東京リーシングと土地活用戦記 -180ページ目

東京リーシングと土地活用戦記

ニーチェ・ツァラトゥストラの言葉「神は死んだ、神なんかもう信じるな」「強い風が吹く所に一人で立て!そこは非常に厳しいけれど、人間自分自身が主人公だ!風を受けて孤独になれ!」「真理などない。あるのは解釈だけ」いいねー。スバム読者申請コメント削除します。



「偽装ラブホテル」3店を一斉捜索 神戸 

 神戸市内のホテルが旅館などとして市に届け出ながら、実質的にラブホテルを経営していた疑いが強まり、兵庫県警生活環境課と垂水、有馬署などは十日、風営法違反(禁止地域営業など)の疑いで、同市内のホテル三店舗を捜索した。

 県警の調べでは、偽装ラブホテルは県内で百七十七施設あるといい、学校周辺や住宅地で営業しているケースも多い。県警は今月、全国で初めて偽装ラブホテル捜査のための対策室を設け、集中的な取り締まりを進めている。

 捜索したのは、レッドスノーマンズ(神戸市垂水区名谷町)▽スノーマンズ(同市北区有野町有野)▽トランス・マリナーズプラザ(同市中央区中山手通二)-の三店。
 同課などの調べでは、三店は店内に基準を超える大型の鏡を設置するなどして風営法上のラブホテルを営業した疑い。

 三店舗とも経営法人は異なるが、レッドスノーマンズとスノーマンズの経営者は同一人物で、ホテル経営者らでつくる団体の役員を務めているという。
 この日は、捜査員計七十五人が関係先七カ所を捜索。部屋の内装などを確認し、事務所から書類などを押収した。

 偽装ラブホテルは学校などの周辺に建設されているケースもあり、明石市などで住民による反対運動が起きている。しかし、行政の指導後に法律に抵触しない形で内装を変更するなど業者との「いたちごっこ」が続いている。

 そのため県警は今年に入って神戸、明石市内で偽装ラブホテルを捜索、二法人六人を書類送検した。今月六日には専門の対策室を全国で初めて設置。偽装ラブホテルを規制する法律が行政と警察にまたがるため、両者の連携も強化する。
(11/10 神戸新聞)



 ホームページ見たって、きっと現地行ったって、どう見てもラブホテルじゃない???

 でも、神戸っておしゃれな作り?? いいかんじですよね・・・




「株式の割合は最低で25%最高で75%の範囲内に、債券の割合は75%から25%の間とすべきである」

ベンジャミン・グレアムの「賢明なる投資家」は、第2次世界大戦後間もない1949年に初版が出版され以来版を重ね、60年近く経った今でも読み継がれている名著です。そして、彼の理論は今日でもまったく色あせることはありません。

賢明なる投資家


『新賢明なる投資家』は、グレアムの原文を完全な形で残しながら、ジェイソン・ツバイクが今日の市況を勘案した注解を加え、グレアムの挙げた事例と今日の事例を対比させて、時代を超えた応用力を持たせている名著。
ベンジャミン・グレアムは1894年にロンドンで生まれ、1歳のときにニューヨークに移住。幼いうちに父を亡くし、貧しい生活の中で、コロンビア大学を優秀な成績で卒業し、金融業界にはいりました。当時はまだ粗っぽい投機の修羅場であった証券業界の中で、企業価値を客観的に推し量って優良な株式を探す投資方法を打ち立てた功労者でした。

理論だけでなく、グレアムの投資実績も目を見張るものがあります。ここに、彼が設立したグレアム・ニューマン社の記録があります。グレアム・ニューマン社は1936年からグレアムが引退する1956年までに株式市場全体のパフォーマンスが年12.2%だったのに対し、少なくても14.7%のパフォーマンスを上げていました。これはウオール街の歴史上最良にして最長記録のひとつなのです。グレアムは、間違いなく20世紀最大の投資アドバイザーであり、投資家です。

グレアムが遺したことばで、印象的なものには、次のようなものがあります。

○投資で成功するカギは自分自身に内在する。

○過去50年以上にわたる経験と市場観察によれば、「テクニカル・アプローチ」によって、長期にわたり利益を上げた者などひとりもいない。

○個人投資家にできないことは「プロのゲームでプロに勝つこと」、自分のゲームで自分にコントロールできることで勝てば良いのだ


それにしても、私が、一番貴重だと思うグレアムのことばは、冒頭の「株式は25~75%、債券は75~25%で分散投資」という基本的ルールです。たぶん、このルールは現在でもほとんどの個人投資家に当てはまる公式であり、それを始めて公言したのがグレアムだと思うからです。

投資の理論を学ぶ 株と債券を分けて持つ
 
投資家のポートフォリオにおける債券と株式の比率を機械的ともいえる形で決める方法をグレアムが提唱しているのは、自分の感情を制御できない人間の本質を考慮してのことであります。
 
個人投資家は個別銘柄など選ぶ必要なし


また、彼は「個人投資家」をこのようにも説明しています。

個人投資家の強みは、自分のことは自分で考えるという自由とぜいたくが味わえることなのに、個人投資家は株式市場の今にこだわりすぎるから、投資に成功できない。グレアムは、ほとんどの個人投資家は防衛的であるべきだと考えていました。

「大半の投資家は個別銘柄など選ぶ必要などないということを繰り返し申し上げておいたほうがいいだろう。銘柄選びをしてみようという人のほとんどが、思っていたほどうまくできないことを悟らされる~運のいい人は早くからそのことに気づいているが、運の悪い人は気づくまでに何年もかかる。自分でうまく銘柄選びができるのは、ほんの数パーセントの投資家にすぎない。もしかしたら、みんながインデックスファンドの力を借りるのが理想なのかもしれない」。

これほど昔からインデックスファンドによるパッシブ運用を彼が重視していたということもすごい先見性です。

な~んだ、そんな平凡なことか!と思うなかれ!グレアムは、平凡で満足できない投資家のためには、ハイリスクな投資法も開示しています。

積極的投資家に勧める三つの分野


デビッド・ドッドとの共著なる『証券分析』は、60年以上にわたって100万人以上の投資家たちに読み継がれ、今でも投資家たちのバイブル。

そうはいっても、防衛的で満足できない人はいます。自分こそは市場に勝てると思う個人投資家向けに、グレアムはいくつかのヒントも遺しています。防衛的では満足できない積極的投資家の投資手法です。

○比較的人気のない大企業に投資すること
○割安証券の購入
○特殊状況での算段棒~「骨折り仕事」


将来が有望なビジネスや人気のある会社に投資するという安直な選択だけで投資が成功することはなく、より本質的な価値を見極めて割安な仕入れをしなければ、積極的投資家は報われないと考えていました。
常に手堅い結果を得ることができる


最後に、皆さんが安心するグレアムのことばを紹介します。

「過去57年間を振り返れば、世界を揺るがすような時代の浮き沈みや悲惨な出来事にもかかわらず、堅実な投資原則に従えば概して手堅い結果を得られるという事実は、常に変わることがなかった」

現在の世界一の投資家ウオーレン・バフェットをして、「私にとってベンジャミン・グレアムは、著述家や師をはるかに超越した存在でした」といわしめたグレアムは1976年に静かに息をひきとりました。しかし、彼の古典はいまだに世界中で読まれ続けています。

