複雑系レトリック~自営業白書~ -81ページ目

指相撲

昨日は相撲の話を書きましたが、皆さんは指相撲やったことありますか?

実は私の彼女は、指相撲がすげー強いのです。

私は男ですから、当然私のほうが力が強いですし、一応武術をやっていますので体の使い方や力の出し方は他の人よりよく分かっているつもりです。

しかし、私は彼女に全然勝てません。

そもそも、自分の親指が上になることがほとんどありません。一生懸命相手の指を抑えようとするのですが、さっとかわされ、カウンター攻撃で逆に抑えられてしまうのです。しかも抑えられてしまうと力いっぱいに抵抗しても一切抜け出すことができません。何回やっても同じ結果。私って実はどんくさいんでしょうか。
何度も何度も挑戦しますが、だいたい10回に9回は負けます。だんだんいらいらしてきます(イラスト参照)。


これはなんか技があるはずだ!しつこく迫って、私はその秘密を聞き出すことに成功しました

今日は奥義ともいえる彼女流指相撲口訣を特別にご紹介したいと思います。

この奥義を公開することについては彼女にも了解を得ており、内容についても今再度確認をした上で記載していますので、皆さんいろんな場でいかんなく発揮してください。

普通は相手の指を上から押さえようとすると思います。しかし、この発想では指相撲に勝つことはできません。
指は横から押さえるのです。感覚としては相手の手の甲があるほう(外角)から指をスライドさせるように押さえるのがコツです。
また押さえるポイントも重要です。シロウトはとかく相手親指の爪あたりを押さえようとしてしまいがちですが、これでは運良く押さえられたとしてもねじるようにすれば容易に脱出されてしまうのです。
ここで覚えて頂きたいのは、相手親指の第一関節の根本あたりをピンポイントでねらうことです。こうすることで多少の力量差があっても相手の脱出は相当難しくなります。

其の壱  指は外角からスライドさせるように押さえるべし
其の弐  指の根本を押さえ、相手を封じるべし


ひとまずこの2点を完全におさえておけば、女性でもものすごい指力士になることができます。
皆様のご健闘をお祈り申し上げます。

大関 魁皇

先日見た新聞記事では20代に聞いた「興味のあるスポーツ」として野球・サッカーなどが取り上げられていました。
実は私は相撲が大好きなのですが、このアンケートによると「相撲」と答えた人はなんと1%!!!!

すごい!日本の国技だと思っていたのに、いつのまにか超少数派!!!

もし私がこのアンケートを受けていたら迷わず「相撲ッス!」と答えるところです。
少し前にどなたかが「野球は日本の国技だ」などと発言されているのをテレビで見ましたが、違いますよ。日本の国技は相撲ですよ。
辞書にも

【国技】
  その国に古くから伝わっている特有の武術・技芸・スポーツ。日本の相撲など。


とあるじゃないですか。
まぁそれでも今の相撲人気がもう危機的なことは自覚しています。日本の国技をこよなく愛する私は今となってはまぎれもなくマイノリティーです。ここでうだうだ言ってもほとんどの人が支持してくれないであろうことはアンケート結果から明らかです。

現在、1月場所が開催中。相撲というのは1場所15日間で行われ、それが年に6回開催されています。
中でも私は大関の魁皇というお相撲さんの大ファンです。私の影響で彼女も相撲を見始めて、今では二人で応援しています。
実は私は魁皇と同郷で、お互いの実家は歩いて10分ほどの距離にあります。応援しようと思ったきっかけはズバリこれです。

幕下時代から応援していましたので、大関になったときは私は小踊りして喜びました。そしてその大関魁皇が現在横綱という最終目標に向かってがんばっています。

相撲というと「デブがぶつかり合って数秒で終了する各闘技」というイメージを持っている方も多いと思います。この表現が間違っているかと言われると、否定する要素がないのも事実です。
しかし相撲は本当に奥深い、見所満載の競技なんです。

力士の癖や得意技を理解し、全体的にどんな体の使い方をしているかが分かってくるとたまらなくおもしろいのです。組み合った瞬間に「あ、こっちが勝つ」と分かってしまう場合もありますし、膝の使い方とか体の移動によっていかに相手を崩しているかなどが分かるようになると楽しめます。

しかし、やはり入り口は狭い競技です。こういうことがある程度理解できるまでは、それはもう我慢して見るしかありません。もしくは私のように自分の好きな力士ありきで観戦するのが一般的でしょう

写真は2ちゃんねるで拾った若かりしころの魁皇です。この体型のままで大関になっていたらもっと相撲ファンが増えていたかもしれませんが。

私はいかなる競技でも「ルールが体型を作る」と考えています。あるルールが定められるとそれを満たす必勝の技術が確立します。技術が確立すると、それを磨く訓練によってもっとも適した体型が作り上げられるのです。もちろん個人差がありますが、相撲を始めて体重が減ったという人は多分いません。

