イラストとマンガ ときどき哲学 -21ページ目

イラストとマンガ ときどき哲学

哲学とイラストとマンガを気の向くままに投稿しています!

こんにちは!

本投稿は,肩の荷が90%軽くなりますグラサン

気軽に読んでいただけますと幸いです

 

第二章として,人生の道を誤らず,力強く歩く羅針盤となる哲学を共有させていただいています.

本投稿は「困難との付き合い方」についてです.

 

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困難との付き合い方を示すにあたり,前投稿までに以下の内容を示してきました.

 

 

◆困難は常に人生と隣り合わせにある.

 

◆困難を後ろ向きにとらえると,人生は常に苦しく,生き甲斐なく,その消極的心からさらなる困難を呼び寄せ,健康,運命ともに次第に悪くなる悪循環に陥る.

 

◆困難を肯定的にとらえると,場合によって苦しみもついてくるものの,人生に強い幸せと生き甲斐を感じ,健康も運命も力強く人生を生きていける.

 

 

 

 

だからこそ,人生を生きるにあたり,困難の出現は致し方ないものであっても,常に肯定的にとらえる必要があるのですニコ

 

 

しかし,人間は,困難を常に肯定的に受け止められるほど完全無欠とは言えません.

 

一般的に見れば,困難も大なり小なり様々あり,そのすべてを一切ひるむことなく,肯定的にとらえ,私心なく利他の姿勢で対応すること,これができるのはまさに神業でしょう.

 

 

 

ただ,

 

 

そうはいっても,我々は簡単に人生をあきらめるわけにはいきません.

 

 

困難を肯定的にとらえるか否かが我々の人生を決するのです.

 

 

ここは,人生の最も厳しい一面です.

 

一方で,見方を変えると,最も輝かしい宝箱を有しています.

 

その宝箱を開けるか開けないか.それを決するのは肯定的な態度か否かです.

 

※神業同然に思われる「すべての困難への肯定的な態度」には積極的な心が必要であり,その実際方法を第三章にて確実に示していきます.

 

 

困難を肯定的にとらえるか否か.

この重要なテーマは多くの傑人の示すところでもあります.

 

 

以下に,4名の傑人の方々の示す人生の羅針盤を示します.

 

いずれの羅針盤におきましても,困難を肯定的にとらえる大切さを示しています.

 

引用書籍も記載しております.

どの書籍もとても勇気が出ますため,ご興味がございましたら是非読んでみてください

 

※永守さんは若干厳しいことが多く書いてありますため,ご興味ありましたら,最初は松下幸之助さん,稲盛さん,中村天風さんからがおすすめです!

 

※本投稿にて,困難を肯定的にとる重要性を認識いただければまことに幸いです.

 次投稿が困難との付き合い方最終回です!

 

◆日本電産創業者,現会長:永守重信さん

楽を追えば,楽は逃げていく.

苦から逃げれば,苦が追いかけてくる.

苦しみと向き合うことで,初めて楽を得ることができるのだ.

 

困難に見舞われたとき,苦難がやってきたとき.

そこから逃げるのか,あるいはそこに飛び込んでいくのかで,その後の展開は大きく変わる.

 

大きな苦難を乗り越えた人にこそ,より多くの幸せが待っているのだ.

したがって困難や逆境のなかにいるときこそが,飛躍のチャンスなのだ.

だから,けっしてそこから逃げてはならない.

どんなに強い逆風であろうと,敢然と向き合い,それを乗り越えていくことだ.

 

誰でも困難に真正面から対峙するのは怖い.

目の前に立ちはだかる屈強な敵に丸腰で立ち向かうようなものだ.

しかし,「困難さん」は必ずポケットの中に,解決策を忍ばせてやってくるものだ.

だから真正面から対峙し,がっぷり四つに組んで,ポケットに手を突っ込んで,解決策を奪取する必要があるのだ.

※書籍:「成しとげる力;サンマーク出版」

 

 

 

 

◆松下電器創業者:松下幸之助さん

人間は悲観しだしたらもうきりがありません.

しまいには自殺する人さえあるのです.

だからやはりこれは心の持ち方です.

成功したといわれる人たちの伝記などをみると,普通の人なら自殺しかねない状況にあっても,自殺していません.

いってみれば,困難な状況,境遇に直面して,それを喜び迎えているわけです.

※書籍:「道は無限にあるより;PHP研究所出版」

 

しかし本当は,それらのいわば人生の脅威ともいうべきものを懸命にそしてひたすらに乗り切って,刻々と事なきを得てゆくというところに,人間としての大きな生きがいをおぼえ,人生の深い味わいを感じるということが大事なのである.

この心がまえがなければ,この世の中はまことに呪わしく,人生はただいたずらに暗黒ということになってしまう.

憂事に直面しても,これを恐れてはならない.

しりごみしてはならない.“心配またよし”である.

心配や憂いは新しくものを考え出す一つの転機ではないか,そう思いなおして,正々堂々とこれと取り組む.

力をしぼる.

するとそこから必ず,思いもかけぬ新しいものが生み出されてくるのである.

新しい道がひらけてくるのである.

まことに不思議なことだが,この不思議さがあればこそ,人の世の味わいは限りもなく深いといえよう.

 

断じて行えば,鬼神でもこれを避けるという.

困難を困難とせず,思いを新たに,決意をかたく歩めば,困難がかえって飛躍の土台石となるのである.

要は考え方である.

決意である.

困っても困らないことである.

※書籍:「道をひらく;PHP研究所出版」

 

 

 

 

◆京セラ,KDDI創業者:稲盛和夫さん

むずかしいが,どうしても解決を要する問題に直面したとき,その困難さから目をそらして逃げてしまうか,正面切ってそれに立ち向かうことができるか.

