広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける -38ページ目

広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける

広島に県、市、県議会、市議会、経済団体を挙げ、中国総領事館を誘致する計画があります。
経済にばかり走り、国家安全保障を考えない誘致計画に警鐘を鳴らします。

東京支部は、支部長の解散宣言の後、離党者を出し、有志による再建チームが結成され、役員を交代させ、法的な整備を整えたのち、数ヶ月後に再出発することになるのですが、結局党員は、事件の全貌どころか、ほんの一部も知らされませんでした。事務局との関連も藪の中です。

 

東京支部の解散という情報は、辞めていく支部長自身に、何も伝えないまま辞めることはできないという最低限の配慮が働いたため、党員に「たまたま漏れた」ものであり、もし何も言わずに辞めていれば、事態を知る者は、ほとんどいないはずでした。もちろん、私もその一人です。

 

一連の出来事は、神谷宗幣が、党内に重大事件が起きても事態を党員と共有する意思がないことをはっきりと示しました。そして、それまでにいったいどれほどの隠し事があり、その後も、党員に対し、どれほどの隠し事をしていくのか、立ち止まって思い巡らすに十分な機会となりました。

 

知らされない党員数、わからない事件、そして、決して行われることのない説明と監視の目、これらが重なり、私は、自分たちが、人為的に操作された情報の中で夢を見させられ、参政党というマトリックスの培養槽の中で養分を抜かれながら眠らされている存在なのではないか?との考えが脳裏をかすめました。

 

ここに、私の離党からちょうど3ヶ月後に党を離れた方のブログがあります。私ではない別の人物の視点から書かれたものです。

https://www.narimatsu.net/blog3/article/210723a

 

直接は存じ上げないのですが、彼が経験した「秘密主義と官僚主義」が手に取るようにわかる気がします。その手記には真実の響きがあります。事務局は間違いなく、何かを知られることに恐れを抱いていました。そして、その究極の原因を神谷宗幣という個人に収束させている点でも、結論を同じくしています。

 

さて、皆さんは、私やこの方の残した手記を、どのように読まれるでしょうか?

現在の党員で、東京支部が数ヶ月間なくなっていたことを知っている人はどのくらいいるでしょうか?

 

2021年2月のこと、東京支部の初代支部長が突然、啓発班に「東京支部はもうありません、離党のため退室致します。ありがとうございました。」と短く書き込み、東京支部がなくなりました。

 

党内で、最も大所帯、かつ活発に活動していると思われていた支部の支部長が、突然解散宣言を行い、いなくなってしまったのです。事情の説明はなく、ことの重大性に気がついた人たちの間に動揺が広がりました。当時の啓発班は大人の対応ができる人が多く、これを重大事と捉えた人も、啓発班のchatの中ではこれ以上話題にはせず、平静さを保ちつつ水面下で連絡を取り合いました。

 

私は東京支部に友人が複数いたため、多少のことは聞くことができましたが、それでも全体像は分かりません。数日後、このままでは噂話が先行し党内に良い影響がないと感じた私は、chatworkのチャンネルで、神谷宗幣に直接、「このままでは党内に不安が広がるだけなので、知っている情報があれば党員と共有してください」という趣旨の短いメールを送りましたが、返事は来ませんでした。

 

そこで支部長からも働きかけをしてもらった方が良いと考え、支部長に相談したところ、実は私が神谷にメールを出すよりも前に、同趣旨のメールを送っていました。党員に事情の説明が行われないまま時間が過ぎており、二人で相談し、督促のメールを送った方が良いよね、という話になり、再度、支部長から同様のメールを出してもらうことになりました。

 

当時、chatworkは、こちらから出したメールの回答が返ってこないと、再度メールが出せない仕組みであり、一介の党員に過ぎない私は返信をもらっていない以上、再度こちらから働きかけをすることはできませんでした。2週間経っても私には回答がありませんでしたが、支部長には、何も公表するつもりがない旨、返事がありました。

 

このようにして、最大の支部であった東京支部の消滅は当事者を除いた全ての党員に、その事実関係を含め、実態が伏せられたままになりました。

 

啓発班に所属していた人たちにも、結局、最後まで公式のアナウンスはなく、事実、この件につき、どのような手段によっても、党員に対して説明が行われることは全くありませんでした。

 

もちろん、私が送ったメールに対する神谷宗幣からの返事は、今に至るまでありません。(続く)

支部で反対の声を上げることができなかった私は、最後に残された手段として、啓発班の良心に委ねる他なく、2021年4月22日、啓発班に「離党のお知らせ」と題した最後から2番目のメッセージを投稿しました。(私が党員として参政党に残した最後のメッセージは、https://ameblo.jp/consulate/entry-12782140243.html

 

以下、投稿の引用

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離党のお知らせ

 

元々、個人的に活動していましたので、以前の状態に戻すことに致しました。

 

今後も氏神を守りながら、特攻隊戦没者慰霊顕彰会、靖国神社、他、いずれも10年以上のお付き合いのある団体を中心に、政治とは一線を画して、細々と活動して行きます。YouTubeのアップが一年近く滞っていますが、いずれ再開していきたいと考えています。今後にご期待ください。