つまり相撲はルールを変更しない限り入門者は太り続けることでしょう。私も武術をたしなみますが、年々師匠の体型に近づいているような気がします。

それでも魁皇はどの場所でも大歓声を浴びる人気力士です。私の故郷においては彼はスーパーヒーローで、魁皇が勝つと花火が上がるんです。私は同じ場所で育ったということをとても誇りに思います。

不思議系老人

この話は先日実家に帰ったときに母に聞いたものです。主人公は私を石段の上から放り投げたあの爺ちゃんです。

以前にも描きましたが私の爺ちゃんはまともに職につかない人で、お金があるときは必ずパチンコに行くようなタイプの人物でした。
しかしギャンブルの適正が著しく欠けている爺ちゃんは30分ほどですってんてんになって、その後は家に帰ってくるしかありません。
つまりほとんどの時間を家でぼけーっとして過ごしていた幸せ者です。

その日も爺ちゃんはいつものように家でぼけーっとテレビを見ていました。

私にはが二人いますが当時上の妹が生まれて間もないころ、おそらく立って歩けるようになったかどうかだと思います。
妹は上れるところにはどこでもよじのぼり、好き放題に俳諧する赤ちゃんであったそうです。(長じた現在でもこの性質の片鱗が見え隠れします)

妹はなんとテーブルの上でうんこを垂れてしまったのです。しかもそのブレイクポイントはテレビを見ている爺ちゃんの鼻先でした。子供というのは本当にとんでもないことを平気でします。

私の母がそれを発見し、非常に驚きます。うんこに驚いたわけではなく、爺ちゃんがうんこの存在に気づいていないのです。

母    「ちょっと爺ちゃん、うんこがあるばい」
爺ちゃん 「うんこがあったとなー」
母    「鼻の先にあるとにから、気づかんかったとね」


爺ちゃん、頼みます、こんくらい気づいてください。
もともと私の爺ちゃんがボーっとしているのは知っていましたが、まさかこのレベルにまで達しているとは思ってもみませんでした。しかも妹が赤ちゃんですから、当時の爺ちゃんはまだ70代です。
お嫁に来てまだ数年しかたっていなかった私の母は本当にびっくりしたことでしょう。

これはもう「脳のスイッチがオフになっている」といわざるを得ません。電源が切れた状態で一生を過ごした爺ちゃんですが、時々電源が入ることがありました。

私が小学生のころ、ふとした流れでの話になりました。その時爺ちゃんが話してくれたの話は今でも忘れません。別になんてことはないのですが、爺ちゃんが一生懸命、ふるさとで見た蛍の群れがいかに美しいかを語るのです
なんか少年のように見えましたね。どうしようもない人ですが、そんな一面も持っていました。

チキンのレモンソースがけ

昨日の晩ご飯はチキンのレモンソースがけです。

実は私、この料理を20才の時に食べてえらく感動した経験があります。
当時勤めていた会社が経営している中華料理屋さんで食べたのですが、とってもさっぱりしていてコクもあり、まだ未熟な舌には衝撃的な料理でした。

過去何度が挑戦してみたもののあえなく失敗。今回はそれなりにうまくいきましたがちょっと蜂蜜が多すぎたようです。それでも自分としては及第点。次はさらに期待出来そうです。

チキンは片栗粉と油と卵白の衣で適当に揚げて、ソースはレモン汁、片栗粉、蜂蜜、酢などを混ぜて鍋であたためます。

ところで、アメブロのランキングが止まってしまって結構たちましたね。皆さんブログ運営者はなんだか張り合いがないと感じていらっしゃることと思います。
私自身、もちろん20番以内などのランキングを狙っていたわけではありませんが、日々記事を書いていくうちにランクが上がっていくのは楽しく感じていました。
逆に言うとランキングが止まってしまってからそのありがたみ・・というか自分がモチベーションを受けていたのに気づかされます

実際、私がウォッチしているブログの中には今年に入って更新がストップしてしまったところがいくつかあります。楽しみにしていたブログもあったので残念ですが、この中にもランキングを張り合いにしていた方が多かったのではないかと思います。

かといって止まってしまったもんはどうしようもありませんので、とりあえず自分でカウンターでもつけてみました。
大豆さんのブログでカウンターを付けられることを知って、早速やってみた次第です。
左側のなんちゃって自画像の下にある激小数字がカウンター(ひかえめ)。

このカウンターは同じIPアドレスを重複してカウントしないタイプのものですので、純粋に(現時点で)130人近い方が見て下さっているのが分かります。
これは自分としてはものすごい多い数字で、本当に読んで下さっている方がいるというのはありがたいことです。
また、コメントを残してくれたりTBを入れてくれる方がいるのも本当に有り難いものだと改めて感じました。