そこが大きな成功を手にすることができるか否かの分かれ道なのです.

 

真正面から困難に立ち向かい,自分を限界に追い込む.

そういう心意気が,不可能だと思えた状況を打破し,クリエイティブな成果を生み出していくのです.

その積み重ねこそが人生というドラマのシナリオに生命を吹き込み,現実のものとするのです.

 

損をしてでも守るべき哲学,苦を承知で引き受けられる覚悟,それが自分の中にあるかどうか.

それこそが本物の生き方ができるかどうか,成功の果実を得ることができるかどうかの分水嶺になるのではないでしょうか.

※書籍:「生き方;サンマーク出版」

 

どんなにつらくとも,貧乏しても頑張っていこうと気持ちを入れ替えれば,様々なことが好転して,必ず将来は開けてくると思うのです.

※書籍:「利他;小学館出版」

 

 

 

 

◆哲学者:中村天風さん

自分の住む現在の人生環境や,また世界を,いやらしいとか,いとわしいとか思うような人,あるいは健康に快さを感じない人があったならば,その人くらい不幸を人生に感じている人はないといえる.

反対に,現在の自分の住む世界や環境が,たとえ他人から見てそう大したものではないと思われるようなものでも,自分が心の底から本当に満足し,感謝して活きているとしたら,その人は終始一貫,幸福のるつぼの中で恵まれて活きている人である.

 

「出来るだけ平素,幸福の方面から人生を考えよ」ということである.

苦しいときでも楽しい思い.

人間の幸福というのは,その人の人生に対する考え方というものを切り替えないかぎりは,どんな境遇が来ても,ああ,ありがたい,嬉しいと思いはしない.

 

何でもないときは,さもあらばあれ,病や運命が悪くなったときには,そのときこそ,生命を守る戦いを開始しなければならないのだ.

そのときに,戦いに勝つものは,力なのだ.

しかも,その力を強くするには何を措いても,第一に心を積極的にしなければいけないのだ.

それを,悲観したり心配したりして,心を消極的にして,なおかつ,より価値高く活きようとする考え方は,火種なしに炭から火を熾そうとするのと同じである.

※書籍:「運命を拓く;講談社出版」

 

 

 

 

私はこれまでの人生で幾たびも困難と対峙してきました.

 

その中で,困難を困難としない姿勢をとるようになりました.

 

私は,自らの人生に表れる困難というものは,決して自らの人生を転覆させようとする消極的なものではなく,新たな飛躍になるために与えてくれたものと思っていますニコ

 

ですから,必ず自らの裁量で打開できるものであると思っています.

 

そういった打開できる困難のみが現れると確信しているのです.

 

 

 

ですから,圧倒されそうな困難にも悠然と構え,とらわれることなく,素直に全体を把握し,自らがやれることを肯定的に全力でやる.

 

そのことが打開に直結しているかわからずも全力でやっていく.

 

そして,人智を尽くして天命を待つの境地に入る.

 

やることはやった.

因果律の通り,肯定的な善い行いが種となり,善い果を得れると信じるのみ.

 

 

そんな素直な姿勢に対し,必ず果はついてきて,それが思ったものでなくても,人生を善い方向に進める最善の結果となると確信しています.

 

>>>続く>>>

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【本ブログ構成】

【はじめに】~現代社会の道徳的退廃要因.その中で力強く生きる哲学~

◆第一章【存在価値を見失っている要因】

①【存在価値を見失っている要因】

②【存在価値を見失っている要因】

③【本当の幸せ】目指すべき方向

④【本当の幸せ】目指すべき方向

⑤【本当の幸せ】目指すべき方向 完結

⑥【精神的豊かさとは?生きる意義は見失いたくない】

⑦【サラリーマンが唖然と泣いた理由】

⑧【サラリーマンが唖然と泣いた理由】完結

⑨【ならぬものはならぬのです】

⑩【困難でも少し楽しくなった人生の歩き方】
⑪【困難でも少し楽しくなった人生の歩き方】完結

1-12【毎日ウーバーの果てに】

1-13【今すぐできるスマホを触る以上に楽しいこと】

1-14【周りの雰囲気に影響されるということ】

2-1【アクセス稼ぎの自己啓発ではなく,若造の本気の哲学です】

2-2【生きる意義を素直に考えてみた】

2-3【生きる意義を素直に考えてみた】②

2-4【生きる意義を素直に考えてみた】③完結

2-5【困難との付き合い方】①

2-6【困難との付き合い方】②

こんにちは!

本投稿は,肩の荷が80%軽くなりますグラサン

気軽に読んでいただけますと幸いです

 

第二章として,人生の道を誤らず,力強く歩く羅針盤となる哲学を共有させていただいています.

本投稿は「困難との付き合い方」についてです.

 

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※前投稿にて,困難を肯定的にとらえられるか否かで,

人生における幸・不幸,さらにはその後の運命までが決まることを示してきました.

 

 

ここで,私がサラリーマン時代に経験した最大の困難との軌跡を,参考に供したいと思います.

 

この最大の困難を経験するで,困難を肯定的にとらえることが,

強い生き甲斐と幸せをつかみ,善果を招くということを肌身で感じることができましたウシシ

 

 

 

 

私は,今年の4月末までゼネコン(総合建設業)の研究開発部門に勤めていました.

 

研究開発部門の主な業務は,建設現場における生産性向上を目指し,施工性の改善,安全性の向上,環境配慮,コスト削減等に着目し,新たな革新的技術を開発していくことにあります.

 

その中で,私は特殊なコンクリートの材料および適用技術の研究開発をメインに担当していました.

 

 

 

 

そして今年の年明けより,新規に開発した特殊な配合をもつコンクリートのポンプ圧送試験を担当することとなりました.

