広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける -32ページ目

広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける

広島に県、市、県議会、市議会、経済団体を挙げ、中国総領事館を誘致する計画があります。
経済にばかり走り、国家安全保障を考えない誘致計画に警鐘を鳴らします。

以前に、こんな記事をエントリーしました。

 

今回は、元参政党員で、原告団の一人、小田原の杉山さんという方が、先ほど上げたYoutubeを取り上げます。

https://www.youtube.com/watch?v=EHLGBdlCcFE

彼は動画の中で次のように語っています、最初の5分半ほどを要約します。

 

杉山さんと連絡を取っていた、友人の現役の参政党員は、運営党員で、これまで県連の選対のメンバーとして、一生懸命、演説をしたり、ビラ配りをしたり、ポスターを貼ったりしていた。

 

それが(最近)杉山さんと食事をしていたというだけでスパイ扱いされた。ろくな調査もしないで、まるでリンチ、共産主義者たちの粛清とまったく同じことをやっている。

 

2月8日の桜木町で街宣には人がたくさん来るので、気をつけてくださいね、という心配のメールを送っただけだったが、(参政党の)連絡網から出され蚊帳の外となった。これが参政党の実態。あいつ怪しいとなれば、バンしてしてしまえと。

 

これはエホバの証人の組織のやり方とそっくりです。杉山さんの話を聞いてすぐに思い出したのが、以下に示した、エホバの証人の排斥事件です。

http://www.jwic.info/franzbio.htm

長い文章なのでかいつまんで説明します。

 

レイモンド・フランズ(何十年もエホバの組織に仕えてきた。生活の基盤がエホバの組織の中にあり、老年になり組織の外に出されたら生活が成り立たない)が、すでにエホバの証人の組織から離れていたピーター・グレガーソンという人物と、食事をしたということだけで、組織から排斥されました。

 

レイモンド・フランズは処分が不当であることを上訴し、次のような言葉で、文章を締め括っています。

 

もしあなた方が聖書から、ピーター・グレガーソンと食事をしたことが罪であることを示して頂けるなら、私は謙虚に神の前に私の罪を悔い改めることをお約束いたします。今までの所、私の尋問に当たった方々は、この聖書に基づく根拠を示さず、上に述べた雑誌(註※)からの引用のみを「権威」(審理委員長の使用した言葉)として来ました。私はクリスチャン会衆内の権威はすべて神の言葉から由来し、神の言葉に堅く基づいていなければならないと理解します。箴言17:15には「邪悪な者を義にかなっていると宣告し、義なる者を邪悪であると宣告する者-その両者ともエホバにとって忌むべきものである」と書いてあります。私は神にとって忌むべきものとなる積もりは全くなく、従ってこの事を非常に懸念しております。

 

註※・・・雑誌「ものみの塔」のこと。

 

エホバの証人は、組織の外に出た人と食事をしたというだけで、ほとんど調査をせず人を罪に問い、疑わしきは罰し、組織から排斥してしまいます。その人が、それまで、何十年間にも亘って、時間も労力もお金も注ぎ込んで、組織に貢献してきたとしても、です。

 

そして一度排斥してしまうと、組織の中にいる人たちは、その人物と一切の連絡を取ることを禁じられますもし、接触すると、今度は接触した人が排斥処分となるのです。

 

これはレイモンド・フランズだけが経験したことではありません。世界中の多くの元エホバの証人が経験してきたことなのです。

 

私は、参政党がカルトだという主張を、思いつきで言っているわけではありません。両方の組織の特徴をよく知る者として、その類似性を指摘しています。この二つの組織の成り立ち、その組織の考え方、指導者たちの立ち居振る舞い、それを構成する人たち、全てが極めてよく似ているのです。

 

これからも、参政党の中で、数百万の寄付をし、組織のために演説し、ビラを配り、ポスターを貼ってきた人たちが次々に”排斥”され、人間関係を絶たれ、泣くことになるでしょう。また、排斥されることで人間関係が断たれてしまうことが怖くて、渋々、この組織とつながり続ける、不本意な参政党員も増えていくことと思われます。

