思考を変えて、その先へ   ー H style ー

 思考を変えて、その先へ   ー H style ー

100%自分原因説を軸に書いていきます。




CPM公認トップセラピストのHiromiです。



自分の中にある

世界を変えよう。




大好きなヨークシャテリアのようちゃんも


時々、登場します一休舌チロ






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こんにちは、Hiromiです。
ネガティブに、負けそうな日があります。
(勝ち負けではないのだけど)

 

 

自己嫌悪になったり、不安になったり、
心がずーんと重くなったり。

 

 

そんなとき、自分を観察していると
不安になっていく自分を、
もうひとりの自分が、責めはじめます。

 

 

たとえば——

「あ、また嫌な不安が出てきた…」
「いつまで同じことしてるの。」
「だから、ダメなんだよ。」
(嫌な奴だぜ)

 

 

不安と、その不安を責める声。
ネガティブの、二層構造です。

 

 

気持ちが重たいとき、
しんどさの正体は、
一層目の不安より、
二層目の責める声のほうだったりします。

 

 

一層目は、ただの気分や気持ちや過去の余韻。
二層目は、その気持ちを「悪」だと意味づけする。

不安を深刻化させようとする声。
 

 

ここを分けて見るだけでも、
重さの質が変わります。

 

 

まず、一層目だけ受け入れる。
不安は、不安のまま。
「そう感じているんだね」と、優しい温度で。
不安は大人のたしなみだぜぇと。

(杉ちゃん風に。笑)

 

 

出てくる感情は止められないけど、
扱い方や意味づけを変えることは、
いつからでも、できます。

 

 

そして、一層目の不安は、
あなたを怖がらせたいわけでは、ありません。

 

 

先まわりして、
あなたが傷つかないように

守ろうとしているだけ。

 

 

ただ、今のあなた(価値観)とは、
ズレが生じています。
そのズレの痛みを、
不安だと勘違いしてしまうこともあります。

 

 

不安は体感があるぶん、
信じやすいし、沼りやすい。

 

 

感情と体の感覚は、いつもセットです。
気持ちが不安なら、体もざわざわする。

体がざわざわしていたら、
気持ちも不安を探し始めます。

 

 

だから、どちらかに気づけたら、
もう片方も見えてきます。

 

 

体のざわざわには、
「バタフライハグ」というケアがあります。
両腕を胸の前でクロスして、
左右の肩を、交互にトントンとやさしく叩きます。

 

 

ゆっくり深呼吸しながらしばらく続けてみる。

 

吐く息で、
不安を吐き出すイメージでトントンと。

 

 

自分で自分に触れる、ゆるやかなリズムが、
体に
「いま、ここは大丈夫。」と伝える合図になる。
そんなふうに言われています。

 

 

もともとは、
災害を経験した人たちを支える中で生まれ、
いまはEMDRという心理療法の現場でも、
自分を落ち着かせるセルフケアとして
使われている動きです。

 

 

ざわざわが落ち着いたら、
不安感覚って抽象的なものでもあるから、
もう相手にしなくても大丈夫です。

 

 

その感覚や痛みは、過去の名残り。
どうしてもでてきますが、
恐れなければ消えていく。

 

 

また、
不安は、
まだ何も起きていない時ほど、
大きくなるものです。

 

 

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こんにちは、Hiromiです。

 

今日は、

不機嫌な人が周りにいる時のことを、

書いていこうと思います。

 

 

旦那さんが不機嫌なことが多い。

会社の上司がいつも不機嫌。
こんなご相談、多いんです。

 

 

旦那さんや上司に限らず、
周りの人の機嫌をうかがってしまうのは、
空気が読めてしまう人ならではの悩み。

 

 

相手の顔色を見て、言葉を選んで、

何かしたかな?と気にして、
機嫌が直るのを待つとしたら、

そりゃ疲れます。

 

 

どうして自分が疲れることを、
選択肢に並べているのか?

