Facing Forward -613ページ目

いよいよベールを脱ぎましたよ

愛する(笑)USJの公式ブログ新しいライドの情報 が載ってましたようらー !

何か予想してたのと違う…新感覚ってどんなのだろう。

ゲスト(来場者)アンケートで一番要望が高かったというけれど、わたしはそんなに要らないかな…(絶叫マシーン駄目なのを差し引いても)。

それに、屋外アトラクションというからには雨降ったら動かないのかな。

少なくともカメラの形をした乗り物(笑)ではないので、屋根がついてたら大丈夫かな。

イメージ画ではついてないけど、音楽聴きながら乗れるようなので、スパイダーマンのビートル(密閉型)みたいなのかもしれない。

まあ、パークのイメージに合わないアトラクションじゃなかったらイイですよ。

3月9日(金)にオープンらしいので、とても楽しみであります。

バレンタインスウィーツ販売始まってるし、そろそろまた行きたいなあ。

お菓子も良いけど、お酒も飲みたいラブラブ(結局そこか!)

忘れない

あの日から12年。

阪神・淡路大震災が起きてから、干支が一廻りするほどの月日が経った。


わたしは芦屋に住む相方Eの家に泊まっていた為、Eと共に被災した。


はじめは何が起きたのかわからなかった。

無意識に布団を頭から被りなおして、揺れが収まるのを待った。

本棚から本が、飾り棚から人形や陶器の置物が降り注ぐのを、布団越しに感じた。

うつ伏せた体の下にあるのは敷布団ではなく、まるで硬い海水が激しく波打っている、そんな風に感じた。


E家の電話が不通になってしまったので、わたしの自宅に安否確認の電話をかける為に、近くの公衆電話まで歩く途中に見た光景が忘れられない。

山の中腹にあるEの家から見下ろす形で見た。

海方面の住宅街のあちこちから、明けきらない空の暗さに負けないどす黒い煙があちこちから昇り、火の手がコウゴウといくつかのマンションを覆っていた。炎が雲に反射したのか、地面が一瞬光っていた。稲光のように空も光った。

関東育ちのEにしてみれば、地震はそうめずらしいものではなく、今回はちょっと激しかったなという程度だと思っていたらしい。それよりも、年末大掃除を一人でやっつけたのが無駄になったことが腹立たしいようだった。

…夜が明けるまでは。


日が昇り、朝になって、改めて部屋の中の惨状と、辛うじてついたテレビで見た震災の状況に、わたしたちは呆然とした。


だが、まだ実感が湧かない。とりあえず片付けられるだけやってしまおうと、倒れた大きな家具をえっちらおっちら持ち上げたり、掃除機をあてたり、こぼれた水を拭き取ったりした。

ガスが止まってしまったので、カセットコンロで薬缶に湯を沸かし、カップラーメンを作って食べた。テレビが映らなくなった。

その頃になってやっと、とんでもない状況にいるんだという気がして来た。

水と電気はいつ止まるのか不安になりながら、床を拭いたり、窓の歪んだ桟に悪態をついたりしながら午後を過ごしている間も、大きな余震があった。もうこれ以上片付けられないと思いながらも、手を動かしていた。


夕方近くに、当時仕事の都合で別に暮らしていたEのお父さんが、Eとわたしを車で迎えに来てくれた。

助かった…と思ったが、Eやわたしの体から恐怖が完全に消えたわけではなかった。

こんな地獄のような光景に身を置く事など、誰が想像しただろう。

大渋滞の大阪方面のへ道路を行く間、呆然となりながら瓦礫の山に映る夕焼けを見つめていた。

淀川を越え、大阪市内に入るにつれて増える電飾、普通に行き交う人々や車が目に入る。

すでに真夜中だったが、お父さんの好意で自宅まで送ってもらい、きょうだいのひとAと無事を喜び合ったが、お風呂の支度が出来てるよと言われて、急に体が硬く冷たくなってしまった。嬉しいはずなのに、とても喜べない。

