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明日の神話

8月31日は汐留で岡本太郎の「明日の神話」を観た。
公開最終日の最後のぎりぎり30分にかけこみで。

岡本太郎のことはそこまでよくは知らない。
でもその絵にはパワーがあった。

南米のホテルのロビーの壁画として描かれて、そのホテルが破産して、
ずっと行方不明になってて、
でも秘書で養女になった岡本敏子が死ぬ直前に倉庫の片隅にうずもれてるのを発見して、修復して、
岡本太郎の死後何年も経ってようやく日本人の目に入る。

そういったドラマもこの絵にはふさわしい。


大胆な色、大胆な図柄、大胆な筆遣い。
大胆な絵だ。
おおむね大味で、直接的でさえある。

しかし、私はそれに勇気をもらったのだ。

表現することをためらわないということ。

それは、岡本太郎にとっては自然で意図しないことだったんだろう。
勇気とかどころじゃない。
「わざと」大胆にやってるとは思えない。
自然に自分をさらけ出しているような裸の魂でいられるような、強さ。
そこに明確な信念の表れはなかったかもしれない。
ただ描くことが信念だったのだろう。
そういった絵。

大きさと、色と、そこからにじみ出てくるかなしみと怒りと、
それゆえの希望。


大勢の人の前でカーテンの向こうに隠れた明日の神話。

次にどこかで観られることになったら、私はまた、そこに出かけていくことを誓おう。

伊藤存/三つの個展@国立国際美術館(2)

(1) の続きです。

さて、今回は伊藤存さんの作品についていろいろ書いていこうと思います。

7/22(sat)に「作者と語る」という題で講演会がありました。

三つの個展の講演会について、もう少し書いておきたい。メモですが。
さて、今回は伊藤存さんの作品についていろいろ書いていこうと思います。

伊藤存さんというひとは、才能にあふれているけれど、
それに悩むことなく(? そもそも悩むという発想がみえないけれど)
柔軟な形で受け入れていくことのできる、
とにかくやわらかく「ゆるい」ひとだということが、なんとなくわかりました。

**

「作者と語る」という題目で行われた講演会。登壇者が入ってきた。なんか美大を出てフリーターやってますって感じそのままのゆるーい兄ちゃんが壇上に座る。その人が伊藤存さん。ぬ。若い! 

1971年生まれというから私とたった10歳違いなのだ。
たしかに、34歳とかだったら、芸術家になる人はそこそこ名が挙がってないと、生活していけないのかもしれない。国立の美術館で個展やる人ってもっとすごいひとだと思ってたので、それからするとやっぱり若いと思った。すごさみたいなものが全く感じられない。気負いとか、余計なプライドとか。

その人となり、なんというか、そう、「ゆるい」のだ。

そのキャンパスも布(ゆるい)、糸(やわらかい)で、イメージもいろいろなものが混ざり合って、溶け合うけど、どろどろにならない感じ、ゆるい結合。結合というよりは、重なりあい。重ね合わせ。それは平面にありながら、幾層にも重なったなにかである。決してむりにくっつきあおうとしない感じ。ゆるい流れ。


刺繍という手法を選んだのも、なんとなく自分と奥さんとその友達で集まったときに手慰みにちょっと流行ってた、とかそういったゆるい理由かららしいし(何だその手慰み、ってめちゃ突っ込んでたけど、聞き手の学芸員さん)、イメージを作るときも、そんなにいろんなポリシーに縛られたくないんだーって雰囲気を感じた。
だから講演会も、なんかゆるかった。

あれだけのイメージを持っていて、作品が出来てくる。それはゆるさゆえなのかもしれない。すごい。ゆるゆるバンザイだ。

ああいった柔軟さで自分自身の素直で柔らかい部分を取り出すことが出来たら最高だ。


モティーフとなるのも、かなり個人的なエピソードから想起されたものだというし、それを選ぶポリシーも別にないという。

そういったものを刺繍というゆっくりとしたペースでしか進めない筆致で彼独特のやり方で描いていくのだ。

彼はペインティングだと、筆が勝手に動いてしまって描くとき選ぶ余裕がなくなるのがいやだという旨のことを講演で言っていて、それはそれで贅沢なことだよなと思ったり。

たしかに単純な線(糸に制約された)であれほどの重ね合わさったイメージを描けるのだから、筆がTOO MUCHになるのもわかるなあ(私は絵筆なんて持てないから実感としてはよくわからないけど)。


記憶を重ね合わせる。
主観的な世界を、自ら制約した道具立ての中で客観的に描く。
そういう作品なんだということがわかった。

そこには、誰から押し付けられた、誰かに押し付ける主義も主張もかけらすらない。

自由。
あるがままになろうとしないで、あるがままいる。

自然にあれだけのイメージを持っていて、自在に作品が出来てくる。すごいよ。ゆるゆるバンザイだ。

ああいった柔軟さで自分自身の素直で柔らかい部分を取り出すことが出来たら最高だ。


**

あと、奥さんも芸術家で合作とかしてるってのもいいなーって思った。
自然に、奥さんと合作しててとかそういう話がゆるーく出てきたり。
アニメーションだとお互いのものを入れ込めるから、やりやすいんですよー。とかさー。なんだかいいなー。同じ分野でそれぞれ違った風に活躍できていて、お互い刺激になって、たまに一緒に仕事して。んーなんか、きゅんってするなー。 と思ったのでした。