ちょっと立ち止まりたいところです。

 

 

また、機嫌をとればとるほど、
相手は自分で機嫌を直す力をなくしていきます。

 

 

だって、黙っていれば
誰かが直してくれるんですもん。

 

 

不機嫌って、便利な道具です。
黙っているだけで、周りが動いてくれる。

道具は、「効くかぎり」手放されません。

 

 

そもそも不機嫌な人は、

自分が好きで不機嫌を選んでいます。

(無意識に)

 

 

過去のどこかで
「そのほうが得だ」と学習したのでしょう。

 

 

だったら、その不機嫌は、
本人のものとして、そっとしておく。

これは、ひとつの手です。

 

 

相手をなんとかしようとするのは、
ある意味、

コントロールでもありますから。

 

 

たとえばです。

電車で隣に不機嫌な人が座っても、
機嫌なんてとりにいきませんよね。

 

 

それは、自分に関係ないからです。

 

 

じゃあ、機嫌の悪い上司は?
……ちょっとうかがっちゃいますよね。

上司も旦那さんも、仕組みは同じ。

 

 

不機嫌な人が気になるのは、
あなたがその人に振り回されていて、

その人の機嫌が悪いと、
あなたが困るからでもあるのです。

 

 

機嫌が悪いのが自分のせいのように

感じてしまう人もいると思います。

でも、思い当たるふしがなければ、

相手の問題です。

(思い当たるふしがあるなら、

コミュニケーションの問題です。

それはまた。)

 

 

相手が不機嫌であろうとも、

こちらには、

ご機嫌に過ごす権利があります。

 

 

相手に、

好きなだけ不機嫌でいる自由を渡せたとき、
こちらも、

自分の機嫌を選ぶ自由を手にしています。

 

 

不機嫌というものは、強いパワーゆえに
巻き込まれやすいものです。

まるで、もらい事故のように。
(超迷惑!)

 

 

だからこそ、
相手と自分のあいだに、車間距離をとる。

そんな意識をもつといいかなと思います。

 

 

不機嫌については、
これからも、折にふれて書いていきますね。

 

 

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私たちは、自分の中の

コントロールできないところや、

好きではないところを、

つい「欠点」として扱ってしまう。

 

 

でも、それは欠点ではなく

あなたの「解釈」なのです。

 

 

以前のわたしは、欠点をいちいち見張って

ダメだしをしていました。

それはそれは、鬼軍曹のように。笑

 

 

今も名残はありますよ。

ただ、「またやってんな~」と

ゆるやかに見られるようになりました。

 

 

欠点というのは、

人間がつくった「型」のようなもの。

 

 

風にも、木にも、川にも、欠点はありません。

あるのは、ただそこに「ある」ということだけ。

 

 

人間はいつからか

「こうあるのがふつう」という決まりごとをつくり、

そこに収まらない部分に

「欠点」と名前をつけました。

 

 

欠点は、事実ではなく評価です。

そして評価するのは、いつも自分。

 

 

名前をつけると、人は安心します。

それが嘘の名前であっても。

 

 

「ふつうであることがいい。」

これだって、思いこみ。

欠点とは、

”思考の欠け”のようなものです。

 

 

「ふつう」も、

環境や時代でころころ変わる

曖昧なもの。

 

 

セッションでも、

「欠点」だと思っていたところが

その人の魅力の源になることは、

本当によくあります。

 

 

だから、

自分の扱いにくさに出会ったときは

正そうとする前に、

自分に聞いてみてほしいのです。

 

 

「これは、どう活かせるかな?」と。

 

 

閉じ込めていたものが、

まだ見ぬ可能性へと変わります。

 

どこまでいっても、

自分は、自分でしか活かせません。

 

 

大切なのは、

「どう正すか」より

「どう在るか」です。

 

 

無理なく生きていきたいじゃないですか。

 

もし嫌なところだと思うのなら、

何かのためじゃなく、

「自分のため」に変えればいい。

 

 

欠点と呼ぶのをやめたとき、

消えるのは欠点ではなく、

見張っていた鬼軍曹のほうですニヒヒ

 

 

世界に自分を合わせるのではなく、

自分に世界を合わせていく。

 

 

──ここは、

あなたが創る世界だから。

 