もちろん、私たち個人投資家にも、多くの警鐘と知恵を提供し続けています。人間の愚かさは、同じ失敗を繰り返させるようですから。

北川 邦弘 (きたがわ くにひろ)All about
ファイナンシャルアドバイザーが誰にでもできる普遍的なお金の殖やし方を伝授。

序文 ウォーレン・バフェット


 私がこの本の初版を読んだのは一九五〇年の初め、一九歳の時でした。そのとき、それまでに読んだ投資関連のすべての本の中で、最高の一冊だと思いました。そしてその思いは今も変わっていません。
 生涯を通じて投資で成功するためには、知能指数がずば抜けて高い必要もなければ、人並み外れた洞察力を持つことも、内部情報に通じている必要もありません。必要なのは、意思決定のための適切かつ知的なフレームワークと、それを働かせないような力から感情を一定に保つことができる能力です。本書は適切なフレームワークを、分かりやすい形で正確に示してくれます。感情は規律でコントロールする必要があります。
 グレアム(グラハム)が唱えている行動やビジネス原則に従えば──また、八章と二〇章で述べられている貴重な教えに細心の注意をもって臨むことができれば──投資でひどい目に遭うことはないでしょう(これは、みなさんの予想よりもかなり良い結果を意味します)。投資家が素晴らしい結果を得られるかどうかは、投資家本人がその投資に関してどれだけの努力と知力を注ぎ込むかにかかっていますが、同様に、その投資期間にどれだけの「愚かさ」が株式市場を覆ったかによっても大きく影響を受けます。市場が愚かさに支配されればされるほど、賢い投資家にとっては大きなチャンスなのです。グレアムの教えに従うことで、愚かさに参加するのではなく、愚かさから利益を得る人々の一員になれるのです。
 私にとってベン・グレアムは、著述家や師をはるかに超越した存在でした。彼は父親を除くすべての人々のうち、私の人生に最大の影響を与えた人物です。一九七六年にベンが亡くなった直後に私は、『フィナンシャル・アナリスツ・ジャーナル』誌に次のような彼に関する短い追悼文を寄せました。本書を読み進めれば、私がこの追悼文で述べた賛辞を実感されることでしょう。


バフェットは株式投資で成功を収め、フォーブス誌によるアメリカの長者番付フォーブズ400では1986年の5位以来、毎年ベスト10に入り続けている(2008年現在)。[2]世界長者番付ではビル・ゲイツが1994年から13年連続で1位となり、[3]バフェットは2位になることが多かった。バフェットは2007年に前年から資産を100億ドル増加させ、620億ドル(約6兆4360億円)となり初めて1位になった(米国内の長者番付では1993年に1位になったことがある)。





ベンジャミン・グレアムの「賢明なる投資家」
出版社からの内容紹介

1937年に初めて出版されたこの小著は、伝説的な投資家であるベ
ンジャミン・グレアムが著した企業の財務報告書分析に関する永遠の手引き書で
あり、今日まで熱狂的な支持を勝ち得てきた。この『賢明なる投資家【財務諸表
編】』の1937年版は長らく絶版になっていたが、今日の多くの投資家にとっては
これまで以上に貴重なものである。不朽の初版本を忠実に復刻したこの小著で
は、巨匠のオリジナルな原文がそのまま再現されている。そして、当世の伝説的
な相場師のひとりであるマイケル・F・プライスが、グレアム(グラハム)のこの
小著の不滅の価値をたたえる序文を添えている。

 ベンジャミン・グレアムは20世紀で最も偉大な投資界の思想家と呼ばれてい
る。投資家の師匠として、株式分析の先駆者として、そして多くのスーパース
ター投資家の指導者として、グレアムの右にでる者はいない。
座右の書ともいうべきグレアムのこの小著は、財務諸表を解釈・理解するとき
の永遠の手引き書である。長らく絶版になっていたが、グレアムのほかの傑作で
ある『賢明なる投資家』や『証券分析』と並んでようやく日の目を見ることがで
きた。おカネにも代え難いこれら3冊の貴重な著書は、グレアムの思想とそのバ
リュー投資を理解するためのカギとなるものである。
 この小著に盛り込まれたグレアムのアドバイスは、60年前と同様に今日でも生
き続けており、また多くの先見力に満ちている。グレアムは「まえがき」で次の
ように述べている。「もし投資家の皆さまがその企業の現在の財務状態と過去の
業績について正確な情報を得ることができれば、その企業の将来の可能性を判断
するうえで万全の備えができたといえるだろう。これこそが証券分析の本来の役
割と価値なのである」
 グレアムの最高傑作である『証券分析』のちょうど3年後に書かれた本書は、
わずか数ページを読み進むだけでもバリュー投資に関する巨匠の思想の心髄に触
れることができる。読者の皆さんはこの小著を通じて、企業のバランスシー
ト(貸借対照表)と損益計算書の分析法を習得し、その財務状態と業績の記録に
ついて深く理解することができるだろう。グレアムはこのなかで、あらゆる企業
の財務的な健全さと経営的な安定さを判断するうえで、読者のだれもが応用でき
る簡単なモノサシを紹介している。

ベンジャミン・グレアム(Wikipedia)

ベンジャミン・グレアム(Benjamin Graham, 1894年5月8日 - 1976年9月21日)は、アメリカ合衆国の経済学者。今日でもよく「バリュー投資の父」「ウォール・ストリートの最長老」と呼ばれるプロの投資家であった。
グレアムはおそらく億万長者の投資家ウォーレン・バフェットの育ての親として最もよく知られている。バフェットはコロンビア大学でのグレアムの教え子の中で唯一A+をもらった生徒である。他によく知られているグレアムの生徒にはウィリアム・ルアーン、アービィング・カーン、ウォルター・シュロス、チャールズ・ブランデスがいる。
バフェットはグレアムを堅固な知的投資の骨組みを確立した人物として信頼し、グレアムを父親に次いで影響を与えた人物であると語っている。グレアムはバフェットとカーンに多大な影響を与え、彼らは自らの子供をグレアムと名付けている。


ウォーレン・バフェット氏は、世界一の投資家、2008年の世界一ですね・・

オバマ氏のブレーンとしても有名です。

一年で、620億ドル(約6兆4360億円)稼ぐとはすごいですよね!!!

ベンジャミン・グレアム 「賢明なる投資家」も、参考しているんですね・・





パナソニックが三洋買収 狙いは「太陽電池とリチウム電池

11月5日11時45分配信 J-CASTニュース

 パナソニック(旧松下電器産業)が、三洋電機を買収する方針を固めたことが明らかになった。主要行の三井住友銀行など金融機関3社と今後、本格的な交渉に入る。実現すれば、大手電機メーカー同士のM&A(企業の買収・合併)としては初めてになり、年間売上高11兆円を超える国内最大の電機メーカーが誕生する。

■三洋はリチウムイオン電池では世界シェアトップ

 関係者によると、パナソニックは、三井住友銀、大和証券SMBC、米ゴールドマンサックスの3社が保有する優先株を取得する方向で協議を進める。3社が現在、保有している優先株は普通株に転換することが可能で、すべてを転換した場合は発行済み株式の約70%に当たるとされる。パナソニックは三洋株の過半数を取得して、2009年4月ごろをめどに子会社化する方針で売却額などを詰める方針だ。

 三洋買収に動き出したパナソニックの最大の狙いは、「三洋が世界に誇る太陽電池や充電池事業」(電機業界関係者)との見方が一般的だ。パナソニックは白物家電から半導体まで幅広い製品を手掛けているが、太陽電池は事実上、取り扱っていない。さらに、三洋はパソコンや携帯電話に使うリチウムイオン電池では世界シェアトップに位置する。パナソニックが三洋を傘下に収めれば、太陽電池とリチウムイオン電池事業で一気に世界上位にたち、地球環境への貢献もアピールできる。製品のフルライン化を充実させ、国際戦略を加速することも可能だ。

 一方、今回の買収交渉には、世界的な金融危機による市場低迷が大きく影響している。三洋は2004年ごろから業績が悪化し、三井住友銀など金融3社を引き受け先に優先株を発行して資本増強を図った。この優先株は三洋の了解がなければ売却できない取り決めになっているが、09年3月にはこの縛りが切れるため、金融3社は株式の売却について水面下で検討を進めていた。そんな中で金融危機が広がり、特にゴールドマンや大和にとっては、自身の業績が落ち込んでいるという事情からも、三洋株は早急に売却したかったといわれる。


■白物家電や半導体など事業の重複部分はどうする

 ただ、パナソニックや三井住友銀など金融3社にとって都合がいい話でも、三洋にとって歓迎すべきかどうかは微妙といえる。そもそもパナソニックと三洋は、白物家電や半導体など事業の重複も多い。「パナソニックの本心は、太陽電池と充電地だけあればいいということ」(電機業界関係者)との見方もある。三洋ブランドの維持、雇用確保という三洋側の条件をパナソニックが飲んだとも伝えられるが、松下時代の「ナショナル」と「パナソニック」のブランド並立をようやく一本化したパナソニックにとって、三洋買収がなった暁には、ブランド戦略が改めて問われることになる。


