やっぱり、あったかいほうがいいな。。。
ベンゾ眠剤、断薬1年2ヶ月。(……と、今はもう、自分のダイヤリーを見ないとわからない状態) ふと、「1年前の今はどうだったろうか…」と思うけど、まだ見直したことはない。そのうち見るかも知れないけど。。。 でも、もうわかる、自分の身体だから。今でも、夜とか朝方とか、身体の違和感を感じることがある。左足(親指の外反母趾状態の痛みや、筋肉)のつっぱり感は、一瞬、痛みを感じるけど、じきに収まる。 去年は、最悪だった。悲しいくらい、拷問にあっているような理不尽な痛みだった。 それは、背中も。 先日も、ちょっとあったけど、じきに消えた。1年たつと、2年目になると、「症状の見出し(目次・一覧)」は、項目としてはなくならないけど、痛みは半分以下になってる、うん。。。一方で、「耳鳴り」は軽減されない。 いきなり強くなることはあっても、 「ああ、弱くなってきたなぁ~」と実感できることはない。でも、何度も書くが、私にとっては、耳鳴りはもう「おつきあい」関係なので、正直、辛さはないのだ。 「ああ、相変わらず、いるな…」という感じ。 そして、「最近、ヤケにうるさいなぁ~」と思うことがあるという感じだ。あと、明らかに離脱症状として、「依然として、在る」というのは、口(唇?)のマヒ様の違和感。 これは、どうしても良くなったという感じはない。 一番切ないのは、しゃべりの時、滑舌の悪さは、すでに聞いてる相手の反応であきらかになってる。 しゃべっていて、「えっ?」と聞き返されることがたまにある。自分でもわかる。でも、必死で口を意識的に動かして、必死にしゃべって、相手とのコミュニケーションを保っている。 辛い? はい、当然。。。。 でも、私は、子どもの頃から、 「~でないふりをする」ことに長けていたから、 きっと、こんな半絶望状態になっても、「私は別に、困ってませんよ、以前と変わりませんよ……」状態をとろうとするから、……慣れてしまっている、慣れよう慣れようとしている日々。。。。。あと、精神状態というか、意識というか、意志というか、はっきりしないことがある。 何を食べたいのか、わからなくなることもある。外食なんて、気分でいいのに、その「気分で決める」ということも、なんか、こう。。。。。決められないというか、 そうそう、これも以前にも書いたけど 頭の、脳みその、神経細胞システムが、さび付いてしまったような そうそう、やっぱり、 ポンコツロボットみたい。あの、「オズの魔法使い」に出てくる、 錆びて動かなくなった木こりロボットのよう。。。そう、あんな感じに、頭の中がなってる。 だから、「脳の誤作動」って、よく言ったもんだ、と思う。「さび付いてる」から、「油を差す」という作業(メンテナンス)が必要。 そして、きっと、錆びないように常に動かしておいておく、ということなのだろうが、実際には、動かすのが(考えることが)億劫になってくるから、ついつい さらに動きが鈍くなるんだろうと思う。(と、常には 取説は詳しくなっていく。。。。)自律神経失調ということも、実によくわかるようになった。感覚的にも。 やっと春になって、たまに冷えることもあるけど、やっぱり「暖かいときは、体調はいいな」と実感する。 ということは、これまで、離脱症状を全く意識してなかった時は、実際には、身体的にも、精神的(意識や感覚など)にも、ほんとうは凸凹が常にあったのに、起きていたのに、 それらを、あたかも「感じないように、ないよに」自分の中で、そんなシステムを作ってきてしまったんだと思う。それは、世間で言う、 「気持ちしだい」とか「思い込む」とか、時には「根性で」とか「気合いで」とか、・・・とにかく、「ほんとうは、そうじゃないのに、あたかもそうであるかのように」 生きてきてしまった のだと思う。だから、今、確かに とんでもない状態ではあるのだけれど、この1年あまりの中で、苦悩しながらも 感じてきたのは、これって、ほんとうは、 今の私の状態って、み~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~んな、本来、私の中に、ずっと、ちゃんと 在ったものなんだと 思う。だから、逆に 今の生活って、かつての私の中に欠けていたモノ 必要だったのにしてこなかったこと私自身(身体も心も)は求めていたのに、 それらを 自分の中の声を、自分の中から出ている声を 聞こうともしなかった いや、聞いてもそれらを ずっと無視してきたのだと思う。 何食べていいかわからない ⇒ 何か食べたいと実感するまで、 食べなきゃいいじゃん ということ 水、飲もうかな と思って飲んだときは、自分の身体が『飲みたい!』って感じてるから、 自分の身体が水場に動いて、コップに水いれて、 のんだ。 または、お花に 毎日水をやるように 自分自身にも 水をやるただ ただ やる ただ ただ 続ける 考えずに。。。。自分の中の 自己肯定感がどうなのかは 私は意識したくないそんな物差しで考えると 滅入る。。。。。。。。。。。。。。。。。。だから、ただただ 気の向くままに やる (ちょっとヤバイけど…)ま、いいかと 思うことにする。。。(じゃ ま いいか・・・)何度も書くけど、私の場合、「減薬」など考えなかったから減薬体験記は書けないこれも私の生き方らしい だからそれは もう 今さら変えないそれを「アディクション」だと指摘する人はいるのかもしれないけど私の人生は 私のものだし、 もうすでに人生半分以上過ぎてるから 余計なことは受け付けない向精神薬の 服用と 断薬の体験というより日々状態「を通して」 私が 私の日々と人生を 振り返るように感じたことを ただ 吐く それだけかな。。。。。あとは よくわからない。。。生存確認