今年も春が来た。 冬の大雪が半端じゃなかっただけに、もうこの雪はGWまで消えないんじゃかいかと思っていただけに、正直うれしかったし、返って雪が消えるのが早かったほどに、春の日差しと暖かさは、これまでにないほど?と思ってしまうほど、春が冬を制したと実感した。
そう、日本海側の冬の長さや雪の多さは、強く厳しいだけに、ただただ耐えるしかないと、もうここに移り住んで30年にもなるのに、やっぱり辛かった。。。でも、冬に耐え、春を待ち望む思いが明確であるほど、つい2ヶ月足らず前の冬を忘れてしまうほどの春を、今感じている。 これを、程度の差こそあれ、そう、30回も体験してきたのに。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
勝手なものだなと、思う。。。
眠剤を止めて、10ヶ月半になる。ベンゾを止めて1年が過ぎた。
やっと1年 まだ1年 まだまだ1年。。。
でも、1年365日、春夏秋冬を過ごした。
この1年間の凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸を
生き抜いてきた。。。 ちゃんと1年が過ぎた。。。やり過ごした。。。
身体的苦痛 精神的苦悩は 言葉では表し尽くせない。。。
だから、いつも断片的にしか語れない 言葉にできない
表現するとすれば、常にICレコーダーをONにしっぱなしにして、
自分の心の声を つぶやき(いや、そんなもんじゃなく) 呻きを
録音するしかないと思う。 できっこない
たとえ完全録音しても、それを聞き直すことなど、おぞましくて
できない したくない
だから、このブログでも 日々、時々に 思うこと以上に
感じること 感じてしまうこと 感じずにはいられないことが
常に 常に 常に 山ほど あふれるほど 吹き出すほど
噴火するほどに あるのに 休む間もなく 出てくるから
いちいち言葉になど 文字になど できなかった。。。。。。。。。。。
感じてしまう感覚(身体>心的)がほとんどだった
今なら 寝てるときだけは 何も感じないでいられるようになったが
「あの頃」は、横になって寝ても 背中のあちこちが痛い
下半身の違和感 ツッパリがひどく 左足の親指が外反母趾のように ツって ツって 拷問のようだった。。。
それは 元々 眠れなくて 苦しかった時よりも もっと全身で
心身共に つらかった なぜって ただ眠れないだけじゃないから。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
前回 耳鳴りがひどくなったことは書いたが、
おととい、ギョッとして気になったのは また 夜 寝るときに
背中に痛みが走り ねじれるような痛みを感じた。。。。。。。。。。
また来たと思った。。。。。。。。。。。。。。。。。。
でも、昨夜は なんとかだいじょうぶだった
1年たったぞ、なんて決して安心していたわけじゃないのに、
ヤツは ひょっとしたら 「どらどら、どうしてるかと思って また来てみたんだぞ・・・・ほら、どうだ・・・まだ痛いか???? ほら・・・」
と。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
「その後」を見回りに来た 囚人の居る牢屋を監視する看守頭のように 夜の見回りに来たように感じた。。。。。
もう、「あの頃」とはちがう でも
決して なくなったわけじゃない 消えた 消え去ったわけじゃない
むしろ、この1年間で失ったものの中で 一番大きかったのは
肉体的な様々な違和感や苦痛、不具合ではないように思う。
それらの多くは寝ているとき以外は、必ず 複数の「症状」として
常に実感する感覚だが、
心的な 精神的な 苦痛というより 意欲が 喪失してしまうことのほうが ずっと恐ろしいように思われてならない。。。。。。。。
身体的な不具合や違和感は なんか やっぱり 慣れてきたものが少なくない
「あの頃」のような 全く初めて体験する 離脱症状だっただけに
今度は何が出てくる 今度はどんな感覚を強制される・・・・・・
追い詰められる感覚に襲われていたが やはり 「一通り」体験して (今だから)そうか・・・だいたいこんなもんか・・・と受容できるが 心的なもの 精神的なものは 決して受容などまだできない
症状は 多くの症状は きっと 言葉でだいたいは表現できる
きっと あとは人それぞれに 程度の差や 場所や深さ(表面やその奥や……)など だいたい 偏差値のようなものかもしれない
でも
心的なものは そんな 痛みのものさしのようにはいかないような
気がする
それは 人の人生が まったく個別 別々であるのと同じように
まったくちがうのだと思う
だからこそ、安易な慰めや励ましや共感は
よけいに 刺激となり それが肉体の感覚と相まって痛感する…
部屋の家の中の、あらゆる戸や窓を閉め切って 光さえ遮断して
完全に引きこもりたくなる
いやいや なんかちがう
人が 一人で生まれ(一人で産道を通って) この世に出て
やはり 一人で逝くように
決して 他人といっしょにしてはいけない
自分の感覚を 自分以外の何かと重ねてしまわぬように
ちゃんと 自分で これは私のものとして 一切の邪魔を排除し
特にこの1ヶ月間 可能な限り うずくまった
まだまだ 動くと 歩くと ふらつきはある 目眩もある
しかし、それは オバケだと もう思える 適当にごまかせる
でも 心的なもの 世間で言う 前向きな意欲とか 自己肯定感とか 人生の~とか
そんなもん どこにいったんだろうかと思ってしまう
あと2ヶ月足らずで 61になるだけに
もう特定の組織に身を置く生活から遠ざかってしまっているだけに
自分の失ったもの 失ってしまったものが ごちゃごちゃになってる
それが 向精神薬のせいなのか
自分の人生の 生き方のせいなのか
肉体的な 機能的な衰えのせいなのか
ゴチャゴチャで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
でも、それを分類しても 今さら 分けて整理しても
どうにもならないと 思えば
もう ゴチャゴチャのままでいいとさえ 思う
どうせもう 降りて行くしかないのだから 降りて逝くしか
荷下ろし 断捨離? 喜捨?
まだまだ 私の世界は ゴミ屋敷のままかもしれないけど。。。
とりあえず 1年
実に 実に 特殊な世界だ
おぞましいほどに 奇異だ
