広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける -54ページ目

広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける

広島に県、市、県議会、市議会、経済団体を挙げ、中国総領事館を誘致する計画があります。
経済にばかり走り、国家安全保障を考えない誘致計画に警鐘を鳴らします。

8/8のコメントに、
「8/7水曜アンカーの青山繁晴の靖国参拝の話には、見通しも整合性もない。」
と書いた。

この番組の中で、青山繁晴は、8月15日に安倍が靖国神社に行かないことを肯定しながら、同時に、9月、日中首脳の立ち話しの可能性が高いと述べている。

先のコメントで述べたように、正式な日中首脳会談が9月に開かれるようなことにもなれば、10月の例大祭での靖国参拝のハードルは非常に高くなってしまう。

正式な会談ではなくても、尖閣国有化以後初めての日中首脳の会話を成立させた翌月に、その成果を台無しにしないで、靖国参拝ができるかどうかについて、青山繁晴は何も述べていない。

この点において「8/7水曜アンカーの青山繁晴の靖国参拝の話には、見通しも整合性もない。」

今、総理も外務省も、支那がOKを出すようなら日中会談を組むつもりでいる。

この姿勢は安倍が年内に靖国参拝を考えるのであればむしろ不都合だ。8月15日に参拝すれば、当然「G20での日中首脳の立ち話し」は、吹き飛んでしまう。安倍の真意が見えにくい。


ちょうど機会なので述べるが。

「例大祭は靖国神社にとって重要な祭事だが、8月15日には何もないから、参拝は秋の例大祭で良い」と言っている人たち(青山繁晴とその言葉を真に受けた人たちの主張のことです。水島総もほぼ同じ立場。)がいる。

靖国神社で最も重要な祭事は、春秋に執り行われる例大祭」(靖国神社ホームページ)であることに間違いはないが、現在の日本と支那・半島との関係において、日本の主権を主張する上で妥協できないのは、総理大臣の8月15日の靖国参拝である。

これは日本の独立と主権をかけた支那・半島との戦い、またアメリカとの戦いであり、8月15日でなければならない。また総理大臣でなければできない。

その総理大臣を後押しするのが国民の務めであり、同時に、大東亜戦争で英霊となった方々が戦った戦の後を引き継ぐということになるのだろうと思う。これまでは、総理大臣を含め与党を構成する政治家たちが売国すぎて諦めざるを得なかった。しかし、安倍が総理になって、この戦いができるところまで、やっとたどり着いた。

「8月15日が難しければ、秋の例大祭で良い」という思考は、基礎からそうとうにずれている。

8月15日に靖国神社で、例大祭ほどの祭事がなくても、この日が、靖国神社に祀られる祭神のなかでも、とりわけ大東亜戦争で命を捧げられた方々への感謝を示す機会となっており、靖国神社に後世加えられた歴史的な意味という観点から極めて重要な日であることは明らかだ。

よって、「例大祭は祭事であるから、こちらへ行く方がむしろ良い」と突然、ご都合に合わせて教条主義に転換し、急場をしのごうとする人々に対して、それは違うぞ、と、はっきりと警告を発しておくことにする。

【西村眞悟】戦後日本の分水嶺、8月15日の靖国参拝と専守防衛思想の破棄[桜H25/8/5]
本日、夕方、TBSニュースが次のような記事を配信した。
安倍首相ら4人は靖国参拝見送り、中国側に伝達

かねてから噂されていたが、安倍首相はほんとうに靖国参拝を見送るようだ。

なぜ、尖閣海域で領海侵犯が常態化している最中、支那に「やめろ」と言う代わりに、靖国参拝しませんと媚びなければならないのか。理解できない。支那共産党は早速「いかなる形式や身分で参拝しようと受け入れない」と声明を出し、日本の譲歩を無効にするとともに、さらなる攻勢に出るための布石としている。

8月15日参拝阻止に成功した支那は、この勢いに乗り、秋の例大祭の参拝を強硬に反対してくる。秋の例大祭に参拝しない時は、春の例大祭に参拝する説明がつかなくなる。こうしてすべての参拝の機会を潰すことが支那共産党の目標である。