 

この業務が最大の困難になりましたニヤ

 

この試験の目的は,新規に開発した特殊なコンクリートを対象とし,

建設現場でポンプ圧送するにあたっての圧送性能を検討することにあります.

 

ポンプ圧送ってなんや!えー?

 

と私も当初思ったので,少し専門的ですが,想像しやすくなるように簡単にポンプ圧送と試験概要について示させてください.

 

 

 

 

現代の建設現場では,コンクリートの打ち込みにあたっては,コンクリートをポンプ車に投入し,配管等を介して数十~数百メートル圧送して所定の箇所に打ち込んでいるところがほとんどです.

(コンクリートの打ち込み場所までコンクリートミキサー車が向かう必要がなくなります)

 

この施工方法をポンプ圧送といっています.

 

↓写真は,配管は使用していませんが,ポンプ車についたブームでコンクリートを打設している状況です.

海外の写真の為でしょうか.おっちゃんたち,ヘルメットつけてなくてあかんです笑い泣き

 

 

そして,ポンプ圧送時には必ず避けねばならない事案がいくつかあります.

 

代表的な事案は,以下の二つです.

 

  1. 配管内でコンクリートの材料分離(モルタル分と骨材が分離)等による品質不良の問題
  2. 配管内でコンクリートが詰まってしまう閉塞の問題

 

そのため,今回のように前例のない特殊なコンクリートを工事で圧送するには,

上記の問題が生じない安全な圧送計画の作成を可能とするための,事前の圧送性能の検討が必須となります.

 

 

圧送性能の具体的な検討方法は,実際に配管を組んだ実大規模の圧送試験を行い,

対象のコンクリートに対する,配管系,配管方向(上向き,下向き等),配管形状の影響等を時間当たりのコンクリート吐出量で検討するといった手法が多いです.

 

 

今回の試験においても,上記の手法での検討を行うこととなり,最終的には,配管長さ100m程度,特殊なコンクリート数十m3,大型ポンプ車数台,コンクリートの現場練り(特殊な配合によりプラント練り不可),各種必要な計測を行う一大実験となりました.

 

 

 

 

では,そんな試験の何が困難であったのか.

 

 

大きく三つの困難がありました.

 

一つ目は,ポンプ圧送試験は大規模な試験であり,多数に行われているものではなく,規格化されたものではないことに由来します.

そのため,圧送試験を計画するにあたり,大がかりな実験である一方,細かな点を一つ一つ意義を考え,基礎から積み上げ,段取りをしていく必要があります.

 

二つ目は,試験を三カ月以内に完了する必要があり,悠長に計画している余裕がないことです.

 

三つ目は,私自身にポンプ圧送の知見がほとんどなかったことです笑い泣き

 

 

 

以上の困難から,当時の私には試験の先行きが全く見えず,漠然とした不安をもつにいたりました.

 

 

いうなれば,

 

あなた,日本酒を三カ月以内に作りなさい.失敗はなりません物申す

 

と言われたくらいの見通しです

 

えっ,本当にできるの?三カ月しかないよ,設備は?原料は?そもそもどうやってつくるの?アセアセ

 

といった,不可能に近い先行きの不安は同じ感じです.わかりづらいですかね...(笑)

 

 

 

 

果せるかな,始めの数週間程度は広範な課題を抱え,先行きの見通しは一切つきませんでした.

 

課題を解決しようと計画を詰めるほどに,期日が近づくのと反対に,さらなる課題が山積する毎日でした.

 

 

他の研究所のすべての上司の抱えている実験が心底うらやましく思えましたうーん

 

実際そんなことはないのですが,自らの試験が最も困難に思えていました.

 

死ぬ気で頑張ってもうまくいくかわからない,着地点が見えないというのは,心理的にとてもスリリングな状況なのだと思います.

 

 

 

そして,もしもこの困難を前に,後ろを向こうとするならば,

すぐさま不平不満を連ねて,自らの境遇を不運であると呪っていたことと思います.

 

そして,責任転嫁をし,果てには試験を放り投げることもあったのかもしれません.

 

困難が大きいほど,後ろを向くのは容易です.

 

 

これらの背景のもと,私にとって,本試験は最大の困難と感じられるものでしたおーっ!

 

 

 

 

しかし,そのような状況において,困難を肯定的にとらえることで運命が拓けることを感覚的に正しいと思っていたため,困難に目を背けることはしませんでした.

 

では,如何に困難を肯定的にとらえたのか.

 

やはり安易な方に流れ,中途半端に適当にやってしまおうとする気持ちは強いです.

しかし,やせ我慢の側面が大きいですが,常に自身に次のような言葉を投げかけて,前を向いていました.

 

 

この困難は必ずや飛躍の糧となる.

自らが乗り越えられる困難しか,人生にはない.

必ずや,全力で当たれば,道が拓ける.

 

 

その一心であり,具体的な行動としては,ただただ目の前のできることをひたすら対応していくのみでした.

 

決めなければならない課題は先送りにせず,すぐさまアクションを起こす.ひたすらに全力で働くのみでした.

 

 

 

もちろん,その間も全てがうまくはいかず,製作機器の不調で,実験用の配管が期日に間に合わないかもといった想定外の困難等が数多くでてきました.

 

その都度心の中では,

 

 

本当かいな.善いことなんてなんもないじゃないかえーん...

否,これは起こるべきして起こった.自らにも非があるはずだ.肯定的に考えて,最善の道を行くしかない.進もう

 

 

と気持ちを切り替えていました.

 

 

正直に,困難が出てくるたびに,心の中はブラックになり,喜怒哀楽の激しい鬼の形相になりかけます(笑)笑い泣きムキーッショック

 

 

気持ちが緩んでしまったときには,

 

 

ああ,今,とても情けない顔してるのが,鏡見なくてもわからぁ

 

 

と思ったこともありますショック

 

 

ただし,そんな時に,自らの人生の羅針盤,哲学として,肯定的にとらえなければ,何も解決しないというプリミティブな考え方が強くあったために,気持ちを強く引き締め,前を向けたと思います.

