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山口二郎『ブレア時代のイギリス』岩波新書

ブレア時代のイギリス (岩波新書 新赤版 (979))/山口 二郎

¥735
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 民主主義のあり方を考える上で、大変読みやすい一冊であった。
 筆者は、現代政治では、国民が政策をじっくり吟味して判断するのではなく、特定の政治家の個性で政治の動きを正当化してしまう傾向にあると主張して、この傾向を利用し国民の支持を得ようとすることを「政治の人格化」と呼び、論を展開している。政治のリーダーが国民に直接的に問いかける上で、大事なのはメディア戦略であり、いわゆるマーケティング戦略である。こうした「メディア政治」を最初に実行したのが、イギリスのブレアであるという。勿論、我らが日本の小泉純一郎元首相の政治手法もその部類に属されると考えられる。
 ここでメディア戦略の代表的な政策として挙げられるのが、例えば「反既成政党」である。ブレアでいうと労働組合、日本の小泉でいうと郵政族議員といった、自らの保守的な支持基盤を進んで切り離すというパフォーマンスによって、自身のリーダー像を確立させたのである。
 筆者はブレアの政治を表すキーワードとして「矛盾」という言葉を挙げている。一見理念や原理が相反しているのような政策を折衷して推進させる彼の政治手法を指しているのだろう。そうした矛盾は全て、自身の権力保持のために生まれた政治行動なのかもしれない。少なくとも、結果としては「矛盾」を巧く国民に知らしめることで、ブレア労働党政権は初の三期連続の総選挙勝利を勝ち得ることができた。
 こうしたブレアの例や、また小泉の例から見て考えると、「政治の人格化」の持つ強烈な印象は後継のリーダーを生みにくいのかもしれない。更に二大政党制とか言いながらも実際に全く対抗馬が育っていない状況では、国民の選択ももはや何の意味ももたず民主主義の形骸化、混迷は深まる一方なのも納得である。

渓内謙『現代史を学ぶ』岩波新書

 現代史を学ぶことは、現在と同時進行中の出来事を歴史として叙述することである。本書は、歴史における現代史のそうした特性を理解した上で、現代史を学ぶための基本的な方法学、つまりテーマ設定、資料検索、文章化の作法等について述べられている。
 私にとって本書は、何度か挫折しそうになったほど非常に難解なものであった。それは、筆者の専攻がロシア現代史であることに関係しているのだろう。本文内で用いられる例示の大半が、ロシア現代史に関するものである。率直に言うと、これは私にはなかなか理解しがたいものであった。
 しかし、読み進めるにつれ、私は本書にのめりこんでいった。それは本書の新書とは思えないほどの「迫力」に引き付けられたからである。その迫力とは、筆者の研究者としての鬼気迫る意地であると感じた。ロシア現代史を長年研究してきた筆者であるからこそ語ることのできる、現代史を学ぶことの「意義」には、冷静な社会科学的思考と共に、ロシア現代史への熱い気持ちが込められていたような気がする。
 現代史を学ぶには「認識者が認識対象とのあいだに知的・心理的距離がとりにくい」という状況に抗い、対象をなんとか相対化しようとする努力が重要である、と本書では説かれている。これは、社会科学全体にも通ずる理念であり、更にいえば「考える」ということは、この不断の努力なしには決して成立しない行為なのかもしれない。
 今後も繰り返し眺め、さらに読み深めるべき含蓄に富んだ一冊であった。

熊谷徹『顔のない男―東ドイツ最強スパイの栄光と挫折』新潮社

顔のない男―東ドイツ最強スパイの栄光と挫折/熊谷 徹

¥1,365
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 『顔のない男』とは、なんと恍惚な響きだろうか。夏休み中のアルバイトからいかに逃れるかという難題に頭を悩ませていたある夏の日、私は本書に出会った。その瞬間、私には本書から現代スパイの真髄を学び取る必要がある、そう確信した。そんな本書を8月の新刊ブックレビューとして私はお薦めする。

