東京リーシングと土地活用戦記 -172ページ目

東京リーシングと土地活用戦記

ニーチェ・ツァラトゥストラの言葉「神は死んだ、神なんかもう信じるな」「強い風が吹く所に一人で立て!そこは非常に厳しいけれど、人間自分自身が主人公だ!風を受けて孤独になれ!」「真理などない。あるのは解釈だけ」いいねー。スバム読者申請コメント削除します。

★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記



「国民運動体」設立会見詳報(4)渡辺氏「選挙が近づいた時点に別のかたちでの動きがあるかもしれない」
2009.1.16 産経ニュース

新たな政策グループの結成で記者会見し、質問に答える渡辺喜美・元行革担当相。奥は江田憲司衆院議員=16日午後、衆院第二議員会館

 --渡辺氏に聞くが、新党は考えはないのか。江田氏に聞くが、脱藩官僚の会との連携はあるか

 渡辺喜美氏「先程来、お話ししているように、この運動と新党構想とは全く別でございます。われわれ、政治家のほうは、政治にどうやって国民目線で国民の声を届けるかということを考えなければなりませんので。必ず今年は選挙がありますから、選挙が近づいた時点、あるいは解散後に、運動とは別のかたちでの動きがあるかもしれませんが、今のところ国民運動を新党につなげるということは全く考えておりません」
 江田憲司氏「脱藩官僚の会。ご存じでない方もおられるので、私が代表となり、昨年9月、正式には『官僚国家日本を変える元官僚の会』ということで、霞が関と縁を切った元官僚。ま、一番霞が関の手の内、いろんなことを知り尽くしている人間だからこそ、国民のために少しは役立てることもあるのではないかと立ち上げました。ただそのときに説明しましたけれども、脱藩官僚の会は、特定の個人であるとか、特定の団体であるとか、連携・支持したりする性格のものではないので。今回の国民運動との関連をいえば、組織的関与することはございません。ただ個人的な自由は、縛ってないので恐らくわれわれの趣旨に共鳴してくれるメンバーは個人的に参加してくれることになるのだろうと思います」

 --今日の発表をいつごろから準備し、いつ会見を決めたのか

 江田氏「まず、渡辺さんと私は実は96年秋、小選挙区制が初めて導入された総選挙で、渡辺さんは当選してこられた。そのときは橋本政権でしたので、私は政治担当の総理秘書官をさしていただいておりましたので、そのころからの知己であります。
 ただ、まあ、その後、行革担当大臣として自民党政治の極めて厳しい制約の中であれだけの実績を残されたということで、私も10年前、中央省庁の再編に取り組まして頂き、大蔵省を分割して金融庁を作ったり、経済財政諮問会議を作ったり、そうしたこともしておりましたものですから、私自身、ライフワークで官僚主導の政治を変えていくんだという思いがありましたので、行革担当大臣のときから苦労されているのが本当に手に取るように分かるんですね。その意味で非常に、何といいますかね、シンパシーといいますか、そういうものも覚えました。
 それから、皆さん覚えておられるでしょうか。官僚は、強制的に天下りを押しつけている。実は、私が質問主意書を出しました。それはいつもの通り、木で鼻をくくったような答弁かなと思ったら、仰天するような答弁が返ってきて。それを認めたんですね。絶対に霞が関が、天下りは民間から要請されてお願いされていかせているんだと言い張っていたのを、初めて押しつけ型斡旋(あっせん)というものを認める答弁がきた。
 後で聞きますと、事務次官会議で4人の事務次官が反対し、本来なら次官会議から閣議に上がらないところを、当時安倍政権でしたけれども、渡辺喜美大臣が主導してですね、事務次官会議をすっ飛ばして閣議にかけた。そのときは、連携していたわけではありませんけれども、そこでは本当に通じるところがあるなという思いがありましたので、昨年の秋くらいですかね…。昨年末に、こういうこととは関係なく同じ同志としていろんな意見交換、情報交換をさせていただいておりました。
 それからあの、お二方、江口さんと屋山さんにつきましては、先般、渡辺喜美さんがこういう形でですね、国民運動を起こしたいということで、先般、あれは何曜日でしたかね、離党されたのは。今週。今週離党されたので、晴れて私も一緒にやろうと決断いたしまして、お声をかけたのが今週であります」

 江口克彦氏「私は離党後ですね」
 江田氏「離党後に、われわれからお声掛けさせていただいた」
 渡辺氏「すべて今週です」
 --一石は大きかったと?
 渡辺氏「ハハハハ」
 江口氏「私の場合には声をかけて頂き、熟慮いたしました。熟慮しまして、十分にいろんなことを考えながら、また私どもが取り組んだことを踏まえ、シンクタンクですのでいろんなプロジェクトを10いくつもってますが、そういうふうなことも踏まえながら、またいろんな方々のアドバイスをいただきながら、結論的には皆さん方、お笑いになるかもしれませんけれども、23年間仕えてきた松下幸之助と相談しながら最終的に決めたということです」

 --新党とは別物という話だが、どう政策に生かすのか。言いっぱなしになるのではないか

 江田氏「それは先ほどご説明したとおり、われわれ2人は政治家ですので。今後の運動が、アジェンダというか、政策をぜひ、国政で実現してくれということであれば、それは政治家の当然の責務としてわれわれ2人の政治家は次の総選挙に向けて、政治の場でですね。この場ではなくて。政治の場で、いろんな選択肢を検討していくことになると思います」

 --渡辺さんの考えは
 渡辺氏「はい。どうしても、政治のプロの目から見ると、国会にどうかかわるかという観点が重要になるかもしれません、しかし先程来申し上げているようにこれは国民運動でありますから。国民運動の中で、決めてあるわけではありませんが、いま、大変、国民の批判を受けている天下り容認政令を撤回すべきだということを私などは申し上げてきた。じゃあ、こういう問題を国民はどうとらえるか。例えば最近の手法でいきますと、ネット署名というのがあります。そうするとこれは、携帯とかパソコンを使いながら。政治参加ができる。国民運動として、こういう天下り根絶をやっていこうということが可能になる。たとえて言うなら、そんなこともありえようかと思います」



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渡辺元行革相、政策グループ旗揚げを発表 

 自民党を離党した渡辺喜美元行政改革担当相、無所属の江田憲司衆院議員らは16日、国会内で記者会見し「脱官僚」「地域主権」などを掲げた新たな政策グループを旗揚げすると正式に発表した。国会議員や地方の首長・議員、経済界などに幅広く参加を呼びかけ、2月上旬にも準備会合を開く。新党も視野に入れているが、現時点では同調者が多いとは言えず、先行きは不透明だ。★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記

 記者会見にはPHP総合研究所の江口克彦社長、評論家の屋山太郎氏も同席した。名称は公募する。準備会合までに具体的に政策課題を示す予定で、公務員制度改革や地方分権改革の推進などが柱になる。全国で対話集会を開く方針だ。江田氏は「経済危機を打開するため、全国的な国民運動を起こすべき時が来た」と強調した。(19:30)