 

 

 

 

そして,困難を肯定的にとらえることで,何か善いことがあったのかというと,

気持ちへの善果,運命への善果がもたらされたと実感しています.

 

 

◆気持ちへの善果

 

日々間欠泉のごとくあがる課題に対し,そこには時として苦しい思いもあるものの,

それらを少しずつでも乗り越えられていることに,自らの成長を感じ,自らに誇りを感じられました.

 

そして,それらは,何物にも代えがたい強い生き甲斐となりました.

 

その生き甲斐ある日々には,喜び,幸せがにじみ出ていました.

 

こたつで寝ながらテレビをみて,みかんを食べるといった幸せではなく,もっと有難い幸せを感じていたと思います.

 

終わってみれば,この経験を積めたことは人生の宝物であり,その機会をいただけたことに感謝があるのみです.

 

こたつにミカンの幸せは決して否定しません.

 

むしろ,人生には必要な幸せです.

 

しかし,困難に直面したときには,こたつにミカンの暇はありません.

 

困難を肯定的にとらえ,そこに強い生き甲斐を感じるべき時期であるとも,一面言えるのかもしれません.

 

 

 

◆運命への善果

 

試験においては,無事に良好な結果を得て,完了することができました.

 

当初は,全く見通しがつかなかったなかで,大規模な試験を安全に完了できたことが何よりも善果でありました.

 

そして,そこに新たな自信を得て,人は何でもやろうとすればできるという境地を拓くことができたこと.

 

それも善果であると思います.

 

また,試験がうまくいったのは,何より社内社外に問わず人に恵まれ,社外の方々では,契約という利害関係をこえて,うまく実験を成功するために,全力で協力してくれた人たちばかりでした.

 

本心から思うのですが,試験がうまくいったのは周りの方々の協力(実作業のみならず,斬新なアイデアなど)が大部分をなし,自らの力はほとんどです.

 

その面から見ると,うまくいったのは偶然ではないかとも思えますが,

そんな素晴らしい人たちと実験をできたのは,困難にあっても常に肯定的に取り組んだことに善因があるように思えてならないのです.

 

 

 

 

困難で苦しむのが人生なのかという疑問を前投稿にて提起しました.

 

その答えとしては,人は困難を肯定的に受け止めることで,そこに大きな幸せと強い生き甲斐をつかみ,人生の原則をもって,力強く歩くことができます.

 

そのような人間としてあるべき生き方には,当然として力強い善い健康・運命がついてくるのです.

 

ですから,人生は困難を飛躍とし,決して苦しむのみではないのです.逆に,困難を後ろ向きにとらえたとき,人生を常に苦しみの中に置くこととなるのです.

 

 

※少し難しい表現ですと,人として困難を飛躍とする生き方は当然のことであり,必然として,そこに幸せも運命も健康もついてくる.

ですから,運命と健康をのぞむために,困難を肯定的にとらえるのではなく,“人の生き方として正しいからこそ困難を肯定的にとらえるのである”という姿勢が一番正しいように思います.

 

 

 

そして,私の今回示しました話はうまく言ったケースです.

しかし,これは結果論ではありません.困難を真正面から肯定的にとらえることで,必ずやその人にとっての最良の結果がもたらされると思います.

そのような感じを,直感的ですがこれまでの人生を通して常に私は感じています.

 

そして,もちろん私だけではありません.

確かな補足となると思いますため,次投稿において,数々の名経営者,哲学者が指摘する,困難を肯定的に受け止める大切さを引用抜粋しますおーっ!

 

 

>>>続く>>>

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【本ブログ構成】

【はじめに】~現代社会の道徳的退廃要因.その中で力強く生きる哲学~

◆第一章【存在価値を見失っている要因】

①【存在価値を見失っている要因】

②【存在価値を見失っている要因】

③【本当の幸せ】目指すべき方向

④【本当の幸せ】目指すべき方向

⑤【本当の幸せ】目指すべき方向 完結

⑥【精神的豊かさとは?生きる意義は見失いたくない】

⑦【サラリーマンが唖然と泣いた理由】

⑧【サラリーマンが唖然と泣いた理由】完結

⑨【ならぬものはならぬのです】

⑩【困難でも少し楽しくなった人生の歩き方】
⑪【困難でも少し楽しくなった人生の歩き方】完結

1-12【毎日ウーバーの果てに】

1-13【今すぐできるスマホを触る以上に楽しいこと】

1-14【周りの雰囲気に影響されるということ】

2-1【アクセス稼ぎの自己啓発ではなく,若造の本気の哲学です】

2-2【生きる意義を素直に考えてみた】

2-3【生きる意義を素直に考えてみた】②

2-4【生きる意義を素直に考えてみた】③完結

2-5【困難との付き合い方】①

こんにちは!

本投稿は,肩の荷が80%軽くなりますグラサン

気軽に読んでいただけますと幸いです

 

第二章として,人生の道を誤らず,力強く歩く羅針盤となる哲学を共有させていただいています.

本投稿は「困難との付き合い方」についてです.

 

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前投稿までに,人生の姿を明瞭にしてきました.

 

すなわち,因果律(因果応報の法則)の張り巡らされた世の中で,

人生の原則「素直に私心なく,利他の心で生きる」に沿って生きることで,

健康も運命も力強く,幸せに生きられるのが人生であるとしましたウシシ

 

 

しかし,人生の姿についての表面的理解のみで人生を歩もうとすれば,思わぬ落とし穴に落ちる懸念があります.

