細木香以 ⑤
新造から突出しを経て一人立ちするには、客を取るための商売道具や衣服、その他の雑具などを揃える為の費用が掛かった。多くはその妓楼の楼主から金を借りて行われたとの事であるが、とりわけ新造の中でも、楼主より特別に期待された「引込新造(細木香以③参)」の突出しともなれば、多額の費用を要する事になる。大々的に売り込みをするために花魁道中などのお披露目の豪華儀式が行われたからである。但し、引込新造の突出しに限っては、その姉役の花魁が世話をして費用の全額をも負担する役目となって居た。花魁にとって大変名誉な事とされて居たからである。故に妹分へのはなむけとは云え、大金であるため馴染みの客から資金援助を得る事が多かったと云う。<喜多川歌麿の仲の町花蓋図>花魁道中は、京都(京町)から江戸(江戸町)までの東海道中を意味した。華美な衣装を着飾って吉原内の京町から江戸町までの道中を江戸風の外八文字と呼ばれた大腿の内を見せる足さばきを踏んで、約2時間かけて闊歩したと云う。なお内八文字は京都島原遊廓で見られた大腿を見せない歩き方。 その行列の先頭は花籠を持った芸者が立ち(この図は大尽が先頭)、次に振袖を着た新造が入れ替わりながら歩き、それに間を開けて「傘止め」の花魁が禿を両側に付き従えて進む。その後方に番新が、そして最後尾に男衆が控え歩いている。見物客がなだれ込まないように屈強な男衆が青竹で遮断する為である。 さて、前回のブログで眼病を患い弱っていた二代目小稲は、馴染みの客である細木香以をライバルの花魁鳰鳥に寝取られた。そのことは鷗外森林太郎の香以伝のside storyとして小林蹴月著の「喜楽お金」より引いて記した。小稲にとっては、まさしく弱り目に祟り目であった。その後も小稲の病状は一向に快方に向かわず、寂しげなる風情した小稲のもとへ豊花が慌ててやって来る。豊花、「もし花魁、ひょんなことが起こりんした。」小稲、「ひょんな事とは、また何ざます?」豊花、「鳰鳥さんの津藤さんが、今度いよいよ噂の突き出し花魁の尻押し(後援、後ろ立て)をすることになりんしたが、差し当たり突き出しにするような新造の子が無いとやらで、ぜひぜひ、うちの小金を鳰鳥の方へ譲ってくれと、内緒にその話を持ち込んだところの相談。なんぼ何でもあんまり無理なとは思いんしたれど、楼主様は「大金を使って花魁の役物をすると云うのに、子が見当たらないからと言って断るわけにはお客に対してこうもいかぬ」と、楼主様よりたっての御頼み。どうしたものでござんしょう」と。小稲は少し眼を塞ぎたるままにて、じっと思案の体であったが、「あれほどにこっちに鼻明せし上に、子飼いから世話した小金までも横取りして我が全盛を突き出し花魁の妹にしようとは、随分人を踏み付けにした仕方なれど、わたしがもしやこの眼病が治って再び仲の町に八文字踏む暁には、新造を二人突き出そうと三人突き出そうと、その時に子に差支えはさせぬという楼主親方様からの保証があったのなら、ここは立派にうちの小金を鳰鳥の花魁に譲っておやり。楼主の無理を通して置かねば、こっちの無理も通すことも出来ませぬ。まあまあ何事も楼主のためと思うて断念した方がよい。」と潔白とした思い切り方を云った。 一方本人の小金はと云うと、まだ13歳の子供心にも、親の仇と同じように思い至って鳰鳥太夫の妹分となることに、命にも代えがたきほど辛く悲しく、豊花がたもとにすがり、小稲が枕元に泣き伏したと云う。 その後、鳰鳥の津藤が尻押しで小金を突出し花魁をすることになり、津藤が楼主に所望し承諾を得て鳰鳥の妹分の引込新造となる事となった。この突出しを潮に、姉分の鳰鳥は端唄(はうた)の「香に迷う」の歌詞に因んで香以に迷う花鳥と名を変え、鳰鳥の名を小金に譲った。こうして二代目鳰鳥が出来上がった。