今日はかくかくしかじかあって、今までずっと隠していたことを洗いざらい書く。かくかくしかじか、隠しごと書く。かくかくカクカク。

 

黙っていたこと。これは二つある。まず一つ目。資格試験に落ちた。クソーッ!先日受験しに行ったときに背徳ラーメンを食べた記事を書いた。

 

 

学科と実技の2つの試験に合格して資格を取得できるシステムなのだが、実技の方が落ちてしまった。年に2回しか受験できないのでまた来春に受けることにしよう。受けるのは良いのだが、受験料がバカ高い。2026年は息子と娘がダブルで進学するのでお金がかかる。娘が受けると言っていた冬期講習の費用を聞いたらトムとジェリーのように目とベロが飛び出して泡を吹いた。目はどこに行ったかわからないまま。来年、破産することは間違いないであろう。

 

ふたつ目の黙っていたこと。これはずいぶん昔、今年の5月に大酒飲みブロガーのLotusさんと大酒飲み悪友のT川氏とで飲みに行った時の記事を書いた。

 

 

その時、Lotusさんから海外出張のお土産でシンハーとチャーンビールのロング缶と、得体のしれないスピリッツをいただいた。本当はT川氏と私と二人で分けていただく予定だったのだが、その日私しかカバンを持ってきていなかった。とりあえずいったん私が全部を預かる形にしたのだ。決してそろそろ風呂が沸いた頃、じゃなかった、下心、出来心など微塵もなかったということだけは付け加えておく。付け加えておくのだが、もちろん私のカバンにお土産が入ったままという事など思い出すはずなど別れの時まで1秒もなく、全員が泥酔して無事に帰宅。我が家にめでたくビール2本とスピリッツ1本が仲間入りしたのである。しかしこれは黙っていたことではなく、むしろ二人には率先して私が持って帰ったという事実を何度か伝えていた。

 

ビールが大好きでたまらない私はすぐにロング缶2本をキンキンに冷やしてマッハで飲んだ。飲まない理由が見つからないし、飲まずに冷蔵庫で冷やし続けることほど精神衛生上良くないもの、この上ないからである。

 

しかしスピリッツは違った。キッチンにある棚の奥、ふだんは芋焼酎が在庫されている場所の一つ奥の方に鎮座していただいた。そしてそのままその場所が定位置となってしまい、毎日顔を合わせはするのだが、なかなかそれを手に取って封を切るというセレモニーを執り行う、といったところまでには至らなかったのである。

 

なぜか?私はめっぽう酒には強いのだが、強い酒には弱いのである。アルコール度数の高い酒が苦手であることに昔からなんとなく気づいていた。スピリッツ系もそうだし、ウィスキーなども同様だ。蒸留酒で25度より高いアルコール度数の飲み物全般に言えることだ。

 

そのトラウマは昭和60年代前半にまでさかのぼる。仲間と友達の家に集まり、何かの賭けをしていた。その賭けが単純なルールのモノで全員が狂気の沙汰、興奮のるつぼと化していたと記憶する。何をやっていたのかは全く思い出せない。そしてその賭けでは勝った人が何かを貰うような性格のものではなく、負けた人が罰ゲームをくらうモノだった。

 

今考えれば全員が均等に負けていたような気がするのだが、私は一回だけ負けたと思っている。その罰ゲームが何かというと、どんぶりに芋焼酎の白波を並々と注いで、それを一気飲みするというものだった。当時はまだ酒も飲み始めた頃であり、ビールかカクテル、たまに日本酒といった程度のものしか飲んだことがなかった。芋焼酎といえば父親がお湯割りで毎晩飲むものだと勝手に思っていた酒である。まさか私が飲むはずもない、そんな芋焼酎なのだが、それを氷や水などでは割らずに「き」で飲むというのだ。度数は25°である。

 

常軌を逸した若者集団約5名。賭けに負けた私を指さして全員が上機嫌である。

 

