転職を考えるようになって1年、

自分が何をしたいのかを自問してもわからない日々が続いていた。

 

一人で考えていても埒が明かず、あるNPO法人が行っている自己啓発的なものに参加することにした。

 

そこで「自分が何のために働くのか?≒どんな人生を歩みたいか?」という問いに対して、「○○〇〇たい」を20個だすことをした。

それらのグループ分けをして、最終的に1つにまとめるのだ。

 

私の20の答えは大きく4つにわけられた

①安定・生活水準は変えたくない

②人に必要とされ、自分の居場所を確立したい

③成長していろんなことができるようになりたい

④楽しいながら一つ一つクリアしていきたい

 

この4つを1つにまとめると

「自分の生活や人間関係の不安やストレスをなくした上で、楽しみながら挑戦を繰り返し自分なりの大きな人間になりたい」

 

これが私の頭の中で人生でこの先目指していきたいものだそうだ。

 

となると現状、長年働くことである程度の人間関係の問題や居場所はクリアされているし、

自由な会社でやり方次第で挑戦もし甲斐がある状態で、あえて転職をする必要はあるのだろうかと考えるに至る。

これば、どこで働くかは問題ではないように思える。

 

「大きな人間」がざっくりすぎるのが自分らしくもあるのだが、

今度は自分が何をできるようになりたいのかを明確化させることで、道はまた開かれるのかもしれない。

 

自分らしく生きることと、自分探しをすることとは実は全然違う

 

自分らしく生きるために自分探しをするように思えるのだが、

自分探しをしないで、自分らしく生きれている人もいれば、

自分探しの途中で、自分らしく生きることが分かる人もいる

 

しかし、自分探しの延長線上に自分らしさがあるわけではない。

自分探しの途中で気づくのだ。

自分探しをしてもさほど意味がないことに。

 

自分は探しても見つからない。

 

自分が心底楽しいと思えることをためらわずにしていくことが、

結局自分らしく生きることに繋がるのだと、2年ほど自分探しをしてやっとわかってきた。

女らしさってなに?

 

ファッション、美容、メイク、ネイル、etc.

 

誰のため? 自分のため

 

好きな自分でいるために

 

好きな自分ってなんだろう?

 

あこがれの凛とした誰か

 

それは世間の中にある

 

だったらそれは押し付けられているものなのかな

 

自分ってある意味自分じゃないような

 

そんな感覚に押しつぶされそう

 

自分のすべての行為の、発端が見えない

 

自分のためだと思っているけど、それって本当?

 

 

 

 

誰かが言ってた、自己満でいいんだって

 

ただただ、やりたいことをしよう

 

由来なんてどうでもいいのかもしれない

人は自らの利益を最大化するように行動する。
というのは経済学の常識だそうだ。

ある程度までいくと、引き続きそれを最大化するために、関係各位が均衡点を探りあい、身動きがとれなくなるという。(ナッシュ均衡)


それは国を動かす政府もそうだ。
例えば、出来るだけ多くの資金を自国に誘致するために、法人税や労働基準の引き下げを競い合い、大企業への課税を減らす。
また一部の人に指示の高い”破綻に向かっている事業”に立て直しの大量の予算を組み、国民の税収の使い道を決める。
そうやって利益を最大化できる関係者と共に只今均衡真最中だ。

急速な高齢化の中社会保障の需要が高まり財政が非常に厳しい状態なのは周知の事実。
それでも利益を最大化できる均衡を続けた結果、国民への皺寄せとなり、負担が増え、格差を拡大、社会が疲弊している。
社会が爆発でもしない限り、その均衡は解けないのだろうか。


過去社会が爆発した歴史がある。
フランス革命時代の社会を見てみる。

当時は第一身分(聖職者)、第二身分(貴族)、第三身分(平民)とわかれていて、第一、第二身分は、税金を納める必要がなかった。
ルイ16世のころ、それまで領土拡大のため戦争にあけくれた国の財政は破綻寸前。それでも第一、第二身分の贅沢三昧は続き、平民が納税や飢えに苦しんでいた。
明らかにアンバランスな社会で、少し考えればいつか破綻するのは目に見えている。
現状を打破しようと幾度と財政改革を試みる人間も少なからず存在したが、第一、第二身分の激しい抵抗にあい、結局のところ政府は何も変えることができず、市民革命にまで発展していった。