 戦後東ドイツの秘密警察シュタージの一部門たるHVAのトップとして、西側陣営へスパイを送り続けた『顔のない男』、マルクス・ヴォルフが本書の主役である。東ドイツの諜報機関率いるヴォルフの顔を、西側陣営の諜報機関は20年以上も特定することができなかった。そのため、彼は『顔のない男』として名を馳すこととなったのである。本書は東ドイツの誕生、崩壊と共に歩んだ、彼の劇的な生涯を綴っている。
 私の着眼点は一つ。世界の諜報の歴史に名を残した『顔のない男』の考えるスパイの真髄とは何かである。
 本書から読み取ると、それは逆説的ではあるが、『顔の見える』スパイを駆使することだったのかもしれない。まず、現代のスパイ活動には人間から情報を直接入手するヒュミント、電話の盗聴などによるコミント、電子信号などを傍受するシギント、偵察衛星が高空から撮影した映像を分析するイミントなどがある。ヴォルフは、その中のヒュミント、つまり「人間」を最も信頼すべきものとして利用したのである。尤も、そうした背景には西側諸国に大きく劣れをとっていた東側諸国のコンピューター技術による制約が影響していたのかもしれない。だが、「どんなに科学技術が発展しようとも、機械による情報収集が人間によるそれを凌駕することはない」とヴォルフは断言する。
 私はその言葉に諜報活動の深みをみた。確かにCIAは技術的には世界最先端のものを持っているのかもしれない。しかし、それをもってしても同時多発テロは防げなかったし、イラクの大量破壊兵器の保有疑惑も正確に見抜けなかった。人類の歴史において、売春に次いで世界で最も古い職業と言われる諜報活動の成功にはやはり、古典的ではあるが「人間」の徹底的な利用は欠かせないのかもしれない。

シッコ(07米)

シッコ

¥3,399
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 本作品をどのような視点から観るのか。勿論、私はアメリカ人でも、カナダ人でも、キューバ人でもないので、日本人の立場から観ることになる。しかし、『シッコ』には日本の医療問題は描写されていない。とすると、当然ながら、我々は『シッコ』からまずアメリカの医療問題が何たるかを学び、それから、今の日本に照らし合わせ日本の医療問題について考えるという、2段階の視点が必要である。が、しかし最後まで思考停止に陥らずに辿り着くのが肝要ですね笑
 ということで、観覧後の感想です。
 全体としては「国民皆保険」の重要性を様々なエピソードや、国際比較で繰り返し、繰り返し説き、アメリカ医療保険の制度改革を訴える作品でした。実は恥ずかしながら、私マイケル・ムーアの作品を見るのはこれが初めてです。(他の作品も急ぎ観ます!)ということなので、噂の彼独特のアプローチに対する免疫があまりなくて、必要以上に引き込まれないよう少し警戒しながら観ました。最終的にはキューバにまで突撃してしまう彼の姿勢は、エンターテイメントとして大変楽しませてもらいました。
 しかし、作品内で描かれていたアメリカ医療保険界の現状は、決して観てて気持ちの良いものではなかった。保険未加入者も加入者にも降りかかる制度の罠。そして、いつになってもその制度が改革されないアメリカ社会。そもそも、人々にとって、なぜ医療保険制度というものは実体験しなければ、現実味を帯び、問題意識を抱きにくいものなのだろうか。その点は、私が日本の医療保険制度に関してほとんど何も知らないことを考えれば、多少分かる気もした。
 兎にも角にも、どうやら一般のアメリカ国民に医療保険の現状を多少誇張しながらも伝えた本作品は、ドキュメンタリー映画として秀逸であるといえそうである。

プロヴァンスの贈り物(06米)

プロヴァンスの贈りもの

¥3,776
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 豪腕トレーダー、マックス(ラッセル・クロウ)はロンドンの金融界で名声を得ていたが、あるきっかけで幼い頃を過ごした南フランス・プロヴァンスへと向かうこととなった。そして何十年ぶりかに訪れたその地には、ロンドンでの生活によって忘れ去っていた「何か」があった。その「何か」は、仕事人間として生きてきたマックスの人生観を大きく揺さぶっていくのであった。
 主人公は、都会での多忙な日々から、豊かな自然・ゆるやかな空気、そしてそこに暮らす人々に感化され、いわゆる「スロー・ライフ」といわれるような生活に回帰していく、という定型的なストーリー展開。ではあるが、この作品は決して私を飽きさせなかった。いや、むしろ私はこの作品の虜にされてしまった。それはまさしく、この物語の舞台である「プロヴァンス」の自然の美しさゆえである。そしてそれを背景に綴られる恋の駆け引きは、これ以上なく素敵でした!
 私は、ついつい作品に入り込み、自分にもこんなロマンが起きないかと夢見てしまった。失敬。とにかく今すぐにでもプロヴァンスに赴きたくなる、そんな一作である。