「国民運動体」の設立を発表し握手する渡辺喜美元行政改革担当相ら
=16日、東京・永田町



評論家・屋山太郎氏


江田憲司衆院議員


PHP総合研究所・江口克彦社長



渡辺喜美 自民離党の裏にあるもの

2009年1月15日 日経時評

 渡辺喜美元行政改革担当相が、1月13日、自民党を離党した。

 これにはいろいろな捉え方がある。渡辺喜美氏好みのパフォーマンスだとか、ひとりよがりの芝居だとか言われたりもするが、私はそう捉えていない。

きっかけは公務員制度改革

 彼は昨年、塩崎恭久氏、茂木敏充氏ら24人で、第2次補正予算を早く通せという行動を起こした。しかし、麻生首相はそれを無視して2009年に先送りした。この辺から渡辺氏の怒りが高まっていた。

 そもそも、渡辺氏が麻生首相に対する反発心を抱いた直接のきっかけは、彼が行革担当大臣の時、公務員制度改革をやろうとしたことからはじまる。

 公務員制度改革には、官僚はもちろん自民党の議員も官邸も反対した。日本の国家公務員は各省が人事権を持っている。だから国家公務員たちは「省あって国なし」だ。省益は守るけれど国益は守らない。これはよくない。省益を守ろうとすることが天下りにもつながる。
 これを是正するためには、人事権を各省庁ではなく国が持つことが必要だ。渡辺氏は「人事庁」という構想を打ち上げた。
 最初はこの人事庁が、全省庁の官僚の人事権を持つということだったが、様々な抵抗があって、結局各省庁の幹部の人事権を持つことになった。しかもこれは人事庁ではなく、いろいろ妥協をさせられて「内閣人事局」という形になった。
 これも最初は、人事権は内閣人事局が持つのではなく各省庁が持ち、それを内閣人事局が後で確認するというようなものだった。それを渡辺氏がひっくり返して、内閣人事局が人事権を持つということになった。


幹事長時代から“反麻生”

 ところが福田前首相は、内閣改造で渡辺氏をはずした。私は渡辺氏に「よほど福田首相に嫌われているんだね」と言うと、彼は違うという。「僕をはずせといったのは、幹事長(当時)の麻生さんだ。彼は過激派ははずせと言った。過激派は僕一人しかいないからね」
 このあたりから彼は反麻生だった。麻生さんは行政改革に反対なのだ。“新生抵抗勢力”というように渡辺氏は言っている。
 その後、内閣人事局構想が極めてあいまいになってきている。問題は、内閣人事局に人事権はあるのだが、内閣人事局を誰がまとめるのかということだ。結局どこかの省庁の幹部が来る。それが今、省庁同士のケンカになっていて決まっていない。白紙状態だ。彼はそのことに不満を持っていた。
 福田さんは人はいいのだけれど、闘志がなく選挙が嫌だった。そこで、選挙ができる男というので、度胸があると判断された麻生さんが総裁に選ばれた。
 麻生さんは、最初は直ちに解散・総選挙をすると言っていた。しかし、麻生さんが総理になって間もなく、ニューヨーク株式市場(ダウ平均)が1日にして770ドルも落ちた。つまりアメリカの金融破綻が、麻生首相をはじめ日本人が予想していたよりはるかに大きいことがわかった。
 それで麻生首相は選挙は大事だけれど、選挙の前にこの大不況をなんとかしなければならない、景気回復に全力投入し、それから選挙だと言った。
 そして彼は、景気回復のために第2次補正予算なるものを組んだ。ところがその第2次補正予算を実行しないで先送りにした。
 そこで渡辺氏や塩崎氏は、これは国民に対する裏切りではないか、景気対策を何もやらないで先延ばしにしたということこは、結局政権の座に居つづけたいからではないかと言った。それで彼らは行動を起こして第2次補正予算を早く通せと言ったが、麻生さんは無視した。
 そして結局、彼は離党した。

離党はパフォーマンスなのか?

 一般的にこれを彼のパフォーマンスだとか、ええかっこしいだとかいう批判があるけれど、渡辺氏の父親、渡辺美智雄氏がいつも口にしていた言葉に「政治家は派閥よりは党のため、党よりは国家国民のために働くべき」というものがある。国民のための政治をすべきだという信念だ。
 今回、渡辺氏は離党の理由としてそれを挙げている。結局麻生さんは国民のための政治をしていない、党利党略でしかないというものだ。
 離党したのは渡辺氏1人だった。1人で離党して何ができるのかという問題がある。私は私なりに取材した。
 実は彼は、彼と連携して行動した連中とつながっている。ただ、渡辺氏の場合は選挙に強く、しかも民主党が彼の選挙区に候補者を出していない。だから離党しやすい。あとの連中はみんな民主党の強い候補がいて、もし離党などして自民党が別の人間を公認したら落選してしまう。だから彼と行動を共にできない。

 渡辺氏はこれから国民運動を起こすといっている。その国民運動とは何か。

 まず彼は衆議院や参議院ではなく、地方の首長と組むのではないかと私は思っている。
 アクションを起こすのは、政府が09年度予算案を通すときだろう。予算は参議院で反対されても衆議院が通ればよい。ただし、予算関連法案は、参議院の承認がなければ通らない。その中には「2011年度の消費税増」という一項も入っている。

 おそらく麻生さんとしては予算関連法案を参議院で否決されたら、いわゆる「60日方式」(憲法第五十九条「法律の成立」参照)というもので衆議院に持って帰って3分の2で通そうと思っている。
 それがいつごろかというと、普通に考えると予算関連法が衆議院に出されるのが早くても2月下旬~3月。そこから60日だと4月下旬~5月になる。だから解散は5月か6月ではないかと見られている。
 この予算関連法案を3分の2で再可決するときに、アクションが起きると私は見ている。つまり渡辺氏に同調する連中が反対する。何人反対するかによるけれど、反対が多ければ3分の2は通らない。多分この中に中川秀直氏も入るだろう。

政界再編のキーワードは
「行き過ぎた新自由主義」の修正
 彼らは何をどうしようかと思っているのだろう。
 次の選挙はほとんど民主党が過半数を取って、政権を握るだろう。ただ、彼らは民主党が政権を握っても、政権は変わっても政治は変わらないと見ている。政治を変えるためにはやはり政界再編が必要だと見ている。
 中川氏などの読みでは、政界再編のときに彼らに加担する改革派が、自民党に100人はいると見ている。民主党で彼らに加担する改革派がやはり100人はいると見ている。そうすると政権を取ることもできる。

 政界再編の基盤は何か。彼らは今の政治の何を変えたいと思っているのか。これはレーガン、サッチャーから始まった新自由主義の行き過ぎを直そうとしている。

 新自由主義とは何かというと、サッチャー元英首相が見事に言ったのだが、「小さな政府」である。政府がマーケットには介入しない、競争の自由、規制緩和、民営化できるものはどんどん民営化して小さな政府にする。これが新自由主義だ。