歴史は繰り返されるのか。
先を見れば答えは簡単なのに、止められない。
既に一生困らないほどの利益を蓄えていたとしても、今もらえるものがもらえなくなるのは惜しい。
これは人間の性だろうか。


客観的に見れば、合理的にものごとを判断できなくなっているように思える。

利益元を持ちすぎると自由でなくなる。のか。

その呪縛から解き放たれて、何も恐れることがなく個々が自由に発言・行動ができるとしたら、自らの経験や知性をもって、彼らは一体何をするだろうか。



突然だが、今は”自己責任”の時代だ。
80年-90年代、大きな政府から小さな政府を促す新自由主義政策が世界的に進められ、新しい時代に突入した結果、いろんなことを自分で選択できる反面、リスクも伴う時代に入った。

インターネットの普及やグローバリゼーションに伴い、ものやサービスの選択肢が格段に増えたこともあげられるが、自己責任の社会が”個人化”を生んだという見方がある。

"「個人化」とは、職業やライフスタイルや人間関係や消費などのあらゆることが、社会の規範や規制といった枠組みによらずに、個人の選択の対象になってきたことを意味する。"(http://d.hatena.ne.jp/araiken/20130106/1357487712 一部抜粋)

親、伝統、社会規範という枠組みから離れて、自分がある程度自由に選択する(リスクは自分)感覚が生まれた

そこで陥るのが、何が良いかがわからない問題だ。
情報が多すぎる時代、意見があれば反対意見がかならずある。

余談だが、朝にりんごがダイエットに良いといえば、身体に悪いという医者が出現し、
今度はバナナかと思えば、糖質だから朝からフルーツは避けたが良いという。


ダイエット法は置いておいたとして、
その中でも自分に選択肢が課せられたわけだから、決断できる何かが必要だ。

そこで、「自分らしさ」がカギとなる。
自分に合う選択をするには、「自分らしさ」を知っている必要がある。

先進国の若者は「自分らしさ」を求めて自分探しに夢中になっている。
現に本屋に行くと、自分探しにまつわる本が、ビジネス書、自己啓発本、哲学書、ファッション誌に至るまで棚を占拠している。


「自分らしさ」を追及している人間は、社会から自由でいることを求めるだろう。

自由を奪われる、止まらない”無限の利益”は不人気になるのではないだろうか。

自由のために大量のお金を求める人もいるが、それは結局のところお金から自由にはなれないのではないだろうか。

「自分らしさ」を優先に考えると、違った景色が見えてくる。

「人は自らの利益を最大化するように行動する」
それはどんな時代になっても変わらない人間の性に思える。

しかし、「自分らしさという利益」は、人それぞれ形や大きさが違うはず。
そしてそれは、考え方一つで一瞬にして満たされる場合がある。


それは一つの希望でもあるかな。
自分の心に正直に生きたい。
とは言っても、やっぱり一般的な常識(と勝手に思っているもの)にとらわれることがある。

31歳独女として”一般的”でいれているか。
「結婚」「出産」という一般的な人生のイベントがふと頭をよぎる。
自分の休日の過ごし方と、同世代のSNS投稿と比較する。

人間は結局一人なんだ。
結婚、出産なんてしない人もたくさんいる。
タモリは友達なんていらないって言った。
なんて言い聞かせる。

でも時に、一般的な”遊び”(e.g. 飲み会、BBQ、旅行、海水浴、山登り、コンサート、クラブ?、女子会、etc...)を心の底から楽しめて、たくさんの人間と笑い合い時間を共有している人たちを見て、それが幸せを感じる瞬間なんだろうと想像する。

そして、自分とのギャップに迷う。
私はその幸せを感じることはしばらくないだろう。と思う。
このままで良いんだろうか。世間の幸せの定義から確実にずれている自分がいる。


