広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける -37ページ目

広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける

広島に県、市、県議会、市議会、経済団体を挙げ、中国総領事館を誘致する計画があります。
経済にばかり走り、国家安全保障を考えない誘致計画に警鐘を鳴らします。

2022年7月の参院選挙活動中、神谷宗幣は「政策がないのはむしろ良いこと、政策は党員で決めていく」と、あたかも政策が決まっていないことが参政党の強みであるかのように宣伝しましたが、欺瞞という他ありません。

 

参政党の企画は2018年から神谷とKAZUYAの二人で始まっていました。

https://youtu.be/bF3iulJd2wI?t=1596

 

しかし、4年後の参院選後にも、識者から「今のところ政策は極めて危うい…このまま大きくなられると困る…」(飯尾潤政策研究大学院大学教授)と指摘されています。

https://youtu.be/TH_rLDTdm_Q?t=2966

【徹底議論】参政党・神谷宗幣氏を生直撃 コロナ対策・党勢拡大…次の一手は?【深層NEWS】2022/08/19

 

参政党は政策の決定、及び政策決定の仕組みづくりについて、2018年から2022年までの四年間、つまり結党までの約2年、結党してさらに2年、何をしていたのでしょうか?

 

結論を述べれば、十分な時間がありながら、そして多くの人の往来があり、努力したにもかかわらず、具体的なものは作ることができなかった、というのが事実です。

 

以下、およその経緯をまとめると。

 

参政党は前史として、大雑把に、2018年から神谷、KAZUYAによる話し合いの段階、これに渡瀬が加わって3人による協議の段階を経、結党近くなり、松田と篠原が加わるという経過を辿りますが、政策論議は継続的に行われてきました。

 

新党に期待する人たちの間で「結党までに時間がかかりすぎている」という苦情が寄せられるほどで、結党まで2年を要したのは、政策がなかったことが一因でした。神谷もKAZUYAも当初は、「政策がない政党などあり得ない」という正常な感覚を持っていたと考えられます。

 

2020年4月の結党時には、党の理念と綱領のみ存在し、党員募集に際し、政策は党員が作ると述べており、政策作りに携わりたい人は運営党員になることが勧められました。

 

2020年は、支部が出来始める10月までの間も、設立準備段階の支部チャット内や、啓発班、減税班(減税会)など(当時、他にも教育に関するコミュニティーなどが立ち上がっていた)で、それぞれ議論が始まっていましたが、政策の決定プロセスが存在せず、ただ言い合いをしていただけでした。この時期、事務局の力点は党員をスクールに参加させることに置かれ、スクールに参加する人が集まらないと金が集まらず選挙ができないという危機感が上回っていました。

 

2020年後半には早くも、参政党について2つの評判が立つようになっていました。一つは、「参政党は勉強ばかりして選挙をやらない」、もう一つは「政策がない党」で、これは党内外の一致した見方でした。選挙については稿を改めることにしますが、党内の雰囲気はすでに政策作りが「遅れている」であり、「早く政策を作らないとね」という人が多かったと記憶しています。私自身が、啓発班と支部チャットに政策に関連した多くの投稿をし、減税班の議論の成り行きを見守っていたのでよく覚えています。教育関係のコミュニティーは議論が行き詰まり停止状態になっていました。

 

事務局にも政策が具体化しないことへの危機感があり、政策を作る人を募り始めるようになります。その人たちには、通常のDIYスクールに加え、政策立案者になるためのスクールが用意され、これを有料で受講した後、定期的に東京に集まれる人たちのうちからさらに選抜が行われ、「政策立案チーム」が作られました。

 

このプロジェクトが進み、彼らが参加していたチャットで話を聞くと、実際には政策立案などという代物ではなく、松田プラン(MMP)を理解し、いかに党員に伝わるよう言い換えるかという作業になっており、うんざりしていました。その後私は、2021年4月に離党しているので、中のことはわからなくなりましたが、2021年夏には減税班が政策協議で神谷と決裂し、解散、離党。

https://twitter.com/sanseito_taxcut

 

党が現在公式に発表している政策らしいものとしては、3つの重点政策と新しい国づくり「10の柱」( 2021年11月 現在 )

https://www.sanseito.jp/jyunohashira/

ぐらいであり、政策というよりは、方向性を示したものです。そして、そこには次のような但し書きが添えられています。

 

〈政策例の掲載について〉 参政党の政策は、党員主体で決めていきます。ここまで話し合いを重ね、10の柱とそれに紐づくコンセプトまでを固めてきました。さらに具体的なイメージをもってもらうために、政策例を示していましたが、これは党員の審議を経たものではなく、内外に誤解を与えるとの声が上がったため掲載をとりやめました。参政党は参議院議員選挙後に党員による政策チームをつくり、より具体的な政策づくりに取り組んで参ります。

