「2014年」
結論から言うと、私にとっては変化の年だった。
26歳頃から陥っていた負のスパイラルから抜け出せた年だったと思う。
昔のブログを見ていても特に思うのが、
・自分への自信のなさ
・他人の評価や目への執拗な固執
・ポジティブ/ネガティブの変動の激しさ
上記葛藤をテーマにした文章が定期的に顔をだす。
あることがきっかけで長年薄くかかっていた心の靄が、一瞬で吹き飛んだ。
それは「自分が好きなことを優先する」こと。
こんな単純なことに気づくまでずいぶん時間がかかった。
事の発端を考えると、2014年早々から付き合うことになった彼氏にもあったと思う。
出会って2回目の初デートで「結婚を前提に付き合ってほしい」と言われ、そのドラマチックな展開に舞い上がり付き合うことにした。
私の直感は正しく、4歳年下のその彼はとても真面目でいい子だった。
ただ、お互いを知らずに始まった関係は、当然長くは続かなかった。
反省すべき点はただ一つ。
私の全てを彼にゆだねてしまったから。
彼の熱意を100%信頼し、彼の思いに甘え舵取りを押し付け、結局自分を彼に委託した。
そうしたことにより、自業自得だが、彼に幻滅されるのを恐れ、自分の思う彼の理想の彼女像を演じ、思うように意思疎通ができなくなり支離滅裂になった。
まぁ合わなかったといえばそれまでで、そこを改善していたら良かったかと言えば、結果は同じだったと思う。まず始まりがおかしかったのだから。
ただ、もう少しマシな意義のある人間関係を作れたと後悔はする。
彼に言わせれば、生活の(生きる)リズムが違う。という結論だった。
そう見えさせてしまったのは、上記の通り、私の軸がブレブレだったことが原因なのは言うまでもない。
基本の大切さを再確認させてくれたのが、彼の存在だった。
加えて「自分の世界観」というものを綺麗に持っている人だった。
周りを気にせず、焦らず、自分のペースで、静かに、着実に、前進している姿だった。
小さな頃から本を自分の師とし、様々な分野の本を読んでいた。
恥かしながら、単純にかっこいい、自分もこうなりたい。と思った。
彼との別れと彼のその姿が、不思議と私を次の段階へと背中をポンっと押してくれた感覚がある。
「三十路の恋も終わったし、自分の好きなことをしよう」
何が自分の心を動かすのかを考えた。
ドキドキ・ワクワクするような刺激
ワナワナし涙が出るほどの悔しさや悲しみ
ジーンと胸に響く感動
ここ数年それら全てを感じてきた共通することがある。
日本の問題に直面した時だ。
地震・原発・基地・格差・政治・経済・人口
問題は山積みだ。
私の日本の権力者への嫌悪感は相当なものだ。
無意識のうちに感情が出てくる。ある意味洗脳に近い。
特に東北震災後の日本には何度も涙を流させられた。
今までは周りの目を気にして、この感覚の追求に入ることを避けていた。
同世代のデリケートな日本男児たちを引かせる勇気がなかった。
別の言い方をすれば、マジョリティの男性を恋愛対象と見れなくなることを避けていた。
これに身を投じれば、一生抜け出せなくなることをなんとなく分かっていたからかもしれない。
それは「結婚」を確実に遠のかせることに繋がる。
三十路の恋愛も上手く行かず、諦めがついたのかもしれない。
世間の目から解放された瞬間。30歳と4ヶ月目の春だった。(2014年9月)
小沢一郎、中村てつじ、平智之、川内博史、堀茂樹、岩本沙弓、小野昌弘、住友陽文、八木哲代
自分の心が興味を抱く有識者の講演会・勉強会に足を運ぶようにした。
楽しくて仕方がなかった。
新しいことを知る喜び。高い知性に触れる刺激。
月に何度も京都や奈良まで1時間近くかけて行くことが全く苦痛ではなかった。
共通の思いを持つたくさんの人々に出会うことができた。
自分と似た価値観の人たちと話すことの楽しさを、何年かぶりに思い出した。
