1ヶ月前、連日の大雪と極寒で、みるみる家のまわりも、
街の中も、仕事に行く先々も みんな どこも大雪の山々で
この雪は、春になっても連休明け頃までは残っているだろうと
本気で思い込んでいた。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
去年の春、幸か不幸か 「ベンゾ」の現実をネットで知ってから
知らず知らずに 有害物質を毎日のご飯のように食べていることを知って、 何も考えることなく 20年以上飲み続けていた
レンドルミンやリスミーを 「断薬」した。。。
ほんの1ヶ月半ほど、「ベスソムラ」に乗り換えただけの、「減薬」なんて言えない ただ、私にとっては、それこそが「向精神薬」との決別の「儀式」だった。
本当に 孤立無援だった。。。
アシュトンマニュアルも見たけれど、 今だから言うけど
なんだか・・・・・あまり現実感などなかった。。。理屈だけ。。。。
その後 ちょうどやっていたアメブロに、ベンゾを中心とする向精神薬の「漫然とした長期服用」体験者のブログに出会い 当時は
藁をもすがる思いで 見るもの見るものの 内容に 一喜一憂
右往左往しながら 自分の心身が振り回されるように いや
離脱症状の 大揺れと似たような感覚で あれこれのブログを
真剣に ではなく 呆然と見ていたように思う
そのうち この問題は 実は 様々な見方や 対処法や
曖昧模糊とした グループが存在しているようにも思われた
しかし、私にとっては どうでもいいことだった
そのうち
私は私 私の人生の中で 出会った重大エピソードではあるけど
もういまさら 私の人生が 根本から問われるような
そんなもんじゃないと 本気で思えるようになった
路線を切り替えればいいこと ポイントを切り替えて
これまでとはちがう線路を進んでいけばいいことなのだと
なぜなら まさに今の時代のように
怪しげな新興宗教団体のように 危険な思想団体のように
一冊の本を 「これ読んでください お近くで集会もやってますから…」と 戸別訪問してくるふたり連れのような勧誘に
だまされそうにもなったっけ・・・・ 「仲間になりませんか。。。」と…
これもまた このひと冬の 人生の中の山の吹雪に
遭遇したときのような そこで見た幻のような
そんな もうこの先の人生などないかのようにまどろんでいた
そんな時ってあるんだと 何回も節目節目にあるんだと
でも じっとがまんすれば じっと耐えれば じっとして じっとして
春を待つ気持ちを ぐっとこらえて 保てば
きっと きっと 春が来ると でも それは いきなり来るのではなく
この 「雪国」の春夏秋冬のプロセスを 基本どおりに
決して 安易なワープや 割引や 特待などないのだと
ただ ただ 日々を淡々と 過ごすしかないのだと
でも、面白いもので 季節の 地域の祭りって 様々で
花火は 真夏だけのものじゃない 祝い事の時だけじゃない
特別なとき いや、 春を あったかな春を 待ち望むために
あえて 極寒の中で 白い雪の上に ドンと打ち上げる
それを みんなで 宙を見上げて 祈るのだ
笑顔の中に 笑顔の下に 様々な想いの 涙を流しながら。。。
そんな涙を流すのは こんな冬の中が一番なのだ
30年間、この地に移り住んで 30回の冬を越したけど
こんな冬 これまでにあったのだろうか・・・・
ああ、やっと やっと 3月。。。。。。。もういい? もういい?
まだ? まだ?
わかってるよ この先も 春夏秋冬を巡り巡って
何回も冬を越えるんでしょ。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
わかってるよ 淡々と 生きていけばいいんでしょ。。。。。。
(3月7日 どんどん溶けていく田んぼの雪の中に、白鳥の群れが 北に帰える前の腹ごしらえ? 山は弥彦山です。)
そして「雪花火」ですが、スマホで撮った動画をアメブロにアップするのは至難の業であることがわかりました。。。。
ちょうどYouTubeでこの2月18日の「雪しかまつり」での花火が登校されていました。どうぞご覧ください。 いつか見に来てくださいね。夏でも冬でも。。。。
(動画の右側の建物は日赤病院だと思います。雪の奥に信濃川が流れ、ここから花火を打ち上げます。はい、夏は三尺玉です)