三つの個展@国立国際美術館(1)

久しぶりの更新です。
ぼちぼちネタになるようなことはあるのだけれど、
なかなかまとまってそれについて考える時間がないと
何かを書く行為というのは濃密な時間になりえないなぁ、などと思う今日この頃。

さて、先の土曜日は、大阪の国立国際美術館 の展覧会に行ってきました。
ここは NMAO:The National Museum of Art, Osaka なのですが、主に現代美術を扱う美術館です。

大阪・中之島に完全地下型のこの美術館のオープンは、2004年。
設計は、シーザー・ペリ 。安藤忠雄の中之島プロジェクトも有名ですが実際はこの人の設計です。かっちょいい建物です。

去年の夏のゴッホ展のときにこの美術館の友の会に入会して、今回で一年間たちました。

ここの友の会は、だいぶお得で、学生だと年間3000円(一般は5000円)で、国立国際美術館だけでなく、京都国立近代美術館の各企画展を一回づつと、常設展は恒常的に観られるという太っ腹。展覧会の案内やニュースレターも頻繁に届くので、かなりおすすめです。
私は京都に住んでいるので、大阪の案内をもらうことによって大阪に行くモチベーションをあげるようにしているのですが、京都国立近代美術館の友の会も同じ内容です。

そうやって友の会を一つの契機として、この一年間近・現代美術に意図的に触れる機会を作ってきました。
一年後の今回の展覧会で、私はいろいろ見えるものが増えたなぁと思ったり。
ホントに一年前からは比べ物にならないほど、美術と美術館が好きになっているわけです。

で、今回も国立国際美術館に行って来ました。

「三つの個展:伊藤存×今村源×須田悦弘」、
と題された企画展は、日本でも若い部類に属する「現代美術」の担い手の三人をとりあげ、現代美術の面白さとその有機的な関係を観られるようにしよう、というコンセプトがきちんと反映された展覧会だったと思います。

それぞれの個展が、一応区域を分けつつも、どこかでつながっている感じが、このタイトルの「×(かける)」によく現れているように思いました。

伊藤存さんは、刺繍。
今村源さんは、しかけのある立体。
須田悦弘さんは、草木の彫刻。

三つをどうやって捉えたかというと
伊藤存さんの作品は、記憶の作品。
今村源さんの作品は、想像(妄想)の作品。
須田悦弘さんの作品は、感覚の作品。
かなあと思いました。


詳細は、また別の記事で紹介します。

--(以下サイトからの引用の展覧会情報)

三つの個展:伊藤存×今村源×須田悦弘
@国立国際美術館(web )

会期: 2006-06-28(tue)-2006-09-18(mon)
開館時間: 10:00-17:00(-19:00(fri))
観覧料(当日): 一般830円、大学生450円、高校生250円

現在活躍中の三人の個展を同時開催します。伊藤存(1971-)は刺繍による不思議な質感の平面と映像、今村源(1957-)は日用品を使ったオブジェと浮遊感漂う立体、須田悦弘(1969-)は植物を精巧に造形した木彫を出品。いずれも意表をつく展示構成によって、それぞれの個性が響き合う、自由でユニークな空間を演出します。

☆他館開催展情報:
「須田悦弘展」丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 (香川, 7/16-10/1,web )
「今村源展」伊丹市立美術館 (兵庫, 9/9-10/29,web )     

近世の花鳥画@泉屋博古館(報告)

以前の記事 で紹介した、近世の花鳥画展に行ってきたので報告します。

東大名誉教授で現MIHO MUSEUM館長の辻惟雄さんの講演会も聞いてきました。
kaidou


泉屋博古館は住友家の宝自慢ミュージアムなんだとおもいますが、世界のスミトモだけあって、素晴らしいところです。
東山のふもと、鹿ヶ谷にあるのですが、庭にでるととても気持ちがいいのです。
庭自体はシンプルだけれど、山が綺麗に見えて、光が溢れていて、とてもいい風が吹く風光明媚な場所です。

展示品は、趣味なのか、中国の古い青銅器がいっぱいです。常設です。

今回の企画展は、近世の花鳥画で、メインは伊藤若冲!

