ファッションがつまらない!
はたと気づくとアパレルブランドの、一部を除くスーパーブランドと呼ばれるブランドの多くが、危機に瀕しているように思える今日この頃です。実際の数字を見ているわけではないので、あくまでも感覚だけの話なのですが・・・
理由を私なりに、無責任に考えてみました。 さしたる熟考もなく出した仮説ですから適当に流して聞いてください。
1990年以降アパレルの有名ブランドは買収に次ぐ買収で、いったい今このブランドはどこが作っているのか?わからなくなってしまった状態にあります。 スーパーブランドがスーパーブランドを買って運営するのですから なんとなく納得してしまいますが、 実際のところただのライセンス生産のようになっています
この結果どのようなことが起きるかというと、ブランド同士の戦いが減るのです。 プラダとジルサンダーの戦いが起きないのです。サンローランとグッチも戦わないのです。それぞれ顧客をビミョーにずらしてしまうのです。
結果として、若貴ブームのとき高砂部屋に強い力士が集まりすぎて、部屋の力士同士が戦わずに 結果として相撲がつまらなくなったことのような現象が起きているのではないのでしょうか?
あるいは、買収に次ぐ買収をするために必要な資金を市場から集めるために、株式公開をしてしまった企業が、毎年成長をしなくてはならないが故に、MBAホルダーに舵を任せすぎ、結果として冒険をおもいっきり避ける傾向にあるのかもしれません
トムフォードが去ってしまったからだ!との意見もありました。
確かに中田が去ったあとの代表戦は、とてもつまらなくなりました。スター不在はどの世界も手痛いようです。
理由を私なりに、無責任に考えてみました。 さしたる熟考もなく出した仮説ですから適当に流して聞いてください。
1990年以降アパレルの有名ブランドは買収に次ぐ買収で、いったい今このブランドはどこが作っているのか?わからなくなってしまった状態にあります。 スーパーブランドがスーパーブランドを買って運営するのですから なんとなく納得してしまいますが、 実際のところただのライセンス生産のようになっています
この結果どのようなことが起きるかというと、ブランド同士の戦いが減るのです。 プラダとジルサンダーの戦いが起きないのです。サンローランとグッチも戦わないのです。それぞれ顧客をビミョーにずらしてしまうのです。
結果として、若貴ブームのとき高砂部屋に強い力士が集まりすぎて、部屋の力士同士が戦わずに 結果として相撲がつまらなくなったことのような現象が起きているのではないのでしょうか?
あるいは、買収に次ぐ買収をするために必要な資金を市場から集めるために、株式公開をしてしまった企業が、毎年成長をしなくてはならないが故に、MBAホルダーに舵を任せすぎ、結果として冒険をおもいっきり避ける傾向にあるのかもしれません
トムフォードが去ってしまったからだ!との意見もありました。
確かに中田が去ったあとの代表戦は、とてもつまらなくなりました。スター不在はどの世界も手痛いようです。
日産デザインセンター
今日は日本工業デザイン協会(JIDA)のイベントで、日産自動車さんのデザインセンターにお邪魔する機会に恵まれました。
日産自動車は2000年にカルロス・ゴーンさんが就任したときに「世界をリードするデザインにより、ブランドを構築する」と宣言しました。
その翌年2001年から毎年大きな投資を続け、原宿にあるクリエイティブBOXを皮切りに、デトロイト、サンディエゴ、ロンドンと、デザインセンターを次々にリニューアルもしくは新設。今回、厚木のテクニカルセンター内にあるデザインセンター建替えをもってデザインデザインファシリティーに対する大きな投資は一段落するそうですが、聞くところこの先50年を視野に入れたものだということです
プレゼンテーション、施設ツアーの後にQAの時間が設けられていたため、気になっていたことを質問させていただきました。
「拝見したファシリティー、それらを維持するランニングコスト、いずれも大変な金額になると思います。デザインへの投資を経営陣や事務方にROIを納得させるまでに大変な労力が必要だったと想像しますが、はたして実際はいかがだったのでしょう?」
お答えは、一言に要約すると「もちろん大変だった」というものでしたが、不躾な質問に丁寧にお答えくださった畑山さんという方の言葉を聞いて「ああ、こういう人がいたからこそここまでの投資は可能だったんだな」と感じました
