宿屋のおやじ日記 -79ページ目

354. 昨夜の ホタル御案内

夕方から夜にかけて 小雨になり 時々は 止んでいたから 御挨拶に行った

お部屋では 「 運が良ければですが 何匹かのホタルが 御鑑賞いただける

かも。 」とお話ししてきたのだけれど 何となく 夜中から 今朝の空の状態

では 一匹も飛んでいなかったのでは・・・・という雰囲気にて まだ 昨夜の

様子を聞いておりません。


僕は 少し離れた場所にいたものですから、また状況が判明し次第 報告した

します。


それにしても かなりの雨量だった様で、 ホタルが成長して飛び立つ時に

必要な 背の高い草木のカタマリが 四分の一程度なぎ倒されている様な

川の景色になっています。ただ 大きな台風が二つ三つきても流される事の

ない彼らの育ち方からして 心配はしておりません。 


今 聞きましたら 十匹程度は飛んでいたとの事で とりあえずは ホッと

しました。 やっぱり 当館のホテル前のグループのピークは過ぎたようです。


ホタルの皆さん 今年も多くの皆さんの為に 輝いていただいて ありがとう

ございました。来年の 皆さんのお子さん達の誕生を楽しみにしています。


さりとて 渋木 ホタル橋方面の集団は まだまだ 数百から 千以上は

元気なようですんで こちらは 天気がよくなれば 飛び始めるはずです。


こちらはこちらで どうぞ お楽しみを。   宿屋の おやじ でした。

353. 雨中の間隙ぬって ホタルバス

昨日は何ともにぎやかな 雨の一日でした。


昨夜は 団体様のご到着が遅くて ホタルバスの出発の定刻の時には 宴会

の真っ最中。まさか中止して頂くわけにはまいりませんので 小間のお客様で

御希望の方のみにて 出発いたしました。


雨が降り続いていたのですが ご到着時のお客様にも 「 もしかして止む事が

あれば出発します。ただし 飛んでいる数は 保証できません 」という御案内を

しておりました。 ほんの少し小雨になったので 弟である専務が お部屋に

連絡しまして、おひとりづつ 傘を持参で車に乗り込んで頂きましたが 意外や

意外随分飛んでいたようで 喜んでお帰りになりました。


少しピークも過ぎて 数も減少傾向にあるようですが まだまだ 一週間や

十日は大丈夫だろう、という風情の様でした。


ホタルの飛ぶ速さと 桜が散る速度 ボタン雪の落ちるスピード が ほぼ

秒速一メートルで大体一緒。 この国の民は この速さを愛でる民族の

様で・・・。と、あるフォーク歌手が 東北の いや 東海だったか やはり 

ホタルの郷の高校生に聞いたという話をされていた。


毎年この時期になると 一つのシーズンを終えなければならないという自然の

働きに なすすべもなく ただ 見守るしかない自分に 時の流れの厳しさを

感じています。


朝 玄関のドアに 張り付いて ボンヤリ光をだしている 二三匹のホタルや

力尽きて玄関前のコンクリートの上で 仰向けになっている ヤッパリ数匹の

ホタルを見たら 張り付く力の残っている方には「 今年もありがとな。 いい

嫁さんはいたか。それと、子孫の確保は出来たかよ。」と話しかけ 仰向けの

彼らには 無駄だとわかっていながら 台所から 水をグラスに入れてきて 

ゆっくりかけてやる。 


中にはまだ動いているホタルにちょっかいを出しているアリがいたりするから

それを逃がす目的もある。 死に水ではないが 彼らにとっては迷惑かも

しれんなぁ・・・。と申し訳なく思いつつ、社での仕事が片付いて お昼前に

帰ってくると 何匹かは うつぶせ になって絶命している。


五十を過ぎて お葬式に出る機会も増えてくると このうつ伏せの姿に

しょうもなく 胸のつまる思いが増えて来たようで、 これも子供達が元気に

成長しているありがたい現実と 平行しているのかもなぁ、とも思いつつ。


とにもかくにも まだまだ元気なホタルたちよ、なるたけ早く 元気なお嫁さん

を見つけて 残り少ない、一時を楽しませておくれ。


                       宿屋の おやじ でした。  

352. 各種企画

今は連日 ホタルバスが元気に回転しておりますが、それが終わってからの

