日本の最初から13番目まで
コンビレンチで世界の最初は1933年発売のPLOMBですが、それでは日本で最初のコンビレンチはどれでしょうか?
また、1980年よりも以前にコンビレンチを生産していた日本のメーカーが一重丸京以外に12社確認できていて、その発売順を推測しました。
したがい、『日本の最初から13番目まで』になります。
1.日本の最初
京都機械(KTCの前身)/一重丸京は、終戦の1945年に民間事業に復帰した後に工具事業から撤退する1950年までの5年間、スパナを中心にハンドツールの生産販売を行いました。
他の工具メーカーのコンビレンチ発売は1950年以降になりますので、京都機械が工具事業から撤退した後の話になります。(メーカー毎の初代コンビレンチは後半で解説)
したがい、日本のコンビレンチの”最初”は京都機械になります
なお、製造記号の刻印が無く、またカタログ等の販売資料も残っていないので、何年からコンビレンチの生産販売を始めたのか正確なところは残念ながら分かりません。
工具事業を行っていた1945~1950年の間に、まずスパナを先に発売し、コンビレンチはその後でしょうから、コンビレンチの発売は1947年頃ではないかと推察します。
↑一重丸京、日本で最初のコンビレンチです。
前置きが長くなりましたが、その日本の最初を手に入れました。
ゴールデンウィークにコロナで外出を控え、PCの前でヤフオクを眺めていたら、36点スパナ類一式として出品されている中に一重丸京スタンダードが混じっているのを見つけました。
ロングは以前に手に入れていましたので、一重丸京も含めた私のKTCコレクションの中でスタンダードは唯一の欠落であり、落札できて大喜びです。
先にアップした世界で最初のコンビレンチPLOMBはアメリカebayであっさりと落札できましたが、今回の一重丸京はちょっと頑張りました。
出品に気が付いて注目していた人が沢山いらした様です。
国産ブランドの収集マニア人口は、まだまだ多いことが良く分かり、読んで貰うことを前提にブログを書いている身としては嬉しい限りです。
先月4月と今月5月に世界と日本の最初を手に入れることが出来て、私のコレクションは飛躍的に充実しました。
2021年4月29日追記…1年後にミリサイズとインチサイズの両方を未使用フルセットで手に入れることが出来ています⇒KTC-15
実は前述の36点スパナ類一式の中に、一重丸京コンビレンチが5本も入っていました。
それも5本共になんと未使用品でした。
私にとっては宝物が空からバラバラと降ってきた感じです。
5本中の2本目が上の写真で、1本目5/8インチ(約16mm)と同じスタンダードですが、2本目はちょっと大きくて26mm。
同じスタンダードですが、2本に3点の差があります。
1点目は、裏面の材質表示が、5/8インチのフルスペル表示から簡単になってNi-Cr-Vに。
フルスペルで刻印する幅は充分にあるのですが、何故でしょうか?
2点目は、サイズの刻印が5/8インチの鍛造浮き出し文字から、26mmは打刻文字に。
3点目は、下の写真にて。
胴長部とスパナ部の結合部に注目すると分かりますが、大きな26mmの方は胴長中央部が盛り上がっていて、一方小さな5/8インチの方は胴長中央部がへこんでいます。
この3点の差がサイズ違いに起因するのか、マイナーチェンジなのか判断に悩みます。
ちゃんと判断をするために、もう1本か2本は手に入れろと言うことなのでしょうか。
小径サイズは、大径に較べると相対的に長くなっているために、ロング仕様のように見えます。
同じ3/8インチなのですが、スパナ部の形状が極端に異なります。
写真上側が、卵タイプ。
下側は、完全なやり型になっています。
このやり型はKTCに引き継がれて行きますが、同じ一重丸京のスパナにもやり型は存在しています。
卵型が第1世代、やり型がマイナーチェンジ版で第2世代かと思います。
下の36点一式ヤフオク写真に"最初"が5本写っています。
このページ一の一番トップのデザイン画像は、一重丸京スパナセットの箱をスキャンして画像データーを取得し、さらにコンビレンチ風にアレンジして作っています。
下の写真、そのスパナセットの箱デザインはとても秀逸で、銀とオレンジのカラーリングも含めて大好きです。
戦争が終わってから5年以内の物とはとても思えません。
2.各メーカーの最初
コンビレンチの国内ブランド(ファブレスも含む)は60以上ありますが、1980年よりも以前にコンビレンチを生産していたメーカーは、KTCとTONE、SuperToolに燕三条9社の合計12社が確認出来ています。
この12社の最初のコンビレンチを掲載します。
1番目の京都機械/一重丸京の次は、KTCが2番目で、さらに3番目はSuperTool/スーパーツール、4番目がNTK、5番目がABC/相場産業、6番目はBEST/北日本鍛工と推測しています。
※青背景白文字のブランド名をクリックすると該当ページへ飛びます。
京都機械/一重丸京が工具事業から撤退し、その関係者がKTC/二重丸京を操業したのが1950年になります。
コンビレンチの生産開始時期は記録に残っていませんが、まずスパナから生産を開始し、トヨタとの事業を安定させた後と考えるのが妥当ですので、1952年頃と推測します。
したがい、京都機械に継いで2番目のコンビレンチになります。
大阪のスーパーツールがSuperHeadという名称のコンビレンチを1954年に発売しています。
