって、

自分に何かしらの原因(理由)があると思いますよね。

 

 

「昔から愛された経験がないから…」

 

「自分に自信が持てないから…」

 

「ネガティブ思考だから…」

 

「もう若くない(年だから)…」

 

 

けれど、うまくいかない本当の理由は、 

あなたの環境や能力のせいではありません。

大いなる誤解であり錯覚です。

 

 

こんなとき、セッションでみていくのは

原因と結果の矢印が、頭の中で逆向きになっていないか?

というところです。

 

 

——たとえば

 

周りのうまくいっている人を見て、

「あの人は恵まれているけど、うちは貧乏だったから」と、

 自分にない要素をわざわざ探し出し

それを「原因」として結びつけてしまう。

 

 

あなたが「これが原因だ」と特定した瞬間に、

思考の検証はピタッと止まります。 

 

 

思考が止まれば、当然、現実も動かなくなります。

 

 

ただ、現実はさまざまな要素が密に絡みあってできているもの。 

「これが原因だ」と簡単にひとつに絞れるほど、

単純ではないです。

 

 

「自分は〇〇だったから…」や

「自分はもう年だから…」とか

一見すると筋の通った理由。

 

 

だけど、

この時点で「原因」と「結果」が逆転しているんです。

 

 

”理由を探し始める”その思考のベースは、

「自分で現実は変えられない」

”思いこんでいる”あなたがいるからです。

 

 

そして、その思いこみの通りに、

今、「変わらない現実」の中にいる。

 

 

理由(原因)があるから変わらないのではなく、

 変わらないために、理由が必要だったということ

に、なります。

 

 

——なんだか、ややこしいですよね。

書いていても、ややこしいです(笑)

 

 

でも、この思考から抜け出す方法は

ややこしいこくせに、驚くほど簡単です!

 

 

それは、自分と同じ境遇(原因)をもちながら、

軽やかに生きている人を探してみることです。

 

 

たった1人見つかるだけでも、

「〇〇だから無理・ダメだ」という原因は

ガラガラァ~と崩れ落ちます。

 

 

そして、

「〇〇だから、無理だ」と思っていたことが

「〇〇でもできる」に変わります。

これが、思考の転換】です。

 

 

「過去 ⇒今」 の矢印で生きるのをやめて、

「未来 ⇒今」 へ矢印を向け直してみる。

 

 

「過去が〇〇だったから、今こうなんだ」ではなく、

「未来こうありたいから、今これを選択しよう。」

 

 

こんな風に、

いつも、未来を主語にする。

 

 

意識を未来に向けていくと、 時間は「過去から」ではなく、

「未来から」あなたのもとへ流れてくるように。

(過去は関係なくなる。)

 

 

何年も前に「時間は未来から流れてくる」

という話を聞いたことがありました。

 

その時は、ちんぷんかんぷんでしたが、

 今はわりと腑に落ちています。

 

 

現実も思考も、少し見方を変えるだけで、

ガラリと変わる。

 

 

楽しい世界ですよね。

ただ、時にややこしく容赦ないですが 

 

 

CoreSession⇒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、あなたは無理をしていることはありますか?

 

たとえば思考。

 

「前向きに考えなきゃ」


「良いことを考えなきゃ」

 

 

そうやって”無理”に気持ちを持ち上げても、
すぐに元の思考へ戻ってしまいますよね。

 

 

無理をしていることって、

本当はまっすぐ進める道があるのに、
わざわざ遠回りをして
何かを手に入れようとしている状態でもあります。

(伝わりますか?滝汗

 

 

たとえば、
気の進まないお誘い。

(誘わないで~心の声)

 

「断ったら嫌われるかもしれない…」

そんな不安から”無理”をして参加しても、

心から楽しめないですよね。

 

 

楽しめないうえに、その体験は、

「自分が好かれるためには、
我慢や無理をしなければならない」

そんな思い込みを、強化させるだけです。

 

 

体験は、潜在意識の自動学習です。

 

 