 ところがアメリカの経済破綻もそうだが、新自由主義の中には、社会という視野が入っておらず、マーケットという視野しか入っていない。サッチャーは「社会などというものは存在しない」とまで言い切った。
 アメリカの今度の破綻の基本は、マーケットはあるが、社会がなかったということだ。新自由主義の中で犠牲者がたくさん出てくることをあまり考えていなかった。
 今、評判がいいイギリスの保守党のリーダー、デービッド・キャメロン氏は「社会を基盤にしない政治はあり得ない」と言っている。マーケットから社会へという時代だ。

 オバマ氏も「黒人も白人もマイノリティーも共和党も民主党もない。みんな一緒になってアメリカ合衆国のために頑張ろう」と言っている。

 社会の復権の一番のポイントは環境だろう。新自由主義のもと環境が犠牲になってきた。
 日本でいえば介護の問題や教育の問題も入ってくるだろう。「社会の復権、社会の目線に立った政治」という旗を渡辺氏らは掲げようとしている。
 その旗をいつ掲げるかというのは微妙だ。それを選挙の前に掲げるのか、あるいは選挙中に掲げるのか。これがいまのところは時期的にはあいまいだ。

意味することとは?

 麻生内閣の支持率は、朝日新聞の調査では19%と、ついに20%を割った。これは一体なんなのか。1月13日の朝日新聞に世論調査の質問と回答が載っている。

 「麻生内閣を支持しますか」支持する 19% 支持しない67%、「できるだけ早く衆議院を解散して総選挙を実施すべきだと思うか」思う 54% 思わない35%、「今後も自民党を中心とした政権がいいと思うか 民主党を中心とした政権がいいと思うか」自民党中心 24% 民主党中心 44%、「麻生さんと小沢さんどちらが首相にふさわしいと思うか」 麻生さん26% 小沢さん35%、「定額給付金は配ったほうがいいと思うか」 配った方がよい 28% やめたほうがよい 63%、「定額給付金は景気対策として効果があると思うか」 有効だ 18% 有効ではない71%

 何が言いたいかというと、個々の政策を国民が判断して、いい悪いと言っているのではなくて、麻生首相のやることはなんでもだめだと言っているのである。

 つまり麻生首相は早く辞めろということを示している。なぜ麻生首相がこれほど嫌われたかというと、まさに渡辺氏の理解と重なってくる。国民は2度、3度とだまされた。選挙をやると思っていたら景気対策が大事だという。景気対策をやると思ったらやらないで翌年に回した。
 結局麻生内閣は、連綿と政権の座に居続けたいだけではないか、ということが国民にわかってしまった。それで麻生首相の支持率がどんどん落ちている。これからも落ちるだろう。
 ただ、麻生首相はもっと選挙を先延ばしにしたいと思っているかもしれない。しかし延ばせば延ばすほど惨敗するだろう。第一、3分の2の再可決が通らない可能性もある。そうなれば自民党も破綻だろう。


田原総一朗(たはら・そういちろう)★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記

1934年滋賀県生まれ。早大文学部卒業後、岩波映画製作所、テレビ東京を経て、フリーランスのジャーナリストとして独立。朝まで生テレビ!、サンデープロジェクト。1998年、ギャラクシー35周年記念賞(城戸賞)を受賞。オフレコ編集。2002年4月に母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。


メンバーが、とってもいいです!!! 正当派論客と言われるでしょう!!

これからが、とっても、期待できます!! 

いよいよチェンジ、かもね!!



田中秀征の一言啓上
渡辺氏に新しい座標軸の
構築を期待する


2009年1月15日日経時評

 渡辺喜美元行革担当相が13日自民党を離党した。
 彼の勇気ある行動に心から敬意を表するとともに、混迷する日本の政治に新しい展望を開いてくれることを強く期待している。

体験に裏付けされた官僚改革論

 彼の行動を評価するのは以下の諸点による。

(1)離党理由が、自民党が官僚改革や行政改革に不熱心であること。
 給付金問題や衆議院の解散問題は副次的なもので、いわばきっかけを与えたに過ぎない。彼にしてみれば「堪忍袋の緒が切れた」ということだろう。現在の官僚組織の実態と政策決定システムを変革しなくては、何を語っても始まらないという認識は正しい。

(2)彼の官僚改革論は、孤軍奮闘のすさまじい体験に裏付けされている。
 原体験によって育まれた志でなければ、事情の変化によって変わっていくもの。要するに信じるに足るものではない。
 彼は行革相として政策中枢にあって、孤立無援の状態でも諦めることなく、最後まで公務員制度改革の先頭に立って官僚組織と闘い、一定の成果を挙げた。
 「行政改革や官僚改革のテーマで官僚組織と闘った」政治家はきわめて少ない。私は彼と個人的な面識はないが、その行動にはかねてから注目し評価をしてきた。ここまで頑張ることのできる政治家はいない、というのが率直な印象であった。

(3)行動の“単騎出陣”をいとわなかったこと。
 彼の離党は「たった一人の反乱」に見える。だが、だからこそ大きな可能性を秘めていると思っている。

単騎挙兵し歴史を変えた高杉晋作

 幕末長州の俗論党政府から幕府を奪還した高杉晋作は、功山寺で挙兵する直前まで孤立無援であった。同志である奇兵隊員まで無謀な決起として同調しようとしなかった。
 そこで晋作は、同志を前に歴史に名高い演説をした。
 「願わくは僕に馬一頭をくれ。この晋作、単騎鞭を打って君前に直諫し、わが言容れらずんば腹かき切って臓腑を城内に投げつけ、殿に最後の覚醒を促す」
 文字通りの単騎出陣の宣言だ。
 しかし、それでもなお奇兵隊など諸隊の大半は動かず、伊藤博文(俊輔)の小隊に脱藩浪士などの混成部隊80人余によって3千人の藩政府軍に対して功山寺の挙兵が断行された。山縣有朋(狂介)の奇兵隊が駆けつけたのは、晋作が緒戦に勝って多くの領民の支持を得てからであった。

 私が細川護熙氏に「宮沢喜一内閣が終わる日に自民党を離党する」と約束したのは、離党の前年の92年8月のこと。このとき私も“単騎出陣”しか念頭になかった。翌月に武村正義氏を誘い、その後一人また一人と誘って、最終的には10人で自民党を離党した。だが当初のように“単騎出陣”に徹する道もあったのではないかと、思っている。
 高杉晋作は「異論を包み込めば力は弱まる」とも言っている。それなりの数を揃えても他の動機で動いた“異論”が含まれると、行動も主張も強い制約を受ける。単騎出陣こそ多くの世論の結集を可能にし、その後の段階での数の飛躍も約束されるのだ。

心配なのは必要以上に「反自民」になること
 渡辺氏の行動は、同じ原体験による志を共有する江田憲司衆院議員との強力な連携が予想される。そうなれば、新しい政治の突破口が開かれることに、かつてない大きな希望が湧いてくる。
 渡辺氏は猪突猛進が持ち味だ。水をかけるようだが、もっと立ち止まって考えることも必要だと思う。テレビなどメディアの詰問によって「不確定なことを言わされる」ことに気をつけて欲しい。
 渡辺氏の行動には、閣僚からも厳しい批判が相次いでいる。それだけ、彼の行動の波及が大きいと脅威に感じているのだろう。それに対して、渡辺氏が必要以上に「反自民」になることを心配している。なぜなら「反自民」が今後の行動を規定するようになると、せっかくの行動が政局次元に矮小化されてしまうからだ。
 彼の行動と主張によって今年の衆院選、来年の参院選を控えて、願ってもない新しい座標軸がつくられることを渇望している。


田中秀征(たなか・しゅうせい)★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記1940年長野県生まれ。東京大学文学部西洋史学科、北海道大学法学部政治学科を卒業。83年衆議院議員に初当選。93年6月に自民党を離党して新党さきがけを結成、代表代行。自民党時代は宏池会(宮沢派)に所属。細川政権の発足に伴い首相特別補佐。第1次橋本内閣で経済企画庁長官。現在、福山大学教授。「民権塾」主宰。

ニッポンの自立は夢物語なのか?

