道尾秀介『カラスの親指』 | 文学どうでしょう

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カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)/講談社

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道尾秀介『カラスの親指』(講談社文庫)を読みました。阿部寛主演で、今度映画になるみたいですね。11月末に公開予定らしいです。

『カラスの親指』は、詐欺師ものです。一つの目的のために集まった仲間が、大きなミッションに挑んでいくという物語です。

その目的と、それぞれのキャラクターが抱えたものがうまく合致していて、読み応えのある面白い小説に仕上がっています。

ただ、ぼくは個人的にコンゲーム(騙し合いにより、ストーリーが二転三転するもの)が好きなので、ちょっと納得いかない部分があったりもしました。

道尾秀介は非常にうまい書き手ですし、ストーリーが二転三転する面白さがあります。

ですが、それはミステリならミステリ、コンゲームならコンゲーム以外の部分で二転三転させている感じもあって、個人的にはそこがやや気になるんです。読んでいてたしかに面白いですし、見事に騙されはするんですけれど。

さて、『カラスの親指』の内容に少しずつ入っていきます。

詐欺師というのは、人を騙して金を奪うわけですから、いい者か悪者かで言えば、当然悪者ですよね。法に触れる犯罪者以外の何者でもありません。身内が騙されたら、ぼくだってそりゃあ怒ります。

ただ、小説や映画で描かれる詐欺師には、どこか、かっこよさのようなものがあります。同じ犯罪者でも、暴力で人を傷つける強盗などとは違い、頭の回転で勝負する爽やかさがあるからでしょう。

ターゲットを分析し、計画を立て、役柄通りに演じ切り、見事にターゲットを騙すというのは、他の犯罪にはない、エンターテイメント性があるような気がします。あくまで物語上の話ですけども。

『カラスの親指』には、武沢とテツさんという詐欺師のコンビが登場します。この2人は詐欺師とは言えど、全然凄腕じゃないんです。それがこの小説の面白い所です。

警察に捕まりはしませんが、そもそも、小さな仕事でこつこつ稼いでいるだけの詐欺師なんですね。建設会社の社長が、6000万円を騙し取られたいう週刊誌の記事を見て、「世の中には、でかい仕事するやつもいるよなあ・・・・・・」(112ページ)と他人事のように呟く2人。

そんな2人が、ひょんなことから出会った仲間たちと、あるミッションに挑むことになります。詐欺師たちが立てるミッションというのは、普通はお金目当てですよね。ところが、2人のミッションというのは、お金目当てではありません。

狙うのはたしかにお金なんですが、お金よりも復讐の意味合いが強く、より正確に言えば、自分たちの人生の「負の清算」の行為に他ならないんですね。

マイナスの地点にいる人々が、再びスタートするために、マイナスをゼロにするために挑むミッションなんです。凄腕の詐欺師ではないだけに、ミッションが成功するかどうか、思わず手に汗を握る物語です。

作品のあらすじ


クリスマスの日に、武沢とテツさんは出会いました。武沢の家の扉の鍵が、接着剤でいたずらされていたんですね。鍵屋を呼んで、やって来たのがテツさんです。ひょんなことから、2人は一緒にラーメンを食べに行くことになりました。

それからしばらくして、テツさんの鍵屋は潰れてしまい、「頼れる人がいないんです」(37ページ)と言ってテツさんは、武沢のアパートに転がり込んで来てしまったんです。

元々詐欺師だった武沢は、テツさんをパートナーにすることにしました。こうして2人は、コンビの詐欺師になったというわけです。

おっちょこちょいのテツさんが段取りを間違えたりするので、怒りながらも、なんとかうまくやっている2人。

ところがある時、2人の住んでいた部屋が火事になります。武沢は「話はあとだ。とにかく逃げる」(62ページ)と言って、テツさんを連れて逃げ出します。武沢には、部屋が火事になった理由に思い当たることがあったんですね。

武沢は元々は普通のサラリーマンだったんですが、同僚の保証人になってしまったせいで、莫大な借金を背負うことになってしまったんです。借金はどんどん膨らみ、やがて高金利のヤミ金にまで手を出してしまいました。

ヤミ金への借金を返済するために、武沢はヤミ金の仕事を手伝うようになったんですね。「わた抜き」といって、もう本当にお金のない人から、最後のお金を絞り出させるという、一番えげつない取り立て人をしていたんです。

しかし、あるショッキングな事件が起こり、武沢の心は変わります。ヤミ金組織の内部資料を持って、警察に行ったんですね。

警察の調査が入り、そのヤミ金組織は潰れたんですが、それ以来、武沢はヤミ金組織からの報復を恐れ、名前を変えて、隠れるようにして暮らしていたというわけです。それが7年前の出来事です。

新しい家で暮らすようになった武沢とテツさんは、まひろという少女と出会います。まひろは、街中でスリをしていたんですが、それがばれて捕まりそうになったのを助けてやりました。

まひろに話を聞くと、家賃が払えなくて、家から追い出されそうだというんです。武沢は、「行くところがなくなって、どうしようもなくなったら、うちに来りゃいい」(159ページ)とやさしく声をかけてやります。