「さぁ、飲め飲め!一気だ一気!corn!早く飲め!」

 

当時の私でも強い酒であるということは識別できる。しかし飲んだことがないからどんなことが起きるのか分からない。ええぃ!どうにでもなれ!そのようにヤケっばちでどんぶりを両手で持ち「ングッ、ングッ」と傾けて飲み始める。そのまま飲み干すつもりだった。だったのだが、しかし実際は焼酎が喉を通って行かないではないか。私にとってあまりにもアルコール度数が高すぎて、食道がそれを受け付けないように細くなってしまっているようである。

 

「おいおいおい!何やってるんだ!早く飲めよー」

 

周りの仲間から急かされるのだが、その声にはなかなかこたえられない状況になっている。しかし少しずつではあるがノルマの焼酎は減っている。ツーンと来るあの芋焼酎特有のアルコール臭が鼻から口からズンと一気に舞い込み、隙あらば全部吐き出してしまいたい気分だがそれは許されない。おそらく1分ほどかけてやっと飲み干したと思う。

 

「うぉーい!」

 

全員が雄たけびを上げ、手を叩いて盛り上がった。もちろんその翌日は二日酔いで死んでしまい、ついぞよみがえることはなかった。そしてその時以来、私は度数が高い酒が苦手になった気がするのである。

 

20代後半から30代前半にかけ、職場でスピリッツが流行った時があった。それもウォッカやジン、テキーラなどの高度数のヤツである。小さなグラスに酒を注いで一気に飲み干し、そのグラスを逆さにして頭の上に乗せるのだ。これをマリアシェイクと呼んでいた。誰の友達だったのかは忘れたが、ロシア人のマリアが教えてくれたゲームである。これもジャンケンなどの賭けをして負けた人が飲むというルールだった。

 

その頃には私もだいぶ酒に強くなっていたので、負けた時にはクイッとひと口で飲み干し、グラスを頭の上に乗せては盛り上がったりした。しかし、内心本当はイヤだった。スピリッツ系で二日酔いになった時ほどつらいものはないからである。頭痛、眩暈が尋常ではなく、たぶん原料の味であろう、あの甘ったるい感じの何かが口の中から喉の奥の方までベットリとまつわりついた感じの不快極まりない、アノ二日酔いである。本当に嫌いだ。

 

おっと、もの凄く前置きが長くなってしまった。Lotusさんからいただいたこのスピリッツの話に戻そう。そのような過去の苦い経験があるので、アルコール度数40%などという文字を見るだけで、自然と敬遠してしまうきらいがある私だ。いただきものなのに棚の奥に長く居座ってしまうのもこれまた自然の成り行きである。

 

しかし、駄菓子菓子(パンツ山根さんから盗用)である。先日、そのいただいた酒の封を切った。

 

 

ドーン!

タイ王国のお酒である。

 

 

タイ語で「アルコールは身体に悪いですよ」と言った内容が書かれているそうだ。

 

 

さぁ、ロックでいただこう。

 

グビッ!

 

なんだか甘いような、しかし芯のあるあのスピリッツ特有のツンと来る「ザ・アルコール」といった感じの味が鼻から抜けた。悪くない。しかしその一杯でその日は終わり、あとは芋焼酎にプレイステーション、じゃなかった、スイッチしたのであった。

 

ということで黙っていたことの2つ目は、今年の5月にLotusさんからいただいたお酒を、ずっと飲まないまま放っておいて、先日やっと飲んだという話であった。Lotusさん、黙っていてごめんなさい。チビチビとあと10年くらいかけて飲みます。グヒヒ。

 

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年の瀬である。

 

今年も残すところあと2週間を切ったではないか。

 

会社の納会、忘年会など楽しいことが目白押しである。

 

しかしひとりで飲むのもこれまた楽しみ。

 

毎日の事である。

 

ビールをこよなく愛する皆さま

 

であるからして

 

やっぱり今宵も

 

キンキンに冷えたビールで

 

乾杯ッ!