2009年1月16日 日経ビジネス

 とうとう内閣支持率が20%を割り込んでしまいました。多くの人が、訳の分からない定額給付金を中止して、その2兆円を大事なことに使ってほしいと願っています。なぜ、その声に耳を傾けないのでしょうか。経済の立て直し、と言っていますが、では何のための立て直しなのですか?その目的が明確ではありません。
 それは、いたって簡単だと思うのです。
 「日本人が、日本で安心して暮らすため」。これ以上のものがあるでしょうか。そうシンプルに考えれば、安心して暮らせない理由は何?これを突き詰めればいいことになります。ご承知のとおり、米国がくしゃみをすると、日本が風邪を引くといわれるくらい、日本は米国の影響をまともに受ける国です。クルマなどの輸出産業は、かつてない打撃を経験しています。
 こういう報道が多いせいか、誰しも日本は超貿易依存国だと思い込んでいるようです。次の一覧は、総務省政策統括官・統計研修所が出している2006年の貿易依存度の数字。これから、何が見えてくるでしょうか。



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 酒田五法とは、江戸時代、酒田藩の豪農の家に生まれ、米の先物相場で天才的な手腕を発揮した本間宗久が書き残した「本間宗久相場三昧伝」をもとに作られた罫線(ローソク足)の分析法です。

この酒田五法、宗久自身が著した「本間宗久相場三昧伝」が元になって作られました。この「相場三昧伝」は、本間宗久が米相場の中から探り出した相場の分析、投資心理、さらには人生訓までを箇条書きに著したもので、その著を参考にしながら後世の人が罫線の具体的な形にして名称をつけたものが酒田五法です。

 この酒田五法は、本間宗久が没して200年以上経った今でもチャートを見る上で重要なテクニカル分析手法のひとつとなっています。酒田五法で使っているローソク足やその組合わせの名称も、チャートを扱う書籍の中では、まったく違和感なく頻繁に使われています。酒田五法は、まさに日本が生んだ、チャート分析の古典ということができるでしょう。

 江戸時代の米相場から導き出された酒田五法であるが、ここでは少しその大元となった「相場三昧伝」で語られている内容を少し見てみましょう。

米の商いで大切なことは仕掛けである。仕掛けが悪ければ何回やっても失敗してしまうものである。またここが買い時と思ってもあせらず、三日待つべきである。天井値・底値が出ない場合には、何ヶ月でも待つこと。

急騰急落で天井を形成した後、保ち合いが続き、人々が上放れすると動くと騒ぎ立て始めた時は、絶好の売場である。人の逆を行くのが成功の秘訣である。ただし、底値での保ち合いの後の上放れは買い乗せしていくべきである。

 これは相場の上では、第一の心得である。上がれば下がる、下がれば上がる。これを忘れると、どこまでも上がると思い天井で買いを入れたり、逆に底でも売ってしまったりするものである。強欲は張らずに思惑を断つことが大切である。

 このように本間宗久という人は、相場の具体的な見方だけだなく、相場の心理や相場に対する心構えにいたるまで、考察していたことがわかると思います。当たり前と思う方も多いと思いますが、それを思うように実行できないのが、今も昔も相場の怖いところです。

 酒田五法は、ローソク足の分析手法ですが、ローソク足には相場を張る人々の心理が凝縮されて表れたものです。

 ただし、本間宗久も言っていますが、相場は生き物、くれぐれも酒田五法だけに捕らわれることには注意してください。様々な角度から相場の行方を確認する冷静さを保つことが、酒田五法の教えでもあります。

 江戸時代、本間宗久によって編み出された酒田五法のうちでも上に書かれた三つの心得は、「三位伝」と呼ばれ、酒田五法の中でも秘伝中の秘伝として、伝えられています。その意味を読み解いてみましょう


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 「仁」とはチャンスが来るまで努力して待つということ。そして、絶好のチャンスが来たら果敢に乗るのが「勇」であり、柔軟な対応ですぐに考えや気持ちを切り替えることが「智」となります。投資には、以上の3つが不可欠であると本間宗久は説いています。

 宗久が残した書物の内容は投資の技術だけでなく、相場の心得や哲学、人生訓に至るまで幅広く網羅しており、現代にも通用する名文が随所に登場しています。ここでは、本間宗久が説く相場の心得の中から、特に投資心理についてふれている部分をいくつか紹介しましょう。


相場が思い通りに運び、利が乗ったときには、適当なところで手仕舞いをして、相場を冷静に見つめるために一両日は相場を休むことが大切。休むことを忘れて利を得ようとあせると、結局最後は損を出すことになる。

自分が強気のときは、他人も強気になるし、自分が弱気になるときは、他人も弱気なるもの。こんなときは、三日間待って、人とは逆の行動を取るのが、相場(米相場)の極意。人と同じことをやっていたのでは、成功を手にすることはできない。

自分の軽々しい判断で売買を行ってはならない。三位の伝に照らし合わせ、相場の状況(立羽)を考え抜き、方向が決まったら、買いか売りかどちらか一方を徹底的に行う(立て抜く)こと。