 

参政党はこれまで足掛け5年にわたり政策作りに苦しみ続けており、その都度「党員が民主的に決める」と言い繕って、先延ばしにしてきました。政策が決まらないまま時代は移り変わり、実績から言って、この党が臨機応変に国民に必要な政策を微調整して公表するなど到底不可能です。

 

現時点でも、政策決定の手順もままならないところ、あらゆることが独裁で決められているという被害の声が上がるようになっており、今後も、具体的な政策を打ち出すのは絶望的です。

 

「政策は党員が決める」という宣伝は真っ赤な嘘であり、この党に、その能力はありません。

ここまで、2つのインタビュー、参政党の公式番組でのトークの起こしを行ってきました。そこから見えてきたことについて解説して行きます。もちろん全貌がわかるはずもなく、以下の私の分析についても双方、共に言い分はあるでしょう。事実と異なっているというのであれば、それぞれ反論していただければ良いし、ご希望とあらば、こちらに掲載し読者に供することも致します。

 

さて。

 

神谷「確か3万円か5万円ほど顧問料もらってましたけど、何回か行って会議して、実際、僕もいろんな人たち繋いだり、交渉したりしました」

籠池「平成25年程度というのは、僕の頭の中では学校づくりの概要はできておったんですけど、もっと具体的にという詳細なところを、いろんな有識者の人に詰めてもらうための一貫として、神谷宗幣さんの知恵を借りようとしたことは確かなんです」

 

と語られているように、両者の間に、顧問契約があり、顧問料が発生し、金銭の授受があったことに異論はありません。働き方もまさに顧問としての働き方であったことが読み取れます。この点に争いはありません。

 

むしろ、わずか半年ほどの顧問契約でこれほど人間関係が壊れていることに驚きを禁じ得ません。他にも言うべきことのある二人の関係ですが、長くなるのでNさんをめぐる問題だけに絞り、取り上げます。

 

神谷「僕が紹介したね、Nさんの学校のプランとかも、その人の名前入りでね、その人結局雇わなかったのに、企画だけパクって、資料に載せてたらしい」

 

Nさんに給料(それはアルバイト料であったかもしれないが)が払われている間にNさんが残した仕事に関して、神谷は「企画だけパクっ」た、と言っていますが、Nさんの名前とともにその仕事内容が資料に記され残されたのは、むしろ良心的な扱いであり、Nさんにとって名誉なことだったのではないでしょうか?それとも企画内容も名前も資料から削ってしまった方が良かったのでしょうか?

 

一例として、すでに述べたように私は、参政党の一般党員であった一年間の間に、党のカラーを決め、これを党勢の拡大のために有効利用するというアイディアを単独で提出していますが、これは勝手に抜き取られ、本来の形を歪められ、名前も残りませんでした。参政党の体制こそ、金を払わず、企画だけパクって、資料に載せない "パクリシステム"なのではないでしょうか?

 

「平成25年程度というのは、僕の頭の中では学校づくりの概要はできておったんですけど、もっと具体的にという詳細なところを、いろんな有識者の人に詰めてもらうための一貫として、神谷宗幣さんの知恵を借りようとした」からこそ、顧問契約を結んだ籠池さんに対し、顧問料を受け取りながら「実際入ってみたら全然ですね、中身がダメで」あることを後々別の場所で公表する一方で、その実、助成金の引き出し方、学校経営のノウハウをパクって自らの学校設立に流用した(背任)のは、神谷宗幣の方だったのではないでしょうか?

 

籠池さんは、「神谷宗幣さんにはそういう…知恵はなかった。全くなかった」、文書による提案もなかった、と述べ、見込み違いであったことを嘆いています。

 

またNさんの雇用に関して、

 

神谷「私の紹介した方がプロジェクトリーダーをすることになり、その方が前職を退職されたのちに、籠池さんの方からやはり雇用する予算がないと白紙撤回されたため、私はそんな非常識な話はないと抗議し、アドバイザーを辞職しました

 

と、ブログに記されていますが、

 

籠池「雇用する金額というか、報酬ってあるじゃないですか、その報酬が、まだ…小学校もできてない段階から、べらぼうな金額を請求してきたわけですよ。金額というのは、その当人というか、元府会議員だった人からの請求じゃなくて、神谷氏自身から請求してくるわけ」

菅野「ここで神谷が言うてるプロジェクトリーダー本人から、これだけ給料くださいと言うてるじゃなしに、神谷が請求書回してきたわけですか?