何かの企画をと考えました。


七月一日から月末まで 今度は 平日限定ながら 棚田百選に選ばれた

油谷東後畑の棚田の夕陽御案内プランを実施いたします。


ロビーを6時30分に出まして 千畳敷 と 油谷に行きまして 素敵な夕陽を

鑑賞して頂きます。盆の季節で7時20分頃が日没だそうですから その頃に

そちらを出て 20時前にホテル到着。 


ルーム係さんや 調理部を遅くまで待たせることにも限界がありますので

お食事処で 20時にご夕食開始とさせて頂きます。


それからまた あれこれ考えた企画も随時 御案内予定です。


どうぞ お楽しみに。


水津家のいわれでは 初代 吉兵衛・きちべえ が 造り酒屋をスタート

させて 七代目の 百合吉・ゆりきち が 天保二年に その造り酒屋を 

宿屋に 組織替えしたと言われております。


長門市史には この天保の年には 瀬戸崎 今の仙崎で お米屋さんが二軒

焼き討ちになっているようで お酒を造ろうにも お米が入手できなかったのかと

想像しております。


父の代から 何周年記念なんて催しを していないので 改めて 立ち上げる

のに 突然に「 177周年企画 」なんてのも妙ですが なんらかに引っ掛けて

考えます。


随時 ホームページに掲載していきますので あわせて お楽しみに。


つい思いつくままの 宿屋のおやじ でした。

351. 何故か 三時前に目が覚めて

ふと目が覚めたら 二時五十分。


ごそごそしていたら 妻も目覚めて 二言三言、今 彼女は 再おやすみ。


僕は 心落ち着く本に向かって サラサラ読み始めていたら ちょうど三時頃

から雨が降り始めました。


我が家に嫁いでくれて もう 四半世紀。幸せ、という定義は いろいろあって

一概には 言えないと思いつつ、よくついてきてもらったものだと ただ 感謝

感謝の 宿屋のおやじ なのでした。


母と妻とに挟まれて あーだ コーダという事態には一度もなった事がないし

元気な子供を三人も生んでくれて とにもかくにも ありがとうございます。


日々の 宿屋のおやじ の妻としての仕事は やれ ルーム係りの誰とかさんと

何ちゃんが 口げんか。とか 忙しい当日になって あのう 体調が・・・、と

電話が入って その善後策などなど。


なんの因果で・・・・と思ったことも 一度や二度ではないであろうなぁ、と

ひたすら ひたすら ありがとう。


こんなことを書く必要もないし、別に僕の気持ちの アリバイとして 書いて

いるのではないつもりだけれど 自分の周りがドタバタしている昼間には

書けないよなぁ と 心を静かに 素直にさせてくれた梅雨の雨に感謝しつつ、

一筆啓上。


なかなか時代が厳しくて ゆっくりさせてあげる という意味での しあわせ 

からは まだ遠い気もしますが これからも どうぞ よろしく。


4時40分 発

350. 今がピーク( ?? )の ホタル鑑賞

昨夜 ホタルバスから いつものように 元気ハツラツで降りてきた 木曽君が

「 ホタルも 増える時期は過ぎたようで 後 一週間か 十日くらいでしょうか。」

と ボソリ。 


ワイワイと笑われながら それぞれのお部屋や 我が宿の一階から観られる

ホタルスポットに行かれる皆様をお送りした後の一言で、それは 何か楽しい

行事が終了する時の いつもの共通した とてもとても 残念そうな響きでした。


数日前に 妻と 23時頃という すでに渋滞時間を過ぎた 渋木のホタル橋

付近の鑑賞地区にいってみました。 すでに 三千とも五千とも言われるホタル

達は ほとんどが お休みのようでしたが それでも 数百の ホタルは飛んで

いて、ほんの数年前 愛する三人の子供達と 手をつないで 歓声を上げ

ながら歩いた事を思い出したりしました。


ロビーで 木曽君が かなりのホタルが 高く飛び始めたんで 彼らもそろそろ

寿命ですね、と教えてくれて 元気なホタルが高く飛んでいるのだと 思って

いた僕はビックリ。 流石 さすが  彼は ホタル博士なのでした。


どうぞ まだ 御鑑賞されていない方が おられましたら 是非にどうぞ、

どうぞ。

深夜の鑑賞も 素敵ですよ・・・・と、一言 添えて・・・・。

      