今回の靖国不参拝は、必ず安倍政権を内外から不安定にする。

靖国参拝を行えないということそのものが、日本が支那の自治区であることを証明するものであるから、安倍が参拝し、支那に向かって「いかなる干渉も受けつけない」と言わなければならない場面である。8月15日の参拝は日本国独立の一里塚である。支那の抵抗が激しい機会にこそ、支那の支配にはないことを真っ向から突きつけなければさらなる侵略を招く。


靖国の英霊は、今、どんな思いでいるだろう。

彼らは南京で30万人を虐殺したそうだ。その血で贖った日本の領土は、ロシアや韓国の大統領に踏まれ、国民はテロ国家の独裁者に誘拐されたまま、数十年間、手も足も出ない。警察権力さえ、日本人ではなく侵略外国人を保護し、国民は自国の領土に上陸できない。その最中に、もっとも国民から参拝を期待された日本の首相が、かつての戦争当事国でさえない諸外国の干渉に、戦わずして白旗を挙げようとしている。

彼らはいったい何のために死んだのだろうか。

今、保守の中にさえ「安倍はアメリカに配慮して参拝に行かない」ということを、参拝しない理由として、まことしやかに喧伝する者がいる。チャンネル桜の水島総でさえ安倍の不参拝を支持している。愚かな話だ。

安倍が靖国に行こうが行くまいが、支那とアメリカが結びつくようなら結びつくのだ。

首相の靖国参拝は国体護持の要であって、国内外がどんなに混乱しようともやらなければならない。これと引き換えにできる重大事など存在しない。安倍の「痛恨の極み」とはいったい何だったのか。


今年の8月15日に安倍首相が靖国に参拝しない場合、これまでになく、国家的な損失が待ち受ける。

ひとつの根拠を示そう。

先の大戦において、英霊たちは、20万人の少女たちを組織的、強制的に連行し、性奴隷にしたそうである。韓国人及び韓国系アメリカ人は、その証としてカリフォルニア州グレンデール市で慰安婦少女像­を建立。除幕式が行われたのは、先月、7月30日(現地時間)のことである。

聯合ニュースは、
慰安婦象徴の少女像 米グレンデール市に建立
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グレンデール市長を3回歴任したフランク・キンテロ市議員は「建立に反対した日系市民は歴史教育を受けていない少数の極右民族主義者。グレンデール市民らは正しい歴史を知るチャンスを得ることになった」と話した。
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ここで、慰安婦像建立と日本人による歴史歪曲を結びつけていることに注意したい。元市長は「建立に反対した日系市民は歴史教育を受けていない」と信じ込まされたが、これを吹き込んでいたのは、言うまでもなく韓国系市民である。

実は安倍首相は、この事態を誘発するような大きな失態を、2ヶ月前にしでかしている。5月24日の河野談話追認である。
河野談話を継承=第1次内閣と「立場同じ」-政府答弁書

5月の安倍首相による河野談話の再承認を受け、韓国が意を強くし、7月のグランデールの慰安婦像建立に自信を抱いたことは疑い得ない。日本の民間人や日系人がいくら「性奴隷などいなかった」と言ったところで、日本国総理大臣が河野談話を追認したのだから、従軍慰安婦が存在したことは、日本の政府が認めた間違いのない歴史的事実となり、「建立に反対した日系市民は歴史教育を受けていない少数の極右民族主義者」であるという主張の正当性は覆せなくなったのである。

これと同じ構図の失態が、民主党政権下で起きている。忘れている人も多いだろう。

民主党菅直人政権下の2010年9月7日、尖閣沖漁船体当たり事件が起きた。その後、支那の圧力に屈し、日本の法を曲げて犯人を釈放したのが9月25日。メドベージェフが胡錦濤と北京で「第二次大戦の歴史の歪曲を許さない」との中露共同声明を出したのは、その二日後、9月27日だ。

メドベージェフが国後島に違法上陸したのは、それからふた月も経たない2010年11月1日のことだった。メドベージェフが尖閣での漁船体当たり事件の際に、日本の政権が犯人を超法規的に、しかも何の取引もなく、唯々諾々と放免したことに意を強くしたことに疑いはない。

