
食べるって大事。
元気って
氣が元に戻るってことでもあるよね。
昨日朝から
右耳が聴こえにくくなり
痛くなり
頭痛がしだしたと思ったら
親知らずが疼いてきて
そうなると
ずっとどんより。
カラダが疲れると
いつもそう。
さすがの
わたしも
食欲は失せる。
とは言え
お腹は減ってきて
豆腐を入れた
豆乳のスープを作って食べた。
スープ系が好きで
これからは
お鍋と共にいい季節だー
と思ってたら
楽しみになって
おいしく完食!
かといって
痛みは続いてはいるのだけれど…

わたしは
月に2度
地域のご老人対象に
お惣菜を作ったり
配達したりすることを
お手伝いしてるのだけれど
今日は配達の担当日で
待っていてくださる方々には
やっぱり笑顔で手渡したい。
7月8月は夏期で活動がなかったから
まだ4回めとは言え
久しぶりにみなさんが
お元気でいらっしゃると
ホッとした。
だって
酷暑過ぎたもん。
二言三言
玄関先での会話が
楽しみになってきた。
お一人
亡くなった祖母の姿を
思い出させてくださる方がいる。
食べて元気になるような
お惣菜を届ける立場なのに
わたしも
氣を元に戻さねばね。
しかし
おなか空いたなー(苦笑)
胃は
正直…
『感じる書』アーティスト こきゅう

食後にフレッシュジュース。なかなかない選択。
おとついのこと。
MBB(マインドブロックバスター)の創始者
栗山葉湖さんが
大阪にフォローアップ会のため
来られるというので
バスターとして
是非にと参加してきました。
FBやブログで繋がり
わたしはともかく
葉湖先生も見てくださっていることから
何だか初めまして感は少なくて…(笑)

終わってからは
こうして
気さくに写真も一緒に撮っていただきました。
フォローアップでは
経験して困ったことや
質問を通して
自分の思考のクセが
苦手のポイントになっていることを
教えてくださいました。
どうも「こうあればいいなあ」ぐらいでいいのが
知らぬうちに
「こうならねば」「こうなってくれたら」に変わっている。
そんな気もちが強くて。
真面目すぎて…
決して
押し付けているわけではなくって。
そういう気もちが
波動となって呼応するんですよねー
そんなことより
もっと
「どうあればベストでいられるか?」
なんですよね。
まず自分が。
人の手に触れる前に
まずは
そうやって自分を整えてやるということ。
そのために
勧められて学んだMBBだから。

フルーツたっぷりの前菜が付いた
ランチ後は
天神橋筋商店街をみんなで
うろついて
客観的にこういう服
似合うよね
または
合わないでしょ?
…とこの日の練習会の主宰の
林ゆう子さんを中心に
みんなでお互いを見立てるブラブラショッピング。
わたしは買わなかったけど
自分に合う物の傾向を得て
いいウインドウショッピングになりました。
わたしが何か服を自分にあてると
思いの外
「可愛い系」になってしまう。 みたい。
だから
モダンでかつ
ちょっとくらいハードめでも
大丈夫なんだなってわかりました。
見え方を知ることで
ずいぶん変わるんだなーと。
過日
お逢いするのが3回めの方から
また思いも寄らず
わたしって
こんな印象であると
彼女のブログを通して知りました。
繊細 かつ 大胆。
鷹揚 かつ 謙虚。
さらに 豪傑 (なのかー!笑)とも加えたいくらいだとか…
(他での語彙が見つからないから書かなかったらしい)
たしかに
表現することに触れているときは
そうと抵抗なく思えるかも。
日頃
ちっちゃいなーわたし
って思うばかりなのに
はあーーーー
こんな風に
見てくださってるんだなーと。
(もっとよく知ると、なのに何でそうなん?と突っ込みたくなることが多くなるみたいな…)

で、
葉湖先生には
夜の懇親会で乾杯後
ハイボールを一口飲んで
話し出した途端に
「なんか急にスイッチが入って、さっきまでと切り替わった感じ」
ってことは
アルコールで変な?スイッチが入る???
いや
やっぱりちょっと
真面目すぎ感が解けて?
ホッとするのかなと。
ま、だから
懇親会って講座とおんなじくらい(?)大事な場なのかも。
あ、ニックネームがカタカナで
カミサマな方もそう言ってたっけな…
ただ
みんなでわいわい飲むのが楽しみなだけなんでしょ!
みたいな(笑)
そういわれても
しかたなかったりもして…(笑)
『感じる書』アーティスト こきゅう

女心のように。
源氏物語に肩を並べる
この時代の双璧
枕草子では
「秋は夕暮」の始まりだけども
秋は「夕暮」だけじゃなくて
空に表情を刻々と変えてゆく
雲の存在が
ひと際美しい。
また
「女心と秋の空」とも言うが
空を見上げて歩くのが
さらに
楽しみだ。
今朝も美しかった!

