東京支部は、支部長の解散宣言の後、離党者を出し、有志による再建チームが結成され、役員を交代させ、法的な整備を整えたのち、数ヶ月後に再出発することになるのですが、結局党員は、事件の全貌どころか、ほんの一部も知らされませんでした。事務局との関連も藪の中です。
東京支部の解散という情報は、辞めていく支部長自身に、何も伝えないまま辞めることはできないという最低限の配慮が働いたため、党員に「たまたま漏れた」ものであり、もし何も言わずに辞めていれば、事態を知る者は、ほとんどいないはずでした。もちろん、私もその一人です。
一連の出来事は、神谷宗幣が、党内に重大事件が起きても事態を党員と共有する意思がないことをはっきりと示しました。そして、それまでにいったいどれほどの隠し事があり、その後も、党員に対し、どれほどの隠し事をしていくのか、立ち止まって思い巡らすに十分な機会となりました。
知らされない党員数、わからない事件、そして、決して行われることのない説明と監視の目、これらが重なり、私は、自分たちが、人為的に操作された情報の中で夢を見させられ、参政党というマトリックスの培養槽の中で養分を抜かれながら眠らされている存在なのではないか?との考えが脳裏をかすめました。
ここに、私の離党からちょうど3ヶ月後に党を離れた方のブログがあります。私ではない別の人物の視点から書かれたものです。
https://www.narimatsu.net/blog3/article/210723a
直接は存じ上げないのですが、彼が経験した「秘密主義と官僚主義」が手に取るようにわかる気がします。その手記には真実の響きがあります。事務局は間違いなく、何かを知られることに恐れを抱いていました。そして、その究極の原因を神谷宗幣という個人に収束させている点でも、結論を同じくしています。
さて、皆さんは、私やこの方の残した手記を、どのように読まれるでしょうか?