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見つめられてる?


アフリカのイメージを

シェアするならば

わたしは

大地と

砂漠と

夕陽。


濃いオレンジに近い

赤い空。




対して

やはり我が国は


日出ずる国。


朝陽かな。




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2013 0906 0:24 のわたし。

砂漠の薔薇。

水に溶けたミネラルが
薔薇のような形の
結晶になったもの。

砂漠なのに水…

砂が付着していなければ
結晶は本来滑らかで
透明だという。

わたしの砂漠の薔薇は

夕陽に照らされ
紅く染まり
薔薇そのものの
色となり
見つけてもらった
旅人の掌の中に
今そぉっと
おさまろうとしている。

(昨夜のFBより)

『感じる書』アーティスト こきゅう
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雷雨なう。


『雨』という字は


上の横棒  が天を指し

四角い囲い部分は雲で

点々は雨粒を表している。




これは

甲骨文字といって

古代に

骨や甲羅に彫った文字。




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九州に上陸した台風が

温帯低気圧に変わったらしい。


とは言え

前線まで刺激して

いたるところに

大雨をもたらしている。


乾いて仕方なかった

先月とは打って変わっての長月。



お洗濯にも少々困る…浴室乾燥に頼ったりね。


そういえば


9月の雨は冷たくてっていう


セプテンバーレイン って歌もあったね。(古っ)




今日は

朝歩いてる時から

いろいろ考えたり

気付いたり

感じたり…



心揺れて

わたしの涙の分

降っては

流してくれてるように

思える。


で、今はもう

流し切ったし

逆に

すごく嬉しい言葉も目にし

朝出て来ていた

わたしについてのキーワードにも

合致して(!)


なんてタイミングなんだろう!!



頑なわたしも

これは

しっかりと

受け止めようって

本当に

素直に想う。





もう

落ち着いた。 …よ。 たぶんね。



『感じる書』アーティスト  こきゅう






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戦わずにはいられない人。


身近に

ものすごく

「戦う人」がいる。




常に相手を見つけては

戦っているのだ。


仕事場を戦場にしている。



それは

男の

ロマン漂いそうな

というか

戦国時代のような

よく言われ

例えられるところの

ちょっとステキな

それではない。




長い間

いつも

いろんな仕事先で

敵を作っては

自分の中だけで

敵意を増幅させてゆく。



時には

それを

いらつく仕草や態度では

表しているようだが


何がどうなのか?

言葉に表さない限り

てんでそれでは

明確に伝わるはずはない。

…わな。


「あー虫の居所悪いんやな。」
「とばっちり受けたくないよな。」
「八つ当たりは御免!」

と思われるだけの

ただ勝手に

めっちゃイライラしてる人。


それが爆発すれば

キレる人。





話を聞けば

そりゃそうだと思うことも

相手に対してのコミュニケーションが

うまくどころか

全く出来ない。



真面目。

それは最大の個性。



が、しかし

表現が苦手を通り越し

気の毒なすぎるくらいで…

いや

わたしにしたら

本人なりの正論をもって

刃を振りかざす

相手に対しても気の毒に思う。



いろいろと

わたしの思い感じるところを

話して来たが

多くの

解り合えないことには

もう手を上げる。


それは

いい意味で。



そんな風には

誰も思えないようなのに

とても

優しい心の持ち主なのに

時折見せる

朗らかな笑顔はステキなのに



一体何が

そうさせてしまうのだろうか?



生きていくうえで

人と人とのコミュニケーションが

如何に大切かなんて

わたしだって

いろいろ感じ生きて来た(生きている)から

解る。




人として

見えてるようで

じつは

目に見えていない

虚像をターゲットにした攻撃が

ボディーブローのようになり

自らに跳ね返ってくる。



気付こうともしないから

自分の

わからないところで

どんどん膨らんで

苦しくなって

それはそれは

とっても辛いと

思う。


わたしだって

すごく

胸がぎゅっと

締めつけられるようで

都度都度

苦しい。



だけども

それに気付くのは

もう

本人次第なんだと。



あれこれ

思って過ごして来たが

このことに関しては

だんだんと

それだけを

思うことにしている。


わたしから発する

言葉を

極力大事に

扱いたいと思う。



何気ない日常は

穏やかに過ごせるように

心がけたいと思う。



こういうことは

決して

綺麗ごとではない。


のも承知の上だ。




だけども…


いつか

本当に

真から

心開ける

そんな時が来たら

呪いの魔法が溶けたように

温かな光に

包まれることだろうと


わたし自身のこと以上に


わたしは

思っている。



こきゅう

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$呼穹ノオト cokyu note-IMAG0422.jpgはて?何冊め??


どうでもいいと言えば

それまでです。



塗ることは

自分のバロメーター。


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わたしの手で。

先日仲良しさんと
映画を観に行くのに
待ち合わせしていて
10数分待たせてしまいました。

彼女はその間に目に付いた!と
スケッチブックを買って
わたしにプレゼントしてくれました。

ちょうど買おうとしていたし
求めようとしていたのと同製品!

めちゃ嬉しくて…
そう伝えると
「いっぱい描いてな!」
って言われて

今日は雨音聴きながら
歩く代わりに?
心の赴くままに
たくさん描きました。

相変わらず
絵心はありませんけど…(苦笑)
それでも感じるままに
塗りました。

贅沢ですが
今日は絵以外にも
余計なことなど考えず
好きなことだけに
集中してみたくなりました。

今最高のリラクゼーション。

雨と友からの
プレゼントを受け取るつもりで。

ありがとう。



(昨日のFB 2013 0902 11:19 のわたし。より)

たくさん=5枚! 描きました。


『感じる書』アーティスト こきゅう

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朝焼けキレイやったー!