じゃあ
『雲の名前』って
どれだけあるのかな?って思って
ググってみた。
タイムリーに
わたしにヒットしたのはこのサイト。
→☆自然人ネット
たった10種類しかない!
んん?
イワシとかひつじとかうろことか…
いろいろあるやんかー
って
ああ、こういうことか!(見てみてください)
と思ったけど
雲の画像の投稿のページもまた素敵。
なかなか
萌え!ってなる(笑)

とは言え
空だけでなく
もちろん足元だって見逃さないさ(笑)
ふと
見渡した猫じゃらしだらけの草むらに
朝陽が当たり
露が反射して
キラキラしていた。

話は最初の
夕暮れ空の時間帯に戻るが
とってもほっこりさせてもらった
場面があった。
郵便局へ荷物を出しに行くのに
車で
すぐ家のそばを走っていて
歩道を横切らなくてはならず
小学校の男の子がいたので
わたしが通るのを待っているから
「どうぞ」って口パクで言ったら
何度も何度も
頭を下げてから渡った。
車を少し進めて
車道で左右を確認してたら
右手にさっき渡ったばかりのボクが
渡っても
また同じように
ペコリペコリと何度も
頭を下げて感謝を伝えてくれていた。
そのボクの風貌が
子どもたちが主役の映画や
ドラマやアニメに
必ず出てきそうな
太っちょで大きなメガネの
賢そうな優しい男の子だったから
また
とても
微笑ましく見て
わたしは
手を振った。
親御さんがどんな方か
見てみたいなって思った。(いい意味のね)
きっと
わたしより
若いだろうな(苦笑)
えーっと
女心のように
コロコロと…
夕暮れ~秋の空~雲~猫じゃらし~礼儀正しいボクの話
でした。
『感じる書』アーティスト こきゅう

こなもん ぶらぼー!そして濃いーのが好き♡
どーーーーしても
きょうは
こなもんが食べたくって
ニラと
初めて
新生姜を入れて
チヂミを作った。
ごま油には
ちょっとこだわりたくて
濃いーーーいのを使ってます。
よく使うので
鶴橋の商店街で
こんなおっきなサイズで買っとくの。

勤めていた会社の最寄り駅が
鶴橋だったので
結構市場のこと
知ってるよ。
でも
もう退職して2年。
KーPOP のお店は
知らない間に
いーっぱい増えてたけど。
チヂミは
よく買って帰ったりもした。
キムチはもとより
キンパ(海苔巻き)とか
豚足とか青海苔、ムーや
ゴマの葉やチシャ菜等々
韓国の食材って
おいしいんだーっていうのも
昔々入社したころに知って…
素材によって
自分の好きな味のお店を決めてたり。
あ、
とにかく
チヂミには
ちょっと入れすぎたー!
っていうぐらいごま油を入れて
カリッと焼くと
おいしいのですよ。
今はスーパーマーケットでも
チヂミの粉が売っていて
便利ですよね。
『感じる書』アーティスト こきゅう

みんななんとか元気でした。
まだまだ誕生日ではないんですが
こんなアイシングでデコった
可愛いクマのクッキーと
好きな人にはタマラナイ
『いなばのタイカレー缶』を
プレゼントしてもらって
めっさご機嫌!
『感じる書』アーティスト 石川呼穹です。

タイ式YOGA『ルーシーダットン』の
スタジオでの仲間2人に
誘われごはん会へ。
髪がベリーショートになり
なんとなく
雰囲気も変わったね…
などと言われた後
「もー!きゅうちゃん!あんた、どないしてたーん!!!」
と、2人のねえさん(とは言え同年代)に
会うなり言われましたわ。
わたし
この2人には
呼穹の
「こ」が有るだけでめんどくさいと
きゅうちゃん
と呼ばれています…(笑)
(これじゃないよ。)