籠池「そうそうそう。そうなんですよね」

 

籠池「具体的な内容を提示することなく、しかも、なんて言うのかな、相手方、元府会議員の方にも、きちっと説明することなく、私の方に紹介して、そして、物事進めようとしたもんだからね、そんなのダメなんじゃないの?と言うことで、そうですね1時間ぐらい…1時間半ぐらい電話で、移動しながら議論しました」

 

これをもって2人の関係が終了してしまったことは双方の証言が一致しています。籠池さんは、まだ経営が成り立たないうちから、Nさん一人に対して、70万、80万の月給が払えるはずがないと雇用できなかった理由を述べていますが、神谷自身はこのことに触れず、むしろ「そんな非常識な話はないと抗議し」ています。

 

ここで、籠池さんが見た「龍馬プロジェクトの形」に注目してみたいと思います。彼は、龍馬会、もしくは龍馬プロジェクトの、少なくともその機能の一部に、派遣業の性質があったことを見て取っていました。

 

Nさんへの給料の件も、籠池さんはその法外な金額の「その中にはね、紹介料みたいなものも入ってただろうとは思うけども、後で考えるとね」と表現しています。

 

実際、神谷が行おうとした金の動かし方は、派遣元会社の社長のそれです。

 

派遣会社が、他企業に人を派遣する場合、その人の雇用契約は派遣元会社の中で締結されるものです。派遣先へは、紹介料、人件費等を含めまとめて請求し、派遣元会社が受け取った額とは直接関係なく、別途、雇用契約がある従業員に給料を支払います。よって、派遣されている人が、派遣先で、派遣先の社長と給与の額を話し合うことは決してありません。

 

籠池さんはこの制約の中でしか、神谷宗幣と話し合いをすることが許されなかったと考えられ、1時間、1時間半という時間、Nさん本人不在の話など「そんなのダメなんじゃないの?」と問答になっています。つまり、籠池さんには、Nさんを直接雇用する意思があったと思われます。彼が「雇用する金額」「報酬」と言う言葉を使っていることからも、直接雇用が念頭にあったことは明らかなのではないでしょうか?

 

一方、神谷宗幣にとっては、直接雇用されてしまうと、それ以降、金が一切入って来なくなって旨味がないため、これを許さず、派遣の形を譲りたくなかったのでしょう。だとすれば、話が噛み合わず決裂するのは当然です。

 

龍馬プロジェクトというのは、他の機能もあるにはあったのでしょうが、神谷宗幣の立場に立てば、以上見たように、利益獲得の手段の側面が大きく、見返りもなく落選議員の就職先を斡旋するというものではなかったことがわかります。

 

籠池さんは、長いインタビューの時間、全体を通し、抑制的で、感情的に相手の悪さを言い立てるようなことをしていませんが、神谷宗幣はわずか3分半の中に、「中身がダメ」「あの人たち酷くて」「もう無茶苦茶」「ゲス」など相当量の悪口を盛り込み憎しみを隠しません。しかも数千人の視聴者がいることを理解していながら、一方的に捲し立てています。こういう人物が公党の党首の器と言えるかどうかは、皆さんで判断してください。

 

私は、資料と分析を提供致しました。

菅野さんの籠池さんへのインビューの2日後、2022/07/08 に、神谷宗幣本人が、この件について、公式ライブで語っています。公平を期すため、また読者に判断材料となる資料を供する目的で、関係する箇所の文字起こしを行いました。

 

【毎日LIVE】7/8(金)22:00~生配信!!選挙特番!参政党公式YouTube 2022/07/08

https://youtu.be/TUFs_LHRAZk?t=2390

39分55秒から43分24秒まで。一人で、一気にしゃべっています。

 

「どうせ叩かれるんで、先に言っとくと、僕、ほんとに森友学園でちょっと働いていたことがあるんですよ。元々僕の後援会長の方が、籠池さんと知り合いで、安倍晋三記念小学校を作るということだったから、協力してくれということで、僕それまでわかんなかったから、内情が。

 

で、実際入ってみたら全然ですね、中身がダメで、それをなんとか立て直そうということで、僕の知り合いの元議員の人、入れて、プロジェクトチームをね、作ってたんですよ、作ろうとしてたんですよ、そしたら結局ね、その人が会社をやめて入るってなった直前に、お金がないからやっぱ雇えないと言い出して、それまでもいろいろね、もう一個の保育園行ってきてくれとかね、色んなこと言われてたんですけど、いかんせんもう彼はトラブルすぐ起こすんで、で、これ一緒にやってたら、どのくらいになるかわかってたから、もうそのね、僕のそのNさんって方が、その方がもう雇われないという段階でやめたんですよ、うん。

 