しかし、以前より輝いている自分がいるのは確かだ。
これでよいはずだ。

自分が楽しくいられる時間を大切にしていくこと。
たまには人恋しくなることもある。人間であれば当然だ。
けれども別にムリな友達付き合いは必要ない。
上手い交わし方を見つけてひとつひとつ乗り越えていくだけだ。

人生を道に例えるならば、とにかくまっすぐに進んでいくことだ。
向かい風が強くてなかなか進まない日もあるだろう。
強い雨にふられたり、濃い霧で前が見えない日もあるだろう。
「あちらの方が楽ちんだ」と甘い声に心が揺らぐ日もあるだろう。
「みんなあっちに行ったみたい」と噂に聞き不安に思う日もあるだろう。

どんなことがあっても、心に正直に道を選択すること。それが私の道となる。
人はある意味関係ない。
幸せそうな集団に見えても、意外とみんな冷徹にそれぞれの道に忠実に進んでいるものだ。

人の道を歩む意味はない。
もし知らず知らず人の道を歩いていたと気づいたら、また自分の道の元の位置に戻れば良い。

休日の午後、特に終日予定もなく、勉強するわけでもなく、カフェで物思いにふける。
人にとっては全く寂しい過ごし方に見えるかもしれない。
でもそれは必要な時間だった。
それがまた次に進む糧になるのだから。


なんて思ってしまうのは、月経最終日だからだろう。
出会いは3ヶ月前。
間もなくお互い一定の距離を保ちながら出方を見つつもけん制し合う関係になる。(この時点で実はおかしい)

頻繁に会うようになるが、付き合うという話は出なかった。
当初私はその関係に心地良さを抱いていた。
しかしそんな関係は長くは続かないことはわかっていた。
気持ちのバランスを取るのが難しくなっていった。
ある日、別の女性とデートをしていたことを知った。
普通のことのように悪気なくあっけらかんと話す相手がいた。(内はどうかはわからないが)
この人とは何も生まれない。改めて悟った。

このまま曖昧な都合だけがいい関係を続けても、心の健康状態に悪影響が出てくるだけだ。
好きになりかけていたのか。いや、ただの女の意地か。

あとどう転ぶかはあなた次第。それを日を改めて伝えた。
すると初めて電話をかけてきた。
何も生まれない関係というところには納得はしていない雰囲気は醸し出したが、
概ね私を説得する気はなさそうだ。
初めて心が通じ合えた感覚はあったが、それだけだ。

社会人3年目にも関わらず、仕事に身が入らない自分への苛立ちがずっとあると告白される。
口だけで行動に移せないことも自覚はあるがただそれも口だけだ。現時点ダメ男認定だ。
モチベーションがあがらない変われない自分への葛藤。
その愚痴を私に聞いてほしかったと言う。典型的な年上女に求めることである。

正直のところ、最後まで期待はしていたが、具体的な話は出なかった。
少々悲しいが仕方がない。お互い意思疎通はできた。

思いはつかの間、1週間も経たない頃酒気帯び電話をしてきた。
土産を渡したい。すぐに帰るから。
受け入れることをいいことに、欲望のままズカズカ入ってくる卑怯な奴。
心入れ替えたのかと又もや期待したが、翌朝デリカシーのないことを言ってくる。
真面目に誠実に考えていない。
この関係においては、己のことしか考えられない人間だと理解した。
目の前で粛々と静かに怒りを表現した。最低だ。バカにされている気分だと伝えた。

すると・・・泣いた。メソメソ泣いた。

涙の所以を推測すると、今までの自分を振り返っての涙。
変わらない自分への悔し涙。
従ってただ自分のためだけの涙。

笑い話だ。
私はなんてバカなんだろうか。ようやくわかった。

自分のことしか考えれない、誠実さに欠けているナルシスト人間は避けるべし。
どんなに魅力的に見えていようと、そこはブレてはいけないのだ。

no excuse
肝に銘じておこう。

そして知って間もない男と中途半端な関係で尻つぼみになるのはこれで3回目。
三度目の失敗。
四度目はないことを祈る。
「2014年」
結論から言うと、私にとっては変化の年だった。
26歳頃から陥っていた負のスパイラルから抜け出せた年だったと思う。