その
きゅうちゃんこと
わたしは
もうスタジオに半年ほど
行けずにいるし
年末から会わずで
音沙汰もなくやっていると
そりゃあ言われますわな…
なのに
わたしってば
会うなり
「セッションのモニターになってー!」
なんて言うから
ふたりはお店に移動しながら
「はぁ?」言うてましたわー(笑)
MBB(マインドブロックバスター)で
心のブロックを解除をしたあと
今
必要な一文字を
『感じる書』アーティストとして
イメージして浮かび上がらせ
その場で書いて贈るという
『人に関わりすぎる書家(笑)』ならではの
最後に
ふたりのねえさん方は
大興奮(爆)
時間の都合上
変則的に
またセッション前の
食事中に聞いていた
現状の話も含めて
変則的に
1対2人で進めていたんで
それはそれで
ブロック解除を
待ってる間は
「次、わたしがやってもらったらどうなるか?ドキドキやった」
らしい(笑)

会わかった約10ヶ月ほどの間
(わたしも含め)それぞれに
身辺でいろんな変化があり
お互いに『新しい船出』を迎えているところ。
だから
最後に『色』と書いて渡した
Kちゃんは
ブロック解除後
「やっぱりなー」と思っていたことが
ちょっと楽になり
新しい生活へのスタートラインに立っていて
その自分に
「もう一押ししてもらえた気分!」
と早速カードを
パスケースに入れて笑って見せてくれた。
今までの『色』んなことは忘れて
新しい環境下で『色』んなことを
もっと楽しむのだとか。
かたや
はなから懐疑的だったYちゃんは
「きゅうちゃんだから受けてみたろ!て思った」(爆)
と言った後
「こんな体験は初めてで
驚いただけでなくて
自分が無意識でこんなこと感じているんや!
って分かって
一言でいうと不思議!」
とも言ってた。
「自分は母や周りが思うほど
出来た人ではない!!」
と声を上げたかったらしいが
ずっとその言葉を飲み込んでいたという。
ほっとして
区切りのついた
これからは
「もっと自分に向けての
『希』望をもって行けたらいいなー」
って感想をくれたのだった。
ありがとう。

「ところで(タイ式YOGAの)インストラクターはやらへんのんかいな?」
(グサグサグサリー)
わたしが
一応そんな
肩書きを持っていたことも
ポーズのあれこれも
忘れかけてるということも
ハッと
思い出し(ヲイ!)
ライセンス剥奪されないように(ヲイヲイ!)
ぼちぼち顔を出しに行かねばなー
などと思う
落ち込んだり
無心になりたいときは
身体を動かすこと!と盛り上がる
わたしたちの
そんな昨日の夜の話でございました。
(これは昨年11月)

セッションは
ただいま
カードに書くことを
ハガキに変更して
『セッ書ン』として鋭意構築中。
『感じる書』アーティスト こきゅう
「えん」あって…
わが家に来た
(正確にはお土産に戴いた)
沖縄の塩たち。
塩屋と書いて
まーすやー と言うお店の
塩ソムリエさんイチオシの
用途別に5種類が
小パックになり入ってた。
野菜、お肉、おにぎり用。
万能用とお魚用は
釣りが大好きな
ご主人がいるお宅に
お裾分けした。
お昼は美味しいお塩で
おにぎりかなー
こきゅう。
わが家に来た
(正確にはお土産に戴いた)
沖縄の塩たち。
塩屋と書いて
まーすやー と言うお店の
塩ソムリエさんイチオシの
用途別に5種類が
小パックになり入ってた。
野菜、お肉、おにぎり用。
万能用とお魚用は
釣りが大好きな
ご主人がいるお宅に
お裾分けした。
お昼は美味しいお塩で
おにぎりかなー
こきゅう。

初心を忘れない。いつでもそこに戻ろうとする柔軟さ。
昨夜はお稽古に行ってました。
個展を大盛況のうちに終えられた
師匠のいる教室に
わたしとしては
久しぶりの出席でした。
その間の話で
個展をされるにあたり
師匠の知り合いの方が
師匠の書家の雅号(名前)で検索すると
なんと
「石川呼穹」が
ずらーーーっと出てくるらしいのです。
そりゃ
先生の知人のみなさんにしたら
「誰やねんこいつー」
になりますわー
教室同期の女子が
その場でどれどれって調べると…
うん。
画像検索までびっしり
わたしだった……(=_=;)
師匠は書家としての活動より
現在は
学校教育者(理事)としての顔であることが
ほとんどで
そして
弟子の中でも積極的に
こうしてあーだこーだ
しかもプライベートまで
SNSで発信しているのは
今のところわたしぐらいなので
こんなことになってしまうわけで…
昨日はそこで
多少恐縮してました。
が、しかし…
それって
わたしって
誰ぞや?って
知っていただける機会。
なのですな…
氣ぃ抜いてたらあきません。
:::::::::::::::::::
師匠に
おうちでしている臨書を
久々
添削していただきました。
「臨書のお手本(原書)がそうであっても文字の形が
しっくり安定するのはこうだからね」
と朱墨で直してもらい
手本どおり書けてる!
だけでなく
ちゃんと一画一画丁寧に
バランスよく俯瞰出来ていなかったことに
気づきます。
あーやっぱり
直接リアルに直していただける
ありがたい機会に
10数年前に師匠の元で
教室に通い始めた頃を
思い出していました。
柔軟さを持って
驕ることなく
自分を見つめなおす時
初心に返ることは大切。
だけども
当然ながら
あのときのわたしの書
あのときのわたしとは
違っているのです。