支那、半島、ロシアは日本の首相の動向を注意深く観察しており、判断を誤るのを待ち構えている。日本国の首相に覚悟がなく、国家の主権において妥協する姿勢を見て取ると、これを奇貨として、その後間もなく、歴史の歪曲、歴史認識を強弁し、必ず問題を拡げにかかるのである。こうして日本の主権は少しずつ、そして確実に削り取られていく。

今、安倍政権で起きていることは、民主党政権下での失敗と構造が同じだ。
保守の御仁にはショックだろうが、安倍晋三は菅直人と変わらなくなろうとしている。


衆院選で勝ち、7ヶ月後の参院選でも勝ち、ねじれも解消され、靖国参拝に関しては今や、国民の後押しもある。

首相の靖国参拝「すべきだ」46%…読売調査

へんまも【最新】第26回「マスコミ世論を打ち砕け!」
6'40"~9'00"  アンケート回答者のインタヴュー
11'40"~14'50"
安倍首相は靖国に参拝するべき Yes 40 : No 08
河野談話を見直すべきか Yes 36 : No 05

「たとえ靖国へ行かなくても中国、韓国はなにがしか言ってくる」金美齢

安倍は向こう3年は政権を確実にしたと思っているかもしれないが、来年8月15日に首相を続けていられる保証などどこにもない。

国民は、彼が2013年に靖国に参拝しなかったことについて再び「痛恨の極み」などと言うのを許すだろうか?

今、行くべきである。

15日までのわずかな時間に国民にできること。それは、安倍晋三に、靖国神社に参拝するよう大合唱を浴びせ、これを実行させることである。

多くの人に自覚はないかもしれないが、2013年8月15日は、必ず、日本の未来の分水嶺となるだろう。
核兵器が使用された場合の結果に対する意識が、日本人とそれ以外では決定的に違う。

日本人なら、広島と長崎に原爆が落ちたことは誰もが知っている。程度の差はあれ、子供の頃から、原爆投下後の映像を見る機会があっただろう。日本人が当事者だからというのではなく、単純に、映像を含め、情報に接する機会に歴然とした差がある。外国人の多くは「核兵器は威力の大きい爆弾」ぐらいの認識でいる。核兵器を保持している国家の首長からして核兵器とは何かを知らない。ほとんどの外国人は核兵器を「全く知らない」。アメリカ人に至っては未だに「あれで良かった」と思っている。

この認識の大きな隔たりが、広島と長崎を、かけがえのない存在足らしめている、と言って差し支えないだろう。

原爆の正確な情報を大量に出すことには「持つな」と言う以上の訴求力がある。「持つな」と言われても「それほど威力のあるものならば、持つのが当然」と考える独裁者もいれば、「紛争相手国が持っているのに自国だけ持たないという選択はできない」と考える国もある。持つことを止めることはできない。「持つな」と言われて困る国もあるのだ。持たなくてすめば持ちたくないのが核兵器だ。

世界から核をなくすことができなくても、核兵器が使われたらどれほどの被害があるか、いかに悲惨な結果をもたらすかを拡散することができれば、これを理解した首長が、また民衆の声が核使用の抑止となって閾値を上げるのである。

この機会に、NHKが意義のある仕事をしてきたことも付け加えておきたい。NHKは、最近、散々な言われようだが、ぼくは原爆についてNHKから多くを学んだ。

左翼が作ろうが、誰が作ろうが、この目的にかなう情報発信を行ってきた人たちに対し、原爆の日を前に、賛辞を贈りたい。

2年前の2011年10月1日に、1953年制作 映画『ひろしま』デジタルリマスター版を、公開初日に観に行った。私のアーカイブから。

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今日、八丁座で『ひろしま』が初日。プロデューサーの舞台挨拶がある。

原作は『原爆の子~広島の少年少女のうったえ』。再現映画と呼ぶべきもので、原爆直後の市内の惨状を忠実に再現することに努力が払われている。実際に広島をロケ地とし、広島市民8万8千人のエキストラを動員。原爆投下後わずか8年でこれだけの質の映画を作れてしまうことに非常な驚きを覚える。