すると翌週、「でもまさか、ほんとに来るとは思わなかったでしょ」(164ページ)とまひろがやって来てしまいました。さらに、まひろの姉とその彼氏まで転がり込んで来てしまい、5人と猫1匹の奇妙な共同生活が始まります。

「それにしてもなんか、まるであれですね。こうしてると、家族みたいですよね」
 糖分で酔っぱらっているのか、貫太郎はグラスを片手にひひひひと笑う。武沢はそれを鼻息で一蹴したが、たしかに、世の中には他人のような家族がいくらでもいるのだから、家族のような他人がいてもいいのかもしれない。(232ページ)


貫太郎がまひろの姉の彼氏です。「糖分で」というのは、お酒ではなくコーラを飲んでいるからです。

やがて、武沢を追うヤミ金組織が家の周りをうろうろし始めます。怯える武沢ですが、実はテツさんの奥さんと、まひろ姉妹の母親もそのヤミ金組織のせいで、それぞれ亡くなっていたことが分かります。

みんな大切なものを奪われてしまったせいで、生活を持ち崩していたんですね。

「大事なものを、どんどん奪われて・・・・・・ずっと我慢してればいいの? あたしたち、ずっと我慢して・・・・・・忘れるまで我慢して」(290ページ)と静かな怒りを見せるまひろ。

ずっと負け犬のような人生を歩んで来た武沢とその仲間たちは、復讐のため、そしてもう一度人生をスタートさせるために、ヤミ金組織から大金をごっそり奪う計画を立てます。名付けて、「アルバトロス作戦」。

はたして、武沢たちは「アルバトロス作戦」を、見事成功させられるのか!?

とまあそんなお話です。心に傷を負い、色んなものを抱えた中年男が再起を目指す話というのは、それだけでもう面白いわけですよ。

そこに無邪気な少女が絡んで来るというのは、よくあるパターンですが、ベタなだけにやっぱりいいものです。

綿密に計画を立て、それぞれが役割を果たすために色々と動いていき、そしていざ計画が実行に移されるという流れは、詐欺師ものの定番ですが、やはりわくわくしますね。

物語が一体どんな結末を迎えるのか、気になる方はぜひ読んでみて下さい。

おすすめの関連作品


リンクとして、映画を2本紹介します。詐欺師の出てくる映画と言えば、やはりなんといっても『スティング』は外せないんですが、ベタすぎるのでやめまして、ぼくのお気に入りの詐欺師ものを。

ニコラス・ケイジ主演の『マッチスティック・メン』です。

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『マッチスティック・メン』は、全体の構成から、細部に至るまでことごとくぼくのツボを物の見事に押さえた、ぼくの大好きな映画です。もう何回観たことやら。いくつかその魅力を書いておきましょう。

(1)曲者俳優サム・ロックウェルが出ていること

エドワード・ノートンとか、サム・ロックウェルとか、ちょっとした曲者の役をやる俳優が、ぼくは好きなんですが、サム・ロックウェルが出ているだけで、なにか起こるんじゃないかとわくわくしますね。ニコラス・ケイジの相棒の詐欺師役を演じています。

(2)ニコラス・ケイジ演じる詐欺師が極度の神経症なこと

詐欺師にとって重要なのは、いかに肉体的な力があるかではなくて、いかに頭の回転が早いかです。暴力ではなくて知恵が重要になってきます。頭脳をフル回転させての騙し合いが、詐欺師もののなによりの魅力です。

ニコラス・ケイジ演じる詐欺師は頭がいいんですが、かなりの神経症なんです。ガラスについた汚れが気になって、一日中掃除をしていたりするんです(笑)。綿密な計画を立てる頭脳と、この神経症すぎるという点がミスマッチで(あるいはマッチしすぎるほどマッチしていて)ユニークでいいと思います。

(3)離れて暮らしていた娘との再会が描かれること

ニコラス・ケイジ演じる詐欺師の生活は、すべてがきちっと整理されています。無駄な部分は一つもない完璧な生活です。ところが、そこに乱入者がやって来ます。突然、生き別れになっていた娘が現れるんですね。

娘の母親とは、娘が産まれる前に別れてしまったので、娘とは一緒に暮らしたことはなかったんです。初めは自分の完璧な生活が乱されることに苛立ちを隠せないんですが、段々と娘の存在を受け入れ、心が少しずつ柔らかくなっていって・・・。

ぎこちない親子関係を描いたものは、チャップリンの『キッド』の時代から、もう外れはないといってよくて、ワンパターンではあるんですが、面白いですね。ぐっときます。

はたして、大掛かりな詐欺の計画を成功させられるのか!?

この映画をおすすめする度に、「うん、ふつうだった」となんだか微妙な反応ばかり返ってくるので、それほど期待しないで観るとよいと思いますけども、機会があればぜひ観てみてください。

続いては、どんでん返し系の映画が好きな方におすすめなのが、『ユージュアル・サスペクツ』です。

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港でコカインを巡って争いがあり、船の大爆発が起きます。現在と過去が交錯しつつ、事件の真相が、少しずつ明らかになっていって・・・。

『ユージュアル・サスペクツ』は、ぼくがおすすめするまでもなく、もう有名な映画なんですが、まだ観たことないという方は、ぜひ観てみてください。これは面白いですよ。おすすめです。

明日は、森博嗣『すべてがFになる』を紹介する予定です。