尊敬できるたくさんの大人たちと同じ空間に居れる幸運に興奮した。
もう戻れない。
2014年の年の瀬に、さらなる幸運に出会う。
ある元議員のイベントで、鳩山元首相のアテンド役を与えられた。
京都駅までお迎えに上がり、乗客定員4名の中型タクシーに同乗し、腕と腕がくっつくほど密接した。大緊張だ。
真実がどうかは知る由もないが、おそらく日本史上残る偉大な元首相と、目を合わせて言葉を交わし、握手までさせて頂いた。
私人生史上残る大事件だ。
時同じくして、安倍首相の"大義なき解散"による衆議院総選挙が起こり、必然的にその元議員の選挙のお手伝いを、先約があり初日と最終日だけのたった2日間だったが、させて頂いた。
最終日には選挙カーに乗せてもらえた。
「○○です。無所属で出馬する○○です。明日、どうぞよろしくお願いします」
このシンプルな言葉を、朝8時から夜8時まで12時間叫び続けた。
ホットコーヒー1つにウィダーインゼリー2つと体中に貼った8つのカイロと共に、京都の極寒の中窓からの風を浴び続けた。
市民の人々の反応に感動する。
はっきりと手を振ってくれる人。
小さく会釈だけしてくれる人。
わざわざ近寄ってきて声をかける人。
マイクからの声を聞いて、店から飛び出してくる人。
「あんたしかおらへん」
「もう期日前投票行ってきたで」
「あんたに入れてきたで」
「がんばりや」
選挙初日の街中は凍りついたような反応だったそうだ。
誰一人見てくれる人はいなかったそうだ。
最終日にはたくさん暖かい反応をしてくれる人たちがいた。
なぜか涙が止まらなかった。
感情を押し殺して、風で涙を飛ばして叫び続けた。
どこかで奇跡を祈っていた。
立候補以外全くの素人だけの、おそらく日本史上初の「市民選挙」だった。
京都市民だけでなく、大阪、奈良、兵庫、また東京から、ネットなどで知って集まった。
そこに希望があると、最後にその元議員はガラガラの声でわずかに残る力を振り絞ってみんなの前で激励してくれた。
その夜事務所にいた小学生の女の子が口にした。
「なんで憲法改正をするのですか。もし悪い方向に向かっているとしたら、なんとしても辞めさせないと」
また涙が滲んだ。
なぜ涙がでるのだろう。気持ちが高ぶる自分を俯瞰で見て疑問に思う。
まだ答えは見つからない。
日本が真の民主主義国家になるため、みんなは集まっていた。
沖縄では「オール沖縄」として民意がつながった。
それは争点がはっきりしているからだそうだ。
沖縄以外の日本には、はっきりとした争点がないように見える。
それはメディアによりぼやかされているためか。
或いは、争点がありすぎて目をふさぎたくなるためか。
知らないふりをして毎日をやり過ごす方が楽だから。
誰かがなんとかしてくれると思いながら。
12月14日(日)開票結果、自民党圧勝。
その元議員に入った票は、有効得票数の10%にギリギリ満たなかった。
落選することは分かっていた。
出馬することに意味があった。
そんな「市民選挙」だった。
この歴史的な「市民選挙」の最終日を、その元議員と共に選挙カーから見ることが出来たのは、かなり稀な体験だったはずだ。
私は運がいい。再々思った。
改めて自分の心を見つめ直して思ったことがある。
おそらく私の目指すところは大きく2つある。
まず1つは、日本の問題解決への自分の欲望を満たすこと。
もう1つは、現グローバル社会に至る世の仕組みに自分の知見を深め、自分の人生哲学を育てること。
それが分かった2014年であったと思う。
周りの目を気にしない自分がいる。
自分に自信があるとかないとか関係なく、自分の行動に後悔しない自分がいる。
迷いがない自分がいる。
単純に気分がいい。
人生とはこれだったのだ。
「自分の好きなことを優先する」
もしこれを続けていき、仕事につなげることが出来たら最高だ。
