I.S.

井上製作所のすべて

(ダイヤ精工/TOUGHの前身)

 

【2023年11月5日 追記】

・TOUGHは、ダイア精工のブランドですが、商標としては前身の井上製作所/ISが申請していました。

・したがい、井上製作所/ISの時代からTOUGHブランドが使われていたのではないかと推測していました。

・しかしながら、現物は確認できず、推測の域を越えていませんでした。

・そして、ついにTOUGHブランドながら井上製作所製であることが明確に分かる製造者記号"合体IS"付きスパナを見つけたのです。

⇒ 詳細は本稿内のこちら

 

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1.会社概要

(詳細は後半の4項『会社沿革詳細』にて)

・I.S./井上製作所(株)は、TOUGH/ダイヤ精工(株)の前身となる新潟/三条の作業工具メーカー。

1930年に新潟三条にて錠前作成を始めたのが会社のルーツ。

・戦時中の1942年に『倉敷航空機製作所の下請工場となり、エンジン分解工具を製作』。

・終戦から5年後の1950年に井上製作所となり、1960年代には欧州への輸出、1970年代にはレンチ類でJIS認証取得するなど活発に活動。

・ブランド"I.S."としてスパナとコンビレンチを販売。

1979年にスパナでJIS認証を取得。

・残念ながら、1984年に倒産し、TOUGH/ダイヤ精工に事業を引き継ぎ。

※以上の情報源はダイヤ精工のHP。

↑ダイヤ精工の栄工場写真(井上製作所の工場として1970年から稼働開始) 

 

2.JISと商標

1)JIS

・1979年10月2日…スパナのJIS認証を新しい栄工場で取得。

 

・1992年3月17日…新会社"ダイヤ精工"にJIS認証権が移行。

1984年の井上製作所廃業から1992年まで8年間ダイヤ精工にはJIS認証権が無かったことになります。

その間はJISスパナは未生産、または非公式ながら生産を継続のいずれかになります。ダイヤ精工になってから最初の8年間にJISスパナを生産していなかったとは思えず、後者の可能性が高いと推察します。(指摘を受け、慌てて認証権の移行を申請?)

 

2)商標

(1) ◇IS

1964年に◇I.S.が商標登録されています。(I.S.…井上製作所の略)

◇の中にヨットが描かれていて、ヨット付き◇I.S.のスパナが確認できています。

製品の大半はヨット無しの◇I.S.ですが、登録商標としてはヨット付きのみです。

波打ち際をカモメが飛んでいて、ちょっと凝り過ぎのイラストになっています。

  

 

(2) TOUGH

TOUGHは、井上製作所により1982年に出願されています。

認可されたのはダイヤ精工になってからの1985年ですが、TOUGHロゴは少なくとも1982年には井上製作所が使い始めていたと考えています。(HPの会社沿革によると1979年にニュータフレンチのPAT/特許or実用新案を申請したとのことで、タフ/TOUGHという言葉を井上製作所時代に既に使い始めていたのが分かります)

したがい、初期のTOUGHは、井上製作所製なのだろうと考えています。

 

3.商品情報

1)スパナ

 ①-1 ヨット付き◇I.S. /フラットパネル 

・商標登録されたヨット付き◇I.S.のロゴが刻印されたフラットパネルのスパナです。

・シンプルな形状ですが、かっちりとした作りで、鍛造精度の高さを感じます。

・裏面には何の刻印も無く、初期モデルの趣です。

・商標登録は1964年ですが、商標ロゴは登録される前から使用が始まっているのが通常です。

・また、後述する会社沿革によると『1962年に株式会社化し、作業工具と整備用器具が主要製品になった』とのことですので、この頃に自社ブランドのスパナ生産が始まったと考えるのが妥当です。

・したがい、このヨット付き◇I.S.は、井上製作所の初代スパナで、1962年頃の生産と推定しています。

・なお、これも後述しますが、それ以前の1956年~1960年には、二輪各社向けに車載工具としてOEM供給を始めています。

 

 ①-2 ヨット付き◇I.S. /フラットパネル 浮き出し刻印ロゴ 

 

・1964年に井上製作所が商標登録したI.S.+ヨットのロゴで、これまで打刻刻印だけが見つかっていましたが、新たに浮き出し刻印版が見つかりました。

・このヨットロゴは井上製作所の初スパナですが、浮き出しと打刻のどちらが先だったのでしょうか。

 