 

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こんにちは、

Hiromiです♡

 

――今日はhappyshareを。

 

 

セッションを通して、

ご自身と向き合ってこられたTさんから、

とても嬉しい気づきのメールが届きました。

 

 

実績も実力も行動力もある中で、

痛みも弱みも出せる「強さ」があるTさんです。

 

 

いただいたメールの行間には、

ステキな言葉が散りばめられていて、

きっと読んだ方にもそれが伝わると思います。

 

 

ぜひ、自分ごとにもあてはめて

読んでいただけたらと思います。

 

 

Tさんは、クリエイターです。

 

クリエイターって、孤独ですし、

自分を信じられないと、なおのこと辛いものです。

 

 

ただ、自分を信じる力が問われる分、

潜在意識とは相性がいいともいえます。

 

 

メールの中で、

”本気を出せなかった”と書かれていますが、
それは、ただの後回しゾーンじゃなくて、

Tさんにとって、

一番神聖な場所だったからなのでは?と

感じました。

 

 

大切すぎて、
簡単には触れられない場所。

そこはどうしても、

無意識に避けてしまいがちな場所です。

 

 

そんな中、

必要な言葉をくれる人に出会えたり、
求めていた情報がふっと目の前に現れたり。

 

 

まるで、現実の方が、
先回りして手を引いてくれている感じです。

 

 

それだけ、自分の思いや理想から
ちゃんと愛されているということ。

 

 

うまくいかない時こそ、

現実だってちゃんと本気なのです。

 

 

本番前のリハーサルで、

何度もつまずくのは、

本番を成功させたいから。その一心です。

 

 

メールをくださったTさん、

大切な気づきを

本当にありがとうございます!!

 

これからのTさんが、

とてもとても楽しみです♡

 

 

 

 

 

 

 

最近色んな気付きがあったことを、

報告させていただきたくメールしております!

 

今の私の思考に必要そうなお話をしてくれる人に出会えたり、

youtubeでおすすめに出てくる動画も、

今の私に響く問いかけが詰まっているようなものが

たくさん出てくるようになりました。

メールセッションでの質問やブログからもたくさん気付きがあって、

私は「思考や潜在意識を変えれば、勝手に現実や言動が変わるのかなあ?」

とばかり期待していて、今からでも
「自分はこういう人間になる」と決めきれていないことに気付きました。

「私は嫉妬してばっかりだなー、性格良くなりたいなー」とか、

「色んなもの作って仕事にできるようになりたいなー。

一緒に作れる仲間も欲しいなー」と思いつつ、

今からそうなろうと決めきれていなかったんだなあと。

それと、家族や周りの人に言いたかったことが、

自分に言いたかったことだということも、

やっと腑に落とせました。

 

特に家族に対して「やりたいことやればいいのに」

と思うことが多かったのですが、

これは私自身に言いたかったことなんだなと。

絵以外でもやりたいこともたくさんあるし、

なりたい自分像もあるのに、

そこに対して動けてない自分に1番言いたかったんだと。

Hiromiさんからの

「それは本当に欲しいものでしょうか?」

という質問になかなか答えられずにいたのですが、
Dan Koeという人がシェアしている

「人生を一日で立て直す方法」というワークを、

気になってやってみたんです。
(絶対に避けたい未来と、理想的な未来を書くというワークです)


そのワークをやってみてやっと、

「私、今までなんだかんだ本気で欲しがれていなかったんだ」

と気付けたんです。


これを手にしてないと、

数年後のわたしは、

きっと後悔しているというもの

が、たくさん見えてきました。

自分に言いたかったことや、

本当に欲しいものに気が付けてから、

またやってみたかった作曲を始めました!
 

絵以外にも音楽や映像もやってみたいという理想像があったので、

今からやらなきゃおかしいよなとやっと思えました。


お金も心配だし、私は体力も無いし今は絵に集中しよう……

とか思い込んでいましたが、

時間の捻出にも本気を出せていませんでした。


久しぶりに新鮮な気持ちで

物作りができていることがとても楽しいです。


ずっと髪を染めてみたかったことも後回しにしたくなくて、

お金のことは気にし過ぎずに、

美容室でカラーの予約も早速しちゃいました!
(暗めの赤髪にしちゃいます。)️

 

「自分を喜ばせたい」という気持ちが湧いていることが嬉しいです。

それと、これは私事ではないのですが、

家族内でも嬉しいことがありました!