 

これは大きな悲劇であり、こうした人たちが、できるだけ傷が浅いうちに、組織から解放され、普通の人生を歩むことができるようになること、これが、私がブログを書いている理由の一つなのです。

「たちあがれ日本!」の旗揚げから、4月で13年になります。

https://www.nikkei.com/article/DGXNASFS10018_Q0A410C1000000/

この時間を振り返って、日本の保守が立ち止まって静かに自らに問わなければならないのは、「保守が、保守だけでまとまって政党を作って、成功したことがあるのか」です。

 

”左を排除”し、保守だけで大同団結しようとする試みは常に内ゲバに終始しました。仮に1つにまとめることができたとして、規模が小さすぎ、国政への影響力はほとんど期待できません。日本の保守層は多く見積もって、5%もいないのです。

 

「ないから作ってみた」というのは一見、選択肢が増え、良いように見えますが、国政に影響力が持てないだけでなく、選挙時には死票が増え、喜ぶのは巨大与党である自民党です。つまり、ミニ政党、マイクロ政治団体は、好むと好まざるとに関わらず、全て自民党の補完勢力になります。

 

日本で自民党が強いのは、小さい野党が多すぎるから、ということに気が付かなければなりません。

 

国民民主党は、3年前まで、およそまともとは言えない政党でした。しかし、立憲から分かれたのち、どんどん保守色を強め、というよりも、まともなことを言い始め、一昨年の衆院選の前には、日本における事実上唯一の保守政党に様変わりしていました。

 

玉木雄一郎は自ら右とは言わないものの、大平正芳 の後継者を自任し、事実上保守の政治家となっています。

 

皇統は男系男子を堅持、旧宮家の皇族復帰、戦略原潜とSLBMを持ち、国債発行による人づくり、積極財政、減税、金融緩和、高圧経済で景気の浮揚を図り、給料が上がる経済を目指すなど、保守として申し分のない公約や政策を公式非公式に掲げています。国民の国会における現有議席は20に上ります。

 

玉木は昨日、2023年2月11日の国民主党党大会の冒頭挨拶の中、こう言っています。

https://www.youtube.com/live/d00kqgLH9tg?feature=share&t=3023

極端な答えではなく、現実的な解決策を求めている多くの常識的な国民のために戦う政党です。私たちは右や左に、真っ二つに分断されるような、極論には与しません。・・・イデオロギーを主張する前にまず謙虚に国民の声に耳を傾けていきます。そして議論を尽くし、現実的な解決策や政策を作り上げていきます。この姿勢を私たちは、『対決より解決』、改革中道という言葉で表現しています・・・」

https://www.youtube.com/live/d00kqgLH9tg?feature=share&t=3299

私たち国民民主党は日本を右に持って行こうとも左に引っ張っていこうとも思っていません。・・・」

https://www.youtube.com/live/d00kqgLH9tg?feature=share&t=3550

「改めて申し上げます。右でも左でもなく、一緒に上に。」

 

今必要なのは、真ん中を中心にして右も左も包摂し、多くの国民の支持を取り付け、数を揃えつつ、現実的な解決策を目指す改革中道ではないでしょうか?

 

「右でも左でもなく上へ」

「右翼でも左翼でもなく、仲良く(中翼)」。

参政党のDIYは全く機能していません。

神谷宗幣が、また話を創作しています。

 

以下の動画は、本来の話の筋を変質させ、参政党にDIYがあるかのように、言葉巧みに、視聴者を騙そうとするものです。

https://www.youtube.com/watch?v=rduSg6zh8Ok

【一人語り】原点回帰で今一度、語ります。"DIY"という言葉の真意とは!? 神谷宗幣 2023/02/09

 

ご説明していきます。

以前に書いた、こちらのエントリーもご覧ください。

 

 

他の党員と問題を起こさず仲良くやっている一党員が、アイディアを、支部にかけ、支部のみんなが承認したものが支部長会議に上がり、事務局までは上がっていきます。ここまでは異論ありません。そういう仕組みになっています。最後に、事務局で蹴られるということを経験しているわけです。