昔のブログを見ていても特に思うのが、
・自分への自信のなさ
・他人の評価や目への執拗な固執
・ポジティブ/ネガティブの変動の激しさ

上記葛藤をテーマにした文章が定期的に顔をだす。

あることがきっかけで長年薄くかかっていた心の靄が、一瞬で吹き飛んだ。

それは「自分が好きなことを優先する」こと。
こんな単純なことに気づくまでずいぶん時間がかかった。

事の発端を考えると、2014年早々から付き合うことになった彼氏にもあったと思う。
出会って2回目の初デートで「結婚を前提に付き合ってほしい」と言われ、そのドラマチックな展開に舞い上がり付き合うことにした。

私の直感は正しく、4歳年下のその彼はとても真面目でいい子だった。
ただ、お互いを知らずに始まった関係は、当然長くは続かなかった。

反省すべき点はただ一つ。
私の全てを彼にゆだねてしまったから。
彼の熱意を100%信頼し、彼の思いに甘え舵取りを押し付け、結局自分を彼に委託した。

そうしたことにより、自業自得だが、彼に幻滅されるのを恐れ、自分の思う彼の理想の彼女像を演じ、思うように意思疎通ができなくなり支離滅裂になった。
まぁ合わなかったといえばそれまでで、そこを改善していたら良かったかと言えば、結果は同じだったと思う。まず始まりがおかしかったのだから。

ただ、もう少しマシな意義のある人間関係を作れたと後悔はする。
彼に言わせれば、生活の(生きる)リズムが違う。という結論だった。
そう見えさせてしまったのは、上記の通り、私の軸がブレブレだったことが原因なのは言うまでもない。
基本の大切さを再確認させてくれたのが、彼の存在だった。

加えて「自分の世界観」というものを綺麗に持っている人だった。
周りを気にせず、焦らず、自分のペースで、静かに、着実に、前進している姿だった。
小さな頃から本を自分の師とし、様々な分野の本を読んでいた。
恥かしながら、単純にかっこいい、自分もこうなりたい。と思った。

彼との別れと彼のその姿が、不思議と私を次の段階へと背中をポンっと押してくれた感覚がある。


「三十路の恋も終わったし、自分の好きなことをしよう」


何が自分の心を動かすのかを考えた。

ドキドキ・ワクワクするような刺激
ワナワナし涙が出るほどの悔しさや悲しみ
ジーンと胸に響く感動

ここ数年それら全てを感じてきた共通することがある。
日本の問題に直面した時だ。

地震・原発・基地・格差・政治・経済・人口
問題は山積みだ。

私の日本の権力者への嫌悪感は相当なものだ。
無意識のうちに感情が出てくる。ある意味洗脳に近い。
特に東北震災後の日本には何度も涙を流させられた。

今までは周りの目を気にして、この感覚の追求に入ることを避けていた。
同世代のデリケートな日本男児たちを引かせる勇気がなかった。
別の言い方をすれば、マジョリティの男性を恋愛対象と見れなくなることを避けていた。
これに身を投じれば、一生抜け出せなくなることをなんとなく分かっていたからかもしれない。
それは「結婚」を確実に遠のかせることに繋がる。

三十路の恋愛も上手く行かず、諦めがついたのかもしれない。
世間の目から解放された瞬間。30歳と4ヶ月目の春だった。(2014年9月)


小沢一郎、中村てつじ、平智之、川内博史、堀茂樹、岩本沙弓、小野昌弘、住友陽文、八木哲代

自分の心が興味を抱く有識者の講演会・勉強会に足を運ぶようにした。
楽しくて仕方がなかった。
新しいことを知る喜び。高い知性に触れる刺激。
月に何度も京都や奈良まで1時間近くかけて行くことが全く苦痛ではなかった。

共通の思いを持つたくさんの人々に出会うことができた。
自分と似た価値観の人たちと話すことの楽しさを、何年かぶりに思い出した。
尊敬できるたくさんの大人たちと同じ空間に居れる幸運に興奮した。
もう戻れない。

