渓内謙『現代史を学ぶ』岩波新書
現代史を学ぶことは、現在と同時進行中の出来事を歴史として叙述することである。本書は、歴史における現代史のそうした特性を理解した上で、現代史を学ぶための基本的な方法学、つまりテーマ設定、資料検索、文章化の作法等について述べられている。
私にとって本書は、何度か挫折しそうになったほど非常に難解なものであった。それは、筆者の専攻がロシア現代史であることに関係しているのだろう。本文内で用いられる例示の大半が、ロシア現代史に関するものである。率直に言うと、これは私にはなかなか理解しがたいものであった。
しかし、読み進めるにつれ、私は本書にのめりこんでいった。それは本書の新書とは思えないほどの「迫力」に引き付けられたからである。その迫力とは、筆者の研究者としての鬼気迫る意地であると感じた。ロシア現代史を長年研究してきた筆者であるからこそ語ることのできる、現代史を学ぶことの「意義」には、冷静な社会科学的思考と共に、ロシア現代史への熱い気持ちが込められていたような気がする。
現代史を学ぶには「認識者が認識対象とのあいだに知的・心理的距離がとりにくい」という状況に抗い、対象をなんとか相対化しようとする努力が重要である、と本書では説かれている。これは、社会科学全体にも通ずる理念であり、更にいえば「考える」ということは、この不断の努力なしには決して成立しない行為なのかもしれない。
今後も繰り返し眺め、さらに読み深めるべき含蓄に富んだ一冊であった。
私にとって本書は、何度か挫折しそうになったほど非常に難解なものであった。それは、筆者の専攻がロシア現代史であることに関係しているのだろう。本文内で用いられる例示の大半が、ロシア現代史に関するものである。率直に言うと、これは私にはなかなか理解しがたいものであった。
しかし、読み進めるにつれ、私は本書にのめりこんでいった。それは本書の新書とは思えないほどの「迫力」に引き付けられたからである。その迫力とは、筆者の研究者としての鬼気迫る意地であると感じた。ロシア現代史を長年研究してきた筆者であるからこそ語ることのできる、現代史を学ぶことの「意義」には、冷静な社会科学的思考と共に、ロシア現代史への熱い気持ちが込められていたような気がする。
現代史を学ぶには「認識者が認識対象とのあいだに知的・心理的距離がとりにくい」という状況に抗い、対象をなんとか相対化しようとする努力が重要である、と本書では説かれている。これは、社会科学全体にも通ずる理念であり、更にいえば「考える」ということは、この不断の努力なしには決して成立しない行為なのかもしれない。
今後も繰り返し眺め、さらに読み深めるべき含蓄に富んだ一冊であった。