そして、 いつも他人を優先していれば、

そこには
いつも後回しにされる自分がいることに。

 

 

人には嫌われたくないのに、

自分に嫌われるようなこと

平気で自分へしてしまっている――

 

 

私たちは、

人にしていることではなくて、

自分にしていることを
「これが当たり前なんだ」
と学んでいきます。

(自動学習)

 

 

自分を粗末に扱っていれば、

「人からもそう扱われるもの」

と自然に思うようになっていくのです。

 

 

そうすると、無意識

自分の中で失った安心や価値を、

他人から埋めてもらおうとしてしまい

”無理”を重ねなくてはいけなくなります。

(ざっくりと書いています)

 

 

こうした心の流れを構造で見ていくと、

”なぜ?無理をしてしまうのか”が

少しずつ見えてきます。

 

 

”なぜ?”が見えてくると、あら、不思議。

心も体も、一気にスーッと楽に。

 

 

セッションをしていると、

「だから私は無理をしていたんだ!」と

クライアントが腑に落ちる瞬間があります。

(潜在意識と繋がった瞬間キラキラ

 

 

わたしは、

あの瞬間がたまらなく好きなんです!

そして、その背景にある「構造」も大好き。

 

 

構造が好きと言うと、理論派っぽく聞こえますが、

わたしはおもいっきり情緒的な右脳派です。

 

 

だからこそ、

心で感じたものを拾いながら解き明かす「構造」に

惹かれるのかなと思います。

 

 

――総じて、何かに自分を合わせるより

自分に合わせて生きるほうが、

ものごとは、絶対にうまくいくものです。

無理も必要なくなる。

 

 

これから、無理をしているなと感じた時は

まず「私は、本当はどうしたい?」

その声を無視せずに、
ちゃんと自分に聞いてあげてほしいです。

 

 

自分の無理は、

自分を無視していることが

はじまりだからです。

 

 

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あなたは、自分のことを

どんな人だと思っていますか?

 

 

もし自己紹介するとしたら、
どんな風に自分を語るでしょうか。

 

 

人は、自分を知るよりも、
他人を知るほうが簡単だ――

心理学の世界でそう言われています。

 

 

たしかに、そうかもしれません。

 

 

私たちは、
他人という鏡を通して
自分という存在を知ってもいくものです。

(厳密にいえばすべては自分の思考ですが)

 

 

けれど、

その鏡に映る自分は、

見る人によって変わるし
とても曖昧なものともいえます。

 

 

ある人には「優しい」と映り、
ある人には「冷たい」と映る。

 

 

どれも嘘じゃない。
 

でも、

 

どれも本当(すべて)じゃない。

 

 

人によって見え方が変わるのだから、

「どう見られているか」が気になるのは、

ごく自然なことです。

 

 

だけど、きりがないですよね。

 

 

親からはじまり、
恋人や友人、職場や家庭や子供から

誰だって、褒められたいし認めてほしい。

 

 

ただ、

その思いが強くなっていくと――

 

 

少しずつ、

「本当の自分」よりも

「求められる自分」を生きるようになっていた

そんなことが起きることもあります。

 

 

たとえば、

「明るくていいね」と褒められたから、
”無意識に”明るい自分”を

演じるようになっていて、

それが”生きづらさ”に繋がっていた。

 

そんなケースもあります。

 

 

似たような話で、

「適応障害」という言葉は広く知られていますが、

必要以上に周囲へ合わせてしまう

「過剰適応」という状態もあるそうです。

 

 

「過剰適応」とは、

環境や人に合わせすぎることで、

少しずつ自分を消耗させていきます。

 

 

ただ、

表面的にはうまくやれているので、

本人もこの状態に、気づきにくいそうです。

 

 

ということは、

”生きづらさ”’を感じることは、

けして悪いことではなくて、

いいことなんだと思いました。

 

 

 

 

――以前、人気俳優の方が
「普通の生活をしたい。」と

休業を発表したことがありました。

 

 