もちろんカルロス・ゴーンさんはデザインという「魔法的な仕事」(彼が講演で表現した言葉です)について、もっとも理解している経営者の一人ですから、その力も少なからずあったことでしょう。
1990年あたりまで横並びの感があったデザインへの投資ですが、今日ではデザイン政策に対するダイレクションの差が大きく生まれており、それがこうしたファシリティーに強く現れていることを目の当たりにしました。その差は一流といわれる企業間であっても、バッキンガム宮殿とミサワホームほどの差があります。
「デザインによりブランドを構築する」言うは易しではありますが、それを行動により表現するには並大抵ではありません。もちろん建物が優れたデザインを生むわけではないので、これからが尚大変なのでしょうが、こうして私がブログに書き込んだりすることで、日産のデザインに対する姿勢は間違いなく形成されていくことでしょう。
日産自動車は2000年にカルロス・ゴーンさんが就任したときに「世界をリードするデザインにより、ブランドを構築する」と宣言しました。
その翌年2001年から毎年大きな投資を続け、原宿にあるクリエイティブBOXを皮切りに、デトロイト、サンディエゴ、ロンドンと、デザインセンターを次々にリニューアルもしくは新設。今回、厚木のテクニカルセンター内にあるデザインセンター建替えをもってデザインデザインファシリティーに対する大きな投資は一段落するそうですが、聞くところこの先50年を視野に入れたものだということです
プレゼンテーション、施設ツアーの後にQAの時間が設けられていたため、気になっていたことを質問させていただきました。
「拝見したファシリティー、それらを維持するランニングコスト、いずれも大変な金額になると思います。デザインへの投資を経営陣や事務方にROIを納得させるまでに大変な労力が必要だったと想像しますが、はたして実際はいかがだったのでしょう?」
お答えは、一言に要約すると「もちろん大変だった」というものでしたが、不躾な質問に丁寧にお答えくださった畑山さんという方の言葉を聞いて「ああ、こういう人がいたからこそここまでの投資は可能だったんだな」と感じました
もちろんカルロス・ゴーンさんはデザインという「魔法的な仕事」(彼が講演で表現した言葉です)について、もっとも理解している経営者の一人ですから、その力も少なからずあったことでしょう。
1990年あたりまで横並びの感があったデザインへの投資ですが、今日ではデザイン政策に対するダイレクションの差が大きく生まれており、それがこうしたファシリティーに強く現れていることを目の当たりにしました。その差は一流といわれる企業間であっても、バッキンガム宮殿とミサワホームほどの差があります。
「デザインによりブランドを構築する」言うは易しではありますが、それを行動により表現するには並大抵ではありません。もちろん建物が優れたデザインを生むわけではないので、これからが尚大変なのでしょうが、こうして私がブログに書き込んだりすることで、日産のデザインに対する姿勢は間違いなく形成されていくことでしょう。
感性価値
テレビニュースで経済産業省が、第4の価値提案として「感性」という言葉を打ち出したという報道がありました。
(詳しくはうろ覚えなのですが・・・・・・)
普段この手の話には、ほぼ「お役人はいつもトンチンカンなことを言っているな」と流す私ですが今回はちょっと心にひっかかりました。
かつて幾度も、そしてつい最近も東京ミッドタウンでも「これからはデザインの時代です」とか言われながら(日経新聞もネタがないようなときに限って使いますね)デザインはけっしてメーカーにとって重点投資項目とされることはありませんでした。
メーカーは、一に工場。二に開発。三に自社ビル。デザインはその後・・・・という程度。これは、デザインに対する投資とリターンが経営者にとってわかりにくいし、管理しにくいし、デザイナー説明しないしコミットもしないという理由もあるのですが・・・・ デザインはデザイン単体で、お客様の求める価値に届かなかったからなのだと思います。
それを「感性価値」という、デザイン+生産品質+素材感+仕上げ品質等々の複合要因からなる価値観を言語化されることにより、「結局客が、猛烈に好き!と言ってくれればOK」という共通認識が生まれるような予感がしたからです