 

なのである。

ムフフフフ。

 

 

2025年12月7日、日曜日の話である。

 

最近体を動かすことがルーティンになっていない。どうしたものか。もともと怠け癖が人一倍強く、雪男、じゃなかった、ネッシー、じゃない、熱しやすく冷めやすいタイプでもある。昔から私は一貫して旨いビールを一秒でも長く、一滴でも多く、毎日たくさん飲むために体を動かし、ついでにダイエットするのだ!などと豪語していた。いたのだが今は全く違う。その内容は以下の記事に詳しい。

 

 

特に体を動かすでもなく、ただただ大量のビールを飲んでいる後ろめたい晩酌が毎日続いては身も心も悪い方向に進みそうだ。なのでこの日は愛ロードバイクのニュージョニーくんに飛び乗り、汗を流すことに決めたのだ。

 

 

久しぶりにやって来た戦車道。天気は上々である。

 

 

出発前はちょっとでも坂を登るとすぐに息が切れるだろうと思っていたのだが、意外とそうでもなかった。ヤルでないか。

 

本日の目的地へは、ずいぶん前に変態先輩から教えてもらったルートを通って行くことに決めていた。変態先輩とは、4人で編成された変態パパ活仲間のメンバーの事である。

 

 

 

目の前の景色が開けて富士山が顔を出した。田舎者出身の私にとって富士山は何度見てもドキッとして良いものである。

 

 

なんてのんびり走っていたら、道を間違えてまったく違う方向に進んでいたようだ。ルートは全然覚えておらず、かなりの遠回りをしてしまったが気にしない。逆に良い景色を見ることができて、長い時間体も動かせるのでありがたいのである。フーッ、、、

 

この日は神奈川県にある城山湖を目指すことにしていた。そんなに高い山ではないのだが、頂上までのヒルクライムはウブでマジメな大酒飲み中高年の私にとって結構キツいコースになる。しかし行くと決めたら一歩も引くな!一つ人より西はじめ、やると決めたら最後まで登りきるぞ!

 

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最近、ピークは過ぎたという感覚が強くなってきた。ロードバイクに乗り始めたのは約3年前の初夏だった。喜び勇んで毎日のように乗り倒し、スタミナや脚力がグングンついていった。本日やって来た城山湖にはいくつかの登りルートがあり、私はその中で一番の激坂を、城山湖初挑戦の時に選んだ。選んだというよりは、たまたまそこにたどり着いたので勢いで登ってみたという方が正しい。

 

しかし登りきることはできなかった。初心者の私にはスタミナと足の筋力が足りなさ過ぎて、途中から押して登るという惨めな結果になったのである。しかも2回連続でだ。

 

 

 

そんな私だったのだが、3度目のチャレンジで初登頂成功となった。ある程度基礎ができてきたのだろう、そこからは長くロードバイクに乗り続けることで自然とキツい坂を登ったり、巡航速度がどんどん早くなったりと、目に見えて成長を感じられたのだった。

 

しかし最近はそのような感覚になることがなくなってきた。以前はゲキ坂を登る際に前回より1秒でも早く登れるようにと気合でペダルを漕いだものだが、それができなくなったというかやらなくなった。すぐに疲れてしまい、足が動かなくなるのである。かろうじてタイムなど気にせずにゆっくり走ればある程度のゲキ坂は制覇できる。私の闘争心はそんな感じでフィナーレに向け一段シフトした感が否めないのだ。これも年齢を重ねた結果だろう。甘んじて受け入れるしかないのである。

 

 

そうそう、ココが激坂の終点、今回は違うルートから登ってきたので横目にパチリ。

 

ゲキ坂ではないルートを登っているのだが、それでも私にとっては非常にキツい坂道である。スピードをあげずにゆっくりしっかりとペダルを漕ぐ。なるだけ息が上がらないように一定間隔を保って登りきったのである。

 

 

ドーン!