結論から言うと、私にとっては変化の年だった。
26歳頃から陥っていた負のスパイラルから抜け出せた年だったと思う。
昔のブログを見ていても特に思うのが、
・自分への自信のなさ
・他人の評価や目への執拗な固執
・ポジティブ/ネガティブの変動の激しさ
上記葛藤をテーマにした文章が定期的に顔をだす。
あることがきっかけで長年薄くかかっていた心の靄が、一瞬で吹き飛んだ。
それは「自分が好きなことを優先する」こと。
こんな単純なことに気づくまでずいぶん時間がかかった。
事の発端を考えると、2014年早々から付き合うことになった彼氏にもあったと思う。
出会って2回目の初デートで「結婚を前提に付き合ってほしい」と言われ、そのドラマチックな展開に舞い上がり付き合うことにした。
私の直感は正しく、4歳年下のその彼はとても真面目でいい子だった。
ただ、お互いを知らずに始まった関係は、当然長くは続かなかった。
反省すべき点はただ一つ。
私の全てを彼にゆだねてしまったから。
彼の熱意を100%信頼し、彼の思いに甘え舵取りを押し付け、結局自分を彼に委託した。
そうしたことにより、自業自得だが、彼に幻滅されるのを恐れ、自分の思う彼の理想の彼女像を演じ、思うように意思疎通ができなくなり支離滅裂になった。
まぁ合わなかったといえばそれまでで、そこを改善していたら良かったかと言えば、結果は同じだったと思う。まず始まりがおかしかったのだから。
ただ、もう少しマシな意義のある人間関係を作れたと後悔はする。
彼に言わせれば、生活の(生きる)リズムが違う。という結論だった。
そう見えさせてしまったのは、上記の通り、私の軸がブレブレだったことが原因なのは言うまでもない。
基本の大切さを再確認させてくれたのが、彼の存在だった。
加えて「自分の世界観」というものを綺麗に持っている人だった。
周りを気にせず、焦らず、自分のペースで、静かに、着実に、前進している姿だった。
小さな頃から本を自分の師とし、様々な分野の本を読んでいた。
恥かしながら、単純にかっこいい、自分もこうなりたい。と思った。
彼との別れと彼のその姿が、不思議と私を次の段階へと背中をポンっと押してくれた感覚がある。
「三十路の恋も終わったし、自分の好きなことをしよう」
何が自分の心を動かすのかを考えた。
ドキドキ・ワクワクするような刺激
ワナワナし涙が出るほどの悔しさや悲しみ
ジーンと胸に響く感動
ここ数年それら全てを感じてきた共通することがある。
日本の問題に直面した時だ。
地震・原発・基地・格差・政治・経済・人口
問題は山積みだ。
私の日本の権力者への嫌悪感は相当なものだ。
無意識のうちに感情が出てくる。ある意味洗脳に近い。
特に東北震災後の日本には何度も涙を流させられた。
今までは周りの目を気にして、この感覚の追求に入ることを避けていた。
同世代のデリケートな日本男児たちを引かせる勇気がなかった。
別の言い方をすれば、マジョリティの男性を恋愛対象と見れなくなることを避けていた。
これに身を投じれば、一生抜け出せなくなることをなんとなく分かっていたからかもしれない。
それは「結婚」を確実に遠のかせることに繋がる。
三十路の恋愛も上手く行かず、諦めがついたのかもしれない。
世間の目から解放された瞬間。30歳と4ヶ月目の春だった。(2014年9月)
小沢一郎、中村てつじ、平智之、川内博史、堀茂樹、岩本沙弓、小野昌弘、住友陽文、八木哲代
自分の心が興味を抱く有識者の講演会・勉強会に足を運ぶようにした。
楽しくて仕方がなかった。
新しいことを知る喜び。高い知性に触れる刺激。
月に何度も京都や奈良まで1時間近くかけて行くことが全く苦痛ではなかった。
共通の思いを持つたくさんの人々に出会うことができた。
自分と似た価値観の人たちと話すことの楽しさを、何年かぶりに思い出した。