3番目のコンビレンチになりますが、発売年の明確な記録が残っている一番古いコンビレンチです。
スパナ部の早回しラチェット形状が特徴になっています。
類似モデルが今でも販売されています。
スパナでは老舗のメーカーで、コンビレンチも1960年代から生産販売していた模様です。
海外へも積極的にOEM供給していました。
残念ながら1980年頃に倒産しています。
2種類のコンビレンチを発売していましたが、どちらが先の発売なのか分からぬことと、2つ共にとても希少なモデルですので、両方を掲載します。
1つ目はHAZETに似ています。
欧州向けモデルで、同一デザイン品が英国のHILKAにOEM供給されています。
2つめはアメリカ輸出用だった模様で、アメリカのebayで手に入れました。
日本で見かけることは皆無のモデルです。
日本で4番目のコンビレンチです。
4) AIGO/相伍工業
レンチ類では歴史も実力もあるメーカーでしたが、残念ながら2011年に倒産しており、生産販売時期に関する情報は得られていません。
残念ながらカタログなどの製品情報を手に入れることが全く出来ず、現物だけが唯一の情報になりますので、正確な年代を判断出来ないでいます。
『1965年の時点で盛んにスパナやモンキーの生産を行っていて、同時にコンビレンチも生産していただろう』という情報がありますので、次の5)ABCや6)ベストツールよりも先だと考えるのが妥当かと思います。
したがい、AIGOを5番目とします。
ちなみに、国内海外ブランドへのOEM供給も多く、裏面のスパナ根元部に横向きに2段の製造記号が入っているのはAIGOの製品になります。
1965年にDINタイプのコンビレンチの生産を開始しています。
CHROMのスペルがドイツ語ですので、恐らくヨーロッパ輸出用で生産を開始し、日本での販売はしばらく遅れてからの開始と思われます。
ちなみに、とってもロングセラーで55年経った今でも販売しています。
ハンドツールとしては余り有名なメーカーではありませんが、OEM供給の形で市場に多くの製品が出回っています。
1965年頃から1975年頃まで平松グループの製造会社としてスパナと共にコンビレンチも製造していました。
企業活動期間から考えると、1965年以降の生産開始で、1975年までの生産となります。
日本で7番目のコンビレンチです。
TONE最初のコンビレンチは1976年の発売になります。
1985年まで販売され、第2世代に引き継がれました。
実はさらに20年遡り、日本の3番目になったかも知れない幻のTONEコンビレンチが1954年版カタログに載っています。
結局発売はされなかったと推測していますが、その顛末はTONEページをご覧になって下さい。
1970年前後にコンビレンチを生産販売を開始したと思われます。
第2世代のコンビレンチが1975年の発売ですので、写真の第一世代は1970年前後と推定しました。
ちなみに、旭金属は1982年に大阪から燕三条に移転していますが、大阪時代の記録があまり残っていないようで、正確な年代情報を得ることが出来ません。
初期は旭金属として輸出はしていなかったとの情報を得ていますが、写真の第1世代モデルは何故か日本で見かけることは無く、アメリカのebayで手に入れました。
9) 池田工業
戦後直後の1948年からスパナを製造していますが、さらに1973年にコンビレンチの製造を開始しています。
古くからモンキーレンチに力を入れていたメーカーですが、1975年にコンビレンチの生産販売を開始しています。
11) KBS/小林製作所
1981年にコンビレンチでJIS認証を取得しており、写真の様にJISマーク無しモデルをその以前より販売していましたので、1970年代からの生産販売と思われます。
国内ブランドへのOEM供給も多く、製造記号KBを使っていました。
なお、2000年頃にレンチ類の生産販売事業から撤退しています。
12) I.S./井上製作所(TOUGH/ダイヤ精工の前身)
井上製作所は1964年からスパナとコンビレンチのヨーロッパ向け輸出を開始したと社歴に記載されています。
欧米メーカーへOEM供給だったとの情報もありますので、I.S.ブランドではありませんが、1960年代からコンビレンチを生産していた国内メーカーには該当しそうです。
写真の国内向けモデルは1980年頃の販売と思われます。
燕三条の各メーカーが共通して使っていたデザインで、例えば一つ上のKBSとも似通っていますが、スパナ部の形状は全く異なっているのが分かります。
ちなみに、I.S./井上製作所は1984年に一端倒産し、TOUGH/ダイヤ精工に事業を引継いでいます。
ちなみに、そのダイヤ精工はユニークなコンビレンチ群を作っていて、1992年にはコンビレンチでJIS認証も取得し、DIAの製造記号で他社へのOEM供給も行っていました。
残念ながら、2000年前後にレンチ類の生産販売事業から撤退しています。
本項では京都機械(一重丸京)とその他12社の合計13社を取り上げていますが、この中の約半分の6社は事業撤退または倒産しています。
かつては13社の大半が海外へのOEM供給を行っていて、日本は世界の工具界の供給基地として君臨していましたが、今はその座を台湾に譲っています。
その台湾台頭と共に6社の名前が消えたのは時代の流れだと思います。
この回、終わり






















