毎月行っていた病院の血液検査の結果白血球の数が減少しています。
紹介状をかきますので大学病院で診察を受けて下さい。
2022年5月
診察の結果
骨髄異形成症候群
治療方法は、骨髄移植しかない。
移植の為に2022年5月下旬入院
抗がん剤の治療を受けるも、想定した結果がでない。
おかしい。より深い検査
結果は急性骨髄性白血病であった。
2022年9月
骨髄移植
生着せず。自分の骨髄が残る。
移植は、移植前に行う、強力な抗がん剤の投与と放射線治療。骨髄を無にするところから始ります。
その苦しみはご存じの通り。
ですので、主治医が今後の治療方針として2回目の骨髄移植を提案。
1回目の移植が芳しくないことをうすうす感じていた私は、即2回目を希望。
また、あの苦しみを味わうのかとおもったけど、最初の診断で長くて余命2年と言われれば、治療方法がまだあるならばチャレンジするほかしかないと。
2023年3月
2回目の骨髄移植
生着したようだと主治医に告げられ、その日だけは泣きました。
外来で診察を受けている際の検査で、自分の骨髄が復活していることが判明。
治療方法は、3回目の移植かドナーさんのリンパ球を輸注する。
3回目の移植は、放射線治療で心臓にかなりの負担がかかっている。移植に体が耐えられないかもしれない。
リンパ球輸注を選択する
2023年9月と10月
リンパ球輸注
1回目の輸注で一時回復したが、すぐに自分の骨髄が増えて来て2回目を行う。
完治の見込みが低い
余命宣告を受け、最後は家で迎えたいと希望。
外来での治療に変更。
自宅からの通院であるが、抗がん剤治療の時は入院。
免疫力は極端に少なくなっている。
ウイルス、菌に冒されやすい。
2024年3月
コロナウイルスに感染。
最大の注意を払って行動していたけど、どこで感染したのか不明。
主治医からコロナと判明したとき、このまま家に帰れないかもと言われた。
乗り越えた。
2024年5月
高熱と嘔吐で救急搬送
ほぼ1日記憶無し。
主治医の峠は越えた告げられ、意識がだんだんと鮮明になった。
敗血症。
乗り越えた。
2024年6月
朝起きて洗顔の時、背中に悪寒が走る。高熱。
訪問診療の病院へ連絡して、コロナでないか診察を受け
大学病院の診察を受けて下さい。
妻の車で大学病院の緊急窓口へ
病院に到着して診察を受ける直後から1日記憶なし。
意識がもどり左脚に違和感。
パンパンに腫れ上がって熱があり、撫でるだけでも痛い。
皮膚科も交えての診断結果は
蜂窩織炎。原因となった菌は不明。
何度も入退院を繰り返すなかでずーっと担当してくれた理学療法士の先生曰く、めちゃ痛くてなりたく無い病気は、帯状疱疹と蜂窩織炎だと。
それになってしまった。
乗り越えてやる。
この病気で退院する前、主治医と訪問診療を受ける病院、訪問で看護を受ける看護師、薬剤師さんとミーティング。
既に余命宣告を受け、最後を迎えるのは家で。介護する妻が介護ができなくなった場合の終末医療の病院の面談も済ませてある。
退院するタイミングは今。
と言うことで7月16日退院しました。
延命治療ではないけど、苦痛のないように最後を迎えるため、月水金は、大学病院で必要な成分の輸血と抗生剤点滴。
火木土日は訪問看護による抗生剤の点滴
土曜日は訪問診療をお願いしている診療所の診察。
蜂窩織炎
パンパンに腫れていた左脚。乗り越えてやる。
脚が自由に動かせるようになって、車の運転ができるようになるようお父さん頑張る。
チャッピーちゃんもそれまで元気でいてね![]()
今回の入院で6月上旬、7月下旬とお盆と3カ所もキャンセルした。
まず最初は、旅行当日にネットでキャンセルして、折り返し掛かってきたホテルから電話で妻が事情説明。何度もリピートして下さっているゲストさんですのでキャンセル料は頂戴しませんと。
まずはこのお宿に行こう![]()
ねっ、チャッピーちゃん![]()






















































































