にもかかわらず、ね、あの人たち酷くて、僕の名前をずっと役員で残してたらしいんですよ、役員の(速くて聞き取れない)正式名称知りませんけど。それをどっかのジャーナリストがね、あの神谷はすぐやめたって言ってるけど、(速くて聞き取れない)に名前が残ってる、そりゃ、向こうが残してたんだから、僕は知らないすよ、僕役員名簿とか見てないし。

 

それから僕が紹介したね、Nさんの学校のプランとかも、その人の名前入りでね、その人結局雇わなかったのに、企画だけパクって、資料に載せてたらしいんですよ。もう無茶苦茶。

 

う~ん、それでね、結局僕らもそうやってしたのに、また今頃になって、こっちの名前が出てきたのをほじくり返して、それで突こうなんてね、まあ、ほんとに、それをねえ、やってる人たちもまあ、さっきの吉野さんの話もそうなんですけど、ゲスなことが多すぎる。ほんとに。うん、僕らもそういうことじゃないんですよ、って何回も何回も言ってるんだけどね、日本の政治は。でもそのレベルなんだなと思って、改めて日本の言論とか政治がね。すごくね、あの、残念だな、と思った。ということ。はい。言わせてください。

 

まあ別にいいですよ、森友問題のこと、別に何にもやましいことありませんから。はい。ちゃんと6ヶ月5ヶ月忘れましたけど、その間の、確か3万円か5万円ほど顧問料もらってましたけど、月、何回か行って会議して、実際、僕もいろんな人たち繋いだり、交渉したりしましたし、はい。

 

もっと僕の妻の名前も出てるんですよ。はい。あの、僕の妻は僕と結婚する前に、森友学園で、まあ、人が足りないっていうから紹介して働いてたんですよ。いつも働いていたから内情全部知ってるんですよ。それも聞いてたから、その時は別にまだ付き合ってなかったけれども。聞いてたから、ああ、これは無茶苦茶だなと思って。はい。

 

僕ね、文春とか、新潮に言ったんですよ、あれは安倍さんがやらせてたんじゃないって。ね、学園の側が安倍さんの名前とか、奥さんの了解は取ってたらしいですけど、安倍さんや天皇陛下の名前使って、ね、寄付集めようとしてたんですよ。

 

僕はそれをちゃんと文春とか新潮に教えてあげたのに、はい。まあま、そんなことがありましたと。まあ、黙ってたんですけどね。まあ、こうやって名前が出てくると、いろいろ過去をほじくり返して、そういうものでみんなを傷つけるんですね、それが日本のね、マスメディアなのかなと思うとちょっと悲しくなりますよ。はい。

 

ということをまあ週刊誌はそのうち載るでしょうからね、はい。先に言っときます。はい。そういうの僕にちゃんと聞いてから記事にすればいいのにね。

 

なんか今日も確認だけでしたよ、確認してる段階で、どういう記事書くかわかるもん。うん。はい。」

 

加賀に於ける幼児対象のキッズスクール、小中学生対象のフリースクールがすでに運営されています。

てくてくの杜

https://tekutekunomori.jp

 

菅野完さんが 2022/07/06 、籠池泰典さんにインタビューしたものです。たいへん重大な証言が取れているので、こちらの動画も文字起こししました。

 

 

 

菅野「まず、ちょっと一個一個事実を確認したいんですけれども、神谷さんの奥さん、が、森友学園塚本幼稚園に勤めてはったというのはほんまですか?」

 

籠池「それは事実ですよ。彼女は免許持ってないんでね、事務方、事務職員として務めてましたね。1年半ぐらいかなあ、神谷宗幣氏の方からね、ちょっと我々の事務職員が1人欠落してたんで、じゃあ神谷氏にちょこっとそういう話をしたことがあるんですよ。立ち話か何かでね。そうしたら神谷宗幣氏は「そいじゃ、いい人がいますから」ということで紹介されたのが、その今の奥さん」

 

菅「神谷さんが、神谷さんのご自分の奥さんを森友学園に紹介されたってことですか?」

 

籠「違う、違う、違う。まだその時は結婚されてなくてね、神谷さんを信奉しているというのか、なんか塾があって、その塾に入っている大学生の女の人をじゃあ紹介しますということで学園に入ってこられたのが、後々、神谷宗幣さんの奥さんになった人だと。僕は聞いてびっくりしたんだけど」

 

菅「まあ、俗な言葉で言うたら…神谷宗幣は自分の手付いた女を、塚本幼稚園入れたっちゅうことですね?」

 

籠「手、付いたかどうか、僕は知らないけれど、信奉されてた人を、我々の学園に入れてきたということだったね」

 

(中略)

 

菅「神谷宗幣が書いてること、まず読み上げますね」

 