 

実は,人生の原則通りに生きることは,簡単ではないのです.

 

もちろん,平平凡凡な波風立たぬ平和な人生であれば,常に人生の原則の通り,私心なく,利他で,幸せに生きられるといえます.

 

 

しかし,そうは問屋が卸さないのです.

 

人生を深く考えたことのある方はお気づきかもしれません.

 

今回のテーマとなります「困難」の登場ですショック

困難と正しく付き合えてこそ,人生の原則の通りに生きられるのですニコ

 

 

 

 

平平凡凡の人生なんてものはありません.

 

だれの人生にも生きる逆風ともいえる困難が存在します.

 

人生を横から見てみますと,まるで三角関数のグラフのように,峠を越えれば次なる峠の連続であり,困難が数多くあるものですアセアセ

 

さらにいえば,因果律の通りに,利他の心で善い運命を得ても,やはり次なる困難がありわけです.

 

 

 

 

このような困難と人生の関係を考えてみますと,一つの疑問が出てきます.

 

 

困難が隣り合わせの人生だって!驚き

それじゃ,困難に苦しんでのたうち回るのが人生じゃないか.

たとえ善い運命を生きても,困難ある限り,心は辛いじゃないか.

いかに困難と付き合えばよいものか...真顔

 

 

まさに,困難との付き合い方は,人が生きる上で最も大切なことであり,その人の幸せ・運命を左右します.

 

一面,人生を拓くゴールデンキーとなるものです.

 

本投稿より,困難との付き合い方を示していきます.

人生に光明をもたらすような発想の転換,パラダイムシフトとなればまことに幸いです.

 

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自然界の動植物も,困難といえる生きる逆風から逃れることはできませんやしの木

 

代表的な例として,木々は台風等の暴風や地震に対して倒木の危機があり,動物たちは天敵の存在があります.

 

このほかにも,動植物は,細菌や気候による日照不足・食料不足など数えきれない困難と隣り合わせで生きています.

 

人も同様であり,様々な困難があります.

 

病であったり,貧乏,自然災害,事故,盗難,死別,人間関係,多種多様な災難,,,日常をみても,仕事や子供の受験,恋人とのけんかなんかも困難に数えてもよいのではないでしょうか.

 

いってみれば,日々が大なり小なりの困難の連続といえると思います.

 

 

 

 

では,困難の前になすすべがないものなのか.

 

前述の木々であれば,暴風・地震にあっても倒れないように,根を深くまで生やし,幹を太く,枝をしなやかに進化させています.

 

動物たちも,天敵に圧倒されないように,天敵をしのぐ脚力なり,欺く擬態術や,接近を事前に感知する優れた嗅覚等を発達させていき,自らの種を残し続けています.

 

各々,困難に対応した力を身につけており,いかんなくその力を発揮し,困難を乗り越えていっているのです.

 

 

つまり,困難は一面,進化向上,飛躍の土台石となり,素直に見て,困難を前にも力強く生きられ,困難の前に決して圧倒されることはないととらえられます.

 

同様のことが,人にも言えると思いますが,困難の前に心が弱気になり,戸惑い,悩み苦しんでしまうのも人情.

 

困難に対し,なすすべはありそうだが,いかに困難と付き合えばよいものか...

 

 

 

 

「困難」=「苦しいもの」とすると,困難ととなり合わせの人生は苦しいものとなる.

 

さらに言えば,因果律の通りに,善い行いで善い運命を得たところで,困難とは切っても切れない関係である人生は,本当に苦しみの連続で,幸せが入る隙間はなく,まさに地獄といえましょう.うーん

 

 

しかし,これまでの記述は,人心が困難の前に圧倒されてしまうものとしています.

 

見方を変えてみますと,人が困難と遭遇したとき,こんなことがあるのではないでしょうか.

 

同様の困難とされるアクシデントが二人に生じるとします.

 

 

うち一人は,その困難に,圧倒されて心を病んでしまう.

一方で,もう一人は,その困難を意に介さず,むしろ明るく対応している.

 

 

さらに身近な例です.

 

  • 仕事で失敗の許されない責任の重い新規プロジェクトのリーダーに指名され,ある人はプレッシャーでぺしゃんことなり,ある人は自らの成長の場ととらえて,俄然やる気に燃え,その境遇に感謝している.

 

  • 友人に自分だけパーティーに呼ばれないとき,ある人は自らの存在意義が揺らぎ,ぺしゃんことなり,ある人は「おれは去る者は追わず来る者は拒まずが信条さウシシ」と言って平気でいる.

 

※私の最近の例として,彼女との連絡頻度が少ないことに悩んでいた時,一緒に飲んでいた友人が,

 

彼女と一週間以上連絡なくても,自分だけの時間も楽しいから平気だよウシシ

 

言っていました.考え方やなあとふっと心が軽くなった出来事でした.

 

 

 

ですから,困難は,見方によって困難ではなくなるのです.

 

困難だから人生は苦しい,ではないのです.

 

困難を前に後ろ向きになる自らの心が,人生を苦しくしているのです.

 

 

では,いかに困難と付き合えば,困難に組み伏せられないか,苦しみの人生とならないか.

 

それは,冒頭にも示した自然界の動植物がそうであるように,

困難から決して逃げず,困難を,進化向上・飛躍としていく姿勢をとることです. 

 

すなわち,困難を後ろ向きに考えず,肯定的にとらえることです.

 

他に我々の選択肢はないのです.

次投稿以降記載していくものの,これは簡単なことではない.

しかし,そう生きるのが理屈でなく,人としてあるべき生き方なのだと思います.