日本教職員組合(日教組)が映画化を決定し、広島県教職員組合が制作。当時、描写がリアルであることを理由に上映館が制限されている。家に帰ってさらに調べてみたところ、実は原作を同じくして同時期に制作された映画がもう一本ある。『原爆の子』がそれで、wikiによると
当初、日教組と新藤(兼人)の協力で映画制作が追求されたが、結局両者は決裂し別々に映画を制作した。
原作は1951年出版。新藤兼人監督による『原爆の子』は1952年、『ひろしま』は関川秀雄を監督に迎えて1953年制作と、制作競争の状態にあったことが窺える。

映画の思想的背景を知る上で制作者の舞台挨拶は多くの情報を与えてくれる。

プロデューサーの小林一平さんによると、この度の上映は、あらためてデジタルリマスタリング版を作り、世界に向かって公開したいので、実際見てもらってその良さを知ってもらった上で協力をお願いしたいという趣旨のようだ。すでに英語字幕は出来上がっているとのこと。本日の広島を皮切りに全国で上映、東京では来年8月6日に史上初上映を迎えるということだ。

お父さん、小林太平がこの『ひろしま』の補監督として制作にかかわったことからこの仕事を引き継いでいる。
映画 「ひろしま」 と父・小林 大平
上記『原爆の子』についてのいきさつなどには触れられなかった。

上映中、報道関係者が劇場内でカメラの三脚を立てて取材、上映後も地元の放送局が映画を観終わった人たちを捕まえてあちこちでインタヴューしていた。ぼくも、小林さんを捕まえて15分ほど独占インタヴューを敢行した。気持ちよくフランクに答えてくれた。

以下、インタヴュー内容


小林一平さん「非常に良い映画でしょう?」

xybjp949「ええ、すばらしい映画でした。」

小「映像をきれいにして多くの人に見てもらいたい。」

xy「反核の映画だと思いますが、広島も含め最近日本では、戦争を繰り返さないために核兵器を保有するべきだという従来の反核思想とは異なる考えが出てきています。彼ら保守と呼ばれる人たちに対して何かメッセージがありますか?」

小「何もない。自民党の人たちのこと??」(こちらの言っていることがよく分からない様子)

xy「たとえば、田母神さんのような。原爆を落とされた日本こそ核兵器を保有する資格があるという考え方。たとえそれを使うことがなくても、抑止力として持っていなければ攻められる、外交上、言い分を受け容れなければならなくなるという。」

小「抑止力の話?いったいどこの国が攻めて来るというの?どこも攻めて来ない。」

xy「中国は危ないと思いますが?」

小「このプロジェクトは福島の原発事故の前から始まっているが、兵器としてはもちろん、原発も含め平和利用であっても、人類にとって核というものは扱いきれないものなのだ。だから核兵器も原発も反対だ。そういうことを世界中の人に訴えたい。広島、長崎という名前は知られているが、実際そこで原爆が落ちてどういう惨状があったかは知られていないでしょ?だからそれを見てもらって、考えてもらい、難しいことかもしれないが核兵器がなくなれば良いと思っている。1953年の国際理論物理学会で原爆開発者2名がこの映画を観ている。彼らはそのとき初めて原爆の悲惨さを知った。原爆の開発者でさえ、それがもたらした結果のことは目にしていないほどだった(そのくらい原爆は国際的には知られていない)。」

xy「実際、今直ちに原発を止めてしまったら、これだけ大きな電力をどうやって安定供給するのですか?」

小「いや、東京では間に合ったよ(笑)」(「この夏、足りたではないか」の意)

xy「反原発の話は、ごく最近、事故から持ち上がった話でそれ以前には聞かない話でした。原発が危険であればそういう話はもっと前からあっても不思議ではなかったと思いますが?」