当時の私は、
「えっ、売れているのにもったいない」と
せこく思ったものです笑い泣き

 

 

でも、

今なら少し分かる気がします。

 

 

誰かの理想を演じることで、

どれだけ評価されたとしても、

演じ続けている限りは

心は満たされるどころか、削れてしまう。

 

 

それは、他人からの評価と、

「自分の価値」は

まったくの別物だからです。

 

 

もちろん、

演じることや合わせること自体が

悪いわけではありません。

 

 

仕事でも、人間関係でも、

合わせることも必要な場面はあります。

 

 

その時に大切なのは、
「いま、自分は演じている」と
分かっていることです。

 

 

そうしなければいけないからではなくて

そうしたいから、している。

 

 

この意識があるだけで、
自分を見失わずにいられます。

 

 

他人からの評価は、
今日も明日も変わっていきます。

お天気のようなものです。

 

 

だからこそ、

他人からの「いいね」ではなく、
自分が自分に「いいね」と言える人生へ

フォーカスしていきたいですね。

 

 

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どんな人でも多かれ少なかれ

人と比べてしまうということは、

あるかなと思います。

 

 

それが"どのくらいの頻度"なのか?

"なんのために比べるのか?"などは

人それぞれとなります。

 

 

人と比べることをトリガーとして、

もっと頑張ろう♪と

ポジティブ発電している人もいます。

 

 

一方で、セッションをしていると

人と比べてしまうのが嫌だ、苦しい

というお悩みも多いものです。

 

 

もし、そういう思考をもつ

自分が嫌だと思うのであれば、

良い悪いをジャッジするのではなくて

わたしは自分の思考に苦しめられている

と、まず気づくことが大切です。

 

 

比べることを、すぐにやめれなくても

”やめたい”と思うだけでも、

不思議と引き寄せるものが変わってきます。

 

 

そして、

人と比べることで、苦しみが湧くということは

"もう人と自分を比べたくない"

という自分からのメッセージです。

 

 

苦しくなることは、どんなことでも

本来の自分のもつ思考ではなくて、

過去の経験からくる、後天的思考です。

(思い込みなどで、できてしまったもの)

 

 

本来の自分と一致していないので、

エラーが起こり、

苦しみが湧いてくるのです。

 

 

 

 

また、一例として

人と比べたり 見下してしまうことは、

想像力の狭さも影響していると、

わたしの経験から思います。

 

 

この想像力というのは、

思考の現実化観点からみたときに

人と比べることで、

自分は何を受け取っているのか?

までみえているのか?ということ。

 

 

そして、比べている相手の

見えないところまで想像できているのか?

 

 

いわゆる成功している人を

近くでみた時に、

自分の想像以上の努力をしていた。

 

 

辛い経験などもしていたりして、

それを表に出していないだけで、

別に特別な人ということではない。

けっこう泥臭かったりして。

 

 

じゃあ、その人と入れ替わって

そのプロセスを同じように辿れるのか?と

問われたら無理だろうと思った。

 

 

だから人と自分を

安易に比べるのはやめようと、

思ったことがありました。

 

 

表面しかみていなければ、

本質的なところを見逃してしまいます。

 

 

人それぞれのやり方やペース、環境なども違うし

比べてたところで、

なんの意味もないと。

 

 

人と比べて落ち込むのなら、

落ち込む理由にしたいのだろう。

 

 

人と比べて自分はすごいと思いたいなら、

本当は自信がないのだろう。

 

 

そして、もう一つ。

 

誰かと比べて「あの人はすごい」と思ったとして、

 それが「だから自分はダメなんだ」と

自分を否定する理由にはならない。

 

 

良さを認めることは、 

その他の何かを否定するものではないからです。

 

 

最後に、忘れてはいけないのが、

「周りの人=自分」というこの世の法則。

 

 

あの人がすごいなら、

わたしだってすごい!

