Cleat からのメッセージ -9ページ目

ブランドと花粉症

コンチネンタルGTにやられていた、はずの自分が・・・
いきなりBMW650カブリオレに鞍替えをしていました。 一体自分に何が起こったのか分かりませんが、とにかくその気持ちの変遷を書き連ねたいと思います

きっかけは3月中旬に行った欧州出張。
訪れた会社の社長が乗るBMWで、2日連続で送っていただいたわずかな時間に、その衝動は訪れました。
BMWっていいかも・・・・・

実はZ8にやられた経緯があります。あれはボクスターを購入するちょっと前でした
自分に未だ、商品に対する衝動がこんなにもあるのか!と思わせるほど それはすばらしく感じましたが ここ数年の苦労がいたずらしたのか、敢えて無難にもボクスターを選択してしまいました。

その後数ヶ月でこのクルマを手放してしまったことは以前にも書きましたが、実はこのときからBMWチーフデザイナー クリストファー・バングルさんにやられていたのかもしれません

BMWっていいかも・・・と思い帰ってきてからすぐさまディーラーに赴きました。 試乗をさせていただきました。
正確にはかなり酔っ払っていたので、助手席に乗ってグルリと回っていただきました。 すばらしい!!!
完全にそこで俗物スイッチがパチンとはじけてしまったのです。

この季節だから思いついたのかもしれませんが、私はこの瞬間、どうやらブランドと花粉症は似ているという発見をいたしました。
 原理はこうです。私はそれまでZ8以外のBMWに何も魅力を感じませんでした。キドニーグリルも豚の鼻くらいにしか感じませんでした。 とはいえその間も実は_BMWブランドシンパへの道は着実に進んでいたのです。

そうです、それが花粉症原理です。 体にはブランドタンクがあり、その中にある同じベクトルを持った情報がヒタヒタとたまり続けているのです。 けっして自分は気づかなくてもブランドは同じ方向を向いている限り着実に気持の中にたまり続けます。 そして・・・・

もう言わずもがなでしょう。 ある臨界点に達した瞬間、私たちはそのブランドの虜になってしまうのです。 そうなると花粉症と同じように、もう収まることはありません。 そのことばかり考えてしまうのです。 花粉症と違うのは残念ながらマスクでは防げないところです。(もっとも、買えば気持ちが納まるということもありますが)

なぜ日本メーカーがブランド化できないのかといえば、実は同じベクトルを向いた活動をしていないからではないでしょうか? つまり同じ名前(ブランド)で商品を出していながらも、それらはバラバラの方向を向いているがゆえに、多くの商品を出していながらも、発症にまでこぎつけないのではないでしょうか?

多分僕の中に、クリス・バングルBMW花粉がたまりきっていたのだと思います。 思うと行動が一緒になり、あっという間に購入を決めてしまいました。 黒いボディーに暗い赤のシート。決め手はしっとりとしながらも、荒々しい加速を持つエンジンでした。

どっぷりと俗物にはまれたとき、なんとも至福の思いに浸れます。 ブランドとはなんてすばらしいのでしょうか!!。

年始のご挨拶

新年あけましておめでとうございます。年が明けるごとに「ああ、昨年もよく突っ走り続けてきたもんだなあ。そしてそれは今年も変わらないのだろうなあ。はたしてこれはいつまで続けられるのかなあ?」 なんてことを考えます。
 そして今年もそれは変わりませんでした。

昨日、特別番組で「バカの壁」の養老先生がこんなことを言われてました。

日本人の多くはかつて、自然に対して「手入れ」というやり方で接してきた。 手入れとは「こうしたら、ああなる」という機械や科学と違い、こうしたら、今回はこうなった的な自然に対して、人間が対処する「やり方」をあらわす言葉として養老氏は使っていました。

 その番組はフィリピン諸島のある部族が、自然をありのままのように残しながら、その実しっかり手入れを怠らず共存していた様を伝えていました。 養老氏はそのやり方を見て古の日本はこのようであったと語っていました。

養老氏はこれまでもその著書で「都市化すると子供が減る」と語ってきました。 つまり今日日本に起きている少子高齢化は必然であるというのです。 その言についてあまり僕は合点がいかなかったのですが、今回の番組でその意見をよく理解できました。 つまり都市化した場所に住む人達は「こうすれば、ああなる」という極めてシンプルで判りやすい環境で生きている。 対して「こうしたら、前回はああなったけど、今回はこうなった、とすればその後はこのようにすべきだ」 的な子供を極めて面倒な存在と感じ、それゆえ子育てという行為を避けている。というのです。
 確かに子供と自然と同じです。同じ夫婦が同じ条件で子供を育てても、兄弟であってもまったく育ち方が違います。すなわち子供とは「手入れ」を必要としている対象、つまり「自然」そのものであるのでしょう。

 年明けにおいて、なぜこの言葉をあえてとりあげたかと言えば、かれこれ20年間年明けごとに、突っ走り続けてこられたのかを改めて考えたところ、我ながら「自らの手入れはきちんとしてきたなあ」と自画自賛したゆえんです。少なからずとも、セオリー通りに自らが(あるいはクリート社が)いかずとも、その時々おきたことに対して「手入れ」を怠らずにきました。