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森友学園には関係していました。2013年だったかと記憶していますが、昨年お亡くなりになった市議時代の後援会長が 籠池さんのお知り合いで、「籠池さんが新しい学校を作りたいと考えておられるから協力してあげて欲しい」と頼まれてアドバイザーのような形で関わりました。
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菅「これはほんまですか?」

 

籠「うん。ええとね、はい。神谷宗幣さんの後援会長、市会議員の後援会長じゃなかったじゃないかなあ。あの人は、色んな所、大阪の東大阪とか別のところでも衆議院議員選挙に出ておってた人ですからね、その時の後援会長されてた人、から、が、私のこと非常に気に入っていただいてましてね、この人が神谷宗幣さんの後援会長とは知らなかったけれども、それが神谷宗幣さんに伝わったんでしょうね。確かに、どうやろね、関わったというより、棘が刺さったぐらいの程度しかされてなかったと思いますよ。全く大勢に影響がない。

 

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しかし、学校づくりの具体的な計画はできていない中、寄付集めを依頼されたので、カリキュラムづくりや先生の人選を先にしないと、先に寄付集めだけはできないとお答えし、プロジェクトチームを作る提案をしました。

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菅「これはほんまですか?」

 

籠「だいたいね、平成25年程度というのは、僕の頭の中では学校づくりの概要はできておったんですけど、もっと具体的にという詳細なところを、いろんな有識者の人に詰めてもらうための一貫として、神谷宗幣さんの知恵を借りようとしたことは確かなんですよ。ただね、神谷宗幣さんにはそういうものは、知恵はなかった。全くなかった。ですよ。だから、我々の方で、学園の方で独自に、そしてあのような瑞穂の国記念小学院を立ち上げる形になったということなんです。

 

菅「この提案もクソもなかった」

 

籠「うん、ないですね、うん。だって提案いうのは、文書に書いて提案するとかね、具体的な内容を提示するとかいうのが提案なんだけども、言葉だけで言ってるだけではどうしょもないですもんね」

 

菅「ぽろっと喋っただけやと」

 

籠「そうそう。でもねえ、あの当時ねえ、確か、議員選挙か、地方自治体の選挙が終わったぐらいで、ある方が府会議員を落選されてね、そして、あとどうしようかという時だったようなんで、じゃあ、この方、自分は、落選した議員の互助会みたいなものを今作ろうとしているから、この人、先生、森友学園の方で、学校作るんだったら、いろんな知恵も回るだろうから、使ってもらったらどうですか、っていう風なことからの始まりだったですよ」

 

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その後、私の紹介した方がプロジェクトリーダーをすることになり、その方が前職を退職されたのちに、籠池さんの方からやはり雇用する予算がないと白紙撤回されたため、私はそんな非常識な話はないと抗議し、アドバイザーを辞職しました

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菅「これはどういうことですか」

 

籠「これはねえ、いわゆる雇用する金額というか、報酬ってあるじゃないですか、その報酬が、まだ学園も、学園というか、瑞穂の国記念小学院の小学校もできてない段階から、べらぼうな金額を請求してきたわけですよ。金額というのは、その当人というか、元府会議員だった人からの請求じゃなくて、神谷氏自身から請求してくるわけですよねえ」

 

菅「ここで神谷が言うてるプロジェクトリーダー本人から、これだけ給料くださいと言うてるじゃなしに、神谷が請求書回してきたわけですか?」

 

籠「そうそうそう。そうなんですよね」

 

菅「なんぼ言うてきたんです、その請求書で?」

 

籠「なんぼだったかなあ・・・なんかねえ、70万か80万ぐらいじゃないかな」

 

菅「月々?」

 

籠「そう。普通に考えたら、『えー』っていう風に思うじゃないですか。その中にはね、紹介料みたいなものも入ってただろうとは思うけども、後で考えるとね」

 

菅「中、抜きよるわけですね?」

 

籠「そうそうそう。だから具体的な内容を提示することなく、しかも、なんて言うのかな、相手方、元府会議員の方にも、きちっと説明することなく、私の方に紹介して、そして、物事進めようとしたもんだからね、そんなのダメなんじゃないの?と言うことで、そうですね1時間ぐらい…1時間半ぐらい電話で、移動しながら議論しましたね」

 

菅「なるほど」

 

籠「彼とはそれっきりですよ、確か。」

 

菅「銭抜こうと思って、抜かれへんからおらへんかったわけですか?」

 

籠「まあ、それはどうかわからないけども、不誠実なことをやられましたね」

 

菅「っていうことは、当時彼は、落選議員の派遣会社みたいなことやってたわけですね?」

 

籠「あー、そうそう。そう。うん、そうですね」

 

菅「なるほど」

 

