広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける -33ページ目

広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける

広島に県、市、県議会、市議会、経済団体を挙げ、中国総領事館を誘致する計画があります。
経済にばかり走り、国家安全保障を考えない誘致計画に警鐘を鳴らします。

2020年、参政党生え抜きの新人候補を擁立する計画が、2つの支部で自発的に立ち上がっていました。先鞭をつけたのは東京支部(正確にはまだ支部ではない)で、都議会選挙に候補を立てようという目標を、7月には、おぼろげながら持っていました。

 

愛知支部(正確にはまだ支部ではない)は、私が主導して8月上旬に、候補者未定のまま、翌年6月の西尾市議会選挙に照準を合わせて準備に入りました。

 

私が愛知の西尾市に焦点を合わせたのは、私の所属が愛知支部であったからではありません。その経緯を簡単にご説明します。

 

まず、参政党が勝てる選挙区を選定するため総務省から令和2年春から、令和5年4月の統一地方選までの間の、全ての地方公共団体の議会の議員及び首長の任期満了に関するデータを取得しました。

 

日本全国すべての選挙区の定員、過去の候補者数、得票数、地域性(都市型の選挙運動が可能かどうか)などを徹底的に調べ上げ、空中戦の効果が見込めるだけの人口があり、規模の小さな政治団体の落下傘候補によっても当選の可能性がいくらかはあると考えられる選挙区を探します。

 

党員数がわからないということがここでもネックになったのですが、とにかく、まだ党の規模が小さいため、まずは議席数30以上で自治体をふるいにかけました。

 

実際に選挙に勝つには、少なくとも投票日よりも半年以上、できれば10ヶ月前に候補を立て選挙区を温めたいという事情、支部成立前で、党員が少なく、選挙シフトが取れるほどの組織が出来上がるまでには時間がかかることなどを考えると、事実上2020年内の選挙は諦めざるを得ませんでした。21年も参政党が戦えそうな選挙は2020年度内にはありませんでした。

 

このような条件を加味し、良いと思われる最も早い機会が2021年6月の西尾市(人口17万、議席数30)でした。愛知支部が他の支部に比べて最初から比較的大きかったことも、挑戦を可能にした要因の一つです。党勢が大幅に拡大でもしない限り、西尾戦は、参政党が全国で挑戦できる希少な機会だったと言えます。

 

幸い愛知支部長の理解が十分得られ、8月上旬には、愛知支部のチャットで愛知のメンバーに、なぜこの選挙が適切なのか説明に入ることができました。そこからは支部長と二人三脚で話を詰め、支部で公募をかけ(後に啓発班を通して支部長名で全国に公募をかけることにしていた)、10月には、選挙を手伝ってくれる人たちが集まってきてくれるようになりました。候補者が決まらない状態で、みんな、よく集まってくれました。11月末までに候補者が決まれば、西尾戦は、確実に行われていたはずでした。

 

その矢先、2020年11月8日の党大会で、衝撃の目標が掲げられました。事務局が2021年度の目標として所属議員50人という、全く実現不可能な数字を提示したのです。

 

 

どうやって?

どうやったら議員50人作れるの!

 

どう計算しても、2021年度、戦える選挙はせいぜい3つ。よく戦って1議席当選というのが、私が調査に基づいて下していた予測でした。

 

事務局は、党員の選挙に向かう取り組みも知らず、知ろうとせず、選挙についての何のアクションも起こしておらず、一切の調査を行わず、いきなりこのような数字を出してきたのです。しかも、ボードや事務局の誰とも連絡がつけられないのです。

 

この方針を打ち出したのは、参政党で選挙の指導者とされていた篠原常一郎でした。

 

私は、唖然とすると共に、人民を無視して数だけ報告させることに躍起になった毛沢東の大躍進運動が脳裏を掠めたことを忘れることができません。執行部の頭の中にDIYなど、カケラもありませんでした。(続く)

動画をご覧いただくとわかるように、ゆかりさんは次のように回答しています。

1、皇室の継承→「そもそも賛成派ではない」

2、憲法改正→「9条改正に反対」

3、消費税増税→「消費税増税には反対」

4、辺野古移転→「賛成派と反対派の対話がもっと必要、国と県も対話がもっと必要」

5、エネルギー供給→「原発がなくてもできる」

 

2019年7月時点で、かなりリベラル(つまり左)です。実は、けいさんも政治的な主張の傾向は同じでした。

 