 

 

 

 

困難を肯定的にとらえる姿勢をもち,人生の原則という羅針盤を保持できれば,必然と因果律の通りに,すべての禍を転じて福となすを得るのです.ニコ

 

その姿勢が変わらない限り,いくら困難があろうと,決して困難に組み伏せられることはなく,すべてを飛躍とし,人生の生き甲斐,幸せを感じながら,健康も運命も力強い人生を生きていけるのです.

 

ここで大切なことは,因果律で善い運命を得るのは当然であり,何よりも困難を打開する過程に,場合によってはいくらかの苦しみがあれど,その先に喜び,大きな幸せを得て,人生に強い生き甲斐がもたらされることです.

 

困難は決して消極的側面のみではなく,人生に心からの幸せ,強い生き甲斐を生むのです.

 

 

一方で困難を困難のままに生きる姿勢では,困難にとらわれ,視野を狭くし,苦しみのうちに心を組み伏せられ,その困難を打開できないうえに,

 

因果律の通り,その消極的心(不平不満等)から呼ばなくてよいさらなる困難を呼び寄せ,健康,運命ともに次第に悪くなる悪循環に陥ります.

 

これでは,人生は常に苦しいものとなってしまいます.

 

ですから,困難を肯定的にとらえられるか否かで,人生における幸・不幸が決まるとともに,その後における運命も決まるのです.

 

>>>続く>>>

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

【本ブログ構成】

【はじめに】~現代社会の道徳的退廃要因.その中で力強く生きる哲学~

◆第一章【存在価値を見失っている要因】

①【存在価値を見失っている要因】

②【存在価値を見失っている要因】

③【本当の幸せ】目指すべき方向

④【本当の幸せ】目指すべき方向

⑤【本当の幸せ】目指すべき方向 完結

⑥【精神的豊かさとは?生きる意義は見失いたくない】

⑦【サラリーマンが唖然と泣いた理由】

⑧【サラリーマンが唖然と泣いた理由】完結

⑨【ならぬものはならぬのです】

⑩【困難でも少し楽しくなった人生の歩き方】
⑪【困難でも少し楽しくなった人生の歩き方】完結

1-12【毎日ウーバーの果てに】

1-13【今すぐできるスマホを触る以上に楽しいこと】

1-14【周りの雰囲気に影響されるということ】

2-1【アクセス稼ぎの自己啓発ではなく,若造の本気の哲学です】

2-2【生きる意義を素直に考えてみた】

2-3【生きる意義を素直に考えてみた】②

2-4【生きる意義を素直に考えてみた】③完結

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こんにちは!

本投稿は,肩の荷が70%軽くなりますグラサン

気軽に読んでいただけますと幸いです

 

第二章として,人生の道を誤らず,力強く歩く羅針盤となる哲学を共有させていただいています.

本投稿は「人生の姿(因果応報の法則)」についてです.

 

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前投稿の「人生の原則」に続きまして,「因果応報の法則」についてです.

 

これが分かれば,人生の姿が明瞭となり,力強い歩みも自然とできてきます.

 

 

「因果応報の法則」というと,目に見えない,証明されていないことであり,どこかオカルト的側面を感じてしまいます.

 

しかし,我々の人生は,この因果応報の法則の中にあり,確実に密接に関わっているのです.

 

どんなにお金を持っていても,偉くても,この法則の外では生きていけませんうーん

 

まさに天網恢恢疎にして漏らさずであり,人生を幸せにも不幸にもする法則です.

 

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因果応報の法則はどういったものか.

 

単純明快であり,善いことをすれば善いことが生じ,悪いことをすれば悪いことが生じるという法則を示したものです.

(善因善果,悪因悪果です)

 

さらに突き詰めると,善いことを思ったら善いことが生じ,悪いことを思ったら悪いことが生じる法則です.

 

つまり,心で考えたことが種(因)となり,現実世界に果実(果)をつけることを本質としています.

 

この点を意識した中で,因果応報の法則の詳細を示していきます.

 

 

人生は,天命と運命の二つで構成されています.

 

すなわち,天命というものは,男に生まれるか,女に生まれるか,はたまた身長はいくらだ,どういった両親のもとに生まれるか,戦国の世に生まれるか,はたまた末の世か,とんでもなく可愛い隣人がいる家に生まれるか恋の矢といった生まれついての確定している,変えられないことです.さほど多いことではありません.

 

運命は天命を除く後天的な人生の一切です.

 

 

 

そして,因果応報の法則が張り巡らされているのは運命の方となります.

 

ですから,天命を除く人生の後天的なことは,心の持ち方次第で,善くも悪くもできるのです.

 

 

 

 

我々が今生きているのは,間違いなく因果応報の法則が張り巡らされている運命の上です.

 

ですから,我々は刹那刹那において,善い心で生きることが何よりも大切となりますニコ

 

そのことで,たとえ今がどのようなつらい状況であろうとも,人は禍を転じて福となすを得るのです.

 

 

善い心ってなんぞや?うーん

 

との疑問もあります.

 

善い心で生きることは,前投稿に示してきた人生の原則「素直で私心なく,利他の心で生きる」に準じて生きることに合致します.

 

人が生きる上で与えられている原則の通りに生きれば,善い心として,善い運命が創られ,逆を生きれば,破綻にむかうということです.

 

そういった人生の姿があるからこそ,前投稿の通り,人の為に貢献したときはとても心が明るく,幸せになります.爆笑

 

そして一方で,私心にとらわれ,自分だけ得をしたいという気持ちでいると,なぜか心の中は空しく,物に満たされても,心は満たされず,視野も狭まり,いずれ破綻してしまうのです.

 

 

 

しかし,因果応報の法則がどうしても信じられないという方もいるかと思いますうーん

 

確かに科学的にはその効果は証明されておりません.

 

ただ,我々の生活にはかなり浸透し,身近な存在となってきているのです.