 

参政党では、2021年度の選挙について、都議選は良い結果を生まないので、できるだけ避けた方が良いこと、西尾市、葛飾区での選挙が目標になり得ることを、早くからお伝えしてまいりました。

 

また、党の発展に役立つとの思いから、政党としてのカラーを決めることを提案し、党内の多くの方から支持をいただきました。ありがとうございました。

 

発案した者として、その初めからお伝えしているように、誰かの決定を追認するのではなく、党員の投票というプロセスを経て決定されるよう期待しています。

 

取り組みを表明し、途中で投げ出す形になった案件について、たいへん申し訳なく思っております。

 

すでに党籍がありませんので、あらゆる評決に加わらず、土曜日の夜には退席いたします。

 

一年間お世話になりました。たいへん勉強になりました。

皆様、ご親切にしていただき本当にありがとうございました。

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引用終わり

 

私は、党内で人間関係の問題を起こさず、主張すべきを主張し、最善を尽くし、最後までどなたとも円満に過ごし、自分で離党の日時を決め、これを粛々と実行しました。離党して去って行く者としてできることは、これが精一杯でした。

 

今の党員は、あのオレンジ色を見て気持ち良いと感じるかもしれません。しかし、その経緯を最初から最もよく知る私から見れば、参政党のオレンジ色は独裁と権利放棄の象徴です。参政党は文字通り、オレンジの似合う”そのような”党に育ちました。

 

支部内でたった一人、私に賛成票を投じた人も、私が離党してしばらく後、2021年内に離党しています。仕組みを変えてゆくことができないと諦めた人たちが、離れていくに従い、異形の組織はますます純化し、やがて、自らのおかしさにも気が付かなくなり暴走を始めます。

 

一介の党員などに権利を与えて行使させたら大変なことになってしまうという指導者の発想が独裁を生む一方で、権利を持つ民衆が判断力を失い、自らの持つ数の力で民主主義にトドメを刺す。これは何も参政党だけが陥った失敗ではなく、今日、不完全な制度である民主主義という政治形態と向き合わざるを得ない現代人全てに対する警鐘と捉えることができると思います。

私が啓発班に提案を投稿した2020年10月には、支部がほとんど設立されていなかったので、まだ支部長会議もなく、党員のアイディアを事務局へ上げる公式なルートは全く存在していませんでした。

 

そのため、DIYと言いながら参政党の党のカラーを定めて活動に利用するというアイディアは、定めのない期間、何もできないまま放置されることになりました。当時、党が小さかったにもかかわらず、ボードも事務局も、一部の党員を除いて、連絡がつかない遠い存在でした。

 

結局この話は半年間放置され、2021年、私が離党する月になり、支部長会議の場で「参政党の色はオレンジ」と、支部長たちに通告されるという形で、突然、蘇ったのでした。支部長に、これは決定事項なのかと確認したところ、「覆らない、これで行く」ということだったと伝えられたので、急いで支部内で事務局への反対動議をまとめようとしました。

 

私は、支部で次のように主張しました。

 

・政党の色を決めることは私が発案者であり、提案の最初から、これは党にとって重要な決定であるので運営党員だけでなく一般党員を含めた党員の投票によって決することを併せて提案した案件である。

 

・提案時すでに党員の中から具体的な色についての意見が上がっており、事務局の上位下達によって押し付ければ、党員が持つ個々の意見が潰されてしまい、またDIYの精神にも悖るため、党員による意見の表明と投票は必ず実施されるべき。

 

これはすんなり支部内の同意を取り付けることができると思ったのですが、結果は正反対でした。あろうことか、支部長が、支部内で決を取ると言い始めたのです。多くの個々の意見が潰れてしまう事務局の決定は非民主的で本来選択肢にならないはずであるのだから、反対意見がある人に意見表明の機会を与えれば済む話であり、投票にはそぐわない案件でした。

 

ただ、私の方で、支部内の党員たちがどのように判断するかを知る良い機会になると考え、支部長の判断には反対せず、成り行きを静観することにしました。

 

結果は、60人以上在籍していた大きな支部でしたが、私に同意する票を投じたのは、たった1人だけでした。あえて反対する必要はない、そのままで良いというのが支部の総意でした。結果として、私が所属している支部からは反対の声を上げられず、事務局の専横を追認することになりました。それは党員自らが持つ決定権を放棄した瞬間でした。

 

事務局の独裁的な傾向に加え、党員の決定権の放棄が重なれば、将来この党がどのような危機を招くことになるかを想像することは、私には難しいことではありませんでした。(続く)

2023年1月8日、参政党公式HP【政党DIY】登録者が1,000人減少して215,000人となった。減少を記録したのは、2021年12月7日以来、13ヶ月ぶり。

 

【政党DIY】登録者は、前回の参院選出馬表明前の2021年12月7日に100人の減少を記録(登録者:66,500人)したのを最後に、同月21日より、2022年7月まで急激な増加を続けた。

 

参院選直後の8月より、登録者の増加が止まり、長らく216,000人で横ばいが続いていた。

 

https://yutura.net/channel/20444/chart/