尊敬できるたくさんの大人たちと同じ空間に居れる幸運に興奮した。
もう戻れない。
2014年の年の瀬に、さらなる幸運に出会う。
ある元議員のイベントで、鳩山元首相のアテンド役を与えられた。
京都駅までお迎えに上がり、乗客定員4名の中型タクシーに同乗し、腕と腕がくっつくほど密接した。大緊張だ。
真実がどうかは知る由もないが、おそらく日本史上残る偉大な元首相と、目を合わせて言葉を交わし、握手までさせて頂いた。
私人生史上残る大事件だ。
時同じくして、安倍首相の"大義なき解散"による衆議院総選挙が起こり、必然的にその元議員の選挙のお手伝いを、先約があり初日と最終日だけのたった2日間だったが、させて頂いた。
最終日には選挙カーに乗せてもらえた。
「○○です。無所属で出馬する○○です。明日、どうぞよろしくお願いします」
このシンプルな言葉を、朝8時から夜8時まで12時間叫び続けた。
ホットコーヒー1つにウィダーインゼリー2つと体中に貼った8つのカイロと共に、京都の極寒の中窓からの風を浴び続けた。
市民の人々の反応に感動する。
はっきりと手を振ってくれる人。
小さく会釈だけしてくれる人。
わざわざ近寄ってきて声をかける人。
マイクからの声を聞いて、店から飛び出してくる人。
「あんたしかおらへん」
「もう期日前投票行ってきたで」
「あんたに入れてきたで」
「がんばりや」
選挙初日の街中は凍りついたような反応だったそうだ。
誰一人見てくれる人はいなかったそうだ。
最終日にはたくさん暖かい反応をしてくれる人たちがいた。
なぜか涙が止まらなかった。
感情を押し殺して、風で涙を飛ばして叫び続けた。
どこかで奇跡を祈っていた。
立候補以外全くの素人だけの、おそらく日本史上初の「市民選挙」だった。
京都市民だけでなく、大阪、奈良、兵庫、また東京から、ネットなどで知って集まった。
そこに希望があると、最後にその元議員はガラガラの声でわずかに残る力を振り絞ってみんなの前で激励してくれた。
その夜事務所にいた小学生の女の子が口にした。
「なんで憲法改正をするのですか。もし悪い方向に向かっているとしたら、なんとしても辞めさせないと」
また涙が滲んだ。
なぜ涙がでるのだろう。気持ちが高ぶる自分を俯瞰で見て疑問に思う。
まだ答えは見つからない。
日本が真の民主主義国家になるため、みんなは集まっていた。
沖縄では「オール沖縄」として民意がつながった。
それは争点がはっきりしているからだそうだ。
沖縄以外の日本には、はっきりとした争点がないように見える。
それはメディアによりぼやかされているためか。
或いは、争点がありすぎて目をふさぎたくなるためか。
知らないふりをして毎日をやり過ごす方が楽だから。
誰かがなんとかしてくれると思いながら。
12月14日(日)開票結果、自民党圧勝。
その元議員に入った票は、有効得票数の10%にギリギリ満たなかった。
落選することは分かっていた。
出馬することに意味があった。
そんな「市民選挙」だった。
この歴史的な「市民選挙」の最終日を、その元議員と共に選挙カーから見ることが出来たのは、かなり稀な体験だったはずだ。
私は運がいい。再々思った。
改めて自分の心を見つめ直して思ったことがある。
おそらく私の目指すところは大きく2つある。
まず1つは、日本の問題解決への自分の欲望を満たすこと。
もう1つは、現グローバル社会に至る世の仕組みに自分の知見を深め、自分の人生哲学を育てること。
それが分かった2014年であったと思う。
周りの目を気にしない自分がいる。
自分に自信があるとかないとか関係なく、自分の行動に後悔しない自分がいる。
迷いがない自分がいる。
単純に気分がいい。
人生とはこれだったのだ。
「自分の好きなことを優先する」
もしこれを続けていき、仕事につなげることが出来たら最高だ。