 

第二義的な示し方ではありますが,因果応報の法則は書店に並ぶいずれの成功哲学の書籍においてもその柱をなしており,人の心で想い描いたことが現実化するという形をもって,ビジネスにも取り入れられている点から,信憑性もあると思っていただけるのではないでしょうか.

 

もちろん,稲盛和夫さん(京セラ,KDDI創業者),中村天風さん(大正時代の哲学者)の書籍にも因果応報の法則は登場し,以下のように示しています.

 

 

稲盛和夫氏

私たちに起こるすべての事柄には,かならずそうなった原因があります.それはほかならぬ自分の思いや行いであり,その思念や行為のすべてが因となって果を生んでいく.あなたがいま何かを思い,何かを行えば,それらはすべて原因となって,かならず何らかの結果につながっていきます.人間は運命に支配される一方で,自らの善思善行によって,運命を変えていける存在でもあるのです.

 

中村天風氏

この自然傾向を確実に応用しさえすれば,健康なんてもう問題じゃない.もう死ぬまで丈夫でいられるし,そのうえ自分のやっている仕事は,すべてみんな成功する.成功せずにはいられないのである.ところが,この自然傾向を確実に応用しないで,脱線すると,事業に失敗したり,あるいは不運に見舞われたりするのである.

 

 

一方で,

 

昨日電車でおばあちゃんに席を譲ったのに,今日は善いことなんもねえや.なにが,因果応報や.もぐもぐ

 

と言われる方もあるかもです.

 

因果応報の法則は善いことをした翌日に善いことがあるといった速効性はありません.

 

それを稲盛和夫さんはもともとの運命が干渉するためと示しています.

 

そしてさらには,このように示しています.

 

 

稲盛和夫氏

長い単位で見れば,きちんと因果の帳尻はあっているものです.私も事業を始めて四十年以上がたち,その間,様々な人物のさまざまな盛衰を見てきましたが,ほとんどの人が日ごろの行いや生き方にふさわしい報果を,それぞれの人生から得ているのです.長い目で見れば,誠実で善行を惜しまない人物がいつまでも不遇にとどまることはないし,怠け者でいい加減な生き方をしている人がずっと栄えていることもありません.

 

 

すぐに結果が出なくても,大木になるために,地中深くに根を生やしている時期だと思います.

 

さらにいえば,書籍「7つの習慣」で「すべてのものは二度つくられる」と示されています.

 

頭の中で創造され,次にかたちあるものとして創造される原則があると補足していますが,まさに,たとえ結果がすぐ出なくても,今後の善い人生が心の中では着実にかたちづくられている最中であると考えることができますおーっ!

 

 

 

ちなみに,私もサラリーマン時代の仕事で因果応報は痛いほど学びました笑い泣き

 

仕事を進める中で油断すると私心が入り込み,つい楽をしたいからと妥協するといった甘えがでてくることがしばしばでした.

 

その妥協は仕事の一部分であり,仕事全体の結果には影響はないものと考えられることばかりでした.

 

しかし現実には,その妥協から様々な歯車にがたつきが表れることが多くありました.

 

なんであんだけの妥協でこんなことになるんや!ガーン

 

です.

 

しかし,やはり私心に執した考えという善くない種を心の中でまいており,その種から成った善からざる果実を自らが食べなければならないんだなと気づいていきました.

 

そんな経験を通し,仕事に向かう姿勢を改めました.

 

いかなる時も私心に惑わされずに極めるべきところは極める.

 

そのような厳しさを持ち合わせて働くことで,おのずと結果もついてきたと思います.

 

また,私心に執した心持ちと,私心のない素直な心持ちでは,後者の方がずっと誇れる自分でいることができ,得ですニヤ

 

 

 

 

以上の通り,因果応報の法則が張り巡らされた世の中において,人生の原則「素直で私心なく,利他の心で生きる」に準じて生きることで,健康や運命も良好に力強く生きることができます.

 

中村天風さんはこのように示されています.

 

 

中村天風氏

老若男女の差別なく,その生命の中に健康も,運命も,自由に獲得し,また開拓し得る真に感謝に値する偉大な力が与えられてあるのである.

 

 

一方で,厳しい面から考えると,我々は自らの人生を他人のせいにすることでは一切解決がつかないニコ

 

自らに運命を変える力があるからこそ,素直で私心なく,世の人の心をもって,自身の力で人生を拓いていく必要がある.

 

世の中に大きな影響を与えた方が良いとかではなく,与えられた人生で自らのできることを最大限行って生きる.

 

そのことが大切と思います.

 

誰でもが等しく,人生という枠の中で幸せになれるのです.

 

 

 

 

まとめです.

人生には,人生の原則「素直で私心なく,利他の心で生きる」と因果応報の法則が共通して存在します.

 

人生の原則に準じた善い心で,生きることで,健康も運命も力強く生きることが可能となるのです.

 

 

今まで何十億年と生物は過酷な環境でも命をつないできた.

 

人が力強く生きれるのは当然で,いくらでもよい運命に生きていける.

 

「ダーウィンが来た!」を見ていて,サバンナでチーターにかられるインパラが最後まで一生懸命逃れようと全力疾走して,つかまってからも逃げようとしていました.

 

人間だけがつらい時に,勝手に自己解決して,もうだめだとなり,試合を放棄する.

 

少なくとも,人だってその命の灯がつきるまで,前を向いて,力強く次の世代のために生きれる,戦える力がある.

 

人というのは力強いものと考えるべきであり,それが人生の姿です.