 養老氏はこうも唱えました。
日本人を、根性・努力・忍耐の民族のようにいうけれども、自然に対して手入れ怠らずに接していれば結果として、そのような性格になるものである。 今日の問題はまず子供に根性・努力・忍耐という性格を強いることにある。
 誠にその通りだと思います。順番が違えば楽しいはずの行為が、楽しくなくなります。

そんなわけで、今年も楽しく結果的に 努力・根性・忍耐を実施してまいります。
本年もよろしくお願いいたします。

ストーリーテラーになろう

製造業における「ブランディングはストーリーテリングのようなものである」と考えれば、打つ手はいくつも思いつく。 
 会社の中に、いくつの成功した事業があるか?と同じように、会社の中により多くの成功したブランド=物語を作るのである。

 ブランドを「思想」と考えれば、養老氏の言われたとおり「ない」はずの思想を語らなければならなくなるため苦労するが、物語であるならそれは昔から日本に数多あるものと変わらないので共感は得られやすかろう。

最も判りやすい例はNHKの名番組プロジェクトXだ。
著名経営者の話は、あまりにドラマチック過ぎるので参考にならないが メーカーの「一事業」が誕生したエピソードなんかは、十分参考になる。 僕はヤマハ発動機の船外機をインドネシア(?)の漁民に売るために、漁の仕方から教えたなんていうサイズの話が大好きだ。

物語には、必ず主人公がいる。 そして彼らの言葉がある。 そうしたものをどんどん活用すべきだと思う。 日本の組織仕事は、社内世論を作り出しながら調整しつつ進めるため、一人の天才が生み出したような物語は作りにくいけれど、 その世論を作り上げるために奔走した人達は必ず存在する。

そうした話をどんどん経営者達は、ドラマチックにスポンサードしよう。 うまくいけばそれらは事業として成功するだけではなく、ブランドとしても成功につながる可能性があるのだから・・・。


ブランディングは日々進化する

ブランドの価値を上げるための手法を記した本は少なくない。
デビッド・アーカーやスコット・デイビスなんて人達が有名だ。

これらの本に通じていることは、ブランドとは他と差別化することであると説いている点である。
そのためにそのブランドの個性的でありながら、意図した顧客に受け入れられる価値は何かを明確にし、それを伝達するノウハウが連なっている。

とはいえ・・・・この手法でやると、どの会社も似てくる。
ちょっと以前、街行く女の子がみんなエビちゃんになっているようなものだ。 人気の出し方がマニュアル化されれば、見るほうにとって滑稽になってしまう。

だから、ブランディングは日々進化する。前回書いた「日本型ブランディング」も、今正しいやり方にすぎない。と、最近は思うのである。

日本型ブランディング2

それでは日本企業は、どのようにブランド活動をするべきか?

まず、自分達の持っている社名とリンクしたブランドは、「メイドインジャパン」と同じくらいの印象にとらえるようにする。 無理に飾りたてて強い印象をアピールする必要は無い。

その名前のもと行動するときは、信頼、公正、協調、正義、自然への配慮、共生、地域貢献、雇用の促進といったものにだけを、ごく控えめに約束をする。当たり前のことだからそれを声高に主張しない。
「私たちはルールを守っています」は当たり前のことで、決して主張すべきではない。

しかし、その名前とサブブランドを掛け合わせたときには、思いっきり大胆になるべきだと思う。 ソニーの森田さんがウォークマンをつけて踊った写真が外国で多くの紙面を飾ったように、そのサブブランドの生みの親を明確にし、その思想と、デザインアイデンティティーを明確に主張する。

もしそのサブブランドが、非常に強いイノベーションを市場に提供できたなら、顧客はマスターブランドではなく、そのサブブランドを愛してくれるようになる。 サブブランドの生みの親は明確にミスター○○といえるくらいはっきりし、その人の語録をきちんと残し続ける。 そのサブブランドが生きる限り、その人の思想が商品に宿り行き続けるようにする。 スカイラインの桜井さんみたいなものである。

そして、このようなやり方で、いくつも個性豊かなサブブランドを生み出して行くことである。
ソニーがハンディーカム、ウォークマン、プレイステーション、ベガ、バイオ、アイボ等、強いサブブランドを生み出してきたが、今日ではそれにもう少し生みの親である人物像と、その思想が見えるようにすべきである

企画・開発は、様々な人の思惑を調整しながら進めるのが日本的ではあるが、それでもその商品に対して意思をもって牽引したリーダーが必ずいるはずだ。 こうした人を必ず前面に出すようにすることが今後の日本ブランドを成功させる鍵であると私は思う

個々のサブブランドは、格好をつけたいものは、つけたいだけつける。 やさしさを前面に出すものはそれを精一杯表現する。 さらにサブブランドを世に送り出す人達のマインドも出来るだけ世に現れるようにする。 そのサブブランドに携わるチームは、一つの独立した会社のように結束し、それを社会と共有する。 けっして顔の見えないものになってはならない。

こうした個性豊かなブランドがいくつも実のったとき、その大元のブランド(会社名とマスターブランドが一緒になった、いわゆるコーポレートブランド 東芝とかトヨタとかホンダとか・・)は、顧客や社会からあたかも「個性ある豊かな土壌」として認識される。 個々の持つ個性に信頼をエンドースする存在として、ドーンと構えればそれでよいのである