籠「だから私の方はねえ、その当時、我々の事務員で入ってきた先生と、神谷宗幣さんが、なんちゅうですかねえ、恋心を抱いているような関係だと全く思ってもいませんからね、綺麗な師弟関係だという風に思ってたわけなんで、彼女を事務方に入れたんだけども、どうもあとで考えていくと、森友学園の学校、幼稚園におけるノウハウをいろいろ、こう、外に出して行ってた感じが…」

 

菅「その女性を使ってね?」

 

籠「そうそうそう。で、だからそれをうまく構築して、今なんか私も耳に、この前誰かから入れてもらったんだけども、加賀かどっかのところで、なんかスクールみたいな、やってるということ、言ってらっしゃったけども、それが本当であれば、我々のノウハウを、やはり抜いて、そして、そこで使っているという自身、やっていること自体、大きな背任になるんじゃないかなと思ってますけどね」

 

菅「なるほどね…狡いやつですね」

 

籠「んー・・・神谷さん自身はね、衆議院議員にどうしてもなりたいっていう風な感じで、私も、安倍さんとかと親しくさしてもらってた時にね、神谷さんの方がね、『安倍さんにどうぞ頼んで、吹田市の方から出さしてほしいというようなことを言ってくれないか』ということを言われましてね」

 

菅「ほう、そうなんですか」

 

籠「うん、言われました、言われました。でもそういうところからは出馬できなかったんでね、彼自身ね」

 

菅「なるほど」

 

籠「うん、まあ龍馬プロジェクトかいう風なものを作って、中心になってやってたということを聞いて、僕はそう詳しくは知らんけども、まあ、幼稚園の方に、何度か見学にねえ、龍馬プロジェクトの人たちが来られて、まあまあ、それでもやはりいろいろ私の耳にもなんか、龍馬プロジェクトで講演会を開いてね、講師の先生何回も来られてるけど、その先生は龍馬プロジェクトお金ないんですわと言いながら、講師の先生には無料で働かしておいて、自分たちは入場料をたくさん取ってたとかね、それを聞いた講師の先生が非常に怒られて、もう2度とそんな講師にはならないって言って帰っていかれたとか言う話を聞いてますよ」

 

菅「おそらくその森友学園のノウハウをね、神谷さんが流用しているという証拠はあってね、神谷さん、イシキカイカク株式会社っていうのやってはるんですよ、自分で。で、とある一般財団法人から、2020年に助成金引っ張っとんです。」

 

籠「へー」

 

菅「しかも、義務教育学校の設立の準備という名目で」

 

籠「へー」

 

菅「イシキカイカク株式会社が小学校を作ろうとしてるなんて話はね、作ったっていう話も聞かないし、そのあと作ろうとしているという話も聞かない、今選挙でやってるだけですから」

 

籠「ほー…びっくり。うん、びっくり」

 

菅「びっくりでしょ。これフジ住宅の会社から引っ張ってきとるんですけど」

 

籠「あー、彼だったらするかもわからんね。するというのは、義務教育学校するんだという意味でするんじゃなくて、なんとでもこじつけて、資金を引っ張ってくるんじゃないんですかね」

 

菅「まあ、喋り方聞いてると詐欺師ですからね、あの人、典型的な」

 

籠「ああ、そういうことがあってるの、へー。2020年?」

 

菅「だから去年、一昨年ですわ」

 

籠「令和元年?あ、そう。」

 

菅「去年、一昨年です」

 

籠「令和2年に、なんとまあ、びっくりするなあ」

 

菅「でしょ」

 

籠「んー、びっくりした、はい」

 

菅「で、俺はちょっとそれでおかしいなと、思ってるんです。…昨日諄子さんのツイート見てたら、事務員と結婚したという話も出てきてたし、ほんで慌てて電話して、話聞かせてください言うてるんです」

 

籠「急にねえ、事務員の人も辞めるもんだからねえ、事務方の方も残った人が可哀想で、あのー、たいへんだったんですよ。たいへんだった。我々職員のことやったら、ぶつぶつ文句言う人はいないけど、やっぱり、突然いなくなるということをするから、…やっぱいかんのんじゃないかなあ、ああいう風な、人情欠けるようなことするのはいかんのじゃないですかね」

 

菅「・・・ようわかりました。…まあ、少なくとも本人に裏取るとか取らへん関係なく、書いてることがちょっと先生の記憶と違ういうことは事実ですな」

 

籠「全然違いますね。でね、彼自身はね、僕も今話しながら、うっすらと思い出してきたけど、いっとき、我々の学園のね、学園違うわ、ちゃう、ちゃう、ちゃう、森友学園じゃないわ、彼はね、私の…菅野氏もよく知ってると思うけど、肇國舎(ちょうこくしゃ)森友学園という社会福祉法人の…」