米相場で百戦連勝、巨万の富を築いた宗久

 本間宗久は今をさかのぼること280年ほど前、江戸時代後期の1724年(1717年の説もあり)に出羽国庄内(現在の山形県酒田市)にて生まれました。
 生家は「本間様には及びもないが、せめてなりたや殿様に」とうたわれた酒田の豪商で大地主、本間家です。宗久はこの本間家の初代当主・原光の五男として生を受けました。
 宗久が初めて相場を張ったのは、本間家二代目当主である兄の光寿から本間家の営業を託されていた時代(1750年頃)。本間家があった酒田は出羽米(今の庄内米)の一大生産地であり、宗久は当然のように米の売買と投機に手を出すようになります。宗久は米相場の研究を始めて実践に移しましたが、買えば当たり、売れば当たりでわずかの間に数万金の利を得たと伝えられています。
 その後、兄の光寿が世を去り、甥にあたる光丘が三代目当主となります。宗久は光丘とはからって大量の庄内米を売りに出す一方で、京都と大阪の米会所(米相場)を舞台に米相場に挑みます。当時の実家の本間家は二十五万石ともいわれた豪農でもあり、米の現物を背景にした上、作柄情報が刻々と入るという恵まれた環境に加え、宗久は天才的な相場師でもありました。記録に裏付けられた合理的な作柄の豊凶予測とともに、大胆不敵で進退自在な攻防によって、仕手戦に花を咲かせ、連勝記録を打ち立てていきます。常勝腐敗の記録を打ち立てた宗久は巨万の富を築き、"出羽の天狗"と讃えられるまでになっていきます。
 関西市場を席巻して、相場の神様と騒がれた宗久は、いよいよ江戸へと乗り込みます。そして、ここでもスケールの大きな売買を展開し、天才的相場師の面目を発揮して空前の巨利を得ます。宗久は生涯で現在のお金にすると1兆円以上になるともいわれています。かくて、天才の名声と巨万の富を得た宗久は、江戸根岸に豪邸を構えて悠々自適の生活を送りましたが、晩年は幕府の財政指南役として相談にもあずかっていたといいます。

兜町ネット


江戸時代中期、「出羽の天狗」と呼ばれた男がいた。★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記

山形の酒田からやって来て当時の二大米相場である大阪堂島・江戸蔵前を席巻した男。
彼こそが、本間宗久。
上げても下げても百戦百勝!「今日も酒田のあいつが一人勝ち、大阪も江戸も商売あがったりだ」。

そんな歌にまでなった強さの秘密は、なんとチャート分析にあった。
統計に基づいた彼の手法は、今なお研究され、実践でも用いられている。
宗久の極意『本間宗久翁秘録』全157章に現代語訳をつけ、マンガで読み解く本書!酒田罫線法(ローソク足罫線法のひとつ)は彼の手法が源流とも言われている。
まさに「相場の神様」と呼ぶにふさわしい伝説の数々、ぜひ味わってほしい。
そして、宗久の教えをあなたの投資法に役立てていただきたい。
特別寄稿は『定本 酒田罫線法』の著者、林輝太郎氏。
酒田罫線法の概要はもちろん、その手法についても実践者の立場でまとめられている。

前段(相場の神様・本間宗久;米商は附出し大切の事;下相場月頭強く月末弱き事 ほか)
中段(本間宗久の生涯)
後段(買八分の利、売二分の利と申事;天井を買はず底売らずと申事;豊年に米売り申すべからざる事 ほか)
特別寄稿(酒田罫線法の事(林輝太郎))





本間様には及びもないが・・・

本間様のマンガでも読んで、勉強しようかねーー!!



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米テスラ・モーターズ:テスラ・ロードスター 

テスラ・ロードスターは、家庭用電源で3時間半充電すると360キロ走行できる。燃費は1マイル(約1.6キロ)の走行で約2円以下。ガソリン1L=110円として換算すると、88km/1Lというとてつもない経済性だ。しかも家庭用電源で実用性も十分ある。もちろん機関によるCO2排出はゼロだ。

米国では太陽電池でテスラ・ロードスターに充電し、完璧に環境にやさしいグリーンと自慢するテスラ車オーナーもいる。テスラ・ロードスターの価格は10万9000ドル(約1150万円)今後600万円程度のの量産セダンを開発中とのこと。

ロサンゼルスに2008/5月に初のショールームをオープンした。また欧州での販売も開始している。テスラ・ロードスタは2008年/3月に米国での量販車の生産を開始。米国ユーザーからの受注が1000台を突破しており08年生産分は完売。09年生産分も米国だけで完売する可能性があるため、欧州向けに250台を確保することとした。

テスラの工場誘致を巡っても政財界を動かしているようだ。ニューメキシコにテスラの工場を作る予定だったが、シュワルツェネッガー知事が最新の技術を使った車をぜひカリフォリニアで、また400人の雇用創出があるからと、製造設備1億ドルの州消費税の放棄で引き留め工作に出た。

★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記


http://www.teslamotors.com/


三相交流モーター 
最大出力       248馬力-185kW
最大回転数      1万3000rpm      
効率        平均 90%/ピーク時 80% 
最大速度      230km/h
加速        0km~111km/h まで 4秒

リチウムイオン電池
航続距離      約407km     
フルチャージ時間  3.5時間          
バッテリー寿命   18万5000km
 



2009年の注目アイテム、リチウム電気自動車!!

自動車業界の救世主になるでしょうか???

アメリカは、ずいぶん進んでいるんですかネーーー!!

こんなかっこいいのに、乗ってみたいね!!!


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自民党離党について会見する渡辺喜美元行革担当相。早期の衆院解散や定額給付金の撤回などを求めた「7つの提言」が麻生太郎首相に黙殺・否定されたなどと説明した(13日、東京・永田町) 【時事通信社】



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渡辺元行革相離党表明「国家、国民のため仕事」

後援会了承、激励相次ぐ

離党の決意を語る渡辺喜美・元行革相

 栃木3区選出の渡辺喜美元行革相が12日、自民党離党を正式に表明した。地元で開いた後援会の地区代表者会議で、「私に国家と国民のために仕事をさせてください」と決意を訴えた渡辺氏に対し、後援会は離党することを了承し、出席者から激励の言葉が相次いだ。

 大田原市内で開いた地区代表者会議には約350人が出席した。臼井亮平・後援会総連合会長が「渡辺代議士の重大な決意がある」とあいさつ。渡辺氏は、麻生首相に定額給付金の撤回などを求めた7項目の提言を出したが、満足いく返答が得られなかったことなどを報告し、13日の第2次補正予算案の採決を前に離党届を提出する考えを表明した。

 臼井会長は「これからは難しいイバラの道だが一致結束して戦いの駒を進めていきたい」と話し、支援者からは拍手や「頑張れ!」と声援が沸き起こった。千保一夫・大田原市長は会議終了後、「政治生命をかけて国家、国民のために信念を貫こうとする決断を高く評価している」とやや高揚して話していた。

 渡辺氏は、報道陣に対し、「12年間、私に活動の機会を与えてくれた党を去るわけだから、大変さみしい思いもある」と心境を語った。一方、「同じような認識を持った人が少なからず党内にいるので、協力関係を作っていきたい」とも述べ、党派を超えた連携に期待を示した。

 また、離党は「私の単独行動」とし、渡辺氏を支持する県議に対しては「県政の課題があるだろうから、同調は求めない」と語った。渡辺氏支持の県議10人で作る「自民温知会」の阿久津憲二会長は報道陣に対し、「離党を確認した上で会合を持ち、今後の対応を考える」と話した。

 渡辺氏は、後援会の会合に先立ち、亡父の故渡辺美智雄・元副総理の墓前に、離党の決意を報告した。「派閥の前に党があり、党の前に国家国民がある」という美智雄氏の教えに沿った行動をすると伝えたという。報道陣には、今回の行動について「私にそうさせているのは父のDNAかもしれない」と話した。


(2009年1月13日 読売新聞)






やはり、個の時代なんでしょうか???