2020年10月(岡崎市議選:末永けいさんが現地責任者だった)にご本人に直接「左翼ですね?」と問いかけたところ「よくわかりますね」という回答が返ってきました。「Youtubeほとんど見てますから」とさらに返して、二人で笑った記憶があります(直接言葉を交わしたのはこの時が初めてで、親しい間柄というわけではありません)。

 

この時、短い会話の中で、彼は「保守の人とも勉強会をしている」とも語っていて、これが、のちに、参政党愛知支部の一部の人たちであったことが明らかになります。

 

その3ヶ月余り後、2021年1月、私が個人的にけいさんを参政党愛知支部のタウンミーティングにお誘いし、けいさんは参加費を快く払って来場されました。KAZUYAと同じグループになるよう私が配席し、非常に楽しんで行かれたように見えました。

 

それから丸2年接触がなかったのですが、愛知県知事選挙の政見放送を見、「日本を取りもどす」と言っているのを聞いて、驚きました。しかもメッセージには、保守言論の中でさえ、眉を顰められることもある陰謀論までもが含まれていました。応援にも参政党がかなり関わっているようでした。

 

2019年参院選の前には、末永夫妻を中心とした愛知のN国支援者の一団は、きれいに左翼でまとまっていました。彼らはどこへ行ってしまったのでしょうか?

 

彼らは、N国党への国民からの信頼が大きく揺らいでいた時期にも、強く結束し、末永夫妻を支え「愛知だけ独立して政党を立ち上げる」という話を、冗談ともつかないレベルで話し合っているほどでした。全国のN国党支持のグループの中でも特異な存在だったと言えます。

 

けいさんは現在、こちらの政治団体に所属されています。

チーム日本

https://team-nippon0923.com

 

2年余りの間に急激に政治的な立場を転換したようにも見えます。また、その間も、日本における”保守”は、その輪郭を一層曖昧にしながら、薄く広く拡散し、それに伴い政治団体の性格も、判別がつきにくくなってきました。

 

保守の人材は一朝一夕には育ちません。長い勉強と、関わりの中で判断力と共に育まれていきます。彼とまた、笑って話せる時が来ることを期待しながら、今日は筆を置きます。

今日は、愛知県知事選挙の投票日だったので、感想を残します。個人的な意見です。備忘録のようなものです。

 

6人の立候補というのは、愛知県知事選としては過去2番目に多かったのだそうです。

6人の候補はこちら。

https://seijiyama.jp/area/card/3624/Hdmc1j/M?S=lcqdt0lcrdr0k

 

選択肢が増えているはずなのに、顔ぶれを見て考え込んでしまいました。

 

学歴から言えば、大村、尾形が、頭一つ二つ抜けているのですが、どういうわけか日本の高学歴者は、たいてい、売国か左翼。緑は新しい赤。きょうび、太陽光パネルとかあり得ないわけです。エコでさえない。

 

残り4人は、知事としての職務遂行能力に疑問符が付き、いずれも投票するに至らないと感じました。これで6人全員不採用です。

 

しかし、これでは棄権になってしまうので、当選人に対する批判票になるのは誰への票か、という観点から、投票先を考え直すことにしました。

 

大村が当選人とすると、トリエンナーレへの批判票としては、最も保守色が強い山下が良いか、と考えました。上原、安江はポスターが貼りきれていませんでした。

 

参政党がらみで、末永夫妻については少しコメントしておくのが良いかと思います。明日以降、続きを書きますが、その前に、予習として、どうぞ、以下の動画をご覧ください。2019年の参院選の前に、私が以下の5つの質問をし、候補のゆかりさんから回答を引き出しています。

1、皇室の継承

2、憲法改正

3、消費税増税

4、辺野古移転

5、エネルギー供給

2019/07/09

https://www.youtube.com/watch?v=higItEEnDXY

 

5つの質問は、これだけ訊けば右か左かはっきりわかる、という観点から選んでいます。他にも多くの質問が寄せられている中、優先的に取り上げてくれました。(続く)

DIYできなかった選挙、3回目の今回は、結党以来の党の公認候補、いわば”譜代の”議員たちがどうなったのかを見て行きましょう。

 

2020年6月27日、東京で結党イベントが行われた時、参政党結党以来の公認の地方議員たちがステージ上で華々しく紹介されました。その内の一人が、四日市の伊藤昌志市議でした。彼は2019年の四日市市議選で初当選して1年が過ぎたところで参政党に参加したのでした。