デザインは本来お客様の感性価値を感じていただくために存在する技術だと思うのです。海外ではわかりませんが、どうも日本は美術大学がそれを教えているからかもしれませんが、デザインの専門家と言われる人たちに限ってデザインを芸術や文化に押し上げようとする気がしてなりません。
私はデザインが結果として芸術や文化に分類されるのは良いと思うのですが、経済活動の中に存在する限りきちんとその効用を、経済の言葉を話す人たちと共有でき、その効用が活きる事業を営む会社であれば、飛びぬけた投資を行う企業が、日本にもっと存在すべきだと考えるのです
私がかつてデザイナーでありながら、コンサルタントという経済側の人間になってしまったのも、この不足を補うことに自らの使命を感じたからでした
そんな中出会った感性品質という言葉は、なんとも未来を感じさせるものでした。
(詳しくはうろ覚えなのですが・・・・・・)
普段この手の話には、ほぼ「お役人はいつもトンチンカンなことを言っているな」と流す私ですが今回はちょっと心にひっかかりました。
かつて幾度も、そしてつい最近も東京ミッドタウンでも「これからはデザインの時代です」とか言われながら(日経新聞もネタがないようなときに限って使いますね)デザインはけっしてメーカーにとって重点投資項目とされることはありませんでした。
メーカーは、一に工場。二に開発。三に自社ビル。デザインはその後・・・・という程度。これは、デザインに対する投資とリターンが経営者にとってわかりにくいし、管理しにくいし、デザイナー説明しないしコミットもしないという理由もあるのですが・・・・ デザインはデザイン単体で、お客様の求める価値に届かなかったからなのだと思います。
それを「感性価値」という、デザイン+生産品質+素材感+仕上げ品質等々の複合要因からなる価値観を言語化されることにより、「結局客が、猛烈に好き!と言ってくれればOK」という共通認識が生まれるような予感がしたからです
デザインは本来お客様の感性価値を感じていただくために存在する技術だと思うのです。海外ではわかりませんが、どうも日本は美術大学がそれを教えているからかもしれませんが、デザインの専門家と言われる人たちに限ってデザインを芸術や文化に押し上げようとする気がしてなりません。
私はデザインが結果として芸術や文化に分類されるのは良いと思うのですが、経済活動の中に存在する限りきちんとその効用を、経済の言葉を話す人たちと共有でき、その効用が活きる事業を営む会社であれば、飛びぬけた投資を行う企業が、日本にもっと存在すべきだと考えるのです
私がかつてデザイナーでありながら、コンサルタントという経済側の人間になってしまったのも、この不足を補うことに自らの使命を感じたからでした
そんな中出会った感性品質という言葉は、なんとも未来を感じさせるものでした。
B2Cの終焉
今日は寺田倉庫の会長とランチをする機会に恵まれました。
そこでの会話に、新しい響きを感じさせるものがあったので今日はそれを書きたいと思います。
私はこれまでB2Bビジネスをずっとしてきましたが、寺田会長に「これからは、インディペンデントらしくB2C事業にも進みたいのだ」という旨をお話したときです。
寺田さんは秋葉原を時々歩くのが好きで、最近STAX(http://www.stax.co.jp/index-J.html)というヘッドフォン(イヤースピーカーというらしい)を見つけた話をしてくださいました。
30万円もするヘッドフォンながら マニアが行き着く先としてこの製品があるということ。
極めて限られた人たちではあるけれども、1938年以来ずっと作り続けてこられた=ニーズがあり続けられるということ。
これらを話された後「この製品の顧客となる人たちは果たしてコンシューマーなのだろうか?」と言われました。
私はこの言葉に新しい響きを感じました。
インターネットで安いもの探しをするのではなく、本当に自分が価値を感じるものに 提示された金額を支払う。
もちろん商品も受注生産であったり、極めて出荷が抑えられたものですから、むやみやたらな小売間の戦いもありません。
ハーレーダビッドソンを買う人たちは果たして「消費者」なのでしょうか?
フェラーリを買う人たちは?