今年は、丑年。栃木の大田原牛は、高級牛として、とても有名ですよね。


そして、渡辺新党が、できるんでしょうか???


今朝のFNNの世論調査では、次の首相候補として、麻生総理をぬいたようです。


たいへんですが、がんばってもらいたいですね!!!






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自民党の生死を決する最大争点、

道路一般財源化の行方


 政治報道はよく“数字”と“人事”だといわれる。

 確かに、予算額や消費税率、勉強会への議員の参加人数、選挙の得票数など、政治記者たちは血眼になって取材を繰り返す。また、党役員人事、組閣リストなど人事でも競って特ダネを追っている。

 そうした意味で、2008年の政治報道は、良くも悪くも、活況を呈していたのかもしれない。1月の福田内閣の改造の是非、平成20年度予算額、夏の内閣改造、自民党総裁選、そして、散々だった「解散日」報道――。

 確かに、どれも“数字”と“人事”を追った政治報道に違いない。しかし、その中でも“解散日”の予測だけはいただけない。果たしてそれを報道と呼んでいいものなのか、筆者はいまだに疑問を抱いている。

 解散・総選挙に関する報道で、日付の前打ちほど無意味なものはない。それは、政治家や役人など一部のプレイヤーたちと、選挙特番などで事前の準備を必要としているメディアだけの関心事にすぎない。

 むしろ、国民の興味はいつ選挙をするかではなく、何を争点にどういった政策を示して総選挙を行うかにあるのではないか。

 10月26日だろうが、11月2日だろうが、11月9日だろうが、11月23日だろうが、11月30日だろうが、実は大して意味があることとは思えない。しかも、これらの日付を報じた政治記事は、結果、すべて外れている。

 果たして2009年の永田町では、一体どういった政策テーマのもと、国会審議が行われるのだろうか。またどのようなアジェンダ・セッティングが為され、総選挙に突入するのだろうか。★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記


 2009年に限れば、「解散日」報道が示す通り、もはや“数字”は重要な材料ではないかもしれない。1月5日からの通常国会で審議されるのは、いずれも国民生活にとって重要な課題であり、本来、政治報道の場でも十分論じられるべきテーマばかりなのだ。

 そこで今回は、論争になるテーマを予測し、2009年の政界を展望してみようと思う。

不人気な定額給付金
法案通過はほぼ確実


 通常国会の最初の山場は、定額給付金の問題になるだろう。先送りされた第二次補正予算に含まれるこの法案は、当初は、総選挙を意識した公明党から出されたものだった。だが、世論の7割が反対という結果を受けて、「定額給付金」は迷走を開始。仮に法案が成立しても、国民ひとり当たり1万2千円では、この不況下では貯蓄に回り、景気対策としての効果が薄いなどの批判が続出した。

自民党の生死を決する最大争点、
道路一般財源化の行方


 永田町で、最も影響力のあるブログのひとつ「気分はいつも直滑降」の中で、山本一太参議院議員は次のように記している。

〈質疑応答の中で「得意のポケット世論調査」をやった。「定額給付金がいい政策だと思う方、手をあげてもらえますか?」 手を挙げたのは6、7人だった。「では、この政策を支持しないという方、どれくらいいらっしゃいますか?」 出席者の9割が「反対」の意志を示した。うーむ。せめて7対3くらいだと思ったんだけど……これは深刻だ。

「なぜ、定額給付金はよくないんでしょうか?」と訊くと、60代くらいの男性がこう答えた。 「だって、このやり方だと、もらっても使わないよ!景気対策なんかにはならない!」 続けて、40代くらいの女性が言った。 「こんなこと(バラマキ)に2兆円使うなら、もっと大事なこと、たとえば社会保障とか、そういうことに使ってもらったほうがいいと思いますよ!」 会場から拍手が起こった。 「この政策、やめたほうがいいんじゃないか!」という声も飛んだ。〉
http://ichita.blog.so-net.ne.jp/2008-11-23

 こうした声を受けて、麻生首相は高額所得者の自主的な給付辞退を呼びかけたのだが、これがまた不興を買うことになる。

 ただし、この法案自体の通過は、ほぼ確定的だ。どんなに不人気な給付金といえども、結局は、国民の財布を潤すものであるのは確かであるし、国会審議においても、政府予算案のひとつを与党議員が反対し続けることはナンセンスだ。仮に、国民生活にまともに影響する「予算」を人質に、党内抗争を引き起こせば、批判は政府ではなく、造反議員へ向かう可能性がある。

 結局、野党による予算案からの定額給付金の切り離し要求も、結局は、衆議院の与党議員の17人を突き動かすほどの根拠とはならない。となると、これを根拠に政局に発展という可能性は薄いといえる。

歴代政権が負け続けた
道路の一般財源化


 だが、本予算、とりわけその後の予算関連法案の中で、通常国会最大の争点が待ち構えている。「道路の一般財源化の是非」、これこそ、自民党が割れる可能性のある政策テーマなのである。★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記


 現在、衆議院で3分の2の勢力を誇る与党は、その恩恵に十分に与っている。あらゆる法案において、最後の手段として、衆議院の再議決を使った強行採決があるからだ。強行採決を連発した安倍内閣を振り返るまでもなく、給油法案での麻生内閣の対応をみれば、3分の2という数字がどれほど貴重かわかるだろう。

 ところが、その安泰も、仮に17人の衆議院議員が法案採決などで反対に回れば、一瞬で終わることになる。

 2001年5月、小泉首相は「聖域なき構造改革」の中で、「道路特定財源の一般財源化」を宣言した。その公約を受けて、道路改革論議がスタートした。★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記


 直後、竹下派の牙城であった道路調査会会長には古賀誠・衆議院議員が就任し、「道路には一指も触れさせない」と対抗した。

 翌年、筆者は、猪瀬直樹氏、桜井よしこ氏、屋山太郎氏、大宅映子氏らの大先輩の間に混ざって、道路公団民営化推進委員会の取材を開始した。筆者がその後、今に至る道路取材を始めたのもこの2002年春のことだった。

 小泉首相は毎年、一般財源化を予算案に盛り込むことができずに敗北を味わい続ける。

 その流れが変わったのは2005年のことだった。その夏の郵政選挙で圧勝した小泉首相は、その余勢を駆って、経済財政諮問会議の席上、年内の一般財源化を指示したのだ。

 さらに小泉首相は、道路調査会長に石原伸晃を据え、地方の道路財源分までも一般財源化する方針を打ち出し、「骨太の方針2006」に明記、一気に攻勢をかけたのだ。

 この骨太の方針を具体化したのが、小泉改革を受け継いだ安倍内閣だった。

 弱体化する「道路族」に対して、安倍首相はさらなる攻勢をかける。道路改革の本丸ともいえる揮発油税の一般財源化に踏み込む方針を示したのだ。

 だが、「道路族」は、塩崎官房長官を呼びつけて面罵し、政府方針の撤回を迫った。その際、妥協の産物として生まれたのが余剰分の約7000億円を一般財源化するというものだった。

