ゴットランド1日目 4/2.mar.
街に入る門のようなところ。
海沿いからずっと風を受けてあるいて、ふと石垣が途切れるとなだらかな丘が右手にひろがった。
霧に包まれてまるで絵みたい。
ぎしぎしからだを動かしながら、とにかく廃墟になった教会を全部みて回ろうと思う。
廃墟のなかには管理人に鍵をもらわないと入れないところもあった。
基本的にはひらかれているのだけれど、開けっ放しというわけにはいかないのだろう。
私が最初に訪れた庭のついた廃墟もそうで、しかしとっても管理人さんのいる街の中心まで戻ることなんか考えられなかった。外から眺めるだけで諦めよう、とぐるぐるしていた。
するとフェンスで囲われた庭の一角の鍵があいていた。
思いがけず静かに。
どのくらい古い教会なんだろう。
分からないけれど、石と樹の根が一体になってしまっていて限りなく静かだった。
ラピュタみたいだ、と思う。
雨が幹を伝い壁にしみ込んでゆく。
庭全体に降り注いでいる雨と土のかおりを覚えてる。
なにげなく、家いえのあいだにぽつんと教会跡がある。
ときどき、観光客に会うことがあった。
私はまるでここに住んでいるかのような顔をしたかったけれどもちろん、雨で濡れてくたくたになった地図を持っていたから無理だった。
とても美しい教会跡。
ここも鍵を借りれば中にはいって透かし彫りをした壁を中からみることができた。
高い壁が光をさえぎって、けれど天井が抜けている。
仕切る壁だけは残り、それをぬって、見上げながら歩くのは楽しいだろうな。
けれどやはり外から眺めるだけにしておいた。
ちょっと覗いたらこんなかんじ。
なにやら工事をしてた。
工事のおじさんたちを見ると、どの国でもほっとしてしまう。
むこうは私がほっとしたことなんてわからないんだろうな。
雪とメリーゴーランド
ふいに、ずっと放っておいたヨーロッパの日記を書きたくなったのはたぶん、週末の雪のせいでもある。
ヤン・ファーブルを見に行った埼玉芸術劇場の大ホールの下、映像がみられるホールとか楽屋口があるとロビーにはガラスで覆われた吹き抜けがある。
空からずっと繋がったその吹き抜けはそこだけが、雪ふる夜を切り取っていた。
音もなく、温度もなく、風もなく。
とじこめられた雪ふる夜は、ほんとうにとじこめられようとしているのはわたしたちなのかもしれないことを思い出させる。
どうしてなのかわからないけれどメリーゴーランドが浮かんだ。
たぶん、ドワノーの撮った、雨の中のメリーゴーランド。
*
というわけで日本にいます。
今年はたぶんずっと、日本です。
ゴットランド1日目 3/2.mar.
街を囲む石垣から海をのぞむ。
『サクリファイス』をどこで撮影したのかは分からないけれど、たぶんこのVisbyあたりではないと思う。森があるのはもっと北側か、それか東の方だから。
けれどこの樹は、あのとき植えた樹みたいだなあ、としばらくこの近くにたたずんでいた。
北から風がびゅうびゅう吹いていた。
この樹によりかかって風をよけながら、ずっと遠くを見ていた。
海は見渡す限りちいさくざわざわしていて、ときどきかすかに船をみかけなかったらもしかしてここは誰からも忘れられちゃったんじゃないかという気がするくらいだった。
風に吹かれてかもめが不安定によろめく。
後ろのおうちのカーテンが開き、おじさんが私を見る。
どうしてこんなに寒いときにきたんだろう、とおじさんはひとしきり私について想像をめぐらしてから、ゆっくりとまたカーテンをひいた。
フェリーから見た海のことを思い出す。
もうあのときのことは北の海のことを考えたり、出会ったりした時に条件反射のように浮かぶことがらになってしまった。
もう、初めてバルト海を見たときほどどきどきはしていない。
あのときわたしは、ほんとうの孤独を知ったんだとおもう。
寂しいとかつらいというだけじゃない、ひとりであるということ。
私のなりたちみたいなものへの静かな理解と、動物的な爆発。
ゴットランド1日目 2/2.mar.
ゴットランドはバイキングとの攻防のあった島。
首都のヴィスビーは石垣に包まれている。
あちこちに崩れた石の壁と、廃墟になった教会がある。
これは、火薬塔。
説明とかよみたかったけどぜえぜえはあはあしてて、あんまり覚えていない。
ここは写真をとりましょうポイントみたいに紹介されていたところ。
ゴットランドは『魔女の宅急便』のあの街のヒントにもなったところ。(クロアチアのズブロクニクもそうみたいなんだけど)
建物はすべて可愛くて、絡む蔦とか枯れた実とか、斜めになった塀とか、ひとつひとつじっくりみたかった。
ちなみにこのポイントはFiskargrandという道。
暗い緑とクリーム色と、濃い茶色と橙色の組み合わせが印象的。
けれど夏にきたらここは小さなバラがたくさん咲いていて、ほんとうに綺麗なんだって。
いつか夏にも来たい。
冬のゴットランドを最初に見ることができてよかったとも思う。
みぞれが降ってきて、ずっとフードをかぶって歩く。
もうだんだん足先が冷たいのとか熱があるのとか、皮膚の感覚が分からなくなってくる。
カフェにも入らずもくもくと。
フードの中には自分の心臓の音と、呼吸の音と、ときどき鼻歌が混じる。
ゴットランド1日目 1/2.mar.
ストックホルムの駅で足が濡れたままインターネットをしたせいだろう、熱が出た。
一緒にいたフェリシアが風邪ぎみだったしちょっとまずいなあ、とは思っていたんだけど、やっぱり。
けれどSanna(カリーナという名前じゃなかった。どうしてそんな間違えをしたかは、のちほど)が車で迎えに来てくれるはず。車なら大丈夫だから…と待っていたけれどなかなか連絡が来ない。
もしかしたらフェリシアが具合悪いのかもしれない…。
朝ごはんには間に合わなかった。
1時半くらいにやっと熱のあるからだを起こして街へ。だって、大変な思い入れがあって、大変な思いをしてやっとゴットランドまで来たんだもの。
海辺をずっと歩く。
ひとがあまりいない。観光客などもちろんいない。昨日のフェリーでもどうしてこんな時期にアジア人がいるんだろう、といろんなひとにじっと見つめられた。
今にも雨が降り出しそうな空。
寂しい風景。
北の海は寂しいし色に乏しいけれど好きだ、と思う。
灰色に、たくさんの白と少しの青、少しの黄色。
からだが痛くてほんとうにゆっくりとしか足を運べない。
1歩が小さくて、景色が全然近づいてこない。
けれどうれしくてずっとどきどきしてる。
