 

自分が変わると周りも変わるってこういうことなのか。

と、後から気付いて嬉しくなりました。

長くなってしまったのですが、

自分の変化が嬉しくて報告しちゃいました!


色んな動画や日常の中での情報も、

Hiromiさんからの質問が無ければ

上手く自分事として掴めていなかったと思います!
 

本当にありがとうございます!

 

 

●あなたの本気を引き出します●
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こんにちは、Hiromiです。

23日は、秋分でしたね。

 

 

新たな流れのはじまりです。

 

 

ここ数日、まさに「この時期らしいな」と

感じる出来事がいくつもありました。

 

 

ちょうどメールセッションがはじまる方、

(Iさん、楽しみですね♡)

 流れが一変した方、独立をされた方——

 

図らずもオーダーしていた椅子が届いたり♡

 

 

——この節目の”秋分”ということで、

感じたことを綴ろうと思います。

 

 

それは、ここしばらくは
「やり方」を先に知りたくなってしまう
自分がいたこと。
せこい!

 

 

そのくせ、

あまりあれやこれやと悩むのは嫌い。

買い物でも、パッと決めないと、

イライラしてきちゃうのに。笑

 

 

悩む楽しさを味わえない。

そういう性分なのです笑い泣き

 

 

それなのに、ここ最近

「失敗しない?進め方」や

「正解」ばかりを探して

足踏みしている自分がいました。

(自我をひっこめていた)

 

矛盾している感じがそぐわない。
(でも、どんな時間も必要で大事です)

 

 

ここからは、

知識欲より、行動欲を高めたい。 

やりたいことは、もう分かっているのだから。

 

やり方よりやるだけ!

 

 

秋分から冬至までのこの3ヵ月。

 

揺れる足元の上で、たゆたいながらでも

一歩を踏み出せる人が、もっとも強い。

 

 

それぞれの3ヵ月を、いつくしみましょう♡

 

 

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写真は友人より。

 

 

 

今、悩んでいることや、

問題だと感じていることに、

なんとなくゴールを決めてしまうことって、

あるかなと思う。

 

 

たとえば、

親子関係や夫婦関係なら、

"仲良くなること"を、ゴールのように

決めていたり。

 

 

同じテーマであっても、

人それぞれのゴールがある。

 

 

ただ、厄介なのは、

世間一般的なことを

「自分もそうしなきゃ」と思い込んでしまって、

それが、

知らないうちに息苦しさになって、

苦しみを生んでいた、そんなケースもあります。

 

 

そうやって何かに合わせて、

「自分もそうしなきゃ」と思い込むと、

ただの出来事を"問題"にしてしまうし、

ゴールそのものを見誤らせる。

 

 

ゴールって、ある意味"理想"です。

 

 

その理想だって、

誰かのサンプルにすぎない。

 

 

参考にはなっても、

答えにはならない。

 

 

隣の芝生は青くみえるものです。

 

 

「理想」が、

苦しみの元凶ならば、

早い話、「理想」をなくせばいい。

 

 

 

 

 

わたしのはなしで言えば――

「親子は、わかり合えるもの」

そういう思い込みが、長年ありました。

(世間一般的な見方)

 

 

でも、うちは違った。

 

 

だから、

無意識のうちに、"わかり合うこと"を

ゴールにしていたんです。

(世間に合わせていた、ということ)

 

 

でも、それだと、"わかり合えない"

と感じるたびに、傷つき、悲しみ、

ときには怒りにまで、変わっていきました。

 

 

こりゃ疲れるわ、と、

あきらめにも似た気持ちで、

わかり合おうとすることを、やめてみたのです。

 

 

そうしたら、

「そもそも、ゴールが違っていたのかも?」

うっすらと、そう感じはじめたのです。

 