 公共事業と選挙の票で繋がった「政官業」のトライアングルは、まさに道路利権を象徴するものであり、それは自民党政治そのものである。よってその生命線を死守しようとする道路族の暗躍は、福田内閣になっても変わらない。★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記


 もとより一般財源化に後ろ向きだった福田首相は、今年3月の暫定税率の期限切れという政局を迎えて、その妥協案として「骨太の方針2008」の中での道路特定財源の一般財源化を提示、5月には閣議決定を行った。

 しかし、同時に「道路整備費財源特例法改正案」という10年間で59兆円の財源を道路にまわすという骨抜き法案を成立させ、見事に、道路族に屈したのだ。

 何のことはない、年換算では、現在の道路予算よりもさらに多い財源を道路に回すことになる。

道路利権の存続を許せば
自民党は瓦解する


 麻生内閣に代わっても「道路族」からの圧力は変わらず、11月、政府は「交付税」ではなく、「交付金」として、約1兆円を地方道路整備に充てる方針を確認したのだ。

 通常国会では、弱体化した麻生内閣は、補正予算、本予算という国民生活にとって最重要の法案を成立させるために、党への協力を求めることになるだろう。

 結局、8年前と同じように、一般財源化は骨抜きにされてしまうのだろうか。自民党は本当に同じことを繰り返すのだろうか?

 だが、今回だけはすこしばかり様子が違うようだ。一昨日(12月22日)の「気分はいつも直滑降」にもこう記している。

〈午後2時30分からの「道路特定財源の一般財源化プロジェクトチーム」の総会、午後(夜の)6時の「自民党総務会」には何があっても出席せねばならない。 「道路特定財源のプロジェクトチーム(PT)」では「新しい交付金」の議論が行われる。 「谷垣禎一PT座長」がすでに「8割程度は道路関係に使う」と明言しているが、「最終的な制度設計」はまだ決まっていないはずだ。

 先日、「柴山昌彦衆院議員」、「鈴木けいすけ衆院議員」と一緒に党の政調会長室を訪ねた。 保利政調会長と園田政調会長代理に「一般財源化を抜本的に進める会」の申入書を手渡した。 両幹部は、(いつものように)若手・中堅の意見にきちんと耳を傾けてくれた。 「S.S.コンビ」(柴山・鈴木コンビ)は谷垣PT座長とも会った。

 この「3人の政策責任者」に「オープンな議論の場」を設けてもらうようにお願いした。 さもなければ「新しい交付金」の設計は「インナーサークル」(PT内部)の議論だけで決まっていたに違いない!(ご配慮、ありがとうございました!) これが最初で最後の「平場の議論」になるかもしれない〉
http://ichita.blog.so-net.ne.jp/2008-12-22


 仮に、若手からの抵抗が無に帰し、道路利権構造の存続を許したとしたら、自民党の明日は風前の灯となるだろう。

 それは、皮肉にも自民党が、道路で勃興し、道路で瓦解するという象徴的な出来事となる。★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記


 自民党の再生か、瓦解かを決定する一般財源化法案の採決は、2009年の政治シーンの最大の山場となるだろう。そしてまた、総選挙の争点も場合によっては、この一般財源化になるかもしれない。




★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記上杉隆
(ジャーナリスト)
1968年福岡県生まれ。都留文科大学卒業。テレビ局、衆議院議員公設秘書、ニューヨーク・タイムズ東京支局取材記者などを経て、フリージャーナリストに。「ジャーナリズム崩壊」「官邸崩壊 安倍政権迷走の一年」「小泉の勝利 メディアの敗北」「田中真紀子の恩讐」など著書多数。


ダイヤモンド 2008年12月25日




上杉 隆 氏は、とっても勇敢で、するどいですね!!

道路国アメリカの2倍以上の建設コストがかかる、日本の高速道路建設費!!

アメリカのゼネコンにやらせれば、半額以下で、できるのです・・

とっても有名な話で、野党もみんな知っています・・・・なんででしょうか???

民喰う人々の象徴??? 天下りと、田中角栄以来の道路族がいるからですかね???  

他の国にない、戦後日本の特殊なシステムですかね・・・

★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記


「渡り」容認、自民からも異論 「原則禁止」首相防戦
(01/10 北海道新聞 )

 政府が昨年十二月十九日に閣議決定した国家公務員の退職管理に関する政令に対して、官僚OBが再就職を繰り返すたびに多額の退職金を得る「渡り」の省庁あっせんを例外規定で容認する内容に野党側が批判を強めている。麻生太郎首相は修正を拒否するが自民党からも異論が出ており、首相は定額給付金と並んで防戦を強いられている。

 改正国家公務員法は二〇一一年までに、再就職あっせんを官民人材交流センターに一元化することを定め、省庁による渡りあっせんは禁止される。しかし政令は経過措置として、「必要不可欠と認められる場合」に行えるとした。民主党は「必要不可欠」が今後続出すると見ており、枝野幸男氏は九日の衆院予算委員会で「渡りを堂々と首相が認めるケースがあるのか」と述べ、前日の仙谷由人氏に続き首相を追及した。

 これに対して首相は「渡りあっせんは原則承認しない」としつつ、企業などが国際経験豊富な人材を求めたケースなどは例外的に認める考えを示した。

 しかし自民党の政調幹部も「役所は企業に対して、渡りを要請するよういくらでも働き掛けられる」と骨抜きを懸念。石原伸晃幹事長代理も八日の党行政改革推進本部の会合後、「事前に党に相談がなかった。強く遺憾の意を表明する」と不満を表明し、同本部は政府と対応を協議する。

 一方、近く自民党離党を最終決断する渡辺喜美元行政改革担当相は九日、首相に政令を撤回するかどうかを問う質問状を提出しようとしたが、首相秘書官は受け取りを拒否。渡辺氏は「重大な局面にきた」と政権批判をさらに強めた。





今の日本は、お役所天国、

官僚主導政権だから、しょうがないよね・・・

日本は、特殊法人だらけ・・

民間の天下り先の会社でも、新聞読んでいるだけで、月給もいい、

2000-3000万円の退職金いっぱいもらって、2-3年で、何カ所もかわる「渡り」。

そんな、おいしいいい制度「渡り」を、何十年も作り上げてきているんだから・・・

ある知り合いの履歴書みたら、そんな経歴「渡り」でしたよ・・

そして、この「渡り」制度は、中央官庁だけでもないよね・・・    







「民食う人々」(佐高信)より★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記

「われわれヨーロッパ人には一定の生活のパターンがあり、
それは”市民”として果たすべき義務に従って構成されている。
すなわち市民たるものは3つの義務を応分に果たさねばならない。

 一つ目は、職業人としての義務であり、それぞれの職業において
契約上の責任を果たすことである。二つ目は家庭人としての義務であり、
職業人としての義務を遂行したあとは家庭に帰って妻子と共に
円満にして心豊かな家庭生活を営み、子女を訓育すること。
三つ目には、それぞれの個人として地域社会(コミュニティ)と
国家に奉仕する義務
である。