小「日本はそういう議論をして来なかった。原発を始める時も、みんな、なあなあでちゃんと議論をしていない。アメリカでは日本が原子力発電を始めたことで日本が核兵器を容認したと受け取っている。それに福島では事故が起きるずっと前から、他の土地よりも奇形児が数パーセント多く生まれている、研究者とも付き合いがあっていろいろ聞いている。原発は危険なんだ。」

xy「そうなんですか?」

小「そうだ。それにこの映画では、原爆の悲惨さだけでなく人々の愛情も同時に描かれている。そうでなければ酷い描写が多くて、オカルト映画みたいでしょ。人は、そういう難しい(政治的な)ことよりも、もっと人として基本的なことに立ち戻って、この映画を観て欲しい。」


もっと突っ込みたかったが、ここで時間切れ。

映画を応援している人たちには、米谷ふみ子(芥川賞作家・反核活動家)、坪井直(日本原水爆被害者団体協議会代表委員/理事長)、他に広島平和文化センター理事長、立命館大学国際平和ミュージアム名誉館長、広島市長、長崎市長などいわゆる左翼が名を連ね、反核映画であることは疑いないが、確かにこの世界で最初の核兵器の惨状は国際的には知られているとは言い難く、そのこと自体が広く世界に知られること、そのために彼らが努力を傾けていることに対しては、思想の違いを越えて高く評価したい。

日本が武装することは必要。しかし、同時に核兵器がもたらす結果を十分認識しないまま日本を侵略しようとする外国政府とその国民に対し、その悲惨さをしっかり見せてやり、啓蒙し考えさせる、この情報発信は日本にしかできない。

この映画については wikipedia にも情報があるので参照してみてください。
ひろしま (映画)
原爆の子~広島の少年少女のうったえ
原爆の子 (映画)
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広島世界平和ミッションは「広島国際文化財団」による2004年から2005年の1年半に渡る被爆60周年プロジェクト。

核保有国や潜在保有国、紛争地域などへ被爆者や若者らとともに記者を同行派遣し、被爆の実相や、惨禍の中から広島市民、県民がはぐくんできた『平和と和解』のメッセージを直接人びとに伝える」(広島国際文化財団理事長 山本信子氏)趣旨で実施された。

中東、アフリカ、北東アジア、北米など計六陣、十三カ国に使節団を派遣。第二陣が、支那、韓国だった。

第二陣の顔ぶれ

激論 核の認識 大きな隔たり
短いながらも、重要な情報を伝えている。

一行は、まず東京の在日本中国大使館に、現地で原爆展を開けないかを打診しているが拒否されている。中国人民平和軍縮協会の牛秘書長は、「日本人民は原爆に遭ったことで自分たちを被害者とみている。日本が引き起こした戦争と結び付け、正しく認識するべき」と述べ、支那政府と同じ立場に立った。

民間人を大量に死に至らしめる目的で行われた無差別爆撃の被害者に向かって「戦争の加害者」を持ち出すのは「平和軍縮」団体としては論点がずれている。彼が使っているのは国家のロジックである。

また、彼らが直面した牛秘書長の姿勢(「一行は、いきなりの長広舌に戸惑いを隠せなかった。」「熱弁は一時間近く続いた。」)は、外務省から漏れ伝わる、国対国の交渉における支那の外交担当者の態度を彷彿させる。

彼らは「日本人には加害者としての意識がない」、二言めには、「歴史を正しく認識しろ」と一方的にまくしたてる。

話し合いの中身からも、政治臭が漂ってくる。

議論はすれ違った。とりわけ、原爆投下に始まる核兵器の問題をめぐる考えは大きく隔たった」のに、「・・・政治学を専攻したという牛秘書長は『珍しく率直な議論になった』と(言った)」のだ。

団体の実体については明確な記述がある。
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・・・訪中の交渉も難航する中、軍縮協会が受け入れた。設立は一九八五年。原水協系の原水禁世界大会に参加し、広島市とも相互交流を続ける。これまで「民間平和団体」と報道されてきた。

 メンバーは協会が入るビルに車が入る際、敷地正面に「中共中央対外連絡部」の看板があるのを目に留めた。軍縮協会は中国を一党支配する共産党中央と密接な関係にある国際部門といえる。

