2-5【困難との付き合い方】① | イラストとマンガ ときどき哲学

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こんにちは!

本投稿は,肩の荷が80%軽くなりますグラサン

気軽に読んでいただけますと幸いです

 

第二章として,人生の道を誤らず,力強く歩く羅針盤となる哲学を共有させていただいています.

本投稿は「困難との付き合い方」についてです.

 

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前投稿までに,人生の姿を明瞭にしてきました.

 

すなわち,因果律(因果応報の法則)の張り巡らされた世の中で,

人生の原則「素直に私心なく,利他の心で生きる」に沿って生きることで,

健康も運命も力強く,幸せに生きられるのが人生であるとしましたウシシ

 

 

しかし,人生の姿についての表面的理解のみで人生を歩もうとすれば,思わぬ落とし穴に落ちる懸念があります.

 

実は,人生の原則通りに生きることは,簡単ではないのです.

 

もちろん,平平凡凡な波風立たぬ平和な人生であれば,常に人生の原則の通り,私心なく,利他で,幸せに生きられるといえます.

 

 

しかし,そうは問屋が卸さないのです.

 

人生を深く考えたことのある方はお気づきかもしれません.

 

今回のテーマとなります「困難」の登場ですショック

困難と正しく付き合えてこそ,人生の原則の通りに生きられるのですニコ

 

 

 

 

平平凡凡の人生なんてものはありません.

 

だれの人生にも生きる逆風ともいえる困難が存在します.

 

人生を横から見てみますと,まるで三角関数のグラフのように,峠を越えれば次なる峠の連続であり,困難が数多くあるものですアセアセ

 

さらにいえば,因果律の通りに,利他の心で善い運命を得ても,やはり次なる困難がありわけです.

 

 

 

 

このような困難と人生の関係を考えてみますと,一つの疑問が出てきます.

 

 

困難が隣り合わせの人生だって!驚き

それじゃ,困難に苦しんでのたうち回るのが人生じゃないか.

たとえ善い運命を生きても,困難ある限り,心は辛いじゃないか.

いかに困難と付き合えばよいものか...真顔

 

 

まさに,困難との付き合い方は,人が生きる上で最も大切なことであり,その人の幸せ・運命を左右します.

 

一面,人生を拓くゴールデンキーとなるものです.

 

本投稿より,困難との付き合い方を示していきます.

人生に光明をもたらすような発想の転換,パラダイムシフトとなればまことに幸いです.

 

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自然界の動植物も,困難といえる生きる逆風から逃れることはできませんやしの木

 

代表的な例として,木々は台風等の暴風や地震に対して倒木の危機があり,動物たちは天敵の存在があります.

 

このほかにも,動植物は,細菌や気候による日照不足・食料不足など数えきれない困難と隣り合わせで生きています.

 

人も同様であり,様々な困難があります.

 

病であったり,貧乏,自然災害,事故,盗難,死別,人間関係,多種多様な災難,,,日常をみても,仕事や子供の受験,恋人とのけんかなんかも困難に数えてもよいのではないでしょうか.

 

いってみれば,日々が大なり小なりの困難の連続といえると思います.

 

 

 

 

では,困難の前になすすべがないものなのか.

 

前述の木々であれば,暴風・地震にあっても倒れないように,根を深くまで生やし,幹を太く,枝をしなやかに進化させています.

 

動物たちも,天敵に圧倒されないように,天敵をしのぐ脚力なり,欺く擬態術や,接近を事前に感知する優れた嗅覚等を発達させていき,自らの種を残し続けています.

 

各々,困難に対応した力を身につけており,いかんなくその力を発揮し,困難を乗り越えていっているのです.

 

 

つまり,困難は一面,進化向上,飛躍の土台石となり,素直に見て,困難を前にも力強く生きられ,困難の前に決して圧倒されることはないととらえられます.

 

同様のことが,人にも言えると思いますが,困難の前に心が弱気になり,戸惑い,悩み苦しんでしまうのも人情.

 

困難に対し,なすすべはありそうだが,いかに困難と付き合えばよいものか...

 

 

 

 

「困難」=「苦しいもの」とすると,困難ととなり合わせの人生は苦しいものとなる.

 

さらに言えば,因果律の通りに,善い行いで善い運命を得たところで,困難とは切っても切れない関係である人生は,本当に苦しみの連続で,幸せが入る隙間はなく,まさに地獄といえましょう.うーん

 

 

しかし,これまでの記述は,人心が困難の前に圧倒されてしまうものとしています.