 三洋電機株式会社(以下、三洋電機)は、このほど、独フォルクスワーゲングループ(フォルクスワーゲン、アウディー)とハイブリッド自動車(以下、HEV)用の次世代リチウムイオン電池システムの共同開発を進めることで合意しました。
 三洋電機は、地球環境保護への意識の高まりや原油高騰を背景に、今後急速に拡大することが予測されるHEV用二次電池の開発ならびに事業を強化しています。既に北米市場において、フォード社、ホンダ社に HEV用ニッケル水素電池の供給を行っております。
 また、フォルクスワーゲングループとは、2006年1月に、次世代ニッケル水素電池システムの共同開発を進めることで合意し、現在も共同開発に取り組んでいます。

 今回のフォルクスワーゲングループとのリチウムイオン電池システムの共同開発合意により、ニッケル水素電池システムに加え、フォルクスワーゲングループと緊密なパートナーシップを構築し、更なる高性能HEV用電池システムの開発、商品化を加速し、グローバルでのHEV用バッテリー事業の拡大に取り組みます。
 三洋電機は、ブランドビジョン「Think GAIA」のもと、今後も「GAIA(地球)」に貢献できるHEV用バッテリー事業を更に推進し、高い2次電池技術力で「グローバルエナジーソリューション」を提供してまいります。


週刊ダイヤモンド編集部
【第161回】 2008年07月09日

三洋電機がリチウムイオン電池で“一人勝ち”する理由

 大手パソコン(PC)メーカーの幹部らが最近、相次いで淡路島を訪れている。供給不足に陥っているノートPC用リチウムイオン電池を求めて、ここに本部を置く三洋電機の電池事業部門、モバイルエナジーカンパニーに、供給増を頼み込んでいるのだ。三洋はリチウムイオン電池でトップシェアを誇る。

 需給が逼迫している理由は大きく3つある。

 第一に、ノートPC市場の急拡大だ。米調査会社IDCによれば、2008年1~3月期の出荷台数は、対前年比で40%も伸びた。

 第二に、昨年来相次いだ電池メーカーの工場火災によって、供給が減少したためである。昨年9月に松下電池工業、今年3月には韓国LG化学で火災が発生し、松下はこの3月に完全復旧したばかりで、LGは「いまだ完全復旧に至っていない」(関係者)。

 第三に、小型化・コードレス化が進む電動工具用電池の需要急拡大だ。ノートPCも電動工具も同じ円筒型電池を使用しているが、電池メーカーからすれば、「常に値下げ圧力のあるノートPC向けよりも、電動工具向けに売ったほうが儲かる」(業界関係者)ため、各社は電動工具向けの増産を優先する傾向にある。

「なぜ他社には出せてウチには出せないんだ」――。

 ある電池メーカーの営業担当者は、大手PCメーカーからそんな叱責を受けたという。それほど、各社は必死で電池の確保に奔走している。特に、LGからの調達比率が大きかった米ヒューレット・パッカードなどは厳しい模様だ。

 一方、電池業界は活況にわいている。「完全な売り手市場。いくら作っても供給が追いつかない」(関係者)。特に好調なのがシェアトップの三洋と2位の韓国サムスンSDIだ。両社は共に積極的な設備投資で、松下やLGがつまずいたすきに生産能力を増強しシェアを伸ばしている(右のグラフ参照)。シェア3位のソニーや松下も増産に動き始めており、業界全体の供給能力は上がってきている。

 それでも、供給不足は当面続く可能性が高い。ノートPC市場は成長にはずみがつく一方、電池の急激な供給増は望めないからだ。電池の製造には高度な技術とノウハウが必要で、供給できるメーカーは限られる。「需要に対して10~20%足りなくなるのではないか」(三輪秀明・テクノ・システム・リサーチ・マーケティングディレクター)という見方もある。

 ノートPC市場の急拡大に乗って一様に好業績を享受してきたPC業界だが、今後は電池の調達が明暗を分ける。壮絶な争奪戦はまだまだ続きそうだ。

(『週刊ダイヤモンド』編集部 前田 剛)



フォード、GM、トヨタなど大手自動車メーカーは、大幅な減益を発表しています。

ガソリンも、やすくなってきましたが、

これからは、電気自動車など

あたらしい電池の時代がくるかもしれませんね・・・


焦点: パナソニック、三洋電買収で新時代の「水道哲学」展開へ

 11月7日、パナソニック(旧社名:松下電器産業)は三洋電機買収を通じて、太陽電池やリチウムイオン電池といった環境製品事業を強化する。



 [大阪 7日 ロイター] パナソニック<6752.T>(旧社名:松下電器産業)は三洋電機<6764.T>買収を通じて、太陽電池やリチウムイオン電池といった環境製品事業を強化する。
 いずれも、持続的なエネルギー供給や地球温暖化問題の解決に向け高い市場成長が期待されると同時に、大量生産と製品価格の大幅な低下が求められる分野だ。パナソニックの創業者である故松下幸之助氏は、製品を安価かつ大量に供給する「水道哲学」を提唱。三洋買収により、パナソニックは21世紀型の水道哲学に道筋をつけたとも言える。
 <経営理念が競争力の源泉>
 水道哲学は、幸之助氏が「生産者の使命は、貴重なる生活物資を水道の水のごとく無尽蔵たらしめること」と説いたことに由来する。幸之助氏はこの哲学を1932年(昭和7年)5月、大阪市内で開いた会合で社員に伝えた。ちなみに、この会合で司会進行役を務めていたのが、幸之助氏の義弟で、松下電器専務を経て戦後に三洋電機を創業した故井植歳男氏だった。
 パナソニックは10月1日に社名を変更したが、水道哲学は「現在でも当社の経営理念を構成する要素」(パナソニック関係者)という。ただ、水道哲学は、単なる経営理念にとどまらず、現在でもパナソニックの競争力の源泉とみる向きがいる。例えば薄型テレビ。ライバルのソニー<6758.T>など国内の多くのが赤字で、近年、継続して利益を出してきたのはパナソニックとシャープ<6764.T>だけだ。ある国内証券系アナリストは、「パナソニックの場合、水道哲学に基づく大量生産によるコスト引き下げで、最終的に勝ち残ればよいという割り切りがある」と指摘する。
 最近でも、プラズマパネルについて、パイオニア<6773>が自社生産を断念し、日立製作所<6501>は生産工程の大幅縮小を決め、それぞれパナソニックからの調達に切り替えるなど、同分野におけるパナソニックの存在感が目立つ。パイオニア、日立はともに画質など技術面での評判が高かったが、最後にものを言ったのが、パイオニアや日立とはけた違いのパナソニックの生産量だった。
 <「宝の山」の電池王国> 
 三洋は、経営危機に陥った2006年3月、三井住友銀行など金融3社に総額3000億円の優先株を発行。財務的な破たんは回避したが、経営の独立性を失った。ただ、地球温暖化問題への世界的な危機意識の高まりと、空前の原油価格高騰に伴い、三洋が得意とする太陽電池やリチウムイオンなど二次電池が将来大きな収益事業に化けるのではとの思惑が膨らんだ。
 三洋が手掛ける「HIT太陽電池」は独自の構造を持ち、太陽光を電気に変える変換効率が業界トップを誇る。また、携帯電話やパソコンの電源として使われるリチウムイオン電池で三洋は世界シェアトップ。今後は環境対応型のハイブリッド自動車や電気自動車への搭載が期待されている。三洋は、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)とハイブリッド車用リチウムイオン電池の共同開発すると発表するなど、自動車分野での取り組みも先行している。三洋関係者は「省エネ、電気を貯める『蓄エネ』、電気をつくる『創エネ』の3分野の事業を持っているのは当社だけ」と「宝の山」であることを強調する。
 いずれ三洋への出資金を回収する金融3社の動きを見通して、どこが三洋を手に入れるかに関心が高まっていたが、パナソニックは当初から有力候補とみられていた。パナソニックは、省エネ技術は高く、蓄エネの二次電池も強いが、太陽電池は開発を進めていた時期はあったものの、「採算性の問題」(関係者)により事実上撤退。経営目標に、売上高、株主資本利益率と同等に事業活動から出る二酸化炭素の排出削減量を挙げるほど環境対応にこだわるパナソニックとしては、太陽電池事業は「事業内容に加えたい分野」(幹部)であった。
 太陽電池分野では、三洋は変換効率など技術面では高い水準にあるが、世界市場のシェア(生産量)は2005年の4位から2007年には8位(野村証券金融経済研究所調べ)に落としている。ハイテク分野の調査・コンサルティングを行うジェイスター(東京都中央区)の豊崎禎久社長は、10月中旬、ロイターの取材に対し、「2013年ごろには日本の太陽電池メーカーはトップ10からはじき出される」と厳しい予想を示した。
 野村証券によると、07年の世界市場シェアでは三洋のほか、シャープ<6753>(2位)と京セラ<6971>(4位)がトップ10に顔を出している。豊崎氏は、パナソニック・三洋連合の太陽電池市場における位置取りについて、「パナソニックの資金力とグローバルの展開を考えていくと、(他の日本メーカーに比べ)トップ10にとどまる可能性は高いと思う」と指摘する。パナソニックは国内で住宅事業を手掛けていることも太陽電池拡販で強みとなりそうだ。
 リチウムイオン電池など二次電池市場でもパナソニックと三洋は強力な組み合わせとなる。自動車向け二次電池開発では、パナソニックはトヨタ自動車<7203>と協業し、共同出資会社を運営。独フォルクスワーゲンと組む三洋を傘下に収めることで、規模の拡大によって価格交渉力が強化される。モバイル機器用などの二次電池でトップシェアの三洋に対する評価や、その技術力もパナソニックの手中に入る。みずほ証券の桂竜輔シニアアナリストは「(顧客からの)信頼が高まる」と、製品力の向上を指摘している。パナソニックの大坪文雄社長は7日の会見で、自動車用二次電池について「爆発的に伸びる」と語り、三洋買収の最大の狙いであることをにじませた。
 リチウムイオン電池は、太陽光発電や風力発電など自然エネルギーを普及拡大させていく際にも、有望な装置と期待されている。天候任せの自然エネルギーは、蓄電装置と組み合わせることで、発展途上国で多く残る無電化地域でも送電網の大規模なインフラ投資なしに電力の供給が可能になる。また、電力インフラが整備された日本では、それ自体では出力が安定しない自然エネルギーの発電能力が一定規模を超えた場合、送電網の安定運用に支障を来たすと電力業界などが懸念を示すが、蓄電装置と組み合わせることで悪影響が回避できるとされる。
 太陽電池や環境対応型自動車向けの二次電池、自然エネルギーを補完する蓄電装置などの需要の本当の姿を知るには、現実には数十年規模の時間軸でみる必要があるが、潜在力は極めて大きいと言え、パナソニックはそこに成長戦略を託したと言える。パナソニックが将来の果実を確実に得るためにも、統合後の重複分野の整理など当面の課題にどう対応するかが重要となりそうだ。
 (ロイター日本語ニュース、浜田 健太郎記者、取材強力:平田 紀之記者)