『守破離』 (しゅはり…とは?→

…と書いたものを

過日

裏打ち(書いた紙を伸ばし裏に強度を補う別紙を貼る)の加工を

自ら施し

そのまんまになっているのを

片付ける前にじっと見て

考える。


「離」のとき?

いや「破」すら

出来ているのか? などなど…

先日の

師匠の個展でもそう感じたから。

でもまあいろいろと

調べてみると


『離』は

師の「型」から「前進」し、「独自の型」を「創る」段階。


「前進」無ければ 『離』にあらず。

…ははは

そのとおり。(苦笑)


この『守破離』
(あ、作品の方ね)

なかなか出来のいい子なので

フレームに入れて

素敵に仕上げて

あげたいなあ…(遠い目)



と想いながらしまう(苦笑)


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百日紅もそしてこの凌霄花にも、目を楽しませてもらったなー



ま、


プライべートも含め

変化のときでは

あるのですなー


サイクルが変わる

お誕生日を控えた

秋はいつもそんな感じ。



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何かと
キーワード。


「離」のとき。


今日のちいさな一文字。
(FBより)


『感じる書』アーティスト  こきゅう


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うらうららー。



7月にあんとみさんの

ことだま入門講座を受け

先日は大阪に来られていることから

その再受講に伺いましたが

自分の名前のことだまについて

もういちど受講していたみなさんと

復習した形です。

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まあ

それでさっき

あらためて

わたしの名前の

ことだま絵本を眺めていました。


以前も書いたかもしれませんが

わたしが診てもらった

「こきゅう」は

親でも師匠からもらったものではなく

わたしが自ら名付けたもの。

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ここでこの名前のことだまの

意味を知る他に

一番想うところは

子どもの頃からずっと嫌いで

ようやくこの頃はその気もちにも

落ち着いた本名に対して

とても愛おしいと思えるものに

なったということです。


たぶん

作家として

活動する流れとは言え

本名が好きじゃなくて

雅号の呼穹を名乗ることにも

繋がったのだと思うんですよね。


だからこそ

2つの名前を持つわたしは

授かった本名も

大切にしようと。





そして


受け取り下手なわたしが

「うううー」とうめきを

あげ続けることを止め

切れたり

壊してしまったりせぬよう…


名前のことだまを通じて

自分を大事にしてあげようと想った

9月

月曜日

雨の日の午後なのでした。


『感じる書』アーティスト こきゅう

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先月初め

連れて行ってもらった

尾道・向島のママんちと海が

既に恋しい

わたしです。

あんとみさんもほっこりされに行く

場所ですが

わたしにとっても

マイパワースポットに

なってしまいつつあります。

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投稿写真

動のとき。


サッカーのサポーター
やってるときって

普段は真面目で
めんどくさいわたしが
アホになれるとき。


大きな声を
あげたいんやろね。


だって
バイクに乗って
飛ばしながら
メットの中でとか

誰もいいひん
海に向かってとか

高い所からとか

叫びたいって
思うこと
よーあるもん(笑)

それは
すぐには出来ひん。
物理的に。

無茶苦茶なことは言えんけど

応援で声出すことは
よく似た感じかな。


大きい声出すことと
身体を動かすことでの
発散方法は

いくつになっても
わたしには必須。

ほんなら
ずっと
元気で丈夫な

わたしでおらんとね。

こきゅう


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落ち着いて観てみたら。


師匠の個展の最終日

再び会場に足を運んだ。

わたしが訪ねていた間だけでも

たくさんのお客さまが

来られていた。

ここから

旅立っていく多くの作品の内

わたしは

特に2つの作品の前で

じーっと

見つめていた。




墨の黒が

鏡のようにわたしを

映し出す。




”わたし”という

人物を

わたしはじっと注視し

これまでの

わたしについて

振り返っていた。


空調が強くて

耐えられなくなって

墨の中のわたしとの

視線を外す。


電車で帰路に就きながら

駅からは珍しく

車を運転し


わたしは

じっくりと

さまざまな出逢いのシーンを

短くフラッシュバックさせて

想い返していた。


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出逢ってくれて
ありがとう と
メッセージをもらい
「わたしも」と呟く。

そして
昨日は
先生との出逢いがあり
今のわたしがあるのだと
しみじみ思いながら
作品のまえで
しばらくの間佇んでいた。


遠くでまだ蝉が
鳴いている。

じんわりと
心で

これまでの
さまざまな出逢いに
想いをはせる
晩夏。


今日のちいさな一文字。
(今朝のFBより)

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元は同じなんだけど…


『渺』(びょう/水面などが果てしなく続くさま)

という字から連想した

なみなみと水をたたえ

靄掛かる

湖面を想像し

色を塗っていた…

だから

最初は夕やけ空の湖な感じだったけど


途中でなんとなく

上下ひっくり返したら

そのほうが

しっくりきて

少しそこから

描き足して

夜明けの空になった。


ちょっと

視点を変えて逆さにしてみたら

まったく違う風景に。


そんな

感覚での切り替えや

臨機応変さ的なこと

別のことでも

出来ればいいなって

思った真夜中だった。


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2013 0829 1:05 のわたし。

夜明けの絵を
真夜中に描く。

此処では

夜が明けない日なんて

ない。

いつも
気がつけば
まっさらの
朝が用意されている。

わたしにも。
あなたにも。
みんなにも。


明日もまた

日いずる。

(昨夜のFBより)


『感じる書』 アーティスト こきゅう


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