 

見方を変えてみますと,人が困難と遭遇したとき,こんなことがあるのではないでしょうか.

 

同様の困難とされるアクシデントが二人に生じるとします.

 

 

うち一人は,その困難に,圧倒されて心を病んでしまう.

一方で,もう一人は,その困難を意に介さず,むしろ明るく対応している.

 

 

さらに身近な例です.

 

  • 仕事で失敗の許されない責任の重い新規プロジェクトのリーダーに指名され,ある人はプレッシャーでぺしゃんことなり,ある人は自らの成長の場ととらえて,俄然やる気に燃え,その境遇に感謝している.

 

  • 友人に自分だけパーティーに呼ばれないとき,ある人は自らの存在意義が揺らぎ,ぺしゃんことなり,ある人は「おれは去る者は追わず来る者は拒まずが信条さウシシ」と言って平気でいる.

 

※私の最近の例として,彼女との連絡頻度が少ないことに悩んでいた時,一緒に飲んでいた友人が,

 

彼女と一週間以上連絡なくても,自分だけの時間も楽しいから平気だよウシシ

 

言っていました.考え方やなあとふっと心が軽くなった出来事でした.

 

 

 

ですから,困難は,見方によって困難ではなくなるのです.

 

困難だから人生は苦しい,ではないのです.

 

困難を前に後ろ向きになる自らの心が,人生を苦しくしているのです.

 

 

では,いかに困難と付き合えば,困難に組み伏せられないか,苦しみの人生とならないか.

 

それは,冒頭にも示した自然界の動植物がそうであるように,

困難から決して逃げず,困難を,進化向上・飛躍としていく姿勢をとることです. 

 

すなわち,困難を後ろ向きに考えず,肯定的にとらえることです.

 

他に我々の選択肢はないのです.

次投稿以降記載していくものの,これは簡単なことではない.

しかし,そう生きるのが理屈でなく,人としてあるべき生き方なのだと思います.

 

 

 

 

困難を肯定的にとらえる姿勢をもち,人生の原則という羅針盤を保持できれば,必然と因果律の通りに,すべての禍を転じて福となすを得るのです.ニコ

 

その姿勢が変わらない限り,いくら困難があろうと,決して困難に組み伏せられることはなく,すべてを飛躍とし,人生の生き甲斐,幸せを感じながら,健康も運命も力強い人生を生きていけるのです.

 

ここで大切なことは,因果律で善い運命を得るのは当然であり,何よりも困難を打開する過程に,場合によってはいくらかの苦しみがあれど,その先に喜び,大きな幸せを得て,人生に強い生き甲斐がもたらされることです.

 

困難は決して消極的側面のみではなく,人生に心からの幸せ,強い生き甲斐を生むのです.

 

 

一方で困難を困難のままに生きる姿勢では,困難にとらわれ,視野を狭くし,苦しみのうちに心を組み伏せられ,その困難を打開できないうえに,

 

因果律の通り,その消極的心(不平不満等)から呼ばなくてよいさらなる困難を呼び寄せ,健康,運命ともに次第に悪くなる悪循環に陥ります.

 

これでは,人生は常に苦しいものとなってしまいます.

 

ですから,困難を肯定的にとらえられるか否かで,人生における幸・不幸が決まるとともに,その後における運命も決まるのです.

 

>>>続く>>>

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【本ブログ構成】

【はじめに】~現代社会の道徳的退廃要因.その中で力強く生きる哲学~

◆第一章【存在価値を見失っている要因】

①【存在価値を見失っている要因】

②【存在価値を見失っている要因】

③【本当の幸せ】目指すべき方向

④【本当の幸せ】目指すべき方向

⑤【本当の幸せ】目指すべき方向 完結

⑥【精神的豊かさとは?生きる意義は見失いたくない】

⑦【サラリーマンが唖然と泣いた理由】

⑧【サラリーマンが唖然と泣いた理由】完結

⑨【ならぬものはならぬのです】

⑩【困難でも少し楽しくなった人生の歩き方】
⑪【困難でも少し楽しくなった人生の歩き方】完結

1-12【毎日ウーバーの果てに】

1-13【今すぐできるスマホを触る以上に楽しいこと】

1-14【周りの雰囲気に影響されるということ】

2-1【アクセス稼ぎの自己啓発ではなく,若造の本気の哲学です】

2-2【生きる意義を素直に考えてみた】

2-3【生きる意義を素直に考えてみた】②

2-4【生きる意義を素直に考えてみた】③完結

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