【産経ワシントン】ビッグスリー(米自動車3大メーカー)が存亡の危機に立たされている。ゼネラル・モーターズ(GM)とフォード・モーターの7~9月期決算は、金融危機の影響で業績回復の兆しが見えない状況を浮き彫りにした。1社でも破綻(はたん)すれば大量の失業者が生じる。経済が最重要課題のオバマ次期大統領にとって、ビッグスリー救済の判断が最初の試金石となりそうだ。
 10月の新車販売台数はGMが前年同月比45%減、フォードが29%減、クライスラーは35%減と急激に悪化。20世紀以降、車社会の米経済を牽引(けんいん)した自動車産業は、「歴史上最も危機的な時期にある」(クラークGM北米社長)。




ガソリン価格136円70銭

13週連続で値下がり
 石油情報センター(東京都)が6日発表した石油製品の現金払いの平均小売価格によると、県内のレギュラーガソリン(4日時点、1リットルあたり)は急落し、前週(10月27日時点)に比べ、14円40銭安い136円70銭となった。値下がりは13週連続で、140円を切るのは、ガソリン税の暫定税率が一時的に失効した4月を除けば、2007年6月25日以来約1年4か月ぶり。

 原油価格が下落し、石油元売り大手が卸価格を引き下げたのが要因。ガソリン30リットルを給油した場合の価格は4101円となり、ピークだった8月4日(1リットルあたり181円)に比べ、1329円安くなった計算だ。

 ハイオクは前週比14円60銭安の147円50銭、軽油は13円60銭安の126円90銭、暖房にかかせない灯油(18リットルあたり)は274円安の1564円だった。

(2008年11月7日 読売新聞)



ニューヨーク原油は、夏のピークの約半値になっています。すごいね・・・

*♥Mizu♥* さんのコメントより

■こんにちは☆
こちらも同じ現象です。夏場の時と比べ、ガソリンが半額になりました。こちらは車社会、また冬はオイルヒーターですので、消費者としては値下げは有り難いことです☆ガソリンはまだ値下げが続いております♪
*♥Mizu♥* 2008-11-08 11:09:43

アメリカでは、とっくに、ガソリンの小売価格が半値のようですね。

日本は安くなってもそこまでいってませんね・・・下げ幅が実勢と連動していない・・

どうしてでしょう?????

オバマ氏は、とても儲けている石油企業から、税金を多くとると言っていますけどね・・・

日本の総理も、そうゆうこと言ってほしいね・・・




筑紫哲也氏死去・談話

2008年11月7日(金)

放送ジャーナリズムの基本築いた

 交流があったコラムニスト天野祐吉さんの話 権力の重要な見張り番の一人が消えた感じだ。ニュースキャスターは個性を出さなければいけない一方、それが強すぎると独善的になる。筑紫さんは微妙なバランスを保ちながら、「話し言葉のジャーナリズム」を確立した先駆者であり、以降の放送ジャーナリズムの基本路線を築いたといえる。これからも重要な局面ではテレビに出て意見を述べたいと言っていたが、かなわなくなってしまった。細かいことにこだわらない豪快な性格だった。かけがえのない人を失い、残念だ。 



[時事通信社]



とても残念ですね・・・

ご冥福をお祈りします・・・・




今、ペットに対する認識が変わってきている。

一方的に可愛がる存在から、ともに暮らす仲間、伴侶へ。

ただ、人がペットとともに生きていくためには、飼い主に責任とマナーが求められる。ペットの性質を理解しつつも、社会で暮らすルールも教えなければならない。命あるものへの責任もある。そして、ペットが人に与える社会的、心理的、生理学的な効果は科学的にも証明されている。

人とペットがより豊かに共生していくために、今、何を考えなければならないのか──。

いまや日本には数万のペットがいる。代表的なイヌ、ネコは室内飼育が主流となり長寿命化が進んだ。オーナー家族はより親密に、長期にわたってペットと過ごすことになる。こうした変化のなかで、ペットに期待される役割や社会とペットとの関係はどうなっていくのだろうか。東京大学大学院の林良博教授に聞いた。

東京大学大学院農学生命科学研究科林 良博教授

 現在、日本で飼われているイヌは約1200万頭。ネコも約1200万匹が飼われているという。5人に1人はペットと暮らしていることになる。

 ペットの増加とともに、「ペットとの関係が欧米化してきた」と、東京大学大学院農学生命科学研究科の林良博教授は指摘する。「日本では江戸時代以前から戦前まで、イヌは戸外の犬小屋で飼っていた。また、ネコも夜間は自由に外出する環境で飼われていた。一方、欧米では室内飼育が基本。牧羊犬といえども、家の中で眠る」。そんな欧米流の室内飼育が、日本でも主流になってきたというのだ。