Eのお父さんのおかげで脱出出来たけど、まだあそこには…

そう思いながら、今どうすることも出来ない自分が腹立たしかった。いや、腹が立ったのはそれだけではない。地震の恐怖がまだ体に残っていた。お風呂に入るという日常からまだ遠いところにいるような気がして、思うように体が動かなかったのだ。そんな自分自身に物凄く腹が立った。

結局軽くお湯を浴びる程度の入浴で、自分のベッドに潜り込んだ。しばらく眠れないと思ったけれど、人間はどこか図太い。昼間の作業が堪えていたらしく、夢も見ないで眠った。


あの日以来、地震が起きる度に、体のどこかが恐怖で冷えてしまう。

もっと酷い目にあった被災者の比ではないと思う。けれど、わたしが体験した恐怖も間違いなく同じもの。

犠牲になった方々の鎮魂を心から祈る朝がまたやって来た。


あの地震を体験した人達の中に、忘れたいと思う方もたくさんいる。ニュース番組など見たくない、思い出したくないと。

それだけ辛い思いなら、忘れてしまってもいいと思う。それはわたしが助かったから言える事だということも充分解かっている。

だから、代わりにわたしが忘れない。

物見遊山で被災地に来て、現実の恐ろしさにボランティア精神に目覚めた青年、

2階が崩れ落ちた家をコッソリ撮影しているのをわたしに見られて恥ずかしそうに顔を歪めて素早くカメラをポケットに仕舞った中年男性、

小学校で避難生活をする友人を訪ねて行ったら、逆に支援物資のお菓子や炊き出しのカレーを食べさせてもらったわたしたち、

そして、知らない者同士が声を掛け合い、励まし、助け合ったこと。

忘れない。助けてもらって生きていることを。感謝することを忘れない。命の重さを忘れない。


部屋の中から神戸方面に向かって祈りながら、今朝も誓った。

地震が起きないことが望ましいけど、もし余所で地震があったら、必ず、小さなことでもいいからとにかく助けに行くと。

たかが自分に出来ることは限られている。だから出来る範囲で。

大げさかもしれないけど、毎年、生き残った者として誓う朝だった。

価値観の違い

朝観たニュース番組で、取材対象の若者に対して共感出来なかったからと思われるゲストの男性タレントが、VTR中ず~っと大声で笑い続けていた。デフォルトで大声+爆笑の人なのかもしれないが、そりゃあ派手な笑い声だった。


内容は、関東にある遊園地の週末にコスプレイベントが催されているんだよ~凄いよね~!というレポートです。

まあ、親子連れやカップルで賑わう遊園地に、突如集団でカラフルなコスプレさんたちが現れるわけですから、普通ビックリしますよ。

一般のお客さんが「私の方が異分子かもと思った」とかインタビューに答えてるし。まあ概ね「滅多に観られない」とか「楽しい」とかいう好意的な意見を拾ってましたね。

そこでピックアップされたのが、着ぐるみ系…それもガソダムを自分の等身に合わせて造って着ちゃった人達。

キャラクターのコスプレがもの凄い数で、特に目立っていたのもあるだろうけど、よく出来てるんですね。もし人にぶつかっても怪我させたりしないような素材で造ってるし、細部も出来るだけ綺麗に仕上げてる。

昔からコミックマーケットにもこういったコスプレ参加者がいて(現在は行動範囲が規制されるけど)、自由に歩けるところがあって良かったねとしみじみしていたのですが。

その男性タレントには全てがギャグに見えたみたいです。

工房で製作するところを取材しているVTRでも爆笑。

実際にスタジオへお手製ガソダムが登場するなり爆笑。「首傾いてるし」とかどうでもいいこと突っ込んで自分で爆笑。

顔出し出来ない取材対象者がガソダムの頭部だけ被ってたり、工房の人達の顔にも『ガ』って字を被せてたり、ナレーションがコミカル演出なので笑っちゃ駄目とは思わない。

ただ、笑い方にも色々あると思うのですがどうでしょう。

そんなに笑う事?って疑問に思った笑い方だったんです。


以前、某ファンタジー大作映画地上波初放映の翌日の昼休み、自分が全然理解できなかったという理由だけで「あんなつまらん駄作」と切り捨てた職場のひとに感じた、あの時の思いが胸に沸いた。


