こんにちは!
本投稿は,肩の荷が15%軽くなります
気軽に読んでいただけますと幸いです![]()
第二章として,人生の道を誤らず,力強く歩く羅針盤となる哲学を紹介していきます.
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第一章において,以下の内容を明瞭にしてきました![]()
- 物質的繁栄の果てに,各人が私心を節度なく肥大化させたことが,多くの現代人に該当する生きる意義の喪失につながったこと.
- 生きる意義の喪失は精神的豊かさの退廃から進んだ.現代人を包む悲壮感・閉塞感漂う社会の中に,人々の精神的豊かさの退廃を進め,さらにはその傾向を加速させる仕組みができていること.
第一章に示した通り,物質的に繁栄した現代社会は,必ずしも人々の幸福を実現することはなく,逆に人々の精神的豊かさを退廃させ,生きる意義を見失わせ,人々が不幸な生き方を選択しても知らんぷりな実相を呈しているように見えます![]()
そのような舵取りの簡単ではない社会において,殊更に,
”何のために生きるのか.どのような心構えで生きればよいのか”
といった人生の軸が,羅針盤となる哲学が必要になるのではないでしょうか.
一方で,
“何のために生きるか,生きる心構えなんて関係ない.
社会が良ければ幸福だし,社会が良くなければ不幸になるものだ.
自分には責任はないし,やることはない.社会をもっと豊かさにしてくれ.
”
との主張もあるかもしれません.
確かに,その主張のもとで生きれば,自らの不幸は社会に責任転嫁でき,一時の安心は得られるかもしれません.
しかし,自らの不幸,生きる意義の喪失を補填することはかないません.
ですから,自らの人生を力強く歩き,幸せを感じるためには,現代のような物質至上主義の社会の流れに任せることは正しくなく,自ら,道を誤ることのない正しい哲学を胸に刻んでおくことが重要になります![]()
また,哲学に対して,非科学的であるという理由で排斥することは正しくないと思うのです.
逆に,科学的一辺倒に生きてきた結果が現代の閉塞感を生んできました.
そして,非科学的なものをいらないと安易に考えても,我々は先人たちがよりよく生きるために培った道徳(例えば,悪いことをすると閻魔様に舌を着られる.良いことは必ず神様が見ている.感謝をしなさい.人の嫌がることをしてはならない.)を,少なからず人生に生かし,それによって人生に幸福を感じてきているのです.
如何に周りが暗くなろうと,太古の人々の歩く先を北極星が示してくれたように,現代人に対しては,その歩く先を哲学が示してくれ,誤った道に行くのをとどめてくれると思います![]()
一度素直な気持ちとなり,何のために生きるのか,どのような心構えで生きればよいのかを指し示す哲学を手に取っていただき,良否を断じていただきたい.
自らの人生に哲学を持つことで,力強い人生を歩けることは確約できます![]()
以下の構成にて,人生の羅針盤たる哲学の中身を投稿していきたいと考えています.
◆人生の意義
- 人生の姿(困難があるのはなぜか?稲盛和夫さんの指す人生)
- 人の生きる意義・使命(世の人の為ってのは偽善なのか?)
- 使命と幸せの関係(人は幸せである存在か?)
◆生きる心構え
- 心と肉体の関係性(健全なる精神は健全なる肉体に宿る?)
- 心による運命と健康を導く力(建設と破壊.思い描いたことを実現)
- 心の積極性の重要性(良い心でいれば損はしないのか?)
- 心の積極性の性質(構成する精神的豊かさ)
- 物に執す・私心に執すことへの注意(忘己利他)
- 自主自立の大切さ(メザシの土光さんを見習うべし)
- 注意力の大切さ(中村天風さんの有意注意で生きる.「ながら」をしない)
先ではあるものの,第三章にて,第二章の哲学を持って,この社会を力強く生きる生活に活かす実際方法を示していきます.
人生は順調にいくときは誰でも順調にいきます.
しかし,いざというときに力強く人生を歩けるか,それとも青菜に塩のように使い物にならない姿となってしまうのか,私心にとらわれた姿となってしまうのか.
そこに哲学の存在が関わってくると日々実感します![]()
誰でもが力強く生きれる人生です.
全部でなくとも,少しだけでも各人の人生にフィットする考えがあれば,人生に活かしてもらえれば幸いです.
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【本ブログ構成】
【はじめに】~現代社会の道徳的退廃要因.その中で力強く生きる哲学~
◆第一章【存在価値を見失っている要因】