絵は20点と、TOO MUCHにならないで済む量で、少ないといえば少ないかもしれないけれど、どれも繊細な花鳥画(これは花や鳥、草木や、虫などを描いた絵のことなんだと講演会で教わりました。)でステキでした。

でも、私の目に残ってしまったのは若冲の海棠目白図でした。今回の目玉だけあって、講演会でも若冲の話が中心でした。目白(鳥)が目白押し(何羽も枝にとまってる!)の枝の海棠図。
色も綺麗だし、枝ぶりもカッコイイ。やっぱりほかのとは二味くらいは違ったオーラを放っていたのでした。

目白押しの目白の左に一羽だけのけ者がいて背を向けていたり、上にも鳥がいたり、いろいろな読み取り方ができそうな絵です。目白の一羽一羽がとてもユーモラスに描かれていてかわいらしいです。雅というよりはにぎやかでちょっとオモシロい絵でした。若冲が今もてはやされるのは、やはりこのちょっとおもしろい、という点なのかなと思います。

講演をしていた辻惟雄氏は美術史家。途中までの解説(というか説明)は絵もなく授業っぽくて眠くなりましたが(花鳥画はもともと中国の題材だとか)、スライドの絵を見ながらしゃべりだすと、ああこの人、絵好きなんだなぁというしゃべり。
若冲に対する解説の幸せそうなしゃべりは、近所のうんちくおじいちゃんて感じで好感が持ててしまいました。
若冲の絵の中に小さなかえるが枝にくっついてるのを指して、内向的なかえるとか言い出すし。

ここに若冲は自分を見ていたんじゃないかな、みたいなことを言っててオモシロかったです。

「菜蟲譜」という野菜と蟲が大量に描いてある巻物のスライドを解説してくれたのですが(若冲は野菜屋の旦那だったからいろんなものが描いてありますねーとか言って)野菜の名前がわからなくて(まちがえて)会場に聞いたりしてはりました。

今回の展覧会ではそういうものはなかったけれど、大きな展覧会が今年から来年にかけてたくさんあるのでたのしみです、若冲。鶏の絵とかも京都でも見られるようです。

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近世の花鳥画

2006-05-20(sat)~07-02(sun)
@泉屋博古館/京都(web )

開館時間10:00 ~ 16:30(入館は16:00まで)
入館料 :一般 730円 / 高大生 520円 / 小中生 310円

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■ 列品解説
6/17(土)
学芸員 実方葉子氏
 「近世の花鳥画」
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美術館の遠足10/10: 藤本由紀夫 @西宮市大谷記念美術館 (1)

2006年5月27日、西宮。
阪神電車・香櫨園駅から徒歩五分のところにある大谷記念美術館。
サウンド・アーティスト藤本由紀夫氏が、一年に一度、一日だけ、美術館を使ってインスタレーションをやるという企画「美術館の遠足(sound picnic)の十年目、フィナーレ。
(といっても、私ははじめて参加したのですが)

この企画は、国立国際美術館で偶然一月ほど前にフライヤーを手にして知ったのですが、なにせ情報の少ないフライヤーで、必要最低限の、場所や時間と、なぜか天気や気温などがx/10という数字と一緒に書かれているだけなのです。現代アートにはまり始めの私としては、魅惑的な匂いのするものだったのです。
遠足ってなんだろう、と思い、藤本氏についていろいろ調べたところ、とても興味深いアーティストだと確信して、絶対行こうと思っていて行ったのです。
なかなか楽しかったです。こんな形の展覧会(?)は初めてだったので、いろいろ戸惑いましたが。
惜しむらくは、もっと早くに知っていたら、もっとたのしかっただろうなってこと。フィナーレだけ行くより、前提があって、それと比較しての今回を楽しむ感じだったみたいなのです。

美術館に入り、電子音がすごいまとわりついてくるのを感じながら、とりあえず周りの人もランダムにフラフラしているので、合わせて、ふらふらと適当に歩き回っていると、何か、それっぽいオーラを出している人物がいて、それに群がって人が移動していくので、彼は何か、本人か、本人に准ずる人(解説員さんでも相当えらいひと)に違いないと思ってついていったら、やっぱり本人で、いろいろ解説してくれていました。といっても、途中からだったので、全部について聞けなくて残念!

藤本氏の解説で、「生のものの音はやっぱり強い」というのが頭に残りました。


このインスタレーション、美術館全体を開け放して、好きにフラフラしてください、というような感じなのです(和室にいたっては、ふすまも障子も取り払われていました)。で、てきとうに歩いていくと、たまにオブジェにぶつかったり、いいのかな、と思うところもずんずん入っていくと、地下倉庫にたどり着いて、そこにもオブジェがあったり、部屋に一本マイクがぶら下がっていたり、床がふわふわした部屋だったり、蔵みたいなところにガラクタが並べてあったり。
藤本氏は、もともとオルゴールを皿に載せたようなオブジェを作る人だったらしく、今回もオルゴールのオブジェは割と多かったように思います。

音が天井のほうとかからしてきて、電子音だからというのもあって、頭にまとわりついてきてすごかったけれど、広い庭に出たとき、風の音、木の葉の音、水の音が今まで聞こえていた電子音を振り払うように、耳に入ってきて、ひどく嬉しい気分になりました。

[つづく]