memo/ペットボトル
通り過ぎ、目をやったときには引き抜かれていた。
思わず追った手にも浸透し、どうしたことだろうと考えながら内に寄せる。
そろそろと、確かめるように差し出す。
滴るものを受けとめるのは左手しかない。
受けて、転がして、染みわたらずに抜けていったものが触れると同時にねじりあげる。
飛散した細かい欠片は時間を変えて、音をたてて注ぐ。
傘をそのままに、粒を避けるが、いくつかは浴びてしまう。
思い切って削ぎ落とす。
肌から離れまいとする欠片は、曲線を描いてやっと爪先から軌跡を描く。
指先に戻る雫をひきこみ、かきまぜて、最後のひとつぶを飲み込んでやっと納得する。
大きな車輪が通り過ぎた。
こぼれたものを悪戯でかきまわして、浸す。
並んで座ってみた。
追い越してみた。
どんな気持ち?
取り残されたような?
それとも他のものに馴染むのかしら。
それは大地?雲かな。
だめ、
と蓋をする。
連れてきたから、向かう先だけは知ってる。
みちすじをもどり、また新たな方向の可能性を与える。
するととたんに生きる。
弾けてまたこぼれそうになって…
受けとめる。
なんの気負いもなく迷いもなく、一部であって、けれど私の体温とは違う。
海鳴りがきこえる。
このうえなくしなやかな触肢、誓い
彼女の纏う空気はやわらかで艶めいている。
春一番の太陽にほどけるひなげしみたいに。
やわらかな手触りの服が好きだ。
ぴちぴちしていては嫌だけれどそうじゃなく、程よくからだのラインを優しく和らげるように添い、その延長と重力をからめながら落ちるような布。
なびいたり揺れたりするゆとりや装飾も好き。
風の軽さに似て、そして私の軌跡を留めるほどの重みはある。
踊るときに着る衣裳にはなおさらそれを強く求めていて、昔は分かりもしないのに気に入った布を買っては試行錯誤で衣裳を作っていた(そして生徒さんをいたずらに混乱させた。この布とこの布を縫いあわせたらつっぱっちゃって着れません!)。
彼女のつくる服には私がほしかったラインや空気に対するやわらかさ、色の余韻、がそこにあるように思えて、うれしくなってしまった。
嬉しくて空気になびかせてみたり、くるくる回してみたりして。
*
たいせつにしたいと少しでも思うことは、この怠け癖やだらしなさに負けさせないようにしよう、とこころに誓う。
昔から私を少しずつすこしずつ損なっているのはそのこと自身でもあり、そこから生じる足踏みであるから。
一番苦手なところを、けれど一日ひとすくいずつでかまわないから。
ゴットランド1日目 5/2.mar.
生きた教会はこれしかないのかもしれない、というくらい、教会の廃墟ばかりが目立った。
静かな教会はとても入りづらい。
入り口にひとが立っていて、ブレーメンの教会に入ろうとしたらダメだ、と追い払われたことを思い出した。
あの時も雨が降ってた。
あの時もちょっと風邪をひいたな。
今回の旅はちょっと綻びが多い。
入りづらいけれど、フランダースの犬のネロのように、重たい足で扉をまたぐ。
暗やみにあたたかい灯りがあふれている。
ちいさな町のちいさな教会。
日曜には町中のひとがあつまるのだろう。
しばらく、長椅子に座って天井を眺めた。

子供たちの書いた神様や天使が貼ってある。
私は特別ちゃんと信じたり、知識として知っている宗教はない。
けれど、こんなところに神様はいるんだなぁと、感じることができる。
memo/蒼い森
気付くと緑のかおりがした。
朝の露に濡れた緑と土のかおり。
とんがった葉や丸い葉。産毛の生えた葉、枯れてくしゃりと抵抗なく平らかになる葉。
まだ虫は眠っている。
まだ…?
もしかしたら今眠りに就いたところかもしれない。
呼吸で薄まった霧のむこうに蒼白くひかるものが見えた。
引き寄せようと手をのばすとそれはわたしの手だった。
体温を、思い出した。
腕が重い。
この霧をすべて集めて、率きつれてきてしまったように。
あきらめる。
すると腕は記憶をたよりにまた、霧のなかに潜っていった。
引き抜くけれど記憶を捨てることができない。
けれどその記憶はひそやかでとても踏み込むことはかなわない。
裂かれる寸前で、霧を分ける。
あらわれた肌を確かめる。
空白の螺旋に吸い込まれ、くぐり、消えた軌跡を実感しようとする。
けれどそれは、夢の中の時のように放てない。
重くはない。ただ時間がかわらないだけだ。
繰り返される音に気付く。呼吸にしては早く、鼓動にしては軽い。
耳を、掻き分けるように、またはじめから気付く。
記憶は螺旋のように積み重なってゆくけれどむずがゆいノイズが混ざることを止められない。
これは夢なのかもしれない、と幾度かのクリカエシに呟く。
金のシーツに頭を預けたのはいつのことだっただろう。
memo/映す
霧をかき押しのける。
あらわれた影を確かめ、踏んでみる。
おそれて、飛びのくけれどそこに影があるのか確かでないことに気付き体重を浮かす。
振り返り、ふりかえり、また霧を避ける。
霧が覆わないうちに手で確かめる。
薄く張った水に自分が映っていることに気付く。
指先からひじまで浸し、二の腕でかきまぜる。
体に馴染ませて、天に還るのを想像する。
急に足元を運ばれてしまう。
遠くにとおくに、からだがさまざまなものに映されるように。
うちけすように、両腕の輪でからめとる。
からめとったものを辿り、そのものになり、包まれたまま無意識にスカートに手を伸ばす。
意識を失ってくずおれる。
そして零したものの温度を感じる。
どんどん冷えてゆき、そしてまた霧に取り残される。