到着!

いやぁ、素晴らしい景色。

これがあるから山登りはやめられないのである。

 

 

城山湖は人造湖である。幾度となくやって来たのだがこの日の水位は今まで見た中で一番低かった。水不足は大丈夫なのか?

 

特等席であるこの場所には先客がいた。私よりも10歳ほど先輩と見受ける御仁がいらっしゃったのだ。その方も自転車でやって来ていたのだが、その自転車を見て驚いた。ロードバイクなどではなく、街中で乗るような普通の軽快車なのである。にわかに信じられなかった私は、すぐに話しかけた。

 

C「エッ?その自転車で登って来られたんですか?」

 

御仁「ええ、そうなんです」

 

物腰柔らかい、人の良さそうな感じの方である。

 

御仁「でもね、私のは結構いじってて坂を登る用にしてあるんですよ」

 

本当だ。よく見るとチェーンリングが私のクランクセットのインナーよりも小さいものに付け替えてある。かなりマニアックな自転車好きの御仁のようだ。そこから話が止まらなくなってしまった。

 

自転車の重量、いつ頃から乗り始めたのか、他にどんな自転車をもっているか、城山湖にはどれくらいの間隔で来ているのか、などなど話が尽きない。お話し好きの御仁と、ひとしきり話すと、そろそろ帰るようだ。

 

C「お気を付けて」

 

御仁「ありがとうございます。またお会いしたら相手をしてください」

 

御仁は深く頭を下げてからゆっくりとペダルを漕ぎ始めた。

 

 

うーん、あんな自転車もいいな。買い物も楽そうだし、などとぼんやり考えた。

 

さて、私も帰るか。

 

 

いや、私はニュージョニーくんに一生乗るだろう。よろしく。今のところは、だが。

 

 

こっちも今のところ、この辺りで出没したという情報は出ていない。気を付けて帰ろう。

 

 

横浜線の踏切にて。

 

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気づけばまたもや金曜日。

 

華金である。

 

私は体調を取り戻したが、今度は妻が寝込んでしまった。

 

こんな日に限って来年受験の娘が塾へ行くという。

 

そうなると送迎が必要になるのだ。

 

クソーッ!

 

私が担当しなくてはいけないではないか!

 

しかも終わるのは22時頃だという。

 

クソッ、クソッ、クソーッ!

 

いやいや

 

病み上がり最初の週末

 

迎えから帰ってゆっくりと晩酌しようではないか

 

ビールをこよなく愛する皆さま

 

であるからして

 

やっぱり今宵も

 

キンキンに冷えたビールで

 

乾杯ッ!

 

なのである。

ムフフフフ。

 

 

 

 

 

 

久しぶりに風邪をひいた。

月曜日の朝、起きたら喉が痛かったのでマズいなと思いつつ、しかし夕方にはほとんど気にならなくなったので放っておいた。もちろん晩酌も変わらず毎日欠かさない量でビールのロング缶を2本、そして芋焼酎のロックを4~5杯程度飲もうと思っていた。いたのだが、飲み始めるとなんとなく進まない。私には非常に珍しい現象である。

 

準備したサバの塩焼きをつつきつつロング缶一本を開けたところで、今日は1本にしておこうと決めた。なんだか腹が膨れてきたからである。その後は芋焼酎のロックに切り替えようと思ったのだが、酒飲みセンサーがピピッと反応した。今日はお湯割りにしておこう。サバの塩焼き以外は冷ややっこに野菜サラダ、カツオのたたきというアテシリーズで有り、冷たいものばかりである。そういえば数日前、特に理由も思いつかないのに緩い便が数日続いたのを思い出した。もしかするとその時からすでに腹風邪をひいていたのかもしれない。

 