 これら3つの義務をバランスよく果たさないと、われわれは
”市民”としての資格を失う。

 ところが、真向かいのオフィス(日本の某大手企業のオフィス)で
働いているあの人たちは、どう見ても一つの義務しか果たしていないように
見える。あの人たちは妻子、家庭をかえりみず、コミュニティに対する
義務を放棄し、仕事だけに生活を捧げているのではないか。

 ヨーロッパにも、市民としての義務を一部免除された人たちがいる。
軍人と警察官と囚人である。しかし、あの人たちは囚人ではあり得ない。
警察官でもないはずだ。とすれば最も近いのは軍人であり、
彼らが属する組織は軍隊に似たものであるに相違ない」



民喰う人々、天下り「渡り」やるひとが、

さもしいよね ???・・・・・







★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記



原 信夫  ジャズは瞬間、瞬間が勝負、だから徹底的に練習する


 原信夫とシャープス&フラッツは、一般には紅白歌合戦の紅組のバンドとしてよく知られています。1963年から75年まで紅白に出演してました。ですが基本はあくまでもジャズバンドです。

 テレビ全盛時代には歌謡曲のバックバンドもしていましたが、78年ごろにはテレビ局にたんかを切って辞めてしまいました。リハーサルの歌合わせもきちんとできないようなアイドルと一緒にやるのが嫌になってしまったからです。

 それで困ったのは収入です。それまで実入りがよかったのに、途端にガクッと減った。年の暮れには金策で困ったなんてこともあったけど、精神的にはすごく楽になった。テレビの仕事を辞めてよかったと思いましたよ。僕はジャズをやりたい、とずっと思ってましたから。

 日本にもたくさんのジャズバンドがありましたが、僕はほかと比べたことはありません。仲良くはしましたが、日本のバンドのコンサートは聴きに行ったことがない

 僕には信念があって、日本のジャズバンドはたとえ先輩であってもまねをしないと決めていた。参考にしたのはアメリカの四つのバンド、デューク・エリントン、カウント・ベイシー、ウディ・ハーマン、スタン・ケントンだけ。スタイルの違ったこの四つからは、いいところだけを吸収してきた。いつか追い越したいと思ってやってきました。

 特にカウント・ベイシーは僕にとって神様のようなミュージシャンです。63年、彼の初来日時、新宿の厚生年金会館で共演したときには緊張してしまってね、カチンコチンになってしまった。笑みをつくろうにも唇が歯について、うまくできない(笑)。でもすぐに打ち解けて、ずいぶん親しくさせてもらいました。

 シャープスは練習が厳しいと言われることがあります。ジャズの演奏は瞬間、瞬間が勝負。定番の曲でも奏法により変化します。それがジャズの楽しさでもある。譜面に書いてない部分をどう表現するか腕の見せどころです。譜面を完璧にマスターしたうえで、演奏者のオリジナルを入れる。それができるようになるには練習しかありません。譜面を徹底的に練習して、譜面から抜け出すということでしょう。そして本番では、お客さんの反応を見ながら、もっと楽しんでもらえるような演奏をするのです。

 自分が好きなジャズをうまく演奏したい——。それだけを考えてずっとやり続けてきてきた。僕にとってジャズは人生そのものです。

はら・のぶお★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記

ジャズマン。1926年富山県生まれ。海軍軍楽隊で音楽を学ぶ。戦後プロになり51年に原信夫とシャープス&フラッツを結成。リーダー、テナーサックス奏者だけでなく作曲家としても活躍してきた。

週刊東洋経済


原信夫

1926年(大正15年)11月、富山市生まれ。名門ビッグバンド「原信夫とシャープ&フラッツ 」のリーダー。
海軍軍楽隊に入隊し、音楽の基礎とサキソフォンを習得。1951年弱冠25歳にして初めてオーナー・リーダーのジャズ・オー ケストラ「原信夫とシャープ&フラッツ」を結成、以後常に斬新な試みに挑戦し 、多彩な演奏活動を繰り広げ日本のビッグバンドジャズ界をリードし第一線で活 躍している。
また、経営の難しい、そしてまとめることの難しいオーケストラを40余年間に わたって常にトップクラスの楽団として維持、我が国の音楽文化の発展に寄与し ている。 原信夫は音づくりの名人とも言われ、彼の人間性、そのままでヒューマンなメ ロディと重厚なハーモニーは歯切れの良いリズムと相まって、ジャズファンの心 を魅了している。
南里文雄賞等、数々の受賞歴に輝いているが、1988年紫綬褒賞を受け、永年日 本の音楽文化に対する貢献が高く評価された。

日本が世界に誇るビッグバンド「原信夫とシャープ&フラッツ」 はアメリカのスイング・ジャズからモダンジャズへの移行を俊敏な 感覚 でキャッチしダンスバンドではないコンサートバンドへと移っていった。ア メリカ の4大ビッグバンド、デューク・エリントン、カウント・ベイシー、ウデ ィ・ハー マン、スタン・ケントン楽団を目標に活動を行い、全国の幅広い音楽フ ァンに受け 入れられている。1967年のアメリカ・ニューボート・ジャズ・フェスティバル出演を筆頭に世 界各 国のジャズフェスティバル、海外公演を精力的に行っている。 世界のシャープ&フラッツとしてクインシー・ジョーンズ、故サミー・デイ ヴィス Jr.、イブ・モンタン、ペリー・コモ、等世界のトップアーティストから 名指しさ れ、数多く共演している。 



 われわれの仕事もおなじ・・瞬間・瞬間を大切にしています。

 原信夫とシャープ&フラッツいいですよね・・





★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記


【1月8日 AFP】ソニー(Sony)は8日、ポケットサイズのモバイルノートパソコン「Vaio type P」を発表した。

 「ポケットスタイルPC」と銘打った同製品は、CPUにインテル(Intel)製のAtomを採用。ミニサイズながら、ディスプレイには高解像度1600x768ドットの「8型ウルトラワイド液晶」を搭載しているのが特徴だ。

一般発売は16日から。(c)AFP



また、スタバで、宿題やる学生さんが増えそう!!!


席がなくて、こまるんですけどーーー!!!









渡辺元行革相、官邸で門前払い…公開質問状も不発

 自民党離党の意向を表明している渡辺喜美・元行政改革相は9日午前、首相官邸を訪れ、麻生首相あての公開質問状を提出しようとしたが、首相秘書官らが「事前の連絡なしに、首相不在時に来られても困る。国会議員が首相に質問するのは国会の場がある」として受け取りを拒んだ。


 質問状は

〈1〉国家公務員が再就職を繰り返す「渡り」あっせんの全面禁止

〈2〉「渡り」を一部容認する「職員の退職管理に関する政令」の撤回・修正


――を迫り、速やかな回答を要求している。

 一方、渡辺氏は月刊誌「文芸春秋」2月号に「麻生総理では日本滅亡の道」と題した手記を寄せ、首相の経済政策などを批判した。

(2009年1月10日 読売新聞)



★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記



★東京・リーシングと土地活用のビジネス戦記


文藝春秋 2月号
麻生総理では日本滅亡の道 / 渡辺喜美




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