 室内飼育により、ペットの寿命も3年以上延びてきたという。林教授によると「寿命延長の要因は、医療、食事、住環境の3つ」。かつて、獣医師はウシやウマなどの産業動物を対象にしていたが、昨今ではペットクリニックが街中に増え、ペットが高度な医療を受けられるようになった。残飯が一般的だった食事も、総合栄養食であるペットフードが主流に。さらに、空調の効いた室内で過ごすことにより、屋外の温度変化や衛生状態などを原因とする体調不良が激減したのである。

 そして、室内で家族と一緒に長年を過ごすペットに対しては、家族の一員であるかのような擬人化も進む。ゆりかごから墓場まで、と人生がたとえられると同様、ペットの生涯にもさまざまな商品・サービスが開発・提供されているのは、このためだ。

 とはいえ、「動物として有している特性を理解し配慮しなければ、ペットと快適な関係を築くことは難しい」と、林教授は注意を促す。動物本来の習性を軽視することが、ペットの問題行動につながりやすいからだ。
 たとえば、イヌは本来群れで生活してきた動物である。このため、オーナー家族の一員としての暮らしは、イヌにとっては幸せといえる。ところが、オーナー家族との距離が近過ぎると、かえって依存性が増し、自立できなくなってしまう。オーナー家族の姿が見えないと不安になり、ムダ吠えや破壊行動などにつながりやすいのだ。

 また、イヌは群れの中の序列を強く意識する。自分よりも序列が低い相手に対しては、容赦なく攻撃を仕掛けることも少なくない。オーナー家族に対しても、しつこく吠えかかったり、時には噛むこともある。
 もともと単独行動を好むネコも、問題行動と無縁ではない。精神的に不安定になると、不適切な排泄行為や、ひっかくなどの破壊行動も出る。イヌと違ってしつけが難しいだけに、特にほかのネコとの関係などに配慮も必要だ。

 ペットの本来の性質を深く理解してこそ、よりよい関係を築くことができる。そうでなければ、「オーナー家族もペット自身もともに不幸になってしまう」と、林教授も憂えるところだ。
 また、ペットのオーナーには、近隣の人などへの配慮も求められる。「ペットとの暮らしが個人の幸福を追求する権利の一つとして尊重される欧米では、ほかに迷惑をかけないようペットを厳しくしつけることがオーナーの義務と考えられている。ところが、日本ではペットのマナーに対する世間の目は厳しい一方、しつけに甘いオーナーが少なくない」と、林教授は現状を分析する。そのうえで、「しつけを受けることが、ペットにとっても幸福につながると考えていただきたい」と言う。

 特に、群れでの暮らしが習性となっているイヌにとって、しつけはそうした暮らしのルールを学ぶチャンスだ。そのうえ、命令に従い、ほめられることを喜びと感じる本能も備わっている。そうしたペット本来の欲求を満たすことにもつながるのがしつけなのだ。

 「しつけでは、一貫性が重要」と、林教授は付け加える。何がほめられる行ないで、何がダメなのか。いつも同じ基準で対処しなければペットは混乱し、オーナーの言うことを聞かなくなってしまう。また、しつけにおいては罰や脅しに効果はなく、かえって精神的ダメージを与えかねない。ほめて育てるのが原則だ。



 ペットは、ただ可愛がるだけの存在から、その役割を変えつつある。癒しと安らぎを与えてくれるパートナーへの変化だ。ペットは家族の一員であるとの認識も一般的になった。それでもなお、いまだ社会の一員とまでは認知されていないのが、日本の現状だ。

 林教授によると、ドイツにはペットに対する課税制度があるという。「納税率は7割程度だが、一定の義務を果たすことで、人や法人同様、社会の中で尊重され守られるべき存在として法的に認められた事実は大きい」。ドイツのある鉄道では、切符の自動販売機に「大人」「大人と子供1人」などとともに「大人とペット1匹」といったボタンがあるという。
 「日本でも、ペットの立場や役割がさらに変わってくるのではないか」というのが、林教授の見方だ。2000年より施行された動物愛護管理法には、オーナーの身勝手によるペット虐待を防止するだけでなく、ペットを「命あるもの」とし、オーナーの管理責任や義務、社会の中での共生に配慮しなければならないことが盛り込まれた。最近では、ペットの癒し効果に注目して、オーナーがペットとともにお年寄りや子どもたちの元を訪れる『アニマルセラピー』などが行なわれるようにもなり、その存在意義も広くなってきている。
 そうした社会貢献もまた、ペットの立場の向上に役立ち、人とペットとの関係変化の兆しが確実に見え始めてきたようだ。

※「週刊ダイヤモンド」10/18号




~ 関東圏で3番目、ペットも一緒に眠れるお墓が誕生 ~
ペット可墓地「Withペット」、「彫刻の丘・奥多摩霊園」にて販売開始2007年06月04日
「秩父多摩甲斐国立公園」内 唯一の公園墓地にて、120区画を販売開始



仏事関連総合サービスの株式会社メモリアルアートの大野屋(本社:東京都豊島区/代表取締役社長:大澤静可)では、ペットの遺骨を飼い主とともに埋葬できる墓地「With(ウィズ)ペット」(登録商標)を、「彫刻の丘・奥多摩霊園」(東京都西多摩郡)にて、2007年6月9日(土)より販売を開始いたします。ペット可墓地のオープンは、大野屋としては、関東圏では「町田いずみ浄苑」(東京都町田市)、「岩槻光輪浄苑」(埼玉県さいたま市)に続いて3番目となります。

「Withペット」は、ペット専用墓地や納骨堂とは違い、家族のお墓に「共に生きたペットも一緒に埋葬したい」と願う方へ向けた、永代使用権付きの新しいタイプのお墓です。当社では、2003年8月より国内で初めて「町田いずみ浄苑」(東京都町田市)内にて販売を開始し、お客様から高い評価とご満足を頂き、すでに初回区画が完売。区画の拡充を行うなど、順調に実績を伸ばしております。一昨年から神戸市の「神戸山田霊苑」において、昨年よりさいたま市の「岩槻光輪浄苑」においても「Withペット」区画をオープンするなどエリアの拡大を図っております。

今回販売する奥多摩霊園「Withペット」は、販売区画数120区画。芝生墓地で、価格は1.5㎡区画で66万円から、また石碑のデザインや彫刻などのご要望にも応じることが可能です。また亡くなったペットの遺影をセラミックフォトで墓石表面に残すこともできます。当霊園は秩父多摩甲斐国立公園内の大自然に抱かれた絶景の公園墓地です。春には献木を含めた約700本の桜が咲き誇るなど、お墓参りと共に雄大な自然が楽しめ、ゆったりとお参りができる霊園となっております。


「町田いずみ浄苑」の建墓例
「さくらの開花時期の奥多摩霊園」
当社が本年5月に実施した『ペットとお墓に関するアンケート調査』(関東・近畿地方在住、40~60歳代、男女612名対象)では、自分や家族のお墓にペット(犬・猫)を一緒に埋葬することに関しては、「非常に良い」「良い」を合わせ肯定的な意見をお持ちの方が、全体の58.6%(359名)、関東圏では59.8%(244名)という結果でした。また、過去に一緒に暮らしていたペットが亡くなったことのある方(423名)に対して、どのように埋葬したかについて尋ねたところ、全体の6.2%(38名)、関東圏の8.1%(33名)の方が、「遺骨を自宅に保管していてまだ埋葬していない」という結果が出ました。

この結果より、ペット可墓地に対して、好意的な意見をお持ちの方が多いにも関わらず、ペット可墓地の取り扱い霊園を知らずに、いまだペットの遺骨をすぐに埋葬できずに自宅に保管されている方が、実際には多くいるのではないかと見ております。

当社では、ペット(犬・猫)の飼育数が15歳未満の子どもの人口を初めて上回った2003年から、ペットの飼育増加は新たな需要を形成する契機と考え、同年8月より国内で初めて「町田いずみ浄苑」(東京都町田市)内にて「Withペット」の販売を開始以降、着実にエリアの拡充を図ってまいりました。近年の高齢者所帯の増加、社会の少子化・核家族化傾向において、人とペットの共生関係はますます強く深くなっていると考えられます。ペットと一緒にお墓に入るという概念は、今後もより浸透し、当社の「Withペット」への期待も高まっていくことが予想されます。

― 奥多摩霊園 ペット可墓地「Withペット」販売概要 ―

【名 称】
ペット可墓地「Withペット」
【霊園名称】
彫刻の丘・奥多摩霊園
【所在地】
東京都西多摩郡奥多摩町海沢上坂183-3
【販売開始日】
2007年6月9日(土)
【販売概要】
◇価格:66万円より(税込・墓地使用料・墓石工事費含む・管理料別)
◇区画タイプ:芝生区画1.5㎡~
【問い合わせ】
株式会社メモリアルアートの大野屋



最近、日本では、ペットもはいれる墓地が増えてきています。

もちろん一カ所で、部屋がセパレートされています。

きもち解りますね・・・海外とかはどうなんでしょうか??

