アマヤドリ -365ページ目

気泡と熱

まだ軽い疲れが残ってる。
高野豆腐みたいにすかすかな部分があって、軽く体が熱い。
でもこのくにゃくにゃの時は多分貴重だ。


職場もバレンタインデーだからか、妙な熱気を帯びている。
上司がたくさん(本当にたくさん)チョコレートを送ってもらっていて、嬉しそう。よかった。

まだ間に合うだろうか、ということをいつまでも考えてそれに時間を費やしている私は馬鹿だ。ようくわかっているのにそのことについ心をすり減らされてしまう。
やりたかったらやるしかない、どんな障害があっても、やりたかたら、諦めたくないのであればやるしかない。
何らかの障害に負けて出来ないというのも自分が選ぶことなのだから。

自分に言い聞かせているのだな、きっと。
いつも友達を励ましたり叱咤する言葉たちは。


舞台

無事に本番を終えることができた。
仲間と一緒に心をあわせること、たくさんの方にみて頂けること、この私の全部を解放できること…すべてが喜びで至福の時だった。

出来は…バレエの方はちょっとはりきりすぎてよろよろしてしまったけれどその憂さ(?)を晴らすかのようにコンテンポラリーでは出し切れたと思う。
光を瞳に吸い込むみたいな瞬間、お客さんの視線を感じるというよりは私が発散してる何かが届く瞬間。

また一緒に踊ろうね、と友達と別れた。
淋しいような、満ち足りたような帰り道でした。

まだ書き足りないけれど…これはあたためてから。

リハ、終わり

ああ、ついに明日は本番。
悔いがないといえば嘘になるけど、もうそういう取り返しのつかないことはクヨクヨしないで走るしかない。
この、優しい気持ちを込めて。


足首くん、頑張ってくれよ。

手を繋いでいって

本当に私は踊ることが好きで、でもそのことをこの1年くらい忘れていた気がする。
どうして忘れていたのか、どこに落としてきてしまったのか、見失ってしまったのは何時なのか。
それはもう分からない。

でも、その気持ちは消えてしまったのではなくて、
明後日の舞台の眠れる森の美女のように、
そのしんとくらい森の中にことことと眠っているだけだった。

とっても静かに眠っていたのに、
起こした途端、それはものすごいおてんばで、
その手のつけられなさが嬉しかった。
枯れて風に吹かれていってしまったのでなくて良かった。舞台に、間に合ってくれてよかった。

うん、私はやっぱり土壇場に強い。


黒い気持ちも、激しすぎるこの感情も、何もかも透明に流して、光の中にちゃんと生まれ変わってくれる。

踊りに出会えて私は最高に幸せだな。

ワタシノ体

いつの頃からか私は自分が取り返しのつかない事故に遇い、両親の気持ちを考えてはその悲劇を恐れるようになった。
その想像はリアルで気分が悪くなるくらいだ。

指がもし取れてしまったら。
私はもう仕方がないっていつかは諦めるだろうけど、親だけはいつまでも責めるのではないかという気がしてならない。
自分を。
そんな事故に遇ってしまったことを。
すべてが少しずつかわってしまうんじゃあないかと思うくらい。

だから私はそんなことがないようにといつも気を付けてきた。


親って、なんてありがたいんだろう。そして少し悲しい。
こんな風に親子という絆で結ばれてきたことが不思議で、幸せで、でもそのためにとても心を痛めたりもする。

幸せである時にこそそれは胸を満たして、こぼれそうになる。

私は元気でいることしかできない。
もう、じゃあじゃあとこぼれ落ちてもそれを満たしてくれるあなたたちと一緒に。