 ② ◇I.S. /凸帯パネル 薄口 JIS無し 

・デザインが凸帯パネルに切り変わります。

・◇I.S.ロゴがヨットマーク無しになりました。

・ヨットのイラストが、打ち込み刻印ではあまり目立たず、また浮き出し刻印にするには形状が複雑なために、ヨット無しで◇と文字だけの単純なロゴに変更したのだろうと推察しています。

・JIS無しモデルで、JIS認証を取得するのが1979年ですので、これは1970年代初旬から中旬に掛けてのモデルと推定します。

・スパナ部が薄口になっていて、19mm側で厚み3.2mm。(スタンダードは6.8mm)

・スタンダード厚みのJIS無しモデルも販売されていた可能性があります。

・なお、JISモデル登場後も、この薄口モデルは継続販売されていた可能性もあります。(薄口ですので、JISマークは付けられません)

 

 ③ ◇I.S. /凸帯パネル JISマーク付き 

・1979年にJIS認証を取得し、JISモデルが登場します。

・裏面右側に"I"と"S"を合体させた刻印が入っていて、JIS認証モデルとしての製造者記号だろうと思います。

 ← IS合体ロゴ

・なお、裏面左側の"N"は、JIS-N/普通級を表しているのだろうと思います。

 

 

 

 ➃ TOUGH/井上製作所製 JISマーク付き 

・JISマーク付きブランド"TOUGH"スパナ。

・凹尖りパネルは、ブランド"IS"のスパナやコンビレンチにも無い独自のデザイン。

・上の➂と同じ"IS"合体ロゴ付き。

・このロゴがJISとしての製造者記号になっていることから、井上製作所製と分かります。

・したがい、このスパナより、ブランド"TOUGH"は井上製作所時代から製品に使われていたことが明確になりました。

※2項『JISと商標』で前述の通り、ダイヤ精工も井上製作所のJIS認証権を引き継ぎ、1992年からJISマークを使える様になっていますが、このスパナがダイア精工製で、表面"TOUGH"自体が製造者を示しているとすれば、裏面の"IS"合体ロゴは刻印されません。

・1979年(JIS認証取得)~1984年(井上製作所廃業)の5年間での生産になります。

↑井上製作所製TOUGHスパナの6本セット

 

【参考】ダイヤ精工製TOUGH JISマーク付き

・上の➃と同じ凹尖りパネルでJISマーク付きながら、ダイヤ精工製のTOUGHスパナ。

・裏面にダイヤ精工の製造者記号である"DIA"が刻印されていますので、ダイヤ精工製と分かります。

・本品は、1992年(ダイヤ精工がスパナのJIS認証権を引き継ぎ)~2005年(ダイヤ精工が事業撤退)する間の生産になります。

 

 ⓪ □IS合体ロゴ / 井上製作所の第1号スパナ? 

・③、④スパナの製造者記号として使われている"IS"合体文字をロ枠で囲んだロゴだけが刻印されているスパナです。

・"IS"の字体も同じであり、差はロ枠のあり無しだけですので、本品はIS/井上製作所製と考えるのが妥当だと思います。

・"ロIS"自体は商標として登録されていないようであり、IS資料にも言及の無いロゴですので、このスパナ現物から判断するしかありません。

・"ロIS"ロゴが刻印されているだけのシンプルな作りで、形状も古そうであることから、井上製作所の初代スパナ(1950年代)と推察します。

↑左側…本品ロゴ、右側…③の製造者記号

 

2)コンビレンチ

 ⑤ ◇I.S. /コンビレンチ 

・燕三条製で良く見かける凸帯パネルになっています。

・◇I.S.ロゴの横幅にバリエーションがあります。

・裏面に"JAPAN"刻印有無のバリエーションがあります。(後述)

・コンビレンチはこの凸帯パネル1種類だけになりますが、後述の会社沿革にある『1964年に欧州へコンビネーションレンチ類の輸出開始』がこのモデルのことなのか、またはヨーロッパブランドへの別デザインOEM供給だったのかは情報が無く、不明です。(少なくともI.S.製と思われる凸帯パネルの日本製コンビレンチはヨーロッパで見つかっていません)

・I.S./井上製作所はスパナとメガネで1979年にJIS認証を取得していますが、コンビレンチではTOUGH/ダイヤ精工になってからのJIS認証取得(1992年)ですので、◇I.S.のコンビレンチにJISマーク付きはありません。

↓8~17mmの6本セット

 

◇I.S.ロゴの大中小バリエーション 

・I.S.ロゴに大中小があります。

・恐らく"小"⇒"中"⇒"大"と変更されていったものと思います。

・"中"モデルの胴長は少し細身になっています。

 

・ロゴ"小"と"中"モデルは裏面に"JAPAN"刻印が入っていますが、"大"には日本製の表示がありません。

・"小"と"中"には輸出前提モデルとして"JAPAN"刻印を入れた一方で、"大"は輸出しなかったのか?(輸出しないのであれば、"JAPAN"は不要)

 

 ⑥ TOUGH /井上製作所コンビレンチ? 

