こんにちは、Hiromiです。
ネガティブに、負けそうな日があります。
(勝ち負けではないのだけど)
自己嫌悪になったり、不安になったり、
心がずーんと重くなったり。
そんなとき、自分を観察していると
不安になっていく自分を、
もうひとりの自分が、責めはじめます。
たとえば——
「あ、また嫌な不安が出てきた…」
「いつまで同じことしてるの。」
「だから、ダメなんだよ。」
(嫌な奴だぜ)
不安と、その不安を責める声。
ネガティブの、二層構造です。
気持ちが重たいとき、
しんどさの正体は、
一層目の不安より、
二層目の責める声のほうだったりします。
一層目は、ただの気分や気持ちや過去の余韻。
二層目は、その気持ちを「悪」だと意味づけする。
不安を深刻化させようとする声。
ここを分けて見るだけでも、
重さの質が変わります。
まず、一層目だけ受け入れる。
不安は、不安のまま。
「そう感じているんだね」と、優しい温度で。
不安は大人のたしなみだぜぇと。
(杉ちゃん風に。笑)
出てくる感情は止められないけど、
扱い方や意味づけを変えることは、
いつからでも、できます。
そして、一層目の不安は、
あなたを怖がらせたいわけでは、ありません。
先まわりして、
あなたが傷つかないように
守ろうとしているだけ。
ただ、今のあなた(価値観)とは、
ズレが生じています。
そのズレの痛みを、
不安だと勘違いしてしまうこともあります。
不安は体感があるぶん、
信じやすいし、沼りやすい。
感情と体の感覚は、いつもセットです。
気持ちが不安なら、体もざわざわする。
体がざわざわしていたら、
気持ちも不安を探し始めます。
だから、どちらかに気づけたら、
もう片方も見えてきます。
体のざわざわには、
「バタフライハグ」というケアがあります。
両腕を胸の前でクロスして、
左右の肩を、交互にトントンとやさしく叩きます。
ゆっくり深呼吸しながらしばらく続けてみる。
吐く息で、
不安を吐き出すイメージでトントンと。
自分で自分に触れる、ゆるやかなリズムが、
体に「いま、ここは大丈夫。」と伝える合図になる。
そんなふうに言われています。
もともとは、
災害を経験した人たちを支える中で生まれ、
いまはEMDRという心理療法の現場でも、
自分を落ち着かせるセルフケアとして
使われている動きです。
ざわざわが落ち着いたら、
不安感覚って抽象的なものでもあるから、
もう相手にしなくても大丈夫です。
その感覚や痛みは、過去の名残り。
どうしてもでてきますが、
恐れなければ消えていく。
また、
不安は、まだ何も起きていない時ほど、
大きくなるものです。
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