2020年、参政党生え抜きの新人候補を擁立する計画が、2つの支部で自発的に立ち上がっていました。先鞭をつけたのは東京支部(正確にはまだ支部ではない)で、都議会選挙に候補を立てようという目標を、7月には、おぼろげながら持っていました。
愛知支部(正確にはまだ支部ではない)は、私が主導して8月上旬に、候補者未定のまま、翌年6月の西尾市議会選挙に照準を合わせて準備に入りました。
私が愛知の西尾市に焦点を合わせたのは、私の所属が愛知支部であったからではありません。その経緯を簡単にご説明します。
まず、参政党が勝てる選挙区を選定するため総務省から令和2年春から、令和5年4月の統一地方選までの間の、全ての地方公共団体の議会の議員及び首長の任期満了に関するデータを取得しました。
日本全国すべての選挙区の定員、過去の候補者数、得票数、地域性(都市型の選挙運動が可能かどうか)などを徹底的に調べ上げ、空中戦の効果が見込めるだけの人口があり、規模の小さな政治団体の落下傘候補によっても当選の可能性がいくらかはあると考えられる選挙区を探します。
党員数がわからないということがここでもネックになったのですが、とにかく、まだ党の規模が小さいため、まずは議席数30以上で自治体をふるいにかけました。
実際に選挙に勝つには、少なくとも投票日よりも半年以上、できれば10ヶ月前に候補を立て選挙区を温めたいという事情、支部成立前で、党員が少なく、選挙シフトが取れるほどの組織が出来上がるまでには時間がかかることなどを考えると、事実上2020年内の選挙は諦めざるを得ませんでした。21年も参政党が戦えそうな選挙は2020年度内にはありませんでした。
このような条件を加味し、良いと思われる最も早い機会が2021年6月の西尾市(人口17万、議席数30)でした。愛知支部が他の支部に比べて最初から比較的大きかったことも、挑戦を可能にした要因の一つです。党勢が大幅に拡大でもしない限り、西尾戦は、参政党が全国で挑戦できる希少な機会だったと言えます。
幸い愛知支部長の理解が十分得られ、8月上旬には、愛知支部のチャットで愛知のメンバーに、なぜこの選挙が適切なのか説明に入ることができました。そこからは支部長と二人三脚で話を詰め、支部で公募をかけ(後に啓発班を通して支部長名で全国に公募をかけることにしていた)、10月には、選挙を手伝ってくれる人たちが集まってきてくれるようになりました。候補者が決まらない状態で、みんな、よく集まってくれました。11月末までに候補者が決まれば、西尾戦は、確実に行われていたはずでした。
その矢先、2020年11月8日の党大会で、衝撃の目標が掲げられました。事務局が2021年度の目標として所属議員50人という、全く実現不可能な数字を提示したのです。
どうやって?
どうやったら議員50人作れるの!
どう計算しても、2021年度、戦える選挙はせいぜい3つ。よく戦って1議席当選というのが、私が調査に基づいて下していた予測でした。
事務局は、党員の選挙に向かう取り組みも知らず、知ろうとせず、選挙についての何のアクションも起こしておらず、一切の調査を行わず、いきなりこのような数字を出してきたのです。しかも、ボードや事務局の誰とも連絡がつけられないのです。
この方針を打ち出したのは、参政党で選挙の指導者とされていた篠原常一郎でした。
私は、唖然とすると共に、人民を無視して数だけ報告させることに躍起になった毛沢東の大躍進運動が脳裏を掠めたことを忘れることができません。執行部の頭の中にDIYなど、カケラもありませんでした。(続く)