            湯本温泉、       宿屋の おやじ でした。

349. 梅雨らしい雨

山口県が入梅してから ここ長門市では たぶん初めての 梅雨らしい雨が

昨夜半から降り始めました。


小さい頃から季節の移り変わる変化への感覚が鈍い子供であった事は 

所々に書いています。が そんな子供でも こんなに静かにシトシトと降る雨に

対しては、はやり 通学途中に感じていた 田植えがすんで 暑くなる前の

うっとうしい 一時期の事であるくらいの記憶はあります。


小学校の低学年の頃、僕が登校途中に 十数メートル先で玄関からでてきた

転校してきたばかりで強いて親しくもなかった同級生と 一緒に傘をさして

歩いて登校した事がある。


下校中の道草は いつものことではあったけれど 大抵の朝には 近所の友達

と登校時間が一緒になり 二列になったり 三列になったり 歩道もない

カマボコ道路なのに よく事故が おこらなかったものだと 感心するけれど 

この日だけは ずっとこの友達の背中を見ながら ほぼ等間隔を保って片道

三十分ほどの道を歩き続けた。雨のせいで 彼も振り返ることはなかった。


そのうち教室で いつものように僕から話しかけて 仲のいい友達になった

けれど まもなくの事 お父さんが旅館の調理師であった彼は どこかの学校に

転校してしまった。


たいてい こちらから話しかける僕ではあったけれど この日だけは 何故か

黙々と歩き続けた。


一つには 彼が自分の家の玄関を出るときに 奥のほうから「 いって

らっしゃい 」という 多分彼のお母さんの声が聞こえてきて なんとなく

( へー みんなこんな風に送られているのかなぁ )と 少々うらやましく感じた

せいでもあった。


勿論僕も毎朝 帳場( 今の フロント 兼 キャッシャー 兼 倉庫 兼 奥には

家族の居住空間 みたいな場所 )で 必ず両親への挨拶は 欠かしたことは

ないけれど 家のドアをガラガラとあけて 外に出たと同時に 声を掛けられる

事はなかったから なんとなく そのことに うらやましい という感情を持った

せいでもあった。


なんとも つまらない というか わざわざ ここで書くこともない 十才前の

子供の ある日のただの思い出なのだけれど 今日のような雨に合うと いつも

思い出すシーンのひとつを持った 宿屋のおやじ なのでした。

348. おとずれ花壇の植栽

昨日 おとずれ花壇 という 湯本温泉のパイパス道路の左右通路側に出来て

いる花壇の植栽を実施いたしました。


地域から 各花壇の 担当組織の責任者と言いますか ひとつひとつの花壇に

その受け持ちが分けられていて、 植栽後に お水を与えたり 草取りをしな

ければならないのだけれど 最初の植え込みだけは 全員でと言う取り決めで

スタートしてからもう五、六年になります。


冬場には それなりに御花も長生きしてくれて お客様にも喜んでいただけるの

ですが 夏に向かってのこの催しは いくら水を与えてもなかなか 生命維持が

大変で毎年 大きなプレッシャーになっています。


だいたい わが宿の担当は 会長である 母が 水遣りの係なのだけれど 

毎朝 毎夕 ある日には 大汗をかきながら 一応 本人も楽し( んでいる

振りをしながら )みながら ホースを持っていてくれてます。


注意深く鑑賞してくださっている方からは 枕水さんところのが 一番長生き

ですね、などという嬉しい報告も時々頂いています。これがまた 母の 張り

切りの元になったり プレッシャーにもなったりしているのですが・・・・。


いつか湯本温泉においでの時には 道路の左右にある花壇を見ていただいて

あぁ これがアノ・・・なんて ご覧になって下さいませ。

347. 一昨日の 大寧寺のホタル

「 そういえば 子供たちが皆 まだ小さい頃 時々行っていた 大寧寺のホタル