目に見えること
見えないこと
形あるもの
ないもの
遠くで
近くで
感じる。伝わる。
今日のちいさな一文字。
(今朝のFBより)
『感じる書』アーティスト こきゅう

『African soul cafe』にて気付いたこと。などなど…
ASANTE SANA 「ありがとう」
昨日
『鼓書鼓書』でセッションした
SOULKNOCK☆あきちゃんの
大阪でのワークショップに
参加して来た。
まずはスワヒリ語でご挨拶。
よく知られてる
「ジャンボー!」では現地では
イケてない外国人ととられるらしい。
HABARI
「ハバリ」がこんにちは!ごきげんいかが?
で
上々でーす!的に返すのが
NZURI
「ンズリ」
だそうで
スワヒリ語は
ほぼローマ字読みでいいらしいので
覚え易い。

用意されたハイビスカスシロップのソーダ割りに
ミントの葉をわたしは珍しく
てんこ盛りにして
飲みながら
ケニアの山奥にあるとある部族の村に
一ヶ月ほど滞在した
あきちゃんの話を聞く。
首都ナイロビのちいさな街角での
笑い声に引き寄せられて
その様子を近くで見たら
ムゼーと呼ばれる長老を囲んで
周囲の若者がムゼーの話に
大笑いしている。
その真ん中にいるムゼーは
手足がない状態。
若者たちがこの長老の
お世話をしているらしい。
何故こんなにも
無邪気な明るい笑顔なのか?
そう思って目の前の光景を見ていたら
それに答えるように
ムゼーはあきちゃんに言ったらしい。
「手足がなくとも自分は十分に足りている」と。
「キミは(わたしより)多くを持つが故に、様々な悩みも持っているのではないか?」と。
どの若者より
ムゼーの笑顔は一番きらきらと輝いていたらしい。

わたしはこの話を聞いていて
2つの事柄を
思い出した。
1つは龍安寺のつくばいで有名な
『吾唯知足』(われ ただ たるをしる)という言葉。
「人は欲張らず、今の自分を大切にしなさい」
「足ることを知ることは、不平不満を言わず豊かな生活を送ることができる」
という意味。
もう1つは
入江富美子監督の映画
『天から見れば』
両手を失ってから
日本画家となった南さんと
師であり同じく両手がない
大石順教尼のエピソード。
先月神戸でのイベントで監督が
話されていたことを思い出す。
あー
この映画昨年から見そびれていたんだなあと。

で
自分のカラダに向けて
ありがたさを感じながら
各部位に対しての「おかげさま」を考えるワークでは
そのなかでも
わたしは
すべての「司令塔」である
脳に
いちばんの「おかげさま」を感じた
とシェア。
そんなことを言ってるわたし…
冷静で意外だったなあ…(苦笑)

後半
それぞれ直感で持ち寄った
身近な物を楽器代わりにしたり
また
テーブルを太鼓に見立てて音を出し
みんなでフリーセッションしていたら
「区切る」「仕切る」「調和」
というワードが
演奏?中
頭に浮かんで来た。
わたしの
役割的なものなのかしら?
あきちゃんと
ご一緒させていただいたみなさまー(きこさん、紗ららさん、ゆう子さん)
いろいろ
気付かせてくださり
ありがとう。

グラウンディングにちなみ『土』という文字を記念にプレゼント。
そして
やっぱりわたしは
自分と向き合うワークよりも
カラダを
動かすことが気持ちよい
ということと
あらためて
わたしのカラダは
丈夫なんだなーって
授けてもらった
両親と
それを
知らない次元の
何処かで
選んで
今世生まれてくることが出来て感謝。
本当によかったと
思った。

ポヤーーーーーーーン(笑)
恥ずかしいけど
素で
ちょっとくったりしてる
今(昨夜)のわたし。
「おかげさま」です。
『感じる書』アーティスト こきゅう