パテックフィリップの時計を買う人たちは?
確かに消費者という概念自体が変りつつあるのです。
ゆえに、単に消費者相手に「小売」をしているお店はどんどん儲けが出なくなっているのではないでしょうか?
この問題、かなり根が深そうな気がするのです。
そこでの会話に、新しい響きを感じさせるものがあったので今日はそれを書きたいと思います。
私はこれまでB2Bビジネスをずっとしてきましたが、寺田会長に「これからは、インディペンデントらしくB2C事業にも進みたいのだ」という旨をお話したときです。
寺田さんは秋葉原を時々歩くのが好きで、最近STAX(http://www.stax.co.jp/index-J.html)というヘッドフォン(イヤースピーカーというらしい)を見つけた話をしてくださいました。
30万円もするヘッドフォンながら マニアが行き着く先としてこの製品があるということ。
極めて限られた人たちではあるけれども、1938年以来ずっと作り続けてこられた=ニーズがあり続けられるということ。
これらを話された後「この製品の顧客となる人たちは果たしてコンシューマーなのだろうか?」と言われました。
私はこの言葉に新しい響きを感じました。
インターネットで安いもの探しをするのではなく、本当に自分が価値を感じるものに 提示された金額を支払う。
もちろん商品も受注生産であったり、極めて出荷が抑えられたものですから、むやみやたらな小売間の戦いもありません。
ハーレーダビッドソンを買う人たちは果たして「消費者」なのでしょうか?
フェラーリを買う人たちは?
パテックフィリップの時計を買う人たちは?
確かに消費者という概念自体が変りつつあるのです。
ゆえに、単に消費者相手に「小売」をしているお店はどんどん儲けが出なくなっているのではないでしょうか?
この問題、かなり根が深そうな気がするのです。
店ブランドには 二面性がある
ネットでモノを買うことが、確かに以前と比べれば何十倍にもなっているのですが、元々ゼロだったところに新たな技術とインフラができたわけですから、当たり前です
リアル店舗は相変わらず、重要な位置を占めています。 それが証拠に一等地の家賃はグングン上昇していますね。 表参道なんて1坪30万円を越す勢いです。
今日は店のお話です。
あなたも何か買うときに、決まって行くお店があるでしょう。 私の場合も服を買うならバーニーズか伊勢丹メンズ館。 鞄はルイヴィトン、Tumi。 シャツとタイは出張時にモンテナポレオーネのナラ・カミーチェ。 靴もミラノ近郊にあるタニノクリスチーのファクトリーアウトレット。などとレオンオヤジっぽく決めています。
ところが・・PC・電化製品ならビッグカメラ。 下着と靴下はユニクロ。 ステーショナリーなら伊東屋。 暮らしのものなら東急ハンズ。 ビデオは六本木ヒルズのツタヤ。 ・・・・と、こちらは極めてそこらのオヤジな店選びです
お店にもブランドが当然あります。
同じ系列のお店だって「あそこがいい」みたいなのあります よね。ちなみに私の場合、東急ハンズは必ず渋谷です
リアル店舗は相変わらず、重要な位置を占めています。 それが証拠に一等地の家賃はグングン上昇していますね。 表参道なんて1坪30万円を越す勢いです。
今日は店のお話です。
あなたも何か買うときに、決まって行くお店があるでしょう。 私の場合も服を買うならバーニーズか伊勢丹メンズ館。 鞄はルイヴィトン、Tumi。 シャツとタイは出張時にモンテナポレオーネのナラ・カミーチェ。 靴もミラノ近郊にあるタニノクリスチーのファクトリーアウトレット。などとレオンオヤジっぽく決めています。
ところが・・PC・電化製品ならビッグカメラ。 下着と靴下はユニクロ。 ステーショナリーなら伊東屋。 暮らしのものなら東急ハンズ。 ビデオは六本木ヒルズのツタヤ。 ・・・・と、こちらは極めてそこらのオヤジな店選びです
お店にもブランドが当然あります。
同じ系列のお店だって「あそこがいい」みたいなのあります よね。ちなみに私の場合、東急ハンズは必ず渋谷です