 

菅「保育園の方ね」

 

籠「そうそう、監事になってもらってた時がいっときあるんですよ」

 

菅「どれくらいの期間です?」

 

籠「1年くらいじゃないかなあ、ちょうどその時期なんです、その時期。うん、でも、もう、すぐ、削除しましたけどね」

 

菅「肇國舎の監事やってたってことですね」

 

籠「そうそうそう。・・・彼自身が、森友学園塚本幼稚園に就職してた、働いてたということは全くない」

 

菅「ただ、その行政に提出する文書には確かに監事って書いてあるけども、それは、確かに監事としておったことは間違いないということですね?」

 

籠「ああ、そりゃ、肇國舎のね」

 

菅「肇國舎のね、保育園のね」

 

籠「法人が違うからね」

 

菅「法人が違うと」

 

籠「なんかねえ、法人の監事になるんだから、報酬を要求されましたよ」

 

菅「また金か」

 

籠「…だいたい、理事会とか、評議委員、ボランティアが多いじゃないですか、ある程度功成り遂げた人がされるから…神谷さんの場合は、私の薄ら覚えやけども、確か、『えっ』ていう風な思って、監事に就任するのに、なんか、確か、金額、15万じゃないな、20万、なんぼだったかな、ちょっと忘れてしまったけど、お金を要求されておりましたね」

 

菅「なるほど」

 

籠「この方、なんか今度、選挙に出てるらしくて」

 

菅「そうなんですよ、で、参政党でたぶんこのまま行ったら議席獲得しはるんちゃいますかね」

 

籠「おお、そうなんですか。ふ〜ん」

 

(中略)

 

籠「最初に彼と会った時は、非常に純粋な吹田市の市会議員でね、・・・当初はそういう気持ちだったんだろうけど、いろいろ国会議員選挙を通じて、また人間として生きていくための中で、不純なものが身についてしまったのかなあと思いますけどね」

 

以下略

高久チャンネルさん「【ヒトラーの書を愛読!?】参政党の神谷宗幣のホラ吹き疑惑とパクリ疑惑を元森友学園理事長の籠池泰典氏が生電話で告白!!神谷宗幣の今」 2022/09/07 

の文字起こしをしました。

 

下記、関係資料の筆頭に挙げた菅野完さんのYoutube 

【森友学園】参政党・神谷の経歴詐称について 

では、高久チャンネルで語られていない内容が含まれています。併せてお聴きください。

 

内容の比較を容易にするため、また公平を期すために、神谷宗幣のブログからも関係箇所を掲載します。

神谷宗幣 日本会議 統一教会 森友学園 ネットワークビジネス 2022年3月7日

関係箇所のみ抜き出し

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■「森友学園」について

森友学園には関係していました。2013年だったかと記憶していますが、昨年お亡くなりになった市議時代の後援会長が 籠池さんのお知り合いで、「籠池さんが新しい学校を作りたいと考えておられるから協力してあげて欲しい」と頼まれてアドバイザーのような形で関わりました。

しかし、学校づくりの具体的な計画はできていない中、寄付集めを依頼されたので、カリキュラムづくりや先生の人選を先にしないと、先に寄付集めだけはできないとお答えし、プロジェクトチームを作る提案をしました。

その後、私の紹介した方がプロジェクトリーダーをすることになり、その方が前職を退職されたのちに、籠池さんの方からやはり雇用する予算がないと白紙撤回されたため、私はそんな非常識な話はないと抗議し、アドバイザーを辞職しました。関わっていたのは半年もなかったように記憶しています。

詳細を話してほしいと、週刊誌から何度も取材依頼がありましたが、籠池さんや紹介者の方の顔を潰すことになると思い、公言はしていませんでした。 

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以下、高久チャンネルさんの動画からの文字起こし

高久「最近話題の神谷宗幣さんも、…籠池さんの最初にやった幼稚園に絡んでるじゃないですか」

 

籠池「そう…、絡んでると言うのか、まずは設立を、計画を出す以前の時にね、こういう学校をつくるんだというなことを彼自身の方にも、どなたかを通じて、話が行ったわけですよね。耳に入ったというのが正しいでしょうね」

 

高「籠池さんの方から神谷さんに声がかかって、みたいな、どっちかというと私は呼ばれて助けてやったんだけど、あそこはとんでもないところだから、やめたった、みたいなことを言っていたので、そんなことあんのかなという‥」

 