そんな時でも晩酌は絶対に欠かさない私なのだが、飲めば飲むほど体が冷えていくことにも気が付いた。特に足首から太ももにかけて体温が全く上がらない感じである。タンスから極暖のスウェットパンツを引っ張り出してヒートテックの上に履いた。遠赤外線効果があるという靴下も重ねた。上にもヒートテックを着てパーカーを羽織り、その上に薄手のダウンジャケットも重ね着した。しかし寒さは変わらない。これはヤバいパターンである。

 

子ども部屋から使っていないカーボンヒーターを持ってきて足首に当てたがそれでも暖かくなる様子はない。ソファに寝ころび、ひざ掛けをかぶって丸くなる。もう焼酎は飲めないだろうと判断した。それでもお湯割りを1杯半ほど飲んだ。体温計を脇に挟んで目を閉じる。歳をとるとモスキート音が聞こえなくなるというのが世の常となっているが、私も確実にその道をたどっている。近くにいた娘が「何度だった?」と質問するのだが検温完了の「ピピッ」という音はまだなっていないはずである。

 

「いや、まだはかってるよ」

 

私がそういうと、「あ、もう一回計ってるんだ」といって娘が納得した。いや、お父さんが聞こえなかっただけである。すぐに計りなおし、今度はピピッという音もかろうじて聞こえた。

 

「38.3°」

 

力なく家族にそう言ってからカロナールを1錠飲んで布団にもぐった。

 

翌朝、かなり体調が良くない感じで目が覚めた。体が重いし熱もあるようだ。決して二日酔いのせいではないぞ、と自分に言い聞かせて7時過ぎに職場へ欠勤の連絡を入れた。

 

「お大事にしてください」

 

上司からの返信があったのを確認してもう一度眠ることにした。

 

しかしなかなか寝付けない私は家族が学校や仕事に出かけるのを見送ると、掃除と洗濯だけして病院に行くことに決めた。そこは近所にあるクリニックなのだが人気があるので感染症が流行したり、花粉症の季節になると外側の道路まで患者が並ぶ。今、インフルエンザやコロナが流行っているのかは分からないが、12月という季節的に外に並ぶ行列が目に浮かんだ。しかし医者に診てもらわない事には何も始まらない。空いているだろう時間帯を予想して午前の診察が終わる前の11時頃を狙おうと考えた。

 

掃除と洗濯があらかた終わり、スマートフォンを手に取ってクリニックの情報を確認した。するとどうだ。驚いたことに午前と午後で人数制限を設けているというではないか。私は考えた。早い時間から並んで確実に診てもらう戦術をとるか、それとも11時頃に行って比較的待ち時間を少なくし快適に診察してもらう戦術をとるか。後先短いウブでマジメで大酒飲み中高年である私はセッカチ戦法、早く行って確実に診てもらう方を選んだ。

 

着替えてから出かける準備が終わると電動アシスト付き自転車に跨った。時間は9時15分である。現金がなかったので途中のコンビニでお金を降ろしてからクリニックに向かった。時計は9時30分を少し回ったところである。駐輪場に自転車をとめて入口の方を見たが行列は出来ていなかったので安心した。ゆっくりと歩いて自動ドアの前に立つ。ドアが開いたと同時に驚いた。ガラガラなのである。いつもだったら所せましと待合室の椅子に老若男女が腰かけているのだが、見渡したところ診察待ちをしている人が2人、会計待ちが2人といった感じである。ラッキーだ。

 

症状を説明し、受付番号の紙を貰うと発熱患者の隔離待合区画に案内された。そこで少々待つ。10分ほど待つと私の番号が呼ばれた。診察室に入ると若い先生が改めて症状を確認する質問をしてきた。一通り今日までの状況を説明すると、周りに感染症にかかっている人はいないか?と言う。心当たりがないことを告げると一応検査をしようということになった。コロナとインフルエンザである。

 

鼻に金属の細い管を入れて霧吹き状の何かを塗った。その後、例の細い綿棒のようなモノをグリグリとやられる。しかし今までのように辛くない。もしかしたら最初にやった霧吹きは軽い麻酔のようなモノだったのかもしれないな?と思った。両方の鼻で検査が終わると結果が出るまで待合室に戻るよう言われた。診察時間合計5分もかからなかった。また10分ほど待つと私の番号が呼ばれた。