2014年の年の瀬に、さらなる幸運に出会う。
ある元議員のイベントで、鳩山元首相のアテンド役を与えられた。
京都駅までお迎えに上がり、乗客定員4名の中型タクシーに同乗し、腕と腕がくっつくほど密接した。大緊張だ。

真実がどうかは知る由もないが、おそらく日本史上残る偉大な元首相と、目を合わせて言葉を交わし、握手までさせて頂いた。
私人生史上残る大事件だ。

時同じくして、安倍首相の"大義なき解散"による衆議院総選挙が起こり、必然的にその元議員の選挙のお手伝いを、先約があり初日と最終日だけのたった2日間だったが、させて頂いた。

最終日には選挙カーに乗せてもらえた。
「○○です。無所属で出馬する○○です。明日、どうぞよろしくお願いします」
このシンプルな言葉を、朝8時から夜8時まで12時間叫び続けた。
ホットコーヒー1つにウィダーインゼリー2つと体中に貼った8つのカイロと共に、京都の極寒の中窓からの風を浴び続けた。

市民の人々の反応に感動する。
はっきりと手を振ってくれる人。
小さく会釈だけしてくれる人。
わざわざ近寄ってきて声をかける人。
マイクからの声を聞いて、店から飛び出してくる人。

「あんたしかおらへん」
「もう期日前投票行ってきたで」
「あんたに入れてきたで」
「がんばりや」

選挙初日の街中は凍りついたような反応だったそうだ。
誰一人見てくれる人はいなかったそうだ。
最終日にはたくさん暖かい反応をしてくれる人たちがいた。

なぜか涙が止まらなかった。
感情を押し殺して、風で涙を飛ばして叫び続けた。
どこかで奇跡を祈っていた。

立候補以外全くの素人だけの、おそらく日本史上初の「市民選挙」だった。
京都市民だけでなく、大阪、奈良、兵庫、また東京から、ネットなどで知って集まった。
そこに希望があると、最後にその元議員はガラガラの声でわずかに残る力を振り絞ってみんなの前で激励してくれた。

その夜事務所にいた小学生の女の子が口にした。
「なんで憲法改正をするのですか。もし悪い方向に向かっているとしたら、なんとしても辞めさせないと」
また涙が滲んだ。

なぜ涙がでるのだろう。気持ちが高ぶる自分を俯瞰で見て疑問に思う。
まだ答えは見つからない。


日本が真の民主主義国家になるため、みんなは集まっていた。

沖縄では「オール沖縄」として民意がつながった。
それは争点がはっきりしているからだそうだ。
沖縄以外の日本には、はっきりとした争点がないように見える。
それはメディアによりぼやかされているためか。
或いは、争点がありすぎて目をふさぎたくなるためか。
知らないふりをして毎日をやり過ごす方が楽だから。
誰かがなんとかしてくれると思いながら。

12月14日(日)開票結果、自民党圧勝。
その元議員に入った票は、有効得票数の10%にギリギリ満たなかった。
落選することは分かっていた。
出馬することに意味があった。
そんな「市民選挙」だった。

この歴史的な「市民選挙」の最終日を、その元議員と共に選挙カーから見ることが出来たのは、かなり稀な体験だったはずだ。
私は運がいい。再々思った。

改めて自分の心を見つめ直して思ったことがある。
おそらく私の目指すところは大きく2つある。
まず1つは、日本の問題解決への自分の欲望を満たすこと。
もう1つは、現グローバル社会に至る世の仕組みに自分の知見を深め、自分の人生哲学を育てること。

それが分かった2014年であったと思う。

周りの目を気にしない自分がいる。
自分に自信があるとかないとか関係なく、自分の行動に後悔しない自分がいる。
迷いがない自分がいる。
単純に気分がいい。

人生とはこれだったのだ。
「自分の好きなことを優先する」

もしこれを続けていき、仕事につなげることが出来たら最高だ。
耳にしたことはあった。
だがそこまで真剣に考えてなかった。
極々少数の、幼稚で心も体も不健康な、
哀れな人々がされている個人的な趣味であって、
こちらも目にして気分を害されるのも嫌だし、
深くは気にしないでおこう。
という発想でいた。