分からなくても全然いいんですけど。

でも一生懸命やってることが可笑しいのかな。
ぶっちゃけ対象がオタクだからなのかな。

人の笑いのツボって千差万別だから、わたしは別にこの男性タレントを非難するつもりはないです。

ただ、悲しくなっちゃっただけなんです。

自分が良いと思うものを理解してもらえない悲しみとか、他にも色々理由がある気がするけど、とにかく悲しかった。

理解する前に完全拒否された、みたいな感じかな…上手く表現出来ないです。


人の物差しというか、価値観の違いってホントに難しいなあ…と思った朝でした。

仕事始めだよ

1月4日から初出です。

がらがらの通勤電車って気持ちいいけど、これもごくわずかな間だけですよね(^^;


わたしの勤め先は、初出と翌日に取引先向けの賀詞交換会が催されます。

いつの頃から使っているのか知らないですが、新潟の『あかい酒 』を、リキュールグラスに注いで、来店されたお客様に召し上がっていただいてます。

甘い味をイメージしてしまいそうな赤色が珍しいし、グラスに映えてとても綺麗なのですが、やはり日本酒。甘口ではない、とても米麹の香りが高く強く、度数は17度もある。

お客様はひっきりなしにいらっしゃるし、あらかじめ会場になってる大応接室のテーブルに、お酒を注いだ状態のリキュールグラスをお盆にセットしてるんですが、まるで早飲み大会のように消えていきます。

通常業務をこなしながらお手伝いするわけですが、総務なのに何でよと毎年思います。営業の相手だろうに!とか。まあ人手が丸っきり足りないから、助け合いですよということですね。


お客様はたいてい大人の男の方々。対応する営業部長らも大人。お酒入るとね、お酒だけの匂いじゃなくてね、言いたくないけど…臭い。

同僚T「うう…廊下が物凄い臭う」

わたし「会場はこんなもんじゃないですよ」

1時間毎に交替でお世話係をするんですが、わたしたち総務は主に会場の隣の控室で、お酒の用意や空いたグラスを下げたり洗ったりするんですね。

エアコン最大にしても、窓を開けて換気しても追い着かないのです。ううう。


部長A「うぃー、お願いがあるんだぁ…」

顔を真っ赤にして、よろよろと控室に現れた部長Aが、もうすぐお昼になるけど、会場を離れられない(いつお客様が来るかわからないから)ので、何か買ってきて欲しいと言う。
無理もない。いくらリキュールグラスに4分の1くらいしか注いでいないお酒でも、いらしたお客の数だけ盃を重ねればべろんべろんになろうというもの。毎年の事ながら気の毒。一応お水やお酒と同じ色のアセロラジュースも用意してるのですが、飲む間がないみたいです。

部長A「お茶は嫌なんだよ。あのね、おにぎりと、サンドイッチを一つずつ…何でもいいんだ。麦茶のね、ペットボトルがあるといいなあ。お茶はやめてね、麦茶でいいからさ…」

麦茶はお茶ですよと平素なら突っ込むところだけれど、多分緑茶が嫌で、麦茶が良いって話なんだろうなと推理。

そういえば部長Bが控室に置いていた生茶のペットボトルは、生茶パンダのカバーがついたままで放置されてるけどいいのかな…(このカバー付きは結局3連休後もパントリーに残ってる…部長Bが出張しちゃったからね…)。