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人民平和軍縮協会を訪ねていったら「中共中央対外連絡部」の看板があった、「民間平和団体」だと思っていたら、共産党の機関でした、と言っているのである。


この報道は、もちろん広島市にも伝わっている。知らなかったなどとは言わせない。2004年には、中国人民平和軍縮協会が共産党の機関であることはわかっていたはずである。自国の核兵器を正当化し、日本人に「戦争をしかけた」罪の意識を持たせ、籠絡するために、広島市との交流を利用していることを十分認識できたはずである。

それ以降も彼らを招き入れてきた広島市は、税金を使って、いったい何を話し合ってきたのだろうか?広島市は、中国人民平和軍縮協会との話し合いの内容を「広島世界平和ミッション」ほどに明らかにはしていない。市が公表している記録はどれも「交流しました」「意見交換しました」とあるだけである。これは報告ではない。

市が公にしていることといえば、行政評価(自己評価)の中で、中国人民平和軍縮協会との交流事業が、達成度の低い行政事業として評価を受けていること、年々、振り分けられる予算が減っていることだけである。しかし、減額されているとはいえ、財政難に苦しみ、必要な経費まで削り続ける広島市において未だに予算が付くということは、依然としてある程度の価値のある事業として認められていることを意味している。

23年(広島県が提供している市の資料)
http://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/life/48288_55257_misc.pdf 12ページ
24年(広島県が提供している市の資料)
http://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/life/162132_264994_misc.pdf 13ページ

広島市は、これまでの中国人民平和軍縮協会との交流の詳細を明らかにし、予算を切るべきである。


最後にスイス政府が国民一人一人に配っている『民間防衛』を紹介しよう。27ページ。
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さらに、われわれは、一国の占領というものには、いろいろの形態があることを考えねばならない。強大国は、核破壊兵器を保有しており、弱小国に対しては、これを用いずに戦わずして手に入れようと、圧力をかけてくることも可能である。核戦争によって砂漠のように荒廃した国を手に入れるよりも、物資が充分供給されている国に手をつけるほうが、得策ではないだろうか。

そこで戦争は心理戦の形態をとるようになり、誘惑から脅迫に至る、あらゆる種類の圧力を並び立てて、最終的には、国民の抵抗意識を崩してしまおうとする。現代においては、宣伝の技術や手段はきわめて発達しているので、あらゆる形での他国に対する浸透が可能である。

・・・ある国のごときは、防衛の態度を何ら示さないうちに敗北し、占領されてしまった。なぜかと言えば、それは、その国民の魂が、利害関係のある「友人」と称する者の演説にここちよく酔わされて、少しずつ眠り込んでしまったためである。

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保守の一有権者の立場から、今回の参院選がどんな風に見えていたか、維新の「はいおか」に流れ損なった票を中心に、思いつくまま書いてみる。

今回の選挙は広島の保守にとっては実質、「負け」である。

広島選挙区では、自民党が、取れる議席を放棄するかのように、一人しか候補を立てなかった。これがすべてだった。2議席目を左翼にやってしまう現実の危険と隣り合わせで、民主と、維新の新人と、小沢の側近の3人が争うという信じがたい選挙にしてしまった。

案の定、民主党が議席を獲得、改憲を掲げた候補が惜敗するという最悪の事態を招いた。春に、広島市本通りで行われた街頭の調査で、改憲を求める声が護憲を圧倒しながらこの結果である。最大の戦犯は自民党である。

維新の新人灰岡は善戦したが、改憲を望む人たちの票を集めきれなかった。もともと保守と灰岡とは改憲以外では、政策的にあまり近くない。平沼、中山といった総理が務まる旧たちあがれの応援が入ったが、及ばなかった。

敗因は候補の力不足が最も大きく、周囲に力のあるブレインを配置できなかった上、二人の党首の迷走が尾を引き、保守の票を溝手へ一極集中させる結果になった。溝手は改憲に消極的なので、改憲の票はほぼ死んでしまったことになる。