籠「そりゃないですよね。あのね、神谷宗幣氏の後援会の会長、名前はちょっと、忘れてしまったんですけどね、もう亡くなったということだけども、その方が神谷さんに話をしたようですね。籠池さんがこのような学校やってるから、ちょっと話を聞いて、というか、相談に乗ってあげたらどうだろうという、その程度のもんですよね、実際、初め。ですから神谷宗幣氏が、私の方が頼んで来てもらったということはないですし、神谷宗幣氏というのは、ええと、人材を派遣するという会社をやってましてね、」

 

高「パソナみたいな感じですか?」

 

籠「そう、そう…だから何かの時に、私もちょっとこういう類の大学の、先生っていないですか?って、僕は聞いたことあるんだけども、まあ、その時、繋げなかったんですが、それについては、かなりの金額が、金額というか、お金によって動いてもらえるというか、その先生が、に、俸給を払うとその何%を彼が、もらって行くという話になってたようでね、」

 

高「それってあんまりいい印象じゃない、竹中平蔵がやってることとほとんど変わらない」

 

籠「そう、そう…まあ人材派遣業と一緒ですよ、いやそれね…」

 

高「いやあ私ね、ちょっとね、すいません、被せちゃってごめんなさい、彼らがやってることこそが、日本を救うんだみたいなことが喧伝されていることに、私は、非常に、絶望感を感じてるんですよ、」

 

籠「彼らというと参政党の人たち?」

 

高「参政党の人たち」

 

籠「もちろんそうでしょう。政策もなしね、そしてお金集めはなんか得意中の得意になってて、僕のところにも色々連絡があって、参政党の神谷さんについてどう知ってますか、どうですかという話があったんで、私も、今に至るというか、彼と最後に会ってから、今に至るまでの情報は頭に入ってきてるんですけどね、やはり良い話は聞かないですね。とんでもないと言われる筋合いはなくて、彼自身がアドバイザーとして派遣してきた人間の、例えば給与が100万円だったとします、その分の30%を彼のものにするということは、その人間との話合いの中で、できてたような感じですよね、そんなこと私知らなかったですね。だから神谷宗幣氏の言っていることは全くのデタラメで、しかも神谷宗幣氏の今、奥さんになっている人、奥村さんいう人がいるんですけどね、森友学園塚本幼稚園に神谷宗幣氏が、同志社大学にいい子がいますから、この子どうぞ入れてくださいということで、入ってきた子がいるんですが、その子が今、神谷宗幣さんの奥さんになってて、そして事務方でお願いしてた時に、その内容というのかね、森友学園のノウハウというんですか、教育のノウハウを持っていったと、いうな認識を私は持っているわけです」

 

高「要するに神谷宗幣は、パクったと?

 

籠「そう

 

高「本人は『森友が碌でもないから、私の方からやめて、自ら参政党を一人で10年かけて作り上げて、俺がこの日本を救うんだ』と、そういうストーリーになってるんですよね。それで結構みんなそこにワーっと行ってて…

 

籠「あー、それ騙されてんですよ、というのはね龍馬の会というのを彼、作っておった時があってね、そこにね、講師として招かれてた人が、まあ、Aさんという人がいるわけですよね、その龍馬の会は全然お金がないから、先生ちょっとなんとか無料でお願いしたいということで、無料でずっと何回も来られてたようなんですが、ところが、その龍馬の会の講演会の時にはですよ、たくさんの人が入ってた、でもその時に、なんですか、会費というのかな、講演会料の、高額な講演会料を取ってたと、で、そのことがその先生に知れて、なんということをするんやと、無償やと、無償、無償というか無料でこういう人たちが来てると思ってたら会費まで取って、しかも自分はボランティアで来てるのに、ということでそれ以降その先生は来なくなったと。いう話ですよ。その先生、私は知ってますけどね。名前も言いますけど…(話が遮られる)」

 

高「…ここはすごく巧妙な、扇動のスピーチをするな、と。…このやり方ってヒトラーがやったやり方に非常に近いんですよ」

 

籠「あ、それはね、高久さんね、この神谷さんいう人ね、ヒトラーのね、『我が闘争』というものを必読書にしてますよ」

 

高「あ、そうなんですか

 

籠「うん

 

高「えー。『我が闘争』っていうのは確かヒトラーが、監獄にぶち込まれた時に書いたやつですよね」

 

籠「そう。ミュンヘン争議(注:ミュンヘン一揆のこと)のね、で、捕まって、そして牢獄に入った時に書いたもの。これはもう奇跡と呼んでますよ、彼は」

 

高「ああ、そうですか」

 

籠「自分で言うてましたもの」

以下略。

 

関係資料

参政党の「神谷宗幣」は、“森友学園事件”に核心的に関与していたことが発覚2022年7月5日

6140.参政党の神谷宗幣氏は森友事件の当事者です!2022 09 31