残念ながら、私が思うこの気持ちの悪い個人的な悪趣味は、
日本社会の奥のそのまた奥の方で、
静かに、ただ着々と広がり、根を生やし、華をさかす可能性があることを知った。

ある市立人権まちづくりセンターにて、
ジャーナリストの中村一成さんの話を聞く機会を頂いた。
その流れで動画を見ることになった。
旧京都朝鮮第一初級学校事件

YouTubeでもいくつか見てみた。
大阪鶴橋での女子中学生によるヘイトスピーチ。驚愕です。
大阪御堂筋での語彙が酷く貧困で低レベルで、そのモラルは世界を唖然とさせるであろうヘイトスピーチ



ショックだった。なぜか涙が止まらなかった。
悔しさ。憤り。情けなさ。絶望感。

私の母国語である日本語で、
直接耳にがんがん入ってくる。
私の脳みそでは絶っっっ対に生まれることのない発想からくる、
考えうる限りの、強烈で卑劣なありとあらゆる罵詈雑言たち。(うまく表現できない)

初めての感覚だった。
信じられない光景だった。
この2014年に、実際に行われていることなんだろうか。
日本の文化ってこんなもんだったの?
涙が止まらなかった。

世界中で注目されていることも知った。
国家公安委員長・拉致担当大臣山谷えり子氏、外国特派員協会記者会見

これは人事では済まされない。
日本人として恥ずかしい問題だった。


このことを全くみんな話題にしない。

私はきちんと人種差別言動を取り締まる法律は作るべきと考えます。(全く知識はないけれど)
言論の自由が脅かされるとか言いますが、
法の文面についてはかしこい人がなんとかしてください!
そのために払っている税金なんではないですか?
そんなことより、この気持ちの悪い現状をなんとかしてほしい。。
人間として恥ずかしい。

なんと分かりきった当たり前のことができない社会なんだろう。
私は以前から気をつけていることがある

それは自分の思考を疑うこと。

元々は間違うことへの恐怖心から始まった思考だった。
ただ生きていくうちに、人間の感情や思考とは、尤もらしくとりつくろっていたとしても、
多くの場合は主観的な意見であり、そこに正解は極々少数であることがわかった。(というか正解ってないか?)

自分の気持ちも、その日の幸福度、疲労度、関心を持っている事柄、見たドラマ、感情移入してしまったニュース、体調(エストロゲンの分泌量等)etc...様々な要素がからまりあって生まれてきたものであって、翌日になるとたぶん変わってしまう。そして、人が見ると全く支離滅裂な結論だったりする。

人によっては多角的な視点で物事を捉えることに長けている人もいると思うが、
私は恐らく苦手な方なのだと思う。
(もしかしたら思い込んでいるのかもしれない。経験が物を言うのかも。)
だから自分が感じたことを、一旦俯瞰で見てみる。
特に怒りや哀しみ、負の感情を。


ただ、この思考を続けるのは結構しんどい。
素の自分を見失ってしまう。
分野によるが、自分の意見が持てなくなる。
結論を出すまで時間がかかり、仕事上支障がでることもある。
結局のところなんでもよくなる。
特定の人物に対してあれこれ分析をしがちな女子とのコミュニケーションに上手く乗っていけない。
理解してくれる人が周りにいない気になる。
自分は面白味のない人間なのかなと凹む。
自己主張の激しい人に嫌悪感を抱いてしまう。




ただ、今日ちょっと救われた気がした。
テレビで武田鉄矢さんが言っていた。

”人は自分が正しいと強く信じているほど恐ろしく、
人は自分が正しいかどうか疑っているほど正しい” 


似たようなことを先人さんたちもしていたのかと思った。
気づいてくれている人がいたようで、嬉しかった。

まだまだ未熟な点もあるけれど、
もう少し自信が持てる気がする。
30歳になった。
ふと思った。


私は、今まで積み上げてきたものはなにかあったのか。
経験したことを、ちゃんと身につけてこれているのか。



なんとなく、私は実は真剣になることに逃げてきた気がする。


真剣に取り組んで、結果がついてこなかったら、
自分の能力のなさにショックを受けてしまいそうだから。


変なの。


勉強しよう。