 

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【本ブログ構成】

【はじめに】~現代社会の道徳的退廃要因.その中で力強く生きる哲学~

◆第一章【存在価値を見失っている要因】

①【存在価値を見失っている要因】

②【存在価値を見失っている要因】

③【本当の幸せ】目指すべき方向

④【本当の幸せ】目指すべき方向

⑤【本当の幸せ】目指すべき方向 完結

⑥【精神的豊かさとは?生きる意義は見失いたくない】

⑦【サラリーマンが唖然と泣いた理由】

⑧【サラリーマンが唖然と泣いた理由】完結

⑨【ならぬものはならぬのです】

⑩【困難でも少し楽しくなった人生の歩き方】
⑪【困難でも少し楽しくなった人生の歩き方】完結

1-12【毎日ウーバーの果てに】

1-13【今すぐできるスマホを触る以上に楽しいこと】

1-14【周りの雰囲気に影響されるということ】

2-1【アクセス稼ぎの自己啓発ではなく,若造の本気の哲学です】

2-2【生きる意義を素直に考えてみた】

2-3【生きる意義を素直に考えてみた】②

こんにちは!

本投稿は,肩の荷が60%軽くなりますグラサン

気軽に読んでいただけますと幸いです

 

第二章として,人生の道を誤らず,力強く歩く羅針盤となる哲学を共有させていただいています.

本投稿は「人生の姿(生きる意義)」についてです.

 

 

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前投稿では,人生の原則について,人同様に社会をつくって生活するリカオン,ミツバチの生き方に着目・参考にして示しましたニコ

 

 

つまり,人生の原則は,社会を次の代にしっかりつなげるよう貢献することであり,

 

「素直で私心なく,利他の心で生きる」

 

であると示しましたウシシ

 

本投稿では少し補足となります!

必ず,人生を豊かにできる内容であると確信します凝視

 

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人生の原則として示した「素直で私心なく,利他の心で生きる」ということは,

 

良い悪いの理論的な話なんかではないと思うのです.人が生きるべき道です.

 

リカオンもミツバチも,社会のための行動を原則として素直に取っているのです.

そこに理屈はありません.ニコ

 

 

 

しかし,人は知性があり,私心もあり,自らの生き方に理屈を求め,大切なことを見失います.

 

例えば,お金をたくさん持っていることが,大切であるという理屈をつくり,

 

果てには,あれもないこれもないの不平不満の世界に生きていたりするのですうーん

 

そのような考えをしてしまうのも人情といえますものの,それでは生きがいある人生はありえません.

 

 

 

本当に大切なことはいつも理屈で説明できない気がします.

 

人を好きになることも,悪いことをしてはならないことも,

 

→「ならぬものはならぬのです」でOKではないでしょうかウシシ

 

ですから,あんまり理屈を求めずに,

「素直で私心なく,利他の心で生きる」生き方を選択することが大切と思うのです.

 

 

 

もちろん,納得できないことを信じることはできません.

 

そこで,人生の原則に準じて生きるとうまくいくというのは直感として悟れる例を挙げます.

 

例えば,

 

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・人の為に貢献したときはとても心が明るく,幸せになります.

 

・執着していた考えで悩んでいても,気分転換により,素直な私心ない考えを持てたとき,建設的な行動がとれます.

 

・反例のような形ですが,自分だけ得をしたいという気持ちでいると,なぜか心の中は空しく,物に満たされても,心は満たされません.

 

会社を社会の公器として,素直な私心のない心・利他の心を重視し,物心両面の豊かさを追求した

 松下幸之助さん(Panasonic創業者),

 稲盛和夫さん(京セラ,KDDI創業者),

 土光敏夫さん(東芝社長,経団連会長,第二臨調会長等),

 そういった多くの人が社会の豊かな発展を実現し,積極的な影響を世の中に多く与えてきました.

 

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といったことを挙げられます.

 

 

 

 

さらにいいますと,

次投稿より示していく因果応報の法則においては,その結果を左右するのはこの人生の原則で生きているかどうかです.

 

人生の原則に準じた生き方をすれば,人生は健康,運命ともに力強い現実が実現しますニコ

 

また一方で,人生の原則をを無視した行動,

 

つまり目先の利益に執し,自分だけ得をしたいといった姿勢でいると,人生は限りなくつらいものとなり,

 

健康および運命に対して消極的な結果が生じてくるのです.

 

人生の原則は,人生を力強く生きる上で,人生の羅針盤になる考え方であるといえます.

 

 

 

拙い説明もありますものの,

 

人生の原則が存在し,その原則が我々が生きる上での哲学の根幹となるはずです.

 

「素直で私心なく,利他の心で生きること」

 

少しだけでも心のどこかに落とさずに保持し,今後読んでいっていただけたら幸いです.

 

 

 

 

誰の人生にも共通している二点として最初に挙げたことは「生きる意義」,「因果応報の法則」です.

 

次投稿より後者の因果応報の法則を取り上げます.

 

これにより,人生の姿という普段漠然としていた全体像が明瞭となるはずです

 

 

>>>続く>>>

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【本ブログ構成】

【はじめに】~現代社会の道徳的退廃要因.その中で力強く生きる哲学~

◆第一章【存在価値を見失っている要因】

①【存在価値を見失っている要因】

②【存在価値を見失っている要因】

③【本当の幸せ】目指すべき方向

④【本当の幸せ】目指すべき方向

⑤【本当の幸せ】目指すべき方向 完結

⑥【精神的豊かさとは?生きる意義は見失いたくない】

⑦【サラリーマンが唖然と泣いた理由】

⑧【サラリーマンが唖然と泣いた理由】完結

⑨【ならぬものはならぬのです】

⑩【困難でも少し楽しくなった人生の歩き方】
⑪【困難でも少し楽しくなった人生の歩き方】完結

1-12【毎日ウーバーの果てに】

1-13【今すぐできるスマホを触る以上に楽しいこと】

1-14【周りの雰囲気に影響されるということ】

2-1【アクセス稼ぎの自己啓発ではなく,若造の本気の哲学です】

2-2【生きる意義を素直に考えてみた】