日々感じたこと・読んだ本
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『われら闇から天を見る』(クリス・ウィタカ―著 鈴木恵訳)ハヤカワ文庫 2025.11

アメリカ西海岸沿いの小さなまちの住民の精神風土が悲劇の中から伝わってきて、

彼の地の気分を味わうにはいい書です。

主人公は2人。

一人は、生粋の地元生まれの地元育ち、45歳独身の警官ウォーク。

警官と言っても、日本の「おまわりさん」的な牧歌的な日常業務を「誰かに喜ばれるため」ために

退屈な手間暇を惜しまない心優しい警官だ。彼は30年前の悲劇的な事件から仲良し4人組の全員の人生が大きくかわる中で、

友情や初心など進化によって失われるものを保持しようとする。

二人目は、30年前の仲良し4人組の一人、スターを母に持ち、

度重なる家庭内の悲劇から自らを「無法者」と呼ぶようになった13歳の女の子ダッチェス。

 

物語りは、この2人がそれぞれの闇を抱えながら、人生を全うしようと、もがき、

打ちのめされ、時に自己欺瞞に陥りながらも、自らへの誠実さを失わないようにする姿を描く。

多くの読者は、ダッチェスを応援したくなるように思う。健気だからだ。

一方で、ウォークに感情移入したくなる読者も多い。大人になった時に

自分の少年時代を思い出す上でこの手の事柄は多くの人が経験してきたのでは、と思うからである。

 

プロットの細かいところがやや雑な印象を受けた。

この2人およびダッチェスの弟であるロビンはよく描けているが、もうちょっと、

準主役のダークや、ヴィンセントの心情は書き込んでくれたほうがいいなと思ったし、

他の脇役である登場人物(ハル、ミルトン、黒人少年のノーブル)などももっと描写が克明だったら、

読者の共感を得る魅力的な対象になったのではないかと思う。

 

それにしても、すべての悲劇が、30年前の交通死亡事故からはじまり今に至る、という点は、

一人の人間の人生を描く上で、リアリティを感じた。

『湖の男』(アーナルデュル・インドリダソン作)創元推理文庫(2020.3)

読後感がずしりと重かったです。

本を閉じて、しばらく沈思してしまいました。

娯楽性を求めて手にした推理小説だったはずなのに、

こんなに深く人生を感じさせられるとは、夢にも思いませんでした。

 

人類の歴史に残る名作のひとつになると思います。

また作者に対しては、この時代を舞台にしてよく書いてくれたと感謝の気持ちを抱きました。

 

テーマは、読む人によって様々感じられるのも名作たる由縁かと思います。

私は「愛」と「裏切り」と「絶望」について考えさせられました。

物語としては、2000年代を生きる日本人にとっては馴染みのない社会体制である「ソビエト的旧共産主義」、なじみのない国と地域(東ドイツのライプチヒ)を舞台にしてリアリティをもって描かれていますから、身に覚えがないことばかりなのですが、それでも、読み終えた後にここまで、人の胸を打つのは、テーマが人類共通の課題だからなのでしょう。

 

この小説はネタバレは一切させたくないなと思います。

 

私がこの作者の物語の描き方についてすごいなと思った点を順に4つあげます。

 

ひとつに、登場人物を魅力的に描こうとしていないこと。良いところもそうでないところも、場面場面で見えてくるので、人間がそもそも複雑な生き物だということを思い出させてくれて、面白味を感じさせてくれます。

 

ふたつに、警察側の3人の同僚同士の人間関係(たとえば信頼関係とか敵対関係)とかを固定して作り出さずに、ひとつひとつの場面で、実際の行動で淡々と描いていること。だからこそ、一人ひとりの登場人物に対して、目が離せないのです。ある意味、人間とは環境(場面場面)によって変わるという理(ことわり)を表現してくれているのだと思いますし、物語に独特の深みが備わってくるのだと思います。

 

みっつに、この「よく書かない」という姿勢は、いわゆる地の文部分にも見られること。

たとえば、アイスランド人が自分たちの相貌を表現して「私たちみたいに死人の顔色のような青白い・・・」という場面がその典型でした。死人の顔色のような青白い、って、すごい比喩ではないでしょうか?これが物語の色調を整えて、没入感を高めてくれています。

 

よっつに、様々な年齢層の人物が登場してくること。青年、働きざかり、熟年、そして老人。いずれの世代の人も、年相応の人生経験の未熟さと深さを感じさせる行動や懊悩が描かれていて、そのコントラストが時に眩しさを感じさせてくれることです。言ってみれば、ヘミングウェイの短編「清潔な明るい場所」の面白さを全編を通して感じさせてくれます。

 

最後に

ラストシーンの少し前に象徴的なシーンがあります。文庫本P476―477です。作者はこの章の中の主人公がつぶやく1行の言葉を一番書きたかったのではないでしょうか?

この一言で、同じような経験をしたことのある多くの読者が救われたのでは、と思いました。

「悪い男」(アーナルデュル・インドリダソン作、柳沢由実子訳 創元推理文庫 2026.1)

北欧の小さな島、アイスランドを舞台にした小説を初めて読みました。犯罪小説なので、犯罪捜査官が犯人を捜して最後には犯人を挙げる筋なのですが、これが実に面白かったんです。

 

なぜ、面白かったか?

理由は2つありますが、

どちらも「まさか!」と思った笑えるポイントです。

 

一つ目。

 

主人公の女性捜査官エリンボルクが多くの関係者に聞き込みをするのですが、それが下手なのです(笑)。なんか、笑っちゃうくらい下手で、そういう聞き方したら失礼だろう、とか、そういう聞き方だったら絶対嘘をつかれるよね、って素人読者の私が大いに感じちゃうくらいぎこちなくて。もしやコミュ障?って思っちゃいます。そして、驚くことに、作者のインドリダソンはそれを狙って書いていないように思えるんです。ですから、ああ、これはアイスランドという彼の国の人々の持ち味なのかな、と思うしかないようです。

 

そして、もうひとつ、とっても面白かったことがあります。

 

それは、主人公の40代半ばの女性捜査官エリンボルクが、相棒でありともに捜査をしているシグルデュル=オーリという若手イケメンとの仲が悪いこと(笑)。それも別に敵対している、ってのではなくて、単に、馬が合わずになんとなく短所がお互いに見える仲というだけ。だから、私が普段読み慣れている今野敏の警察小説のような、組織の一体感とか素晴らしい連携プレー、刑事同士の心意気などは絶対に物語に現れてきません。むしろ、相手から電話がかかってきても、「出たくない」的ないやいや感が立ち込めているから、ほんと笑っちゃいます。まったくドラマにならない感じです。

 

これって、でもよく考えてみたら、むしろリアルな現実世界にはよくある話なのでは、と思い直しました。

 

ぜひ、そういう、等身大(?)な、聞き込みが下手で同僚ともぎくしゃくしがちな一人の「家庭をもちながら働く女性」のリアリティを感じるつもりで読んでくれたらいいなぁと思いました。ちなみに、筋もちゃんと面白かったので、ブックオフで見つけた同作者の「湖の男」を今読み始めました。こちらもあいかわらずで笑いながら読んでます☆彡

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