 

そして、気づいたんです。

 

 

たとえ親子でも、

わかり合えないことはある。

 

 

思いこみの中にいる時は、

それすら、

見えていなかったのです。

 

 

ただ、起きているその事実を、

そのまま受けいれること。

 

 

それが、

ゴールでありスタートだったのだ、と。

 

 

ゴールと書いたけど、

気持ちの区切り、くらいの意味合い。

 

 

わかり合えないからこそ、

親子であってもわかり合おうと努力する。

もしくは、理想じゃなくても

そのままでもいい。

 

 

理屈じゃなく、そう捉えたほうが

気持ちはずっと楽になりました。

 

 

このテーマに、

似たような話があります。

 

 

何かの番組で、所ジョージさんが、

夫婦喧嘩をしない理由を聞かれたときに――

 

 

「違う二人が一緒になったんだから、

二つの人生を楽しめる。

違いこそが楽しい。

だから、喧嘩にならない。」

 

 

そんなようなことを、言っていました。

 

さすがです。

師匠とよびたい。笑

 

 

とても"自立した"見方だな、とも思った。

近しい関係ほど、

自分と一体化させやすいし、

違いを認めずらいものです。

 

 

わたしの場合、

「わかりあいたい」が、いつのまにか、

「わかってよ!親なんだから!!」

にすり変わっていた。

 

 

被害者の顔をした

加害者だった。

 

 

これでは、

現実が変わるどころか、

苦しくなる一方です。

 

 

それに、

混同しやすいけれど、

分かり合えないことと、

幸せかどうかは、別の話。

 

 

まずは、

自分の気持ちが楽になること。

 

 

その着地点を、

見つけていく。

 

 

それが、

いつも最初のゴールです。

 

 

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最近、東京事変をよく聴いてます♪

 

 

「思考の現実化」を、
あなたはどんな風に受け止めていますか。

 

 

大人になってから出会う概念って、
なかなか自分の奥に染み込んでくれない。

なんでなのでしょうね?
 

 

――と、書いておきながら

すぐに「なんで?」と考えてしまわずに、
「そういうものね。」と受け止めていくことが

案外大事だったりします。

 

 

わたしなんて、なんで?なんで?と
考察が大好きなタイプなので、
特にそう思う。

 

 

考えることは、

時に、静かな逃げにもなる。

 

 

「なんで?」と自分に問いを立てれば、
また次の「なんで?」がやってくる。

 

 

それも、
ひとつの学びにも、娯楽にもなるから
悪くはないのだけど。

 

 

ただ、潜在意識に関することは、
「なんで?」を挟まないほうがいい気がしている。

 

 

一見、納得したくて
考えているようで、実はその奥に
「信じられない」
「納得できない」が先に潜んでいることがある。

 

 

この思いがあれば、
現実のほうも
「ほら、やっぱり現実化していないよ。」
と、そう思わせることばかり差し出してくる。

 

 

これは、
納得できないことに
無理やり納得しようという話じゃない。

 

 

信じたいなら、
自分との押し問答を一旦やめて、
「まぁ、そういうものか。」と受け止めることが
信じることへの最初の一歩になる、
というお話。

 

 

信じたいのか。
疑いたいのか。

 

さぁ、どっち?

 

 

ここを行ったり来たりしている人は、
きっと多いと思う。

わたし自身もそうだったし、
セッションでも、同じ揺れによく出会う。

 

 

「信じられない」が出てくるのは、
自分がいいと思うものに、
自信が持てないと
いう思考があることも多い。

 

 

疑っているのは、
思考の現実化じゃなくて、

自分の見る目を、
疑っているだけだったりする。

 

 

「これでいい」と思えるかどうかを、
自分自身が一番、
信じてあげられていない。

 

 

だから、
証拠を探しにいく。

 

 

そして、

疑っていられる理由を、
無意識に集めてしまう。

 

 

ただ、思考の現実化にかぎらず、
仕事だって恋愛だって、
自分が信じてはじめて、効きはじめます。

 

 