井上製作所がダイヤ精工に変わる1984年よりも前の1982年に"TOUGH"ロゴが商標出願されていますので、スパナ④と同様にコンビレンチにも井上製作所製TOUGHモデルがあったものと推測しています。候補が2つ。

【候補-1】

・凸丸パネルで、早回しモデル。

・製造記号(上下2列)が、上段"81E"、下段"3"

・製造記号を素直に読み取れば、1981年の5月(←"E")または3月生産となります。

・製造年月だとすれば、倒産する1984年よりも前であり、商標出願する1年前なので、井上製作所がTOUGHモデルを製造していてもおかしくない時期になります。

・したがい、早回しという異形ではありますが、井上製作所時代のTOUGHの可能性があります。

 

【候補-2】

・TOUGHの上下にライン入り。(登録商標  と同じ)

・複数のデザインがあるTOUGHコンビレンチの中で一番古いモデルが凸丸パネル。

・商標登録と同じ上下ライン付きの"TOUGH"ロゴは、ダイヤ精工が2005年に事業撤退するまでの20年間に登場する複数デザインのTOUGHモデルの中で、上下ライン付きが確認できたのはコンビレンチではこの1本だけです。

・1本だけ異質なので、これが一番最初に登場し、その後に上下ライン無しに変わったと考えるのが素直だと思います。

・したがい、これも井上製作所時代のTOUGHの可能性があります。

・なお、上下ライン付きの"TOUGH"ロゴは、モンキーレンチでは複数のモデルに採用されています。

 

【参考】モンキーレンチ

 のモンキーレンチ

スパナやコンビレンチとは異なる◇I.S.ロゴの製品もあります。(井上製作所は1976年にモンキーレンチでもJIS認証を取得)

モンキーレンチは、大半が凹パネルで、かつ浮き出し刻印になっています。

凹パネルの狭い幅の中に打ち込み刻印が技術的に出来ないためと推測していますが、何故か日本のモンキーレンチの中で、このI.S.だけが打ち込み刻印になっていて、とても貴重な製品です。

 

 のモンキーレンチ

前述【候補-2】と同様に上下にラインの入った"TOUGH"のモンキーレンチ。

"IS合体"ロゴが刻印されていませんので、ダイア精工製になります。

I.S.とTOUGHのモンキーレンチ詳細…当ブログ内のこちら

 

3)二輪工具

会社沿革によると1956年~60年に掛けて5社の二輪向けに車載工具または整備工具を生産していたことが記されています。

・1956年…『(1)川崎明発工業/メイハツの下請けとなり、搭載工具を製作』

・1958年…『(2)本田技研/ドリーム、(3)東京発動機/トーハツ、(4)宮田製作所/アサヒの部品工具等製造』

・1960年…『富士精密工業および同オートバイ部門が分離した(5)ブリジストンサイクル工業/チャンピオンの下請けとして工具を製造』

(2)、(3)、(5)は、車載スパナの実物または写真が確認できています。

その内、(3)トーハツで製造元が分からないスパナがありますので、これが井上製作所製の可能性があります。

(2)ホンダドリームと(5)ブリジストンについては、見つかっている車載スパナは井上製作所以外が生産したと分かっていますので、井上製作所がどのような工具を納入したのかは不明です。

また、(1)メイハツと(4)アサヒは、車載工具そのものが確認できていませんので、写真だけでも見つけたいと思っています。

 

(3)東京発動機/トーハツ

・トーハツで製造元が分かっていない車載スパナです。

・凸帯パネルのスパナは井上製作所も作っていますので、このトーハツスパナが井上製作所製の可能性があります。

・なお、トーハツ向けでは既に3つの製造元(池田工業/IKK製、理研化機工業/RK、Royal M.K.K)が確認できています。⇒ 詳細は、当ブログ内のこちら

↓1957年『自動車ガイドブック』、会社沿革に工具納入と記された年の"トーハツ"。

 

(1)川崎明発工業/メイハツ

↓1956年『自動車ガイドブック』、会社沿革に工具納入と記された年の"明発"。

 