情報が満載なわけでもなく、日々のくだらない出来事や昔の思い出を書いているだけですが、これからも自分のスタンスを崩さずに続けていけるようにがんばります。

震災から10年

スマトラ沖大地震とインド洋津波による被害は当初の想定を大幅に超えて、本当に甚大なものになってしまいました。
地震の影響で地軸がずれ1日の長さが変わってしまったというニュースも流れ、震災の恐ろしさを如実に示しています。

私は九州という地震があまりない地域で育ちました。そのため地震に対して元々かなりの恐怖感を持っています。高校では震度3の地震で大騒ぎとなり、授業がストップするハプニングもありました。そのくらい私の育った地域は地震に対する耐性がありません。
高校を卒業し、進学を選択した私は大阪にある学校に進路を決定しました。そのときに東京の学校も候補にしていたのですが、本当にシンプルな理由で進路を大阪に決定したのです。その理由は、そう

地震が怖い ものすごい怖い

関東は地震がたくさん起こるというイメージがあり、しかも自分でいろいろと調べてみると1923年の関東大震災から数えて既に70年近くがたっていました
当時、関東を中心にしたプレート型の地震は65年に一度の割合で起こるものだというのが定説で、素直にそれを信じた私は

「関東に行ったら、死ぬかも」

ということを本気で心配していたものです。(関東のみなさん、すみません)
そんなわけのわからない理由で大阪を選択した私は、なんとか一人暮らしを続けていました。
しかし、私が選択した関西で地震は起きたのです。10年前の阪神大震災です。

その日、朝方の4時ごろまでギターの練習をしていた私はどうしようもなく眠くて布団に入りました。地震が起きたのは確か朝の5時45分くらいだったでしょうか。
真夜中まで起きていたにもかかわらず、一瞬で目が覚めるほどのものすごい揺れ。
揺れるというより突き上げる感じで、地中になにか悪魔のようなものが存在するように感じました。ベッドが下から私をガンガン突き上げる感覚は、本当に他のなにものにも例えがたい恐ろしさを感じます。


地震が起きたらトイレに逃げろ、机の下に逃げろ、こういうことって実際に体験してみるとムリだということが分かると思います。
とにかく目を見開いて、揺れが収まるのを待つしかありません。恐怖のために他になんにも出来ないのです。

当時私は一応自炊をしていて、冷蔵庫が置いてありました。もともとがさつな性格ですので、包丁なんかを冷蔵庫の上にポンと置いてあったのです。
この包丁がくるくると回って、私の布団の上にボスッと落ちるのを見ていました(イラスト参照)。

当時私が住んでいたアパートは、近所では「高度成長時代の遺物」と称される非常にぼろい建物でした。10階建てでワンルームがぎちぎちに配置されており、窓と窓の感覚がだいたい2メートルくらい。
壁は信じられないほど薄く、隣がなにをやっているのかつぶさに知ることが出来ます。
1階あたり60部屋が密集しており、10階建てですのでざっと600世帯が住まうウサギ小屋のような所でした

地震が収まって外に出てみたところ、建物の壁に縦横のひび割れが確認できました。今考えてもよく倒壊しなかったものだと思います。
幸い電気などは通じていて、テレビで震源がずいぶん遠いことを知ってさらに驚きました。
こんなに怖い思いをしましたが、震源近くの被害に比べると本当にたいしたことはありませんでした

平生そういった殊勝なことを考えないたちですが、このときばかりは神戸にボランティアに行きました。
電車もとぎれがちで、そんなに遠くないのに3時間もかかったのを覚えています。
住宅地ではブルーシートが沢山見え、都市部では巨大なビルが簡単につぶされていて、道路はあちこち陥没していました。
1ブロックが完全に焼失しているところもあり、まるで戦争でもあったかのようだと感じたものです。


そんなこんなで大阪の学校を卒業し、どうしてもミュージシャンになりたかった私は結局東京に行くことになりました。
東京に来て半年くらいは地震にびくびくしていましたが、大阪での経験もあってすぐに慣れることが出来ました。ただ、関東に来てからかれこれ8年くらい経ちますが、大阪で体験した地震が今起こったら、やっぱり何も出来ずに立ちつくしてしまうと思います。

スマトラ沖地震では大規模な津波で沢山の人が犠牲になりました。テレビで津波の映像を見ましたが、こんなことが実際に起こって、人間ごときがなにか出来るわけがありません
地球にとってはちょっと寝返りをうった程度のことかもしれませんが、私たちにとっては本当に致命的な災害となってしまいます。また運良く生き残ったとしても、大事な人を失うという最悪の悲劇がおこってしまうかもしれません。
阪神の震災では、いまだ3割の方が未だに精神的なダメージが回復しきっていない状態といいます。

スマトラ沖では今後の感染症が心配されるところです。これ以上犠牲者が増えないことと、いち早い復興をお祈り申し上げます。