アマヤドリ -20ページ目

memo/塩田千春・記憶、空間

「精神の呼吸」塩田千春
7/1~9/15 @国立国際美術館 (Osaka)

彼女の作品はアートフェアで小さい作品を見たことしかない。
以前見た大きな作品がすごくよかった、という友人のことばがずっとこころのどこかにひっかかっている。
小さいときに読んだ本のことを思い出したからかもしれない。
時間が止まった世界は、植物の蔦だらけだった話。
埋め尽くせばうめつくすほどに停止する時間の感覚。
もしかして実際に見てみたら全然イメージが違うのかもしれないけれど。
…私のイメージはともかくとして、大阪にお住まいの方は是非足を運んで感想を聞かせてください!

塩田千春さんHP
http://www.chiharu-shiota.com/jp/index.html



空間と時間のことで思い出したのだけれど、今日読んだ本の中に
“記憶-ものごとが二度目に起きる空間”
ということが書いてあった。
村上春樹のマッチ棒辞典とか森博嗣のバルタン星人鏡くらいに、自分のなかにあった感覚をぐらりとされる感覚だったのでメモ。

自分がこうだ、と設定した感覚とか慣れた風景や観念のなかに頭のてっぺんまですっぽり包まれているんだなあ。
たぶんまだこのことばのひらめきに惹かれているけれど、乗り越えて理解するのはまだ先のことのような気がする。

お疲れ様ご飯、生きてるいろいろ


今日はリハーサルが終わってからみんなとご飯。
こうやってみんなでわいわい美味しいものを食べて、笑って、って久しぶりのような気がする。
8月中ばに終わった本番後のご飯と末にあった日野先生のところの打ち上げ以来…と考えるとそう昔の話でもないんだけど、それから毎日がとても長かったから。
いいメンバーだなぁと、改めて思う。


今、帰りの電車で赤ちゃんが泣いている。
そしたら遠くにいる他の赤ちゃんも泣きだした。
つられちゃったのかな。
赤ちゃんの泣き声って可愛いなぁ。お母さんはたまらないだろうけど。

ペット事情のニュースを見た。
犬や猫や鳥や、一度家族になった動物を簡単に手放すひとがそうそういるとは信じたくない。
ちゅんを見ていると毎日少しずつ私たちの生活を観察し、自分の意志を伝えるために工夫して感情をあらわすことに驚く。
日々羽根が抜け、新しい羽根がさやにおさまって生えてきて開き、また別のところが抜ける。
胸の白い模様の色が季節によって変わる。
生きているってこういうことなんだ。
積み重なる時間や、季節がすぎてゆくことをこんなふうに気付かせてくれる。
自分になにかをいとおしく想う気持ちや、失いたくないという感情があるのだと思い出させてくれる。

朝テレビで見た日光の初霜。
ひまわりに細かい氷がついている様子はすごくきれいだった。

友人からの電話。
それから9.11の、私なりの記憶。
同じ箱に揺られて帰るひとたちが辿り着く、たくさんのおうち。


生きてることは、数えられない。

夢/殺戮を正す


夢。
※気持ち悪い内容なので、怖い話が苦手なひとは読まないでね


友達のような、知らない人のような男の子2人とその町に行く。
どうやら私はその町で起きてしまった連続殺人事件の犯人の狂ったおばさんを何とかするためにつれてこられたみたい。
知らずに私はその町にわくわくしながら着く。

日本でもどこでもない、よくできた映画のセットのような町。
ドイツから帰ってきているAがいて、その町のカフェのようなお菓子屋さんのようなところに連れて行ってもらって買い物の仕方を教えてもらう。

私は半分は何も知らなくて、半分はこれから起こる恐ろしいことを知っている。
過去の傷痕のような時間に紛れ込まなきゃいけないことを知っている。

突然その時間のなかに引き戻される。
大勢の大人がいるのに、そのおばさんをどうにもできず、みんなばたばたと殺されてゆく。
私は殺されるシーンを見るたびにその時間を逆戻しにして、被害者と自分を置き換え、恐怖と痛みを自分にうつす。
なかなか自分とひととを入れ替える作業がうまくいかなくて、何度も小さく過去に戻っては散弾銃でうたれなきゃいけない。
死ぬほどの痛みではないけれどちくちくと痛くて、それに恐怖はいつも同じだった。

何度も過去をやりなおすたびに少しずつはじまりに戻ってゆく。
どこでおばさんをやっつけられるかを見極めなければいけない。
私の半分は恐くて痛くてもうこんな景色は見たくないのだけれど、あとの半分は機械のようにたんたんと仕事をこなしてゆく。

ある景色で私はおばさんの頭を真上から見ていた。
今しかないんだなあ、とゆっくり考えて、頭のてっぺんにケーキ用の長い錆びたナイフを突き立てる。
乾いて固くなった粘土みたいな手ごたえで刃先が沈んでおばさんは今までと全然ちがう動きをし出す。
何故か耳は聞こえなくて、景色はゆっくりと動く。
私の半分は一刻もこんなことをやめたくて目をふさぎたくて叫んでいるのに、私の手はナイフを抜くと、おばさんが動くのをやめるまで頭のかたちを変えていった。
ケーキみたいな形に切ろうとしていたみたいだった。
おばさんが動くのを止めてあげなきゃいけない、と思った。
今やめたらおばさんはすごく痛いだけだ。

終わってぼろぼろに疲れてた私の様子をその2人の男の人は知っているのか、でもあえて普通に楽しく車に迎えてくれた。
からだぜんたいが濁ったみたいなのに、芯の部分だけはずっと透明に感じやすくなっていて、小さな綿毛みたいだった。



怖い夢だった。
誰かを傷つけてみたいという願望は、今のところ私には全くありません!
信じてね~!!

あおいまちを歩くゆめ


夜がやっと終わって、けれどまだ色のない、青だけに包まれた街を見たい。
それを見逃しているのは毎朝わたしがなまけているからにすぎないのに、まるで遠い憧れみたいに想う。
からだ中が染まってちぎれるくらいまっさおな時間を、何も言わずに歩きたい。
そうしたらなにが膨らんでくるのだろうか。
泣きたくなったり、誰かにその景色のことを話したくなったりするのだろうか。
それともからっぽになるくらいに染め抜かれてしまうだけ?

いま、この部屋のことが理解できないのにどこに出かけていっても同じだ。
けれどこの部屋から出ないとなにも始まらない、というのもほんとう。

長い時間



甘やかしきるしか手立てがなかった。
未来はないって知っていたけれど、
今を失うまいと必死だったから。
優しかったわけでも大人だったわけでもない。
ただ、面倒だと逃げていってしまう背中を見るのが恐かっただけ。


忘れることは簡単じゃない。
だから忘れなくていい、と自分を赦す。
そのかわり、そのぶん、微笑むことを増やせばいい。

さざなみがたったら、目を閉じて、
優しい時間を思い出せばいい。

おもいではそのためにあるんだもの。