日本人の平均寿命もとても長くなってきています。

そして、20歳ぐらいのワンちゃん、ねこちゃんも増えてきましたよね・・

そう、我が家のねこちゃん達は、もう、家族の一員なのです・・

前に、自分のお客さんの賃貸マンションの建設現場の所長が、

うちの、いぬが死んじゃってさー!!

嫁さんと娘と,もう,一週間も泣き続けてるんだよー!! まいったよー!!

おれが、死んでもあんなに泣いてくれないよ!!! ぜったい!!

って言っていましたっけねー!!!



「アメリカに変化がやってきた」 オバマ次期米大統領の勝利演説・全文

2008年11月5日(水)

黒人指導者マーティン・ルーサー・キング牧師が「私には夢がある」と演説してから45年。米民主党のバラク・オバマ候補が4日夜(日本時間5日午後)、米国初の黒人大統領になることが決まった。地元イリノイ州シカゴの公園で約20万人を前に行われた、オバマ次期大統領の勝利演説全文を、複数メディアの生中継をもとに翻訳します。(gooニュース 加藤祐子)

シカゴのみなさん、こんばんは。

アメリカは、あらゆることが可能な国です。それを未だに疑う人がいるなら、今夜がその人たちへの答えです。建国の父たちの夢がこの時代にまだ生き続けているかを疑い、この国の民主主義の力を未だに疑う人がいるなら、今晩こそがその人たちへの答えです。

この国が見たこともないほどの大行列が今日、あちこちの学校や教会の周りに伸びていました。並んだ人たちは3時間も4時間も待っていた。人によっては生まれて初めての経験でした。今度こそは違うと信じたから、今度こそ自分たちの声が違う結果を作り出せると信じたから、だからみんな並んだのです。そしてそうやって並んだ人たちが今夜、疑り深い人たちに答えを示したのです。

老いも若きも、金持ちも貧乏人も、そろって答えました。民主党員も共和党員も、黒人も白人も、ヒスパニックもアジア人もアメリカ先住民も、ゲイもストレートも、障害者も障害のない人たちも。アメリカ人はみんなして、答えを出しました。アメリカは今夜、世界中にメッセージを発したのです。私たちはただ単に個人がバラバラに集まっている国だったこともなければ、単なる赤い州と青い州の集まりだったこともないと。私たちは今までずっと、そしてこれから先もずっと、すべての州が一致団結したアメリカ合衆国(United States of America)だったのです。

私たちは今まであまりにも長いこと、あれはできないこれはできないと言われてきました。可能性を疑うよう、シニカルに恐れを抱いて疑うように言われ続けてきました。けれども私たちは今夜、アメリカに答えをもらったおかげで、手を伸ばすことができたのです。歴史を自分たちの手に握るため。より良い日々への希望に向けて、自分たちの手で歴史を変えるために。

ここまで来るのに、ずいぶん長くかかりました。しかし今日と言うこの日、この夜、この決定的な瞬間に私たちが成し遂げたことのおかげで、アメリカに変化がやってきたのです。

先ほど少し前に、マケイン上院議員から実に丁重な電話をいただきました。マケイン議員はこの選挙戦を長く、激しく戦ってきた。しかし議員はそのずっと前から、愛するこの国のために、もっと長くもっと激しく戦った人です。マケイン氏がこの国のために払ったすさまじい犠牲のほどを、私たちのほとんどは想像すらできない。勇敢で、わが身を忘れて国に献身するジョン・マケインというリーダーがこれまで国のために尽くし、働いてくれたおかげで、私たちの世界はより良いところになりました。

私はマケイン議員を称えます。そしてペイリン知事を称えます。マケイン議員たちが成し遂げてきたことを称えます。そしてこれから、この国の約束を再生させるため、マケイン氏たちと共に働くのを楽しみにしています。

これまでのこの旅路を共にしてくれたパートナーに感謝したい。彼は心を尽くして戦い、(ペンシルベニア州)スクラントンの街で一緒に育った人たちのために語ってきた。デラウェアの自宅に電車で帰る際、一緒に乗り合わせる人たちのために戦ってきた。アメリカの次期副大統領ジョー・バイデンに、私は感謝したい。

そしてこの国の次のファーストレディ、ミシェル・オバマ。彼女が絶え間なく私を支えてくれなければ、16年前からずっと最高の親友でいてくれた彼女が、礎となって家族を支えてくれた彼女が、私にとって最愛の彼女がいなければ、私は今夜ここに立っていません。

サーシャとマリーヤ。君たちにはちょっと想像もつかないほど、お父さんは君たちを愛しているよ。君たちふたりもがんばったから、約束した通り、ホワイトハウスには、新しく飼う子犬を一緒に連れて行けるよ。

祖母はもうこの世にはいませんが、いま見守ってくれているはずです。私という人間を作り上げてくれたほかの家族と一緒に、祖母は見守ってくれています。今夜ここに家族のみんながいたらいいのに。それは少し寂しい。両親や祖父母が私に与えてくれたものは、あまりに計り知れない。妹のマヤ、姉のアルマ、そして兄弟や姉妹全員に。これまで支えてくれて本当にありがとう。みんなに感謝します。

選対責任者のデビッド・プラフに。この選挙戦の縁の下の英雄。アメリカの歴史でおそらく最高の選挙運動を設計したデビッド・プラフに、感謝したい。

そして戦略責任者のデビッド・アクセルロッドに。最初からいついかなるときもずっと一緒に歩いてくれた彼に、感謝したい。

このために集められた、政治史上最高のチームに。この結果はみなさんのおかげです。この結果を生み出すために、みなさんはたくさんのことを犠牲にしてきた。私はみなさんにいつまでも感謝し続けます。

けれどもほかの何を差し置いても、今夜のこの勝利が真に誰のものなのか、私は決して忘れません。この勝利は、みなさんのものです。みなさんのものなのです。

大統領の職を目指した人たちの中で、私は常に決して有力候補ではなかった。最初からたくさんの資金があったわけでもなければ、大勢の後援を受けていたわけでもありません。私たちの選挙戦はワシントンの広間で始まったわけではない。この選挙戦は(アイオワ州)デモインの裏庭で始まった。(ニューハンプシャー州)コンコードの居間で始まった。(サウスカロライナ州)チャールストンの玄関ポーチで始まったのです。この選挙戦は働く人たちがなけなしの貯金をはたいて、5ドルや10ドル、20ドルを提供して、そうやって築き上げていったものです。

若者は無気力だという神話を拒絶した若者たちが、給料の少ない、そして睡眠時間のもっと少ない仕事に自分を捧げるため、家と家族から離れて参加してくれた。だからこの選挙戦はますます力をつけたのです。

あるいはそれほど若くない人たちから。凍てつく寒さと焼け付く暑さにもひるまず、家から家へと赤の他人のドアをノックしてくれた人たちから力を得ました。ボランティアとなって組織を作って活動した、何百万人というアメリカ人から力を得ました。建国から200年以上たった今でも、人民の人民による人民のための政府はこの地上から消え去ってはいないのだと証明してくれた、そういう人たちから力を得たのです。

これはみなさんの勝利です。

それに、みなさんがこの選挙に参加したのは、ただ勝つためではないと分かっています。ただ私のために参加したわけでもないことも、分かっています。今晩みんなでこうやって祝いながらも、私たちは承知しているからです。明日から私たちは、この時代最大の課題に、次々と取り組まなくてはならない。ふたつの戦争。危機にさらされる惑星。100年来で最悪の金融危機。