それゆえに、思考の現実化には、
自分を信じるためのマインドづくりも、
欠かせないエッセンスの
ひとつになってきます。

 

 

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椎名林檎さま。お美しい♡

 

 

 

 

誰だって、自分と近しい関係の人にほど、

理解していてほしいし、

大切にされていると感じていたいものです。

 

 

それは、人として当たり前の欲求。

 

 

ただ――

この思いには、少し取扱注意です。

 

 

それは、

純粋な「理解してほしい」という思いがゆえ、

「なんでわかってくれないの?」(怒&悲)

と、変わっていきやすい性質をもつからです。

 

 

近しい存在だからこそ、

一度生まれたスレ違いは心の奥深くに残ります。

 

 

で、ここからが極意?なるものです。

 

 

極意というか、

取り入れてみてほしいこと。

 

 

それは、

余計なことは言わない!

以上。

 

 

わかってはいても、

つい言ってしまう余計な一言とかありますよね。

言った後に自己嫌悪が襲ってきたり…

 

 

そこで、感情にまかせた一言や

察してほしいアピールを

相手の領域に投げつけるのを、一度やめてみる。

 

 

これは、余計な思考も止める効果があります。

言いたいこと=その先の現実を創ります。

 

 

なによりも、相手に放ったものは、

巡り巡って「自分」に返ってきます。

 

 

そこで、

THE愛の沈黙作戦ですニヒヒ❤

 

 

――とはいえ

湧き上がった感情をそのまま抑え込むと、

ただの「我慢」になってしまいます。

 

 

余計なことを言わないというのは、

あくまでも、作戦のようなものです。

 

 

そこで、我慢はせずに

王道ですが、言いたいことを、

紙に書き出していく。

 

 

ブラックな本音も、ドロドロした感情も、

すべて紙に吐き出す。

 

 

そして、書いた後は、

ビリビリに破ってポイッです。

(わたしはA4のコピー用紙に書いてます。)

 

 

言葉として外(紙)に出すことで、

脳は「外に放出された」と認識します。

 

 

そうすると、

内側のノイズが沈静化され、

言いたくなる欲求も、自然と静まります。

 

 

・口は災いの元
・言わぬが花
・沈黙は金

 などなど、


昔から言われるこれらの言葉は、
人間がいかに余計な一言で自爆してきたか
の、歴史を教えてくれます。
(それもまた愛しき人間らしさですが)


余計な一言を飲み込むことは、
相手をコントロールしようとする執着を手放すこと。 



そして、だんだんと

「言わなくても大丈夫。」という
一番近い自分(=相手)との信頼関係へと、

繋がっていきます。

 

 

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こんにちは、Hiromiです。

 

さて、本日のタイトル

ネガティブを消すものとは?

 

 

今日は、ネガティブな気持ちを変えたい時

「効くなぁ」と感じた言葉を

ご紹介します。

 

 

ネガティブをつぶすのは、

ポジティブじゃない、没頭だ。

 

 

この言葉は

オードリー若林さんの言葉です。

 

 

ネガティブを否定するわけでもなく、

存在ごと消してくれる。

すごい!!

(ゴイゴイスーw)

 

 

思考を変えることも、

まさにこういうことなのですよね。

ニュアンスとして。

 

 

仕事でも趣味でも、何かに没頭することは、

人の幸福度を上げてくれるということは

科学的にも証明されています。

瞑想などもそうですね。

 

 

ネガティブって、

単なる気分であり、一種の現象のようなものです。

ほおっておけば流れていくものです。

 

 

ただ、人間の脳は構造的に、

どうしてもネガティブなことに反応しやすくて

つかまりやすい。


 

でも、そもそも 私たちが嫌なのって、

”ネガティブそのもの”というより、 

そこにセットでくっついてくる「思考」や

「重たい気分(感情)」ではないですか?


 

ちなみに、

わたしがすぐに気分を変えたい時は

 

愛犬を抱っこしてスリスリしたり

可愛い~♡とキュ~ンとしたり、

好きな香りを堪能したりします。

(TREES とかJO MALONE、コムデギャルソンの

ウッディ系が特にスキ♡あとCHANELも。)

 

 

香りといえば、大事なもうひとつ!