立候補表明がやや遅れ、立候補の時点で政策がほとんど文字になっておらず、公式ホームページにおいてさえわずかに表明されているだけだった。まずいことに投票日に至るまでこれを放置した。掲げる政策を文字にして詳しく読める状態にしなかったことは立候補者としては致命的である。残る実質2候補が左すぎるため、改憲がかかる今回の選挙では他の政策で多少の考えの違いがあっても、保守層の支持を灰岡に集めるチャンスはあった。

また、自己紹介に終始する街頭演説が多く、それに伴い政策が語られることが少なく、全体の印象としては「やりたいことが伝わらない」というよりも「やりたいことがないのではないか?」という不信を抱かれたのではないだろうか。「最年少の挑戦」も政策を十分伝えてこそであり、これなくしては逆効果だ。

灰岡には、有権者の一人として、7月4日にアメブロのメッセージを使って、政策を文字で発信するようお願いした。外交、国防、経済について言及するよう、また改憲を地方分権以外の観点からも説明するよう、さらに改憲の効果、支那公船の領海侵犯、東アジアの外交、消費税増税の時期と規模、TPPの是非、など国会議員として語れるはずのトピックを挙げ、候補の考えをホームページで発信するようお願いした。

合わせて、中国総領事館の広島誘致に、国防の観点から反対を表明してくださるようお願いしたが、残念ながら聞き入れてはいただけなかった。代わりに?彼女はブログの中で政策を小出しに表明していく。このこと自体は悪くなかったのだが、公式ホームページで説明されているということに代えられるものではない。政策以前の見識、常識が問われたと言っても良い。

民主党政権下で国民が高い授業料を払って学んだこと、それは「何をやるかわからない人に投票できない」。「説明し、わからせる」ことが重視された選挙だったのではないだろうか。

端から見た感想にすぎないが、自信を持って政策を丁寧に説明する努力を怠ったことが良くなかった。


話は変わるが、6年前にやはり30歳で参議院選挙に立候補した女性を知っている。彼女とは、1年間だが同じ大学に在籍し、たびたび話をした。「学生保険部会」という日本最古の、一種の学生保険組合を運営するサークルに所属した。ぼくがお邪魔したとき、彼女はそこの部長だった。朝、運送会社で働いてから登校していた。議論において少し偏屈なところがなかったわけではないが、人の話をよく聞き、団体交渉に向かう姿勢は一貫しており、女性にしては言葉数が少なく、部員から信頼され、サークルの運営は盤石だった。

この年、幸運にも倍率の高い、箱キャン(同志社大学函館キャンプ)の参加者に同時に選ばれ、ここでも同じグループで活動することになった。華やかさはないが存在感があり、感じの良い人だった。当時の栞を見ると、好きな言葉は「ありがとう」、将来の欄には「大きくなる」。

彼女は文学部でありながら、関西で行われることになった松下政経塾の分校の1期生に選抜された。「受かったでー」と喜んで部室に入ってきたときのことが思い出される。

6年前の選挙は、風にも乗って大勝し、今年は逆風のもと、不人気な党で、とんでもない極左思想を掲げ、極左本流の支持を手堅く集めて、今日、再選を果たした。

現在動画サイトに残る国会での彼女の演説は、こんなに左だったかと思うほどぼくの考えからは遠いし(もちろん、6年前も支持していない)、声のトーンが高く、言葉数も多く、かつての姿は微塵もないが、今でも人としては、悪くないだろうと信じている。

彼女には、もっと勉強して左翼はやめろと、エールを送りたい。


実はこの年、神学部の同級生で、前述の学生保険部会でご一緒させていただいた聡明な女性がもう一人いる。頭が良いというだけでなく、素直で、性格の良い女の子だった。今回の選挙で当選を果たした自民党の衛藤晟一と瓜二つである。しかし、似ているのは顔だけではない。この人の弱者の立場に立ち穏やかだが率直に発言する姿勢が、やはりよく似ている。

衛藤晟一さんは、昨年5月、ラビア・カーディルさんが来日した際、懇親会でお見かけした。先月、広島へ来られ、お顔を間近に拝見した時にもこの感慨を新たにした。

こちらは不思議なほど近い。

国政選挙は意外に身近だと思った。