2日間頑張ってお手伝いしたけど、初日に同僚Hが休みを取っていたのが痛かったなあ。というのは、通常業務で同僚Iが信じられないミスをしたせいで、余計な手間隙かかってしまって終日総務全員が殺気立っていたから(^^;

ムードメーカーのHがいたらなあと思ったり(単に人手としても必要)。

まあ2日目に出てきた同僚Hも天然振りがアダになる(休みボケ?)連絡ミスとか色々あったんですけどねアハハウフフ。

来年こそなくならないかな、賀詞交換会。やるなら営業だけでやってくれないかな…(切実)。

お正月だよ

正真正銘、寝正月でした。

元日の朝、もそもそと6時過ぎに起き出して、お米炊いたりタケノコを炊いたりお雑煮の支度したりしていると、7時半頃にきょうだいのひとAが起床。

包丁が1本しかないので、煮る担当(わたし)・切る担当(A)に分かれるものの、煮る担当は鍋を火にかけてしまえばやることがなくなるので、あれを出せこれを用意しろとAを動かしながら漬物を切っていたら、Aが素早い動きでテキパキとお膳を並べ、包丁を奪還。ハムを嬉しそうに切っていた。ハムはどうしてもやりたかったらしい(でも刺身は自信がないから手を出さなかったよね…)。

去年末にAの友人からお餅をいただいていたので、例年なら餅なし雑煮であるがせっかくなので入れることに。わたしがあまり餅好きじゃない(お椀の底にこびりつくのも、澄まし汁が濁るのも嫌だが、餅は単品で食べたいの…)せいでかなり久し振りの餅入り雑煮。美味しくいただきました。

改めて年始の挨拶をきょうだいで交わし、お屠蘇代わりの日本酒で始めた暴飲暴食新年会。今年は少し豪華な市販の三段重を買ったので、卓上が物凄く狭い。とりあえず生ものから片付けようと、刺身をメインにゆるゆる食べては飲み、飲んでは食べ…を繰り返す。


昼過ぎ頃、玄関のチャイムが鳴ったような気がするよとAが言うが、半分酔っ払っているわたしの耳に入ってこなかったので放置していると、おもむろに玄関ドアのドアポケットからばりばりばりばり…という音がした。何かを突っ込んでいる様子に、あわてて玄関へ走る。

入れようとしていたのは郵便局員のおばちゃんで、モノは定形外封筒。年賀と印刷されており、何か太い物が入っている感じ。「下の集合郵便受けに入らなかったんです」と申し訳なさそうに言う配達おばちゃんにお礼を言って差出人を見ると友人Tからであった。

年始早々一体何を…と思いながら開封すると、中身は丸く畳まれたタオルが2本。それもただのタオルではなかった。

自作の家紋(ほぼギャグだが大まじめな図案)と、Tの名前を英文斜体で書いた(E・YAZAWA風)のを白く残して周りを黒く染め抜いたもの。オールお手製。

広げて見るなり、わたしたちは大爆笑した。

わたし「ひとつはAにだってさ(笑いすぎて苦しい)」

A  「何で?(笑いすぎて息苦しそう)」

わたし「お年賀らしいよ。よかったら使ってやって…(もう限界)」

A  「あ、ありがとうございますって伝えて下さい…(お茶飲んで吹きそうになってる)」

Tが多趣味なのは知っていたが、こんなもん作ってるとは思わなかった。多分、Tは正月から笑わせようと思ってないと思うけど、ごめん、死ぬほど笑った。笑い初め。貰った友人たちはきっと同意見だと思うよ。まあ郵便屋さんが無理矢理ドアポケットに入れようとしたシチュエーションからして笑えたんだけど、家紋がね、うん。某喋る車ドラマフリークらしいアイテムです。ありがたく使わせていただきます(主に辛くなった時に浮上する為用)。