 

「何もない、ただ風邪のようですね。どちらも陰性でした。薬を出しておくので様子を見てください。」

 

診察終了である。来る前に心配した混雑と行列はまさしく取り越し苦労に終わったのである。会計を済ませ、薬局で薬を受け取るとスーパーに寄って買い出ししてから帰宅した。そういえば息子が大学の試験に合格したので入学手続きの書類を出すようなことを言っていたな。思い出した私は息子にLINEで確認する。

 

「机の上に封筒が置いてあるのでそれを出してくれると嬉しい」

 

その様な返事があったので、そのまま郵便局に向かうことにした。非常に冷たい外気温が少し辛かったがそう遠くはない場所なので自転車を飛ばした。速達の書留なのでその分の料金を窓口に払う。受け答えが非常に気持ち良い担当者にお願いするとプリント済みの年賀状を5枚買って局を出た。年賀状は出すかどうか分からないので念のための保険である。

 

再度帰宅した。もう何も用事はないのでゆっくりすることにするのだが、薬局で貰った薬を飲んでおかなくてはいけない。普段一日一食主義をなんとなく貫いている私なのだがこんな時くらいは栄養をつけておくことにしようか。

 

 

ドーン!

4玉分のガッツリそうめん。

焼き肉のたれ、ごま油、醤油、卵白を混ぜ合わせ茹でた麺の上にブッかけるだけの簡単料理だ。調子に乗って4玉にしたがやり過ぎた感が満載である。しかし気にしない。完食して服薬すると少し横になる。

 

回りがうるさくて目が覚めると家族全員が帰宅していた。気分は朝とあまり変わりないので体温を計ったら7度2分だった。やれやれ、一杯やるか。どうしようもない大酒飲みの私なのである。

 

病院の帰りに買ってきたイナダの刺身とサラダ、寒いので豆腐にめんつゆをかけてレンジで2分の湯豆腐をアテにロング缶を開ける。しかし今日もそんなに飲めないようだ。飲まなければ良いのだが、それだと私の名が廃る。いや、そんなことはないのだが。その後、お湯割りを2杯ほど飲んで床に就いた。大酒飲みブロガーのパンツ山根氏が酒を抜くという記事を書いていたので、私もやろうかな?とは1秒も思わなかったことを付け加えておく。

 

翌朝、目が覚めるとあまり良い塩梅ではないとすぐに思った。決して二日酔いではないぞと、これまた自分に言い聞かせて起き上がるが、やはり本調子ではないことを改めて認識した。7時過ぎに職場へ今日も休むことを伝えるとソファに横になって出かけていく家族を見送った。考えると、昨日は調子が悪いのに、寒い中、外出時間が多かったことを反省する。今日はきちんと静養しよう。布団にもぐるのだがなかなか眠ることができず、スマートフォンで動画などを見てうつらうつら、起きてはまたうつらうつらを繰り返した。

 

そしてその晩。そろそろ飲むか。晩酌はリハビリであると誰かが言っていたようなことは絶対にないが、飲むしかないのである。この日もロング缶1本と芋焼酎お湯割りを2杯飲んで床に就いた。

 

今朝、目覚めるとやっと気分が良かった。快方に向かっていることが分かる。絶好調ではないが仕事は出来そうだ。そして晩酌も通常運転に戻りそうである。そんな、どうしようもない大酒飲みの近況報告なのであった。

 

 

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という訳で今日も飲むしかないのである

 

もちろんロング缶2本は行くぜ

 

あと、焼酎もロックに戻してみるのだ

 

グヒヒ

 

ビールをこよなく愛する皆さま

 

であるからして

 

やっぱり今宵も

 

キンキンに冷えたビールで

 

乾杯ッ!

 

なのである。

ムフフフフ。