明日の神話
8月31日は汐留で岡本太郎の「明日の神話」を観た。
公開最終日の最後のぎりぎり30分にかけこみで。
岡本太郎のことはそこまでよくは知らない。
でもその絵にはパワーがあった。
南米のホテルのロビーの壁画として描かれて、そのホテルが破産して、
ずっと行方不明になってて、
でも秘書で養女になった岡本敏子が死ぬ直前に倉庫の片隅にうずもれてるのを発見して、修復して、
岡本太郎の死後何年も経ってようやく日本人の目に入る。
そういったドラマもこの絵にはふさわしい。
大胆な色、大胆な図柄、大胆な筆遣い。
大胆な絵だ。
おおむね大味で、直接的でさえある。
しかし、私はそれに勇気をもらったのだ。
表現することをためらわないということ。
それは、岡本太郎にとっては自然で意図しないことだったんだろう。
勇気とかどころじゃない。
「わざと」大胆にやってるとは思えない。
自然に自分をさらけ出しているような裸の魂でいられるような、強さ。
そこに明確な信念の表れはなかったかもしれない。
ただ描くことが信念だったのだろう。
そういった絵。
大きさと、色と、そこからにじみ出てくるかなしみと怒りと、
それゆえの希望。
大勢の人の前でカーテンの向こうに隠れた明日の神話。
次にどこかで観られることになったら、私はまた、そこに出かけていくことを誓おう。
公開最終日の最後のぎりぎり30分にかけこみで。
岡本太郎のことはそこまでよくは知らない。
でもその絵にはパワーがあった。
南米のホテルのロビーの壁画として描かれて、そのホテルが破産して、
ずっと行方不明になってて、
でも秘書で養女になった岡本敏子が死ぬ直前に倉庫の片隅にうずもれてるのを発見して、修復して、
岡本太郎の死後何年も経ってようやく日本人の目に入る。
そういったドラマもこの絵にはふさわしい。
大胆な色、大胆な図柄、大胆な筆遣い。
大胆な絵だ。
おおむね大味で、直接的でさえある。
しかし、私はそれに勇気をもらったのだ。
表現することをためらわないということ。
それは、岡本太郎にとっては自然で意図しないことだったんだろう。
勇気とかどころじゃない。
「わざと」大胆にやってるとは思えない。
自然に自分をさらけ出しているような裸の魂でいられるような、強さ。
そこに明確な信念の表れはなかったかもしれない。
ただ描くことが信念だったのだろう。
そういった絵。
大きさと、色と、そこからにじみ出てくるかなしみと怒りと、
それゆえの希望。
大勢の人の前でカーテンの向こうに隠れた明日の神話。
次にどこかで観られることになったら、私はまた、そこに出かけていくことを誓おう。