その後もお節を食べたり酒飲んだり、テレビをず~っとつけっぱなしにしてダラダラして過ごした。

Aは夜9時からの『相棒 元旦スペシャル』の為に夜更かし。わたしは…眠気に負けて10時にリタイヤ。


翌1月2日はほぼ毎年恒例の相方Eと京都八坂神社へ初詣。

雨だからか、人出が思ったより多くない。初詣記念乗車カードを購入して阪急電車でGO。

この日は午後からT宅にお年始に行こうと思っていたが、T宅で年末年始を過ごした東の友人yuki.Mがそろそろ東に帰宅したかなあと思い、お年賀メールを携帯で送信したところ、元旦に帰ると言っていたのを延ばしたらしく、今まだT宅にいて、昼になろうとしているのにTがまだ爆睡していると教えてくれた(笑)。

yuki.Mにも会いたかったが、帰る時間とか気にしながら会うのも忙しないかと思い、今回は諦めることに。またの機会もあるしね。(結局Tが起きたのは1時を回った頃らしい。向こうも寝正月だ)

で、時間がハンパに余ったので、一杯飲んで帰るかと梅田のキリンシティに。相変わらず美味しい。

“野菜だけの和風サラダ”を食べていると、相方Eが「お正月って、生野菜食べないから何か嬉しいなあ」と、トマトやレタスをバリバリ食べていた。そういえばそうだなあ、うちにある生の野菜って大根と人参と三つ葉しかないなあとか言いながら2皿目を注文。軽く一杯じゃ済まないのがわれわれだったが、今年もそうなりますか。程よく飲んで夜7時頃に帰宅。お風呂に入ってすぐ寝てしまった。


翌1月3日は早めに起きて、箱根駅伝の復路中継観賞。

しょっぱなから駅伝選手より目立つ沿道の応援が気になる。

まず提供の業者の幟に雑じって地元のお茶の幟(あ、でも地元CATVの提供業者とか、選手にお茶振舞ってるとか何か関係があるのかな…)。

某大学のボード持ちながらの激しいジャンピング(時にローリング)←確実にカメラ目線(選手を応援しろ!)。

そして寒そうなHGと小力コスの二人。芦ノ湖から小田原への山下り中に見つけたので、相当寒かったはず(彼らはきちんと選手を応援していた)。

しかし、そんなものは選手たちの戦いぶりには敵わない。毎年違うドラマがある箱根。今年も素晴らしいものを見せていただきました。

わたし「で、優勝したのはどこの大学だったっけ」

A  「一緒に観てたじゃん!」

わたし「…いやあ、覚えてないんだわ」

朝からワインを1本空けてしまったのだ。箱根をつまみに。7区あたりでmixi書いたりしてたのは覚えているのだが、その後がどうにもあいまいで。

A  「テーマBGMがネバーエンディングストーリーだって教えてくれたじゃん。アトレイユ~って声マネまでして」

わたし「どうだったかな…」

A  「ちょっと昼寝してくるですぅ~ってタママ声でさ」

わたし「…ごめん」

最近家飲みで酔うと、某アニメの二等兵(嫉妬バージョン)の声マネをするクセがついているわたし。初めて何気なくやった時にAが誉めてくれたのが嬉しかったので、酔ってて尚且つAが居るとと出るのですが、今では少しウザがられてるっぽい。酒も似てないモノマネもほどほどに。


あれだけあったお節を3日で食べ切ると思ってなかったのに、気がついたら夜には綺麗になくなりました。
少しお腹が痛い感じ。だってもう2日出てない(何が)。だが不思議と太ってはいないんですねこれが。とりあえず無理矢理ひり出しておかないと気持ち悪くなるので、寒空の中ゴミ出し(うちの地域は冬期のみ前夜出しが可能)に行ってお腹を冷やす作戦を決行。その甲斐あって帰宅したらすぐに出ました(だから何を)。


正月早々の記事が何か尾篭なお話で締めて申し訳ないです。

そんな感じで今年もよろしくお願いします。