(2)本田技研/ドリーム

↓会社沿革に1957年工具納入と記されているホンダ。

(HMマークが最初に採用された1955年ドリームSA型)

↓ホンダドリーム向けと推定されるKTC製スパナ。⇒ 詳細は、当ブログ内のこちら

 

(4)宮田製作所/アサヒ

↓1957年『自動車ガイドブック』、会社沿革に工具納入と記された前年の"アサヒ"。

 

(5)ブリジストンサイクル工業/チャンピオン

↓1960年『自動車ガイドブック』、会社沿革に工具納入と記された年の"BSチャンピオン"。

↓上野工具製のBSスパナ

 

4)戦時中エンジン分解工具

後述の通り、会社沿革の1942年に『倉敷航空機製作所の下請工場となり、エンジン分解工具を製作』と記されています。

倉敷航空機製作所は『三菱重工業・水島製作所』のことと思いますが、一式陸攻等の機体工場であり、エンジンは製造していなかったと理解しています。

したがい、井上製作所/東亜航空機が納めていたのは、機体製作過程で使用するエンジン分解工具/整備工具と推測します。

"TK"または漢字で"東亜"などと刻印された工具があったのではないかと思います。

 

4.会社沿革詳細

1)戦前

・1930年…新潟/三条市田島にて家庭金物の製作開始

・1937年"井上錠前工場"と改称

・1942年…戦時中の軍需化に伴い同業3社が"東亜航空機(株)"として合併。

倉敷航空機製作所(三菱重工業・水島製作所)の下請け工場としてエンジン分解工具を製作。

※似た名称の軍需会社として"東亜航空機"と"東亜航空電機"の2つがあり、各種資料ではこの2社がごっちゃになっているため、"東亜航空機"の実態が良く掴めません。(工場は群馬県にあった様子)

"東亜航空機"は東亜商工の製鋼部が主体、"東亜航空電機"は横川電気等が主体になった軍需会社であり、どちらもとても大きな会社で、大きな工場を持っています。

したがい、ダイヤ精工の沿革には『3社が対等合併』と記されていますが、企業の主体である東亜商工が圧倒的に大きく、国策に基づいて合併させられたのだろうと推察します。(戦時中の製造業は、廃業するか軍需企業に併合されるかしか選択肢が無かったと理解しています)

"東亜航空機"の本工場は新潟/三条ではないので、"東亜航空機"の分工場として三菱重工業・水島製作所にエンジン分解工具を個別に納めていたのではないかと推察しています。

 

2)戦後

※JIS認証以外には(株)井上製作所の会社資料は見つからず、第3者からの会社情報が得られません。

したがい、ダイヤ精工HPの会社沿革だけが唯一の情報源になります。

・1945年…終戦により"井上錠前工場"に復帰し、家庭金物を製造。

・1950年"井上製作所"と改称。(井上家の個人商店は変わらず)

・1955年…作業工具としてのレンチ類の製造開始。

・1956年~60年…二輪各社に搭載工具や部品を納入。

・1962年…株式会社化により"(株)井上製作所"に改組し、作業工具と整備用器具を主要製品に。

・1964年…ヨーロッパ/EC向けにスパナ、コンビレンチの輸出開始。

・1970年…新しい栄工場にてソケットレンチの生産開始。

・1975年…ソケットレンチでJIS取得。

・1976年…モンキーレンチでJIS取得。

・1979年…スパナ、メガネでJIS取得。

・  同  …"ニュータフレンチ"でPAT取得。(TOUGHロゴの登場)

・1980年…従来の三竹工場から栄工場に全面生産移管

・1984年"ダイヤ精工(株)"と改称。

※業績不振により井上製作所を清算会社とし、新たに新会社/ダイヤ精工を興したと理解しています。

 

↓ダイヤ精工の会社HPより(井上製作所時代のみ)

 

★ダイヤ精工HPは、こちら。(上の会社沿革が掲載されています)

※今も現役のWebサイトですが、2013年から更新されていません。

2005年に作業工具から事業撤退していますので、スパナ等は登場しません。

★ダイヤ精工TOUGHの商品解説は、当ブログ内のこちらにて。

 

【補足】 燕三条製の凸帯パネル11種

日本には凸帯パネルのコンビレンチが全部で11種類ありますが、このI.S./井上製作所も含めて全て燕三条の産です。

詳細はこちらにて。

・上から7番目がI.S./井上製作所。

・上から5番目までメガネ部鍛造オフセットで、6番目以降は手曲げオフセット。

 

この回、終わり