 

 

こう素直に受け取ってしまったほうが

気分も良いですし、

現実にも素晴らしい変化がやってくるものです。

 

 

世の中って複雑そうで、

本当に驚くほどシンプルです。

 

 

ただ、前にも書いていますが、

シンプル=簡単ではないというのが、

これまた人生の面白いところであり、奥深いところです。

 

 

もし、人と比べてモヤモヤするなら

”そもそも、

なんで比べてるんだっけ?”

疑問をもってみることをおすすめします。

 

 

今までと違う問いをもつことは、

現実を変えていくことに

とてもパワフルに貢献してくれます。

 

 

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こんにちは。

Hiromiです。

 

また、しばらく止まっていた笑い泣き

セッションの感想を紹介をします。

(紹介の順番に意味はないです^^)

 

 

今回、感想をいただいたMさん♡は、

尖りがなく柔らかくスイートで

ほんのりと甘いエッセンスを纏った方。

 

 

それと同時に、

どこか正反対にあるような赤い気配も。

うまく表現できないのですが…うーん

(赤い気配ってなんだよ笑)

 

 

10年以上、

メールセッションをやっているからか

実際に会わなくても、言葉を通して

その人の像のようなリアリティを

感じるようになりました。

香りが伝わってくることも香水

 

 

エンパス?のようなもののような??

相手の中へ、
直接アクセスしている感じなのです。

ロジックはうまく説明できませんが。

 

 

と、話がそれましたが

Mさんは、才能もとても豊かです。

その才能は天からの大切なギフト。

 

惜しみなくつかいきってほしい。
もっともっと「自分」を楽しんでねハート

 

これからも、

心の底から応援しています。

 

 

 

 

 

1.セッションを受ける前までに悩んでいたことはどんなことでしたか?

夫が自己破産するかもと悩んでいました。

なにかずっと分かりそうでわからないと、モヤモヤしていました

(それも叶ってた)

 

 

2.Hiromiのセッションを受ける決め手となったことを教えてください。

 

セッションを探していたときに、

姉に勧められて知り、今の自分にはこれだと思いました。

 

 

3.セッションの感想をお聞かせください。

 

自己破産しなくてよくなった!

 

外で働きたくないとなぜかずっと思っていたのに、

外で働くようになった。

前よりも人生に責任をもつようになった。

問題を重く捉えることがなくなった。

 

 

4.どんな人にセッションをおすすめしたいですか

 

知りたい、変わると決めた方に。

 

 

 

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自分の願いや思いを書きだすことは、

良いということが分かっていても、

”うまく”書きだせない…

書きだしても叶うとは思えない…

 

 

そんな苦手意識がある方も、

多いのかなと思います。

いわゆるブロックです。

 

 

ただ忘れてほしくないことは、

”思っている”ことは、

真実ではないということ。

 

そして、変えていけるということを。

 

 

今は、自分が思考した「願いが叶わない世界」

に迷いこんでしまっただけだから。

 

 

ちなみに、最初にでてきた

「うまく」書きだせないという

「うまく」の基準も自分で創ったものです。

 

 

願いを書きだすことって、

どれだけ自由に書きだせるか

どれだけ自分の思いを肯定してあげれるか

そんなスキルも自然と磨かれていくものです。

 

 

書くことは、

”今この瞬間の自分”との対話であり、

今いる”現在地”を知ることにもなります。

 

 

「叶わない」と思っている自分がいるならば

その思いを感じてみてください。

(感じきる=感じ切る。)

 

 

たとえば、

「どうせ無理」と蓋をして、

本音を感じることから”逃げていた”り

期待して、またガッカリするのが”怖い”という

そんな「逃げ出したい気持ち」ごと、

感じてみましょう。

 

 

逃げ出したくなる気持ちに触れたなら、 

今度は、自分の中に溜まった声を聴いてあげる番です。

 

 

願いが叶わなくて、

本当はなんて言いたかったのか。

心の奥に閉じ込めていた言い分を、

存分に出して暴れさせてあげる。

 

 

これは、 願いを叶えていくための、

欠かせないプロセスです。

 

 

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