今夜ここにこうして立つ今も、私たちは知っています。イラクの砂漠でいま目覚めようとする勇敢なアメリカ人たちがいることを。アフガニスタンの山岳で目覚めるアメリカ人たちがいることを。彼らが、私たちのために命を危険をさらしていることを。

子供たちが眠ったあと、自分たちはまんじりともせず、どうやって住宅ローンを払ったらいいのか、病院の請求書をどう払ったらいいのか、子供の大学進学費をどうやって貯めたらいいのか、眠れずに途方にくれている母親や父親があちこちにたくさんいることを。

私たちは、新しいエネルギーを活用しなくてはならない。新しい仕事を創り出さなくてはならない。新しい学校を造り、脅威に立ち向かい、同盟関係を修復しなくてはならない。

私たちの前には、長い道のりが待ち受けています。目の前の斜面は急です。目指すところに、1年ではたどりつかないかもしれない。大統領として1期を丸ごと使っても無理かもしれない。しかしアメリカよ、私たちは絶対にたどり着きます。今夜ほどその期待を強くしたことはありません。

みなさんに約束します。私たちは、ひとつの国民として、必ずたどり着きます。

これから先、挫折もあればフライングもあるでしょう。私がこれから大統領として下す全ての決定やすべての政策に賛成できない人は、たくさんいるでしょう。そして政府がすべての問題を解決できるわけではないと、私たちは承知しています。

けれども私たちがどういう挑戦に直面しているのか、私はいつも必ずみなさんに正直に話します。私は必ず、皆さんの声に耳を傾けます。意見が食い違うときは、特にじっくりと。そして何よりも私は皆さんに、この国の再建に参加するようお願いします。国を建て直すとき、アメリカでは過去221年間、いつも必ず同じようにやってきた。ささくれたタコだらけの手で、ブロックを一枚一枚積み上げ、レンガを一枚一枚積み上げてきたのです。

21カ月前、真冬の最中に始まったものを、この秋の夜に終らせるわけにはいかない。私たちが求めていた変化は、ただこの勝利だけではありません。この勝利はただ、求めていた変化を実現させるための、そのチャンスを得たに過ぎないのです。そして以前と同じようなやり方に戻ってしまったら、変化の実現などあり得ない。

みなさんなしでは、変化は実現しない。社会に奉仕するという新しい意欲がなくては、自分を捧げるという新しいスピリットがなくては、変化は実現しないのです。だからこそ私たちは今、新しい愛国心を呼び覚ましましょう。新しい責任感を呼び覚ましましょう。私たち一人ひとりがもっと参加して、もっと一生懸命努力して、自分だけの面倒を見るのではなく、お互いの面倒を見るように。

今回の金融危機から得たほかでもない教訓というのは、普通の町村が苦しんでいるのにウォール街だけ栄えるなど、そんなことがあってはならないということ。それを忘れずにいましょう。

この国の私たちは、ひとつの国として、ひとつの国民として、共に栄え、共に苦しむのです。この国の政治をあまりにも長いこと毒で満たしてきた、相変わらずの党派対立やくだらない諍いや未熟さに再び落ちてしまわないよう、その誘惑と戦いましょう。

共和党の旗を掲げて初めてホワイトハウス入りしたのは、この州の人でした。そのことを思い出しましょう。共和党とは、自助自立に個人の自由、そして国の統一という価値観を掲げて作られた政党です。そうした価値は、私たち全員が共有するものです。そして民主党は確かに今夜、大きな勝利を獲得しましたが、私たちはいささか謙虚に、そして決意を持って、この国の前進を阻んでいた分断を癒すつもりです。

かつて、今よりもはるかに分断されていた国民にリンカーンが語ったように、私たちは敵ではなく友人なのです。感情はもつれたかもしれないが、だからといってお互いを大事に思う親密な絆を断ち切ってはなりません。

そして私がまだ支持を得られていない皆さんにも申し上げたい。今夜は皆さんの票を得られなかったかもしれませんが、私には、皆さんの声も聞こえています私は、皆さんの助けが必要なのです。私はみなさんの大統領にも、なるつもりです

この国から遠く離れたところで今夜を見つめているみなさん。外国の議会や宮殿で見ているみなさん、忘れ去られた世界の片隅でひとつのラジオの周りに身を寄せ合っているみなさん、私たちの物語はそれぞれ異なります。けれども私たちはみな、ひとつの運命を共有しているのです。アメリカのリーダーシップはもうすぐ、新たな夜明けを迎えます。

この世界を破壊しようとする者たちに告げる。われわれはお前たちを打ち破る。

平和と安全を求める人たちにお伝えします。私たちはみなさんを支援します。そしてアメリカと言う希望の灯はかつてのように輝いているのかと、それを疑っていたすべての人たちに告げます。私たちは今夜この夜、再び証明しました。この国の力とは、もてる武器の威力からくるのでもなく、もてる富の巨大さからくるのでもない。この国の力とは、民主主義、自由、機会、そして不屈の希望という私たちの理想がおのずと内包する、その揺るぎない力を源にしているのだと。

それこそが、アメリカと言う国の素晴らしさです。アメリカは変われるという、まさにそれこそが。私たちのこの連邦は、まだまださらに完璧に近づくことができる。私たちがこれまで達成してきたことを見れば、これから先さらに何ができるか、何をしなくてはならないかについて、希望を抱くことができるのです。

今回の選挙には色々な「史上初」があり、これから何世代にもわたって語り継がれるいろいろな物語がありました。けれども私が今夜なによりも思い出すのは、アトランタで投票したひとりの女性の物語です。彼女はほかの何百万というたちと同様に、この選挙に自分の声を反映させようと行列に並びました。ただ1つだけ、ほかの人と違うことがあります。アン・ニクソン・クーパーさんは106歳なのです。

奴隷制が終ってから一世代後に、彼女は生まれました。道路を走る自動車もなければ、空を飛ぶ飛行機もなかった時代です。その時代、彼女のような人はふたつの理由から投票できなかった。女性だから。そして皮膚の色ゆえに。

さらに私は今晩、アメリカで生きた100年以上の間にクーパーさんが目にした、ありとあらゆる出来事を思っています。心を破られるほどの悲しみ、そして希望。困難と、そして進歩。そんなことはできないと言われ続けたこと。にもかかわらず、ひたむきに前進し続けた人たちのこと。あのいかにもアメリカ的な信条を掲げて。Yes we can。私たちにはできる、と。

女性は沈黙させられ、女性の希望は否定されていた時代にあって、クーパーさんは生き続け、女性が立ち上がり、声を上げ、そしてついに投票権に手を伸ばすのを目撃したのです。Yes we can。私たちにはできるのです。

アメリカの大草原に絶望が吹き荒れ、大恐慌が国を覆ったとき、クーパーさんは「新しい契約(ニュー・ディール)」と新しい仕事と新しく共有する目的意識によって、国全体が恐怖そのものを克服する様を目撃しました。Yes we can。私たちにはできるのです。

この国の湾に爆弾が落下し、独裁が世界を支配しようとしたとき、時の国民が立ち上がり、偉業を達成し、そして民主主義を救うのをクーパーさんは見ていました。Yes we can。私たちにはできるのです。

クーパーさんは(人種隔離政策が行われていたアラバマ州)モンゴメリでバスが黒人を差別するのを知り、(同州)バーミングハムで警官が消火ホースの水でもって黒人を抑圧するのを知り、(流血のデモ行進が行われた同州)セルマの橋を知り、そしてアトランタからやってきた牧師と時代を共有しました。アトランタからやってきたその牧師は人々に「We shall overcome(私たちは克服する)」と語った。Yes we can。私たちにはできるのです。

人が月面に着陸し、ベルリンでは壁が崩壊し、われわれの科学と想像力によって世界はつながりました。

そして今年、この選挙で、彼女は指でスクリーンに触れ、そして投票したのです。なぜならアメリカで106年生きてきて、幸せな時代も暗い暗い時代もこのアメリカでずっと生きてきて、クーパーさんは知っているからです。このアメリカと言う国が、どれほど変われる国なのか。

Yes we can。

アメリカよ、私たちはこんなにも遠くまで歩んできました。こんなにもたくさんのことを見てきました。しかしまだまだ、やらなくてはならないことはたくさんあります。だから今夜この夜、改めて自分に問いかけましょう。もしも自分の子供たちが次の世紀を目にするまで生きられたとしたら。もしも私の娘たちが幸運にも、アン・ニクソン・クーパーさんと同じくらい長く生きられたとしたら。娘たちは何を見るのでしょう? 私たちはそれまでにどれだけ進歩できるのでしょうか?