 

私が2021年4月に離党した時、選挙勉強会準備室に投稿した最後のメッセージ

https://ameblo.jp/consulate/entry-12782140243.html

に対して、伊藤議員からは、個人的にメールが届きました。そこで彼は、私の提案が正論であること、また、参政党が正念場を迎えているという認識を示していました。

 

それから数ヶ月後、彼は党公認の議員をやめ、昨年、2022年11月には、参政党を離党されているようです。

 

この経緯については、彼が現在公開しているホームページで手短に説明しています。

 

・・・2020年、ここで頑張りたいという政党が誕生し入党したのが参政党です(結党時、承認率1位の公認議員になりました)。しかし翌年の夏、自分の思いと異なることが重なり、一般党員に変更。さらに2022年7月、サポーター会員に変更しました。2022年11月現在、完全無所属、三重県内で同じ思いの仲間を集め続けています。・・・

 

彼は龍馬プロジェクトのメンバーでもありました。

 

そして、2020年6月27日の結党イベントで伊藤議員と一緒に紹介された、廿日市の荻村文規市議は伊藤議員の離党に先立つ2022年9月、除名処分となっています。

https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/220493

 

今年4月の統一選に、もう伊藤議員の姿はありません。他の議員たちもいつの間にかいなくなり、高く帆を上げて、順風に乗って走り出したように見えた参政党公認候補議員団は3年を待たずして総崩れとなりました。

 

なぜこのような事態に陥ったのか、執行部は反省しましたか?もし、分析を誤れば同じことが繰り返されていくだけです。

 

さて、「DIYできなかった選挙」シリーズ。次回から、やっと本番です。(続く)

参政党の党員であったふみんちゅ(板持文子)さんは、当初、参政党から出馬を考えていて、2020年10月に党内予備選挙に名乗りを上げました。このことをきっかけに明らかになった諸事情について触れておきましょう。

 

この時、党内で運営党員は500人と説明されていました。しかし、運営党員に伝えられた党内予備選挙の有権者数は399人。運営党員たちは、こちらが全国の運営党員の実数だと受け止めていました(党内予備選挙が行われると、その時だけ運営党員の正確な数字がわかる)。

 

記憶に間違いがなければ、ふみんちゅさんは、予備選を通過し参政党公認になったのですが、結局、参政党からの出馬を断って、ご自身の支援者を中心に選挙活動を行うことにし、無所属で立候補、高島市議会選挙に最下位ではあったものの当選(2021年1月31日投票)を果たしました。

http://www.city.takashima.lg.jp/www/contents/1612104677055/files/shigi2335.pdf

 

これがいわゆる党員ではあるものの「党公認ではない議員」の例で、党の公式ページには載らない議員です。

 

この頃の参政党の選挙は、公認を受けて当選した場合には議員報酬の10%を党に納めなければならないのに対し、公認を受けず無所属などで立候補し当選した場合(予備選挙に出ないケースを含む)には、党に議員報酬を支払わなくても良いというパラドックスを抱えていました。しかも、これら党非公認の候補者であっても、党員ではあるので、有志の参政党員が自発的に各地から応援に入り、党員の支援を受けて選挙を戦うことができたのです。

 

参政党の知名度が低く票にならなかったため、あえて公認を受けず、参政党の名前を出さない方が当選しやすく、しかも「お得」という戦い方が出てきてしまいました。

 

結果として、公認を受け参政党の候補として三田の再選を目指した多宮さんは落選し、それを観察して公認を見送った新人のふみんちゅさんは当選、議員報酬を党に納める必要がなくなりました。

 

尤も、ふみんちゅさんが、予備選を通過しながら公認を断った理由には、お金の問題とは別に、政策上の事情もあったのかもしれません。予備選挙の時に公開された政策を見た一部の運営党員から「参政党はいつからグリーンニューディールのような政策を掲げるようになったのか」というクレームが付いていました。

 

いずれにせよ、このような状況も手伝って、私が離党する2021年4月まで、参政党生え抜きの候補を立てることができませんでした。

 

もう一つ、この予備選挙では、投票率の低さを問題視する声が上がりました。日本で一般に行われている選挙と同じかそれを下回るような投票率であったと聞いています。

 

運営党員の多くが、党の綱領に賛同しお金は出すが、仕事が忙しいなどの理由で他の人たちに判断を委ね、よしとしたためだろうか、などと思いを巡らしていました。(続く)