は元気なのかなぁ 」 突然に妻が話しかけてきてくれまして 久方ぶりに 

俵山に続く 県道を走らせました。


同級生で 萩焼の窯を開いている 金本君の 磐石窯の辺りまで行きまして

ユーターンしてまいりました。


いました、いました。こちらは 灯りがまったくないので のびのびと元気に飛び

回っておりました。 ところどころで車を停めて 大寧寺川を覗き込みましたが

どこの場所にもかなりの数で 正直びっくりしました。


この金本君 湯本全体の企画にもアレコレと協力してくれていて  中でも 

萩焼の体験案内で 手びねり や ろくろを使っての作品作りなどは大変好評で

心から感謝しているのだけれど 残念ながら まだ独身。


当然のこと、カクテルスナック ロペのマスターとも同級で もう随分前の事に

なるけれど 雪が降った寒い冬の日の朝や ロペでかなり飲んで帰った彼が 

元気に過ごしているか 時々 自宅を訪問しているという話を聞いて感心した

事がある。


たいてい 寝ていることが多いらしいけれど 初めて乗り込んだ 夏の暑い日の

朝には イビキもかかずに仰向けで寝ている姿に 少々ドキッとして しばらく

彼のお腹を見たという。しばらくして ゆっくり上下運動を始めたのを確認して

安心して帰ったらしいけれど 何分間か 何秒か 少し慌てた・・・・と、未だに

リンダマスターに冷やかされる 萩焼の作家先生なのでした。


思わぬ 横道。しつれい 失礼。     宿屋のおやじ でした。

346. 名物フロント 木曽君のアナウンス健在です

平日にも関わらず 昨夜も 木曽君がホタルバス内での案内の為に出社して

くれまして、これまた 大好評で お帰りになられた時には お客様皆様 

ワハハ わははの大笑い。


どうやら ホタルの 恋愛やその後のカラミなんかを 面白おかしくお話している

ようで 彼もバスから降りた時には かなりボルテージが上がっているのがよく

分かる表情になっています。


前にも書きましたが 数年前に試聴の為に 常務である妻と 一緒に乗ろうと

したら 僕達がいたら どうも気が散りそうで・・・と ヤンワリ拒否されて 

そのまま聞かずじまいです。


今度は覆面でもして浴衣で乗ってみましょうか。


雨の無いままに 梅雨入りして 今日も曇り空のまま。何となく降りそうにも無い

湯本温泉です。

345. 朝の 日経裏面

ますます 日経の最終面 「 望郷の道 」がおもしろくなってきました。

回数を見てみれば 早くも 300回。何回か書いたけれども あの 失楽園 の

頃とは違った ワクワク感です。


丁度 数日前から始まった 元 阪神タイガースの吉田監督の 回想録も 

それなりに面白く読んでいます。


部数でどれだけの発行をされているのか不案内ですが 自分の書き物が多くの

方の目に触れるというのも 楽しいものなのだろうなぁ、と勝手に想像しながら、

このブログに取り組んでいる 宿屋のおやじ です。


数日前に お客様のお部屋で ほんの数分間ですが 「 浅田次郎の 地下鉄・

メトロ・に乗って 」のテレビの映画を観る機会がありました。


同級生に薦められて 浅田氏の本を読み始めたのだけれど よくこんな発想が

できるものだと いろいろな筋書きにまったく感心しっぱなし。


本を読んで 映像化されたものを観ると ほとんどが ゲンナリすることが多い

のだけれど この氏のシリーズものの映像には 大体 僕にとっては 満足

できている。


見合いの後の 「 それでは お二人で いってらっしゃい 」ののち、車内で 

妻から 好きな映画を聞かれて 「 トラさんシリーズ 」と回答して 目を

白黒させていた彼女は、いまだ この系列が お好きではないようで 

残念至極。 一方で 当時 彼女が 好きだった スターウォーズ関連は 

彼女の影響で それなりに楽しめるように わが方は変化しているのだけれど

・・・。


あははは。  では 又。