犬の肉球の香りもポップコーンみたいで、

香ばしくてたまらないデレデレ

 

人工香料ゼロ、自然が生み出した

極上の癒やしアロマです。

 


日常って、

気分を良くしてくれるもので溢れている。

 

 

ここで大切なポイントは、 

「すぐできて、すぐ気分が良くなる方法」を

自分が知っていること、です。

 

 

すぐできなくても、

「これがあれば大丈夫。」と知っているだけで

心のお守りになります。

 

 

身近にご機嫌になるものを置いたり、

 好きなものを持ち歩いたりするのは、

魔除けにもなってくれます。

 

 

<今日の結論>

 

思考よりも、

行動をポジティブにいこう!

 

 

※過去記事をリライトしました。

 

 

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人や動物やモノや自然、

何に対してであっても、”愛する”という思いは

自分を幸せにするもので、とても心地いい感覚です。

 

 

それは、

愛は体感できるものだから。

 

 

そして、愛はいろいろな形があります。

 

 

心理学やCPMでもよく言われていますが、
「愛されたい」と願うときは――
自分が自分のことを

うまく愛せていないサイン。

 

 

そんな時って、

誰かに”愛されたい”と外へ強く求めてしまう。

 

 

でも、それって「愛」なのでしょうか?

 

 

たとえるなら、
自分が価値がないと思うモノを、
大切な誰かに差し出して
「これ、価値はないけど大事にしてね。

わたしにはできないから!」と、

押し付けているような感じです。

 

 

そして このやり方だと、

自分の得たいものを、相手に委ねているので

大事にしてくれるかは相手次第な状態に。

 

 

そうすると、どうなるかわからないから、

いつも不安になってしまいます。

 

 

実際のセッションでも、

よくこんなテーマを扱います。

 

 

「愛されたい」と願いながら、

実は「愛されるのが怖い」という思い。

 

 

意識の深いところで、

愛されることを拒んでしまっている状態です。

 

 

そこには必ず、過去の原体験と結びついた

「コアな思い」が存在します。

 

 

ただ、日常生活の中では忘れています。

ましてや、自分が愛されることを恐れていて

拒んでいるなんて、思いもしないですよね。

 

 

そんなコアな思いに気づいてあげることは、

自分変容のプロセスには、

とてもとても大事なことです。

 

 

自分に対する誤解や(セルフイメージ)

愛に対する誤解を丁寧に解いていくのです。

 

 

本当に得たいのは、愛されることの先にある

愛を恐れなくていいという

恐れからの解放なのかもしれません。

(愛への安心)

 

 

セッションでこうした誤解を解き明かしたあと、

素敵な出会いに恵まれたり、

ご結婚されたりした方はたくさんいらっしゃいます♡

 

長女あるある!?

 

――ここでちょっと

愛にまつわるわたしの話を。

 

 

わたしは長女なのですが、
小さな頃、弟にとても意地悪だったそうです。
笑

 

 

うっすらと覚えていますが、
初孫で可愛がられていたわたしは、
弟を、自分が独占していた愛情を奪いにきた、
そんな風に感じてしまったのだと思います。

 

 

これは、あくまで私の独断と偏見ですが…

こういった思いって、

長女DNAにデフォルトで

組み込まれている!?気がします。

(長女っけっこういろいろありますよね)

 

 

今 思えば、”愛”というものを

わかっていなかったのですね。
(まぁ、幼い頃だから仕方ない赤ちゃん泣き)

 

 

愛というものは減るものではなく、

弟が生まれたからといって

わたしへの愛は1mmだって変わらない。

むしろ愛は溢れて増えていくもの。

 

 

愛というものを、

完全になめていました。

 

 

ほんとうの愛は、
そんな簡単に減ったり、

なくなったりしないものです。

 

だって、

それが「愛」だから。

 

 

いつもそっと、今もそこに”ある。

”Don't think, feel."

 

 

※過去記事に加筆しました。

 

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