 

事務局(神谷)が最終決定権を独裁的に握っていて、尚且つ、党員がボードや事務局の人間を交代させる仕組みがないということが問題にされています。

 

仮に事務局の方が間違っていますから考えを改めてくださいという意見を支部を通して上にあげても、事務局は誰にも妨げられずに、事務局の意思だけでそれを退けることができます

 

当時、他の支部の支部長も同じ経験をしていたから、事務局に対する不満が鬱積し、「独裁だ、DIYが行われていなかった」と言っているわけです

 

私が経験した実例をもう一度示します。支部で話が通り、支部の総意として上がった提案(党員数を公表すること)を、事務局が蹴りました。返ってきた返事は、「党員数を明らかにすることはしない。党を大きく見せるため」でした。

 

支部で意見をまとめたときに、支部には反対意見を述べる人がいなかったのだから、事務局の決定に誰も納得していません。

 

神谷はここで、政策立案チームの話を絡めていますが、全く関係のない話です。

 

それに政策立案チームは以前にも作られ、存在していました。

以下が証拠写真です。

これは、2020年の党大会で発表された活動報告です。

一番右の列、

2020年11月7日 政策立案講座スタート

2020年12月26日 政策立案講座(終了)

となっていますね。この講座(有料)を取った人から政策立案チームが選抜されていました。そんなもん、結党初年度からあったじゃないですか。

 

繰り返しますが、政策立案チームがあろうとなかろうと、講座取ってトレーニングを積む必要があるだの何だの、そんなこと、論じられている問題(DIYが参政党に存在しているか)と全く関係ないんです。いくら政策立案チームがあっても、その上に独裁的な事務局があれば、事務局が認めない政策は否定されるからです。

 

むしろ、この初代の政策立案チームのメンバー、党に嫌気が差して、ほとんど離党していませんか?

 

離党してしまって、形をなさなくなったんで、再募集しなければならなくなったんじゃないんですか?

 

違いますか?神谷さん。

篠原の都議会議員候補の交渉相手が橋本久美だということがわかった時は驚きました。東京支部が都議会選挙の候補を探していたこととは全く無関係に思えました。

 

先方の方から参政党の篠原を頼ってきたにしても、小沢一郎と非常に懇意にしていて、原発再稼働に反対を堅持している時点で、協力を仰ぐ先がそもそも参政党ではないのではないかと思いました。

https://ameblo.jp/hashimoto-kumi/

念の為、東京で区議会議員をしてた友人に、彼女について問い合わせたところ、「最近も会合で一緒になったけど、左じゃないんじゃないか」と言う証言を得ることができたので、とりあえず私から東京選対には、小沢一郎と懇意で原発に反対であり、政治的な立場が分かりにくいこと、政党遍歴が複雑で安定感に欠け、現在参政党に関わっていても、将来どうなるかわからないことなどを、経歴から丁寧に説明しました。そもそも選挙に勝てる候補でもなく、むしろ惨敗が見込まれメリットが小さい旨、参考意見として伝えました。あとは東京支部が自分たちで判断することです。

 

しばらくして、東京選対から返ってきた答えは「篠原さんがやってることなので(変更できない)」でした。

 

その後私は離党し、参政党と縁がなくなり、忘れた頃に気がつけば、橋本久美は、参政党と政策協定を結んで推薦を受けていました。党外の人の扱いで、無所属で都議会選挙に出馬。そして予想通り惨敗。

https://www.youtube.com/watch?v=z9jC-OBDRBw 2021/07/02

https://www.nhk.or.jp/senkyo/database/togisen/2021/49601/

葛飾区議選に参政党の公認はいませんでした。

 

橋本久美はその後、翌、2022年7月の参院選に、維新政党・新風の党員として京都から出馬し、落選。

https://mainichi.jp/senkyo/26san/meikan/?mid=B26000004004

現在は豊島区へ戻って草の根フェミニストとして都民ファーストで活動しています。

https://twitter.com/hashimotokumi/status/1623124565391212544?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Eembeddedtimeline%7Ctwterm%5Escreen-name%3Ahashimotokumi%7Ctwcon%5Es1

現在参政党で、彼女がどういう扱いになっているかは知りません。

 

少なくとも、全て、私が予告した通りになりましたが、このような予測をすることは、それほど難しいことだったでしょうか?