その問いかけに答えるチャンスを今、私たちは手にしました。今この時こそが、私たちの瞬間です。

今この時にこそ、私たちは人々がまた仕事につけるようにしなくてはなりません。子供たちのために、チャンスの扉を開かなくてはなりません。繁栄を取り戻し、平和を推進しなくてはなりません。今この時にこそ、アメリカの夢を取り戻し、基本的な真理を再確認しなくてはなりません。大勢の中にあって、私たちはひとつなのだと。息をし続ける限り、私たちは希望をもち続けるのだと。そして疑り深く悲観し否定する声に対しては、そんなことできないという人たちに対しては、ひとつ国民の魂を端的に象徴するあの不朽の信条でもって、必ずやこう答えましょう。

Yes we can。

ありがとう。神様の祝福を。そして神様がアメリカ合衆国を祝福しますように。




変革そして我々はやりとげる、change,Yes we can!!!


オバマ氏が勝利演説 変革実現へ決意表明




 【ワシントン5日共同】米大統領選で初当選した民主党のオバマ次期大統領(47)は4日夜、地元シカゴで10万人以上の支持者を前に演説し、人種の壁を乗り越え「民主主義の力」を実証したと勝利の歴史的意義を強調。「わたしはあなたの大統領になる」と表明して国民の結束を促し、変革を実現する決意を示した。

 民主党は8年ぶりに共和党から政権を奪回。オバマ氏は来年1月20日の新政権発足に向け、閣僚人事など政権移行準備を今後本格化させる。

 演説の冒頭、オバマ氏は「米国の可能性や民主主義の力を疑う人がいるなら、今夜(の勝利)がその答えだ」と言明。「これはあなたたちの勝利だ」と訴えた。

 同時に「この勝利だけでは、われわれが求める変革とは言えず、変革を起こすチャンスにすぎない」と指摘し「(イラクとアフガニスタンでの)2つの戦争、危機にさらされた地球の問題、100年に一度の金融危機」など重要な課題が山積していることを強調。

 「この先の道は長く、険しい上り坂だ。1年や1期の任期では、たどり着けないかもしれない」と国民に忍耐を呼び掛けた上で「今晩ほど希望を持ったことはない。約束しよう。われわれはやり遂げる」と誓った。

2008/11/05 【共同通信】



【シカゴ=長戸雅子】「オバマ氏を誇りに、シカゴを誇りに思う」
 米大統領選で同国史上初の黒人大統領として当選を果たした民主党候補、バラク・オバマ上院議員が報告集会を開く地元イリノイ州シカゴ市内の公園グラントパークは怒(ど)涛(とう)のような歓声と拍手に包まれ、地元シカゴだけでなく全米から集まった支持者は歴史の現場に居合わせた感動に酔いしれた。



 夜の報告集会に参加できたのはオバマ陣営がチケットを用意した約7万人だけだったが、会場周辺を含め、市中心部には米国史に残る集会の雰囲気を味わおうと100万人近い支持者らが集まったもよう。会場内では涙を流しながら支持者らが抱き合い、携帯電話で「すごいことが米国に起きたのよ」と報告する光景が見られた。





 2人の息子とともに激戦州を手分けしてオバマ氏への支持を呼びかける活動を前日まで行っていたというシカゴ在住の白人女性、マリー・エレンさん(53)は「これで変革と希望、米国の理想に基づいた信頼が帰ってくる」と興奮気味に語った。



 トークショーの司会役や女優として米国で絶大な人気を誇るオプラ・ウィンフリーさんも、会場に駆けつけた。ウィンフリーさんは米国初の黒人大統領誕生を前に、「不可能なことは何もない。今回の選挙では本当に多くの人が投票所に列を作った。すでに団結は示された」と興奮気味に語り、「これが民主主義」と繰り返した。

 オバマ氏を非常勤講師としてシカゴ大に招聘(しょうへい)した1人であるダグラス・ベアード同大教授は開票前の産経新聞の取材に「『成功する可能性の低い政治の道でなく、教授になる道を選んだほうが良いのでは』とかつてアドバイスしたことが恥ずかしい」と勝利を確信していると述べた。ベアード教授は「彼はシカゴ大講師時代、人種など意見の分かれる問題をさまざまな背景と思想をもった学生たちに教えてきた。多様な意見を持つ学生たちだったが、オバマ氏は『優れた教師』という見解では一致していた」とも語った。



すばらしい圧倒的な勝利、おめでとう!!!!

米国民の強い思いが、よく現れた選挙だと感じました。

人種、宗教、思想、偏見などの枠にとらわれない、

新しいタイプのリーダーの出現です!!!



円高で韓国への観光客急増 12月は昨年比7割増 免税店に梅宮 アンナさんの姿も

円高による不況も心配される中、この円高によって、日本人でにぎわっているところがある。韓国の免税店には、梅宮 アンナさんの姿もあった。この人気は、2009年まで続くとみられる。
観光客は「(旅行が)円高に重なって、ラッキーという感じです」、「前よりは気持ちが大きくなっているんで、買ってしまう」などと話した。
韓国では、金融危機をきっかけに、ウォン安円高が急激に進み、ウォンは、円に対して一時、1年前の半分にまで下がった。
海外や韓国のブランドを集めた免税店では、連日の大にぎわいで、客のほとんどが日本人観光客となっている。
中には、家族旅行で訪れた梅宮 アンナさんの姿もあった。
梅宮 アンナさんは「やっぱり、お買い物しやすくなって。やっぱり楽しいですよね。毎年来ているんですけど、でも去年(2007年)より、はるかにいろんなものが買えたりとか」と話した。
また、娘の梅宮 モモカさんは「(お買い物はどうですか?)楽しい」と話した。
日本から韓国へのツアーの予約数は、年末にかけて急増していて、12月は2007年に比べて、およそ7割増しと大盛況となっている。
この人気は、2009年まで続く見通し。
(11/03 FNN )





ウォン安、韓国に日本人観光客が急増

 このところの急激な円高・ウォン安を受けて、韓国では日本からの観光客が急増しています。

 羽田から2時間、年間220万人の日本人観光客が韓国を訪れていますが、その数は急激に増え、このところどの便も満席で到着しています。理由は円高です。

 1年前は日本の1万円が、韓国のウォンでおよそ8万ウォン、しかし急激な円高で現在、およそ2倍の16万ウォン近くになっています。

 「儲かった儲かった。いいときに来ましたね」
 「どんどん韓国にいらっしゃいと言っといてあげようと思ってます」(韓国を訪れた観光客)

 ソウル市内のホテルも、ほとんど日本人の予約で満杯状態、割安なホテルから高級ホテルへ変更する観光客が後を絶ちません。ホテルに隣接する免税店も日本人で混雑しています。

 「タイミング的に半額近いですから、買い物もだいぶ楽になってます」(免税店を訪れた日本人客)

 免税店の売り上げは円高の恩恵を受けて、この2週間で60%も上昇しました。

 「(Q.(円が)こんなに高くなると思ってましたか?)いや思ってませんでした。ほんとに。逆に免税店にとっては、これがチャンスになってきているのではないかと思っています」(ロッテ免税店 オ・ピルフン販売促進課係長)

 一方、去年50万人も増加し、260万人に達した日本への韓国人観光客は、逆に20%以上減ってしまいました。

 「(円高で日本への)旅行代金も上がっておりますので、大変厳しいと思います」(日本政府観光局ソウル事務所・谷博子所長)

 急激な円高の影響が、日韓の国民レベルの交流にも微妙に影響しています。

(TBS10月28日)





 金融危機の恩恵ですか???  でも、半額は、すごいことになっていますね!!!