 

都議選で篠原は、党員に相談なくそれまでの個人的な付き合いを優先させ、1人の判断(すなわち独断)で外部の人間を候補に立てた疑いがあり

https://youtu.be/z9jC-OBDRBw?t=51

支部を巻き込み、党員を選挙に駆り出しています

https://twitter.com/sanseito_tokyo/status/1408680378827563018

https://twitter.com/sanseito_tokyo/status/1409105131837149184

誰が選挙対策責任者の篠原が決めた選挙の決定を覆し得たでしょうか?そこにDIYはあったのでしょうか?参政党生え抜きの議員を作る努力はどれほど行われたのでしょうか?

 

篠原常一郎は、私たちが選挙案件で連絡を取るべく、あちらこちらに連絡先を聞いて走りまわっているとき、昼は池袋で拉致被害の街宣を、夜は酒を飲みながらYouTuberをしていました。金を受け取って、スクールやタウンミーティングへ出かけて話をし、選挙の専門家のように言われましたが、その実、全く役に立ちませんでした。

 

彼が思いつきで立てた2021年度、50議席の目標も、私が離党した4月、すなわち該当年度が始まった時にはすでに忘れ去られ、誰も話題にする人はいませんでした。

東京支部が目指した都議会選挙がどうなっていったかもきっと、読者の皆さんの興味を引くと思います。

 

都議会議員選挙は、区議会議員に上位で連続当選する人が、普通に落選する難易度が高い選挙になります。特別な「風」でも吹かない限り、普通の(つまり有名人ではない)新人を当選させることは非常に難しいのです。惨敗すると党の宣伝にもならず、「やらない方がましだった」ということになり得ます。

 

負けてはいけないということではなく、負け方が大事です。選挙は負けることで知名度を上げ、やがて安定して勝てるようになるという側面を持っています。敗戦が見込まれる難しい選挙でも、善戦し、なんとか形にできれば、党と候補者の知名度を上げ、次に繋がり、取り組む人たちの教育・訓練の機会となり、挑戦の価値があります。

 

私の観点から、落選はするけれども、政党として是非とも挑戦し、なんとか形にしたいと考えられたのが、2021年11月の葛飾区議会選挙でした。

 

葛飾区議会選挙は、時期的にもちょうど良い上、統一選から日程が外れているため、資材、応援弁士、ボランティアなど必要となる資源を一箇所に集中でき、小さな政党でも選挙対策上、大政党を相手に互角に戦い得る少ない機会で、むしろ、東京支部が避けてはいけない選挙と考えていました。

 

以上を踏まえて、私は当初から2021年7月の東京都議会議員選挙を目標にすることは現実的ではないと考えていました。支部が最初に取り組む選挙としても、区議会(市議会)ではなく都議会(県議会)ではハードルが高すぎ、また、惨敗することも明白でした。

 

東京支部が都議会選挙を視野に入れてはいても、その難しさに気がつけば、いずれ目標を転換するだろうと思っていたのですが、秋になっても目標が変わる様子がなく、そのままでは、葛飾区議会選挙に間に合わなくなりそうでした。

 

ちょうど東京選対のひとりから、都議選の候補に関し相談を受けたこともあり、私から個人の立場で(私は、参政党内で肩書きが何もない)東京選対に、都議会議員選挙は難しいので葛飾区議会選挙に目標を変更してはどうかと、水を向けてみました。選対からは、持ち帰って支部で検討するという回答をもらっていました。

 

しかし、しばらくして、東京支部から「篠原さんが都議選に大物を立てる」、「今はまだ交渉中なので名